54 瓶詰の回復ポーションが置いてなかった件
錬金術店の出入り口の扉の上。そこには木の看板が、二本の鎖でぶら下がっていた。
四角くて小さくて、黒い金属枠に嵌っていて、枠の上辺には薄い飾りが備え付けられている。
黒いので影絵にも見える飾りの形は、鍋を掻き混ぜているセクシーな女性だった。
一目見てエミリー先生自身を模したものだと解って微笑ましい。
「くふふ、可愛いでしょ」
「はい、エミリー先生の店って感じで良いと思います」
そんな会話をしつつエミリー先生はドアノブに手をかける。扉はスムーズに開かれた。
見た目と裏腹に整備はしっかりしているようで、軋むなどの音はない。
慣性でプランと揺れる看板が、ボク達を招いているようにも見えた。
「さあさいらっしゃいな。『メリクリウス錬金術士店』ですよん」
「一番乗りなのじゃっ!お兄様も来るのじゃっ!」
ボクの腕にモチモチした幼子特有の感触が加わったと思いきや、シャルは離れないようガッチリ固定。彼女は元気よくジャンプし店内へ飛び込んだ。
シャルの縦ロールに視界を塞がれ、よくは見えないが店内は結構広い。
フローリングの床の脇には大きめの机が置かれていて、客との相談や本を読んだりが出来る様になっている。
縦に細長い硝子窓の脇には小豆色のカーテンが留められていて中に光を差し込ませる。天井には大きな魔力灯がぶら下がっているが、ぼんやりとしか付いていないのはまだ時間に余裕があるという事なのだろうか。
そんな光が当たる先は戸棚だった。幾つもの薬や機械がそこには乗っかってる。
しかし予想外な事が、ひとつ。
先程までボクと腕を組みながら、キョロキョロと周りを見回していたシャルも同じことを思ったのだろう。動きが止まっていた。
「……なんか、ガラス瓶に入った薬のバリエーション豊かですね」
「おやおや、不服かい?」
「いや、そういう訳ではないのですが。
錬金術士店っていえば冒険者とかをお客さんにしてて、英雄譚なんかで読む『回復薬』みたいな同じ水薬がずらって並んでいるイメージだったので、意外だなあって」
エミリー先生は一瞬戸惑いの感情を見せる。しかし理解力が速い彼女は直ぐニマリと笑って、ボクを強い力で抱き絞めた。ついでに頬擦りも。
「くーふっふっふ。
アダマスきゅんってば、まだまだピュアなトコがあるんじゃないかあ~。か~わいい~」
後ろのパーラはよく分かっていないまま、未だ扉の手前でポカンと立っていた。
柔らかい頬と胸の感触を味わいながら、ジト目を崩さず顎に手を当てて考えてみる。
ピュア……お客……水薬……。ああ、もしかして。
顎から手を離した時、エミリー先生は楽しそうに笑いかけた。
「おや、何かに気付いちゃったかな?」
「ええ。恐らく、これらの水薬は所謂『回復薬』ではないのでは?」
「クッフッフ。大体正解~」
すると彼女は手を離して棚に歩み寄ると、中から一つの薬を取った。
コルク栓を開いて、中に向かって何やらボソボソと囁いて、再びコルク栓を閉じた。
そしてボクの元までに持っていくと、コルク栓を開く。
『アダマス君、愛してるよー』
エミリー先生の楽しそうな囁き声がした。
彼女を見れば此方に向かって親指を立てていた。
取り敢えず親指を立てて返しておこうか。薬瓶はシャルにでも渡しておく。
「これは、声を保存するのですね」
「そだよ。これを錬気術の原理で気体にして金属管を町中に通せば、みんなの声を聞けるって機械も考えてるね」
「伝声管の新しい形ですか。ただ、別の人の声などを拾ってしまいそうですね」
「そこら辺は改良次第かな~。まあ理論は出来上がっているから、通話機とか電話機とかそんな感じの名前を考えているよ。夢が広がるだろう?
こうして私は機密に触らない範囲で面白グッズを売っているのさ」
得意気な顔の彼女は活きいきとしていて、応援したくなる。
それによって発生するインフラ問題やら機密性やら費用やらが頭を過ぎるが、前向きに検討するとしよう。
思っているとシャルが頬を膨らませ、薬瓶をボクに押し付けてきた。
コルク栓を開くと、声変わりしてない高い声が聞こえる。
『メインヒロンは妾なのじゃ。ところで、回復薬がないとは一体?』
手元でボクはコルク栓を締める。
口では意地悪な笑いを浮かべて彼女に向き合った。
「ああ。冒険者っていう人種は基本的にサバイバーな訳だよね」
「うむ、そうじゃの」
「さて、サバイバルで一番大切なものってなんだと思う?ヒントは今日のお昼ご飯」
「今日のお昼ご飯じゃと!?
小銭、パスタ、ナイフ、山、川……あ!もしかして『水』なのかや!?」
「正解。撫でてしんぜよう」
「わーいなのじゃ」
シャルの頭を撫でると嬉しそうにニマニマと笑って胸にもたれ掛かってきた。
ボクは彼女に見えるよう、薬瓶を軽く振る。
「冒険の最中で生活や傷を洗ったりの医療に使える水を探すのは大変な事だ。
その貴重で汎用性に長けた生活用水を入れるスペースに、使用用途が限られる回復薬を入れる余裕は無いって事だね。
だからきっと冒険者は回復薬を粉薬として持ち歩き、水に溶いて使っているのではないでしょうか……エミリー先生」
「おおー、こっちも正解。
一言付け加えるなら、錬気術の発達で回復薬を気化させて扱う技術が出来たから、医療関係者用に奥に少しだけ置いていたりするね。
けど、冒険者自体が最近減ったから回復の粉薬そのものもあまり置いていなかったりするよ」
「二言じゃないですか」
「おっと失礼」
勉強になるなあと思いつつ、先程まで扉の方に居たパーラの姿が無い事に気付いた。
読んで頂きありがとう御座います