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41 また今度

「おや、見てごらん。そろそろ出発が見られるよ」

 

 エミリー先生が言った途端、「ジリリリリ」と、何度もけたたましい金切り音が鳴り出した。

 これから出発しますよという事を周囲に伝える為のベルの音だ。


 この駅の何処かにあるらしいのだが、ボクは見つけられなかった。

 ただ、授業の一環で実物を持ってきて貰った事があるのだが、格闘技のゴングに近い形をしていた記憶がある。それを錬気の力で何度も叩いているらしい。


 これか機関車は様々な人を乗せて学園都市に向かうのだろう。

 そして乗っている人達には、学園都市に戻る学生も居れば、真っすぐ王都へとんぼ返りするビジネスマンも居る。


 まだ、これを娯楽に出来る年齢は幸せなんだなあ。

 なんとなくボクはそんなオッサン臭い事をしみじみ感じていた。


 シャルは、もはや定位置となりつつあるボクの膝へ腰を落としていた。

 機関車用の電灯で、その八重歯とオデコを光らせ、爛々とした眼で機関車を見ている。


 汽笛が空気を割くような音を立てる。

 魔石が水と反応する事で煙突から蒸気が噴き出た。それが一部の天を羊の群れを思わせる立体的な煙で覆う。


 錬気術における機械は、それを形作るフレーム等の材質が魔力的な効果を持つ合金で出来ていて、魔力を加える事で、エミリーのメリクリウスのように特殊な現象を起こすことが出来る。

──これを専門用語で『魔骨』と呼ぶ。


 その中で、特に大きい機械が機関車だ。

 魔力が加えられる事で普通に鉄を使うよりも軽くて頑丈な金属をはじめとして低コスト、防音、汚染防止などといった様々なメリットがあるのである。


 蒸気は白色。

 中には星のように煌めく魔力の粒子がいくつもあった。

 それらは空中に昇っていくと、段々透明になって空へ溶けていく。

 蒸気の中の魔力が魔骨へ吸収され、反作用によって水に戻り霧散していくのである。


「ああ、動きだしたね。

じゃあアダマス君もシャルちゃんも、機関車に手を振ろうか。『また今度ね』ってさ」


 エミリー先生がそう言って、機関車に向かって小さく手を振ったのでボクも同じようにする。


 膝に座るシャルに当たらないよう注意しなきゃな。

 思っていると、シャルも同じ考えなようで、何時もは身体全体で手を振る彼女が、小さく手を振っていた。

 微笑ましい。


 機関車に嵌め込まれた硝子窓の向こうから、上品な装いの老夫婦がボク達に気付いて手を振り返してくれた。

 ちょっとした事であるが、ついつい表情が緩んでしまう。


 未だ空気に溶け切っていない蒸気が残る駅のホームにて、シャルはポツリと呟いた。


「……行ってしまったの」

「そうだね」


 ボクは考える間もなく返答し、シャルの腰を抱いて立ち上がった。

 膝に座ったままだから仕方ない。

 事情の分かる彼女は大人しくボクの隣に立った。エミリー先生に向き直る。


「では、エミリー先生。ボク達も行くことにします」


 エミリー先生はゆっくりと立ち上がって、ギュッと優しくボクを抱いた。

 錬金術師特有の不思議な香りがするが、彼女がやっているからなのか、嫌いではない。

 なので抱き返しておく。


 少ししてエミリー先生は手を離すと、次にシャルも同じように抱かれていた。

 身体を離すと、


「うん。それじゃ、『また今度』ね」

「はい。また今度」「また今度ですじゃ!」


 ボク達は手を振ると、エミリー先生は何やら感慨深い感情を奥にしまっていた。



 時間は午後。夕暮れ少し前。場所は駅前。


 デビュー前の吟遊詩人がボクが弾いたものとは比べられない上手な曲を披露している。時間的に先程電車で来た人かも知れない。

 学園都市の流行なのだろうか、格好はファッショナブルだ。


 そんな彼らを背景に、ボクはクシャクシャのパンフレットを広げた。

 ボクの部屋にあった頃から多少皺があると思っていたが、もはや原型がない。


 だけど、こちらの方がなんか冒険したという感じがして、好きになれた。


「……さ、次は何処か行きたい行きたいところはあるかい?」

「う~む。じゃあ、あの沢山人が住んでいるという『アイウ山』で!」


 シャルは勢いよく遠くの山を指差した。

 なのでボクはその指を摘まんで、彼女自身の額にその先端を軽く突かせる。

 本当はセルフデコピンをさせたかったのだが、それはボクの技量不足なのでしない事にした。


「素敵なボケをありがとう。でも、それは今度さ」

「ちえ~、なのじゃ」


 シャルは指の先端を己の額から唇に移す。

 感情を読む限り特に意味はないらしい。


「もうこんな時間だしねえ。なんか適当なお土産を買うか、そのまんま帰るか」

「お土産……ふ~む、お土産を売っている場所があるのかの?」

「まあね。此処を見て欲しい」


 ボクはパンフレットを更に(めく)って、後半を指差した。

 場所は駅の通りを少し外れた場所。

 小さめの挿絵で、様々な屋台が並ぶ『(いち)』がある。


「市そのものは珍しくないんだけど、領都ラッキーダストでは駅前なのと錬金術師街と近いのがあって行商人や錬金術師が店を出しているね。

エミリーが指に嵌めていた指輪とか、パスタ屋さんで使った双眼鏡とかが売られてるね」

「ふ~む。そうなのかや」


 いまひとつ乗り気ではないシャル。

 ああ、そうか。こんな時間だもんね。


「庶民向けのオヤツも売っているよ」

「行くのじゃ!」


 三時のオヤツはチョコと缶コーヒーでは足りなかったそうだ。

読んで頂きありがとう御座います

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