55 世知辛い錬金術士事情
「うぃーっす、お菓子っすよ」
居ないなと思っていたパーラが、カウンターの奥からやって来た。
店から持ってきた荷物はそちらに置いたのだろうか持っていなくて、代わりに大きな盆を持っている。
盆が隅の机に置かれる。此処で食べようという事なのだろう。
近付く。
すると大きなパーティーサイズの丸いアップルパイが、そこにはあった。表面に塗られた水飴はテラテラとしたツヤを出し、食欲をそそらされる。
「良い焼き加減で美味しそうじゃの。エミリー先生の作品なのかや」
「いや、私は教えただけだね。
こういった物はそこのパーラちゃんから預かっている子供たちと一緒に作っていたりしてるよ」
言いつつエミリー先生は、食べられるよう綺麗に切り分け出す。
切っているのは袖の羽根。
魔力を込めて硬質化させ、剃刀のような鋭利さを与えているのである。
パーラは「そんな雑用は自分がやる」と言い出すのだが、たまには自分がやるのだとエミリー先生は子供のように譲らない。
「チビっ子にのう。なんでまた」
「ん~、アダマス君の方が詳しいんじゃないかな。と、言うわけで説明よろしこっ!」
突然思いもよらない説明を振られたので戸惑う。
ボクから意外な答えが出た時の状況に似ているから、もしかしたら彼女なりの意匠返しなのかも知れないな。ほら、なんかニヤニヤ笑ってるし。
コホンと一息。ボクは口を開いた。
「前時代までは回復薬や閃光玉なんかの冒険者向けの商品だけ作ってれば良いって錬金術士ばかりだったんだ。だから錬金術士の基準も随分低かった。
だけど錬気術の発達によって強化された銃なんかで素人が簡単に小さい竜程度なら倒せるようになっちゃったし、機関車を使えば軍隊を魔物の群生地に送る事も出来る」
「むう、夢のない話なのじゃ」
「これも時代だからねえ」
頬を膨らませるシャルの頭へポンと手を置いてひとつ哀愁。
エミリー先生は小皿をひとつ差し出された。乗っているのは扇形のアップルパイが二切れで、シャルは一切れ受け取る。
ボクは残った一切れを手に取って軽く齧った。
パリパリした外の衣の後にリンゴの甘味を染み込ませた内側の衣が続く。
うん、美味しい。
「そうなると自然に冒険者そのものも減ってきて、世間が錬金術士に求める物も変わってくる訳だね」
「妾のお父様みたいに、かや……?」
妹の顔は不安そうだった。
彼女の手にあるパイの端をクイと指で押し、口に突っ込ませる。
まあまあ、不安がらなくても大丈夫さ。美味しいものでも食べてなよ。
「今までの時代の思想を受け継ぐならね。
ただ、武器をはじめとした軍事関係のものを売れる相手が限られる時代になってしまった。貴族そのものも随分軍事を縮小したし」
此処でひとつボクの頭を何かが掠めた。
あの筋金入りの『軍閥』貴族のミュール辺境伯領からやってきた、シャルの元教育係だというメイドを『次期領主』のボクが運悪く殺してしまっていたら。
逆でも同じことが言えるが、そこに難癖をつけて内乱に持っていこうとする貴族も沢山居るのではないか。
解らない。
取り敢えずは、後で家に帰ったら敵になりそうな貴族を調べる位はした方が良いのかもね。
今は考える事でないのも確かだけど。
「まあ、そういう訳で錬金術士の客は兵器関係から生活用品関係に移っていった訳なんだけど、求める製品や技術……つまりジャンルが随分変わっていったんだね。
魔骨などを用いた日常雑貨。魔石の合成。他には医療や錬気術に使う専門的な試薬や最新の機械なんかが求められる訳だ。
しかし、だ。此処で問題がひとつ発生した」
エミリー先生の授業の真似で、ボクは指を立てた。
「単なる日常雑貨や医療品なんかは、前時代から居る雑貨屋さんや薬屋さんでどうにかなるという事だ。
そんな相手に対抗するには、錬金術独自の強みが必要になる。只、そういった技術は案外上級のものでね」
例えば、工業的な魔石の合成はそれなりの設備が必要だし、魔骨の合成には学園都市で学ぶような専門知識が必要だ。
内輪の知識だけで細々とやってきただけでは、巨大な研究機関に押し潰される時代になったのである。
「故に古い錬金術士は、時代についていけなくなってしまった。皆がみんなシャルの父さんみたく優れた技術を持っている訳じゃないからね」
窓から外を見れば、奇妙だけど沢山の店がある。
エミリー先生が大人しく見えるほど変人の溜まり場であるが、逆に言えばそれくらい吹っ切れていなければ生き残れなかったのだろう。
そして、その店々の裏には先程までボク等が迷っていた裏路地があって、大量の『脱落者』達が住んでいると思われる。
「そんな訳で、薬屋や雑貨屋に転職した人も居れば、魔石工場の下っ端作業員として肉体労働をはじめた人も居る。
錬金術士だった事を捨てられずに此処の市で玩具を売ったりもしてれば、もっと落ちぶれて闇市に身を落とす人も居たね」
パリパリとパイを食べつつ、シャルは黙って聞いていた。自分の家に関係のある事なので他人事でもないのだろう。
咀嚼し、飲み込み、そして頷く。
「世知辛いのう……。
だから敷居の上がった錬金術を教えるのではなくて、急に一人になってもどうにか出来そうな料理や染色といった知識を与えておるのか」
そこへエミリーがパイを片手に割って入る。
「そっ。シャルちゃん正解。
ある程度の基準まで教える事は私でも出来るんだけど、それで色々と訳有りのこの子達が一人前の錬金術士としてやっていけるかはまた別だからねえ。
一応、『それでも錬金術士になりたい』って子には学園都市の受験・学費用の奨学金を与える事も考えているけどね。
もしくはワンランク下げて薬屋の知識とか」
実体験をしている彼女が言うと重みが違う。
彼女は天才だからどうにかなったが、現代において錬金術士としての社会的信用を得る為の学園都市入学は、訳ありが一般枠やるには大分厳しいものがあるそうだ。
また、学園都市を卒業しても暫くは様々な研究所を渡り歩くアルバイトとの事。
「後、年長組には本で得られる程度の簡単な錬気術や錬金術の知識はまあまあ教えているから、基本的な機械の修理くらいは出来ると思うよ。
流石に学園都市へ受験して合格は出来ないけどね。ただ、人が足りなかった時にでも声をかけてくれれば喜ぶと思うなあ」
それよりも気になる事がひとつあった。
「『この子達』……?」
「おや、さっきから居たじゃないか」
エミリー先生は視線をパーラに移した。正確にはその背後へ。
ボクも同じ場所を見ると、彼女の背後からピョコリと子供が顔を出した。それは一人ではなく、ピョコピョコ次々に出てくる。
おいおい、何人隠れていたんだ。
シャルはついボクの背中に隠れる。
ボクは取り敢えず、警戒の色を隠さない子供たちに言った。
「パイ、美味しかったよ。君たちの分を全部食べちゃ悪いし、一緒に食べようか?」
先頭の子が恐るおそるだが前に出始めた。
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