62 家族が一人増えて
「と、いうわけで魔力には個人ごとに違いがある訳で、犯行現場における個人の特定や、機械の安全装置に役立てたりするね。
特に子宮や睾丸なんかは子供に魔力を与える臓器でもあるので、そこに近しい分泌物からは濃い魔力が検出される」
あれから数日後、ボクとシャルは我が家の『特別教室』にてエミリー先生の講義を受けていた。
教室と言っても一般的に知られる沢山の生徒を集めて講義を行う訳ではなく、ボク……今は二人なのでボク達へ特別な教育を行う場所だ。
因みに、ボクの家そのものが貴族子弟の修行場で、即ち幼い貴族の学校みたいなものなので、人間関係を築く必要がある時は一般の貴族の講義に混ざったりもする。
取り敢えず、此処は少人数の講義という事もあってアットホームな教室だ。
「……じゃ、今日の講義はここまでかな。二人とも、復習はしっかりね」
「「はーい」なのじゃ」
互いにノートを閉じる。
隣のシャルはノートにミカガミ草の栞を使っていた。
彼女は、はじめこそエミリー先生の講義にいきなり付いていけるか心配なものだったが、蓋を開ければ驚かされるもので対応出来ていたんだ。
錬金術士としての下知識があったのか理解が速いのもあったけど、講義に付いていけるよう真剣に予習復習を行う性格だったのが一番大きい。
ボクも頑張らなきゃなあ。
思っていると、タイミング良く扉からノック音が聞こえる。
扉の向こうからやって来るだろう人の顔が反射の様に浮かぶと、胸がスッと安心した。
心が授業モードから日常モードに切り替わったのだ。
「坊ちゃま、お嬢様、そしてエミリーさん。入りますよー」
「はいはいーい。どうぞハンナさん」
艶やかな笑顔でエミリー先生が迎えるのは、やはりカートを押したハンナさんだった。
尚、彼女は昔からの付き合いでエミリー先生をさん付けで呼んでいる。
「さあ、今日のお菓子はエミリーさんから貰ったシュークリームですよー」
渡された小皿には二つのシュークリームが盛られていた。
シャルがキラキラした眼でそれを見て、今にも食べたそうに涎を垂らしている。
「一緒に食べようか」
「はいなのじゃ、お兄様!」
同時にパクリと咥えた。
中からは甘すぎないけど濃厚なカスタードクリームが詰まっている。
甘いクリームを舌で転がしながら、ティーカップに手を付けた。シュークリームを食べている間にハンナさんが淹れてくれたものだ。
フワリと薄衣の様な湯気から、上品な香りが鼻を擽った。
こりゃダージリンかな。お茶菓子がそれに合うシュークリームだし。
カップの縁へ口に付けると、誤魔化しのない豊かな風味のストレートティーの味が口内へ広がる。
「流石ハンナさんだ。結構なお手前で」
「うふふ。ありがとう御座います」
ボク達と同様にお菓子を食べながら、ハンナさんはそう言った。
そこでシャルが話しかけてくる。
「やはり、これを作ったのはパーラ達かの」
「きっとそうだろうね。エミリー先生、それで合ってます?」
「ああ、正解さ。特に友達のアダマス君とシャルちゃんにって事で、みんな張り切っていたよ」
エミリー先生は楽しそうだった。
ふと窓の外を見る。
あの向こうでは、皆が暮らして、ボクの知らない生活を送っているんだよなあ。
またシャルと一緒に外に出て自分の領を見て回るのも悪くないかも知れない。
結構知らない事ばかりで危険もあったけど、楽しかったのは事実だ。
友達も出来たしね。
次はどんな冒険が待っているだろうか。
ボクは微笑みを浮かべると、家族が一人増えたこの空間にて再びシュークリームを口に含んだのであった。