36 希望と絶望は表裏一体
「ええっと。それはボッタ過ぎなません!?
スチール缶を使っていない、その場で飲む値段で小銅貨一枚とか……」
あまりの事につい、キャラに合わない大層な表情を見せてしまう。
エミリー先生に代用コーヒー一杯の値段を聞いてみたところ、その値段と原価の釣り合わなさに驚いたのだ。
これの半分でもまだ高いと感じる。
だってこれの材料は冒険者がそこら辺の植物から合成するものだし、ガムシロップも市場価格で考えると呆れるほど安い。
彼女は自分のものをコクリと一口入れて、苦い息と同時に言葉を放つ。
「まあね。
でも、鉄道の価値が認められるっていうのはそういう事さ。
王都から学園都市。そこからラッキーダスト。
この距離を一日や二日で往復する大手商人や準貴族なんかが主要な客になりはじめているんだ。
そういう人たちは『金よりも時間が惜しい』って感じで駅に押し寄せる。
……で、眠気覚ましに一気飲みして忙しなく仕事へ向かうのさ」
今のほのぼのした駅のイメージからは想像するのが難しい世界だな。しかし……。
「この商売って真似されません?レシピとか冒険者がみんな知ってるんじゃ……」
「クッフッフ。
だからこそ、『少し』改良しているんだ。使う素材の比率を変えてチョロっとそこら辺で採れる素材を入れてるだけだけどね。
微妙に美味しい味に慣れると、不思議と耐えられなくなる」
「お金より時間が惜しい割には、不思議な話ですねえ」
「そうだね。でも、それが人間の本質さ。
シャルちゃんも覚えておくと良い。
どんなに不幸でも、人は義務から矛盾してでも僅かな楽しみを見出そうとするものだ。
そして時には、知らずの内に希望になる」
そう言ってエミリー先生は深い笑みを浮かべてボクらを柔らかく撫でる。
彼女はの感情は遠い何かを見つめる、しかし何処にも不幸は見出せない清いモノが読み取れた。
そして「さて」と一言入れて続きに移る。
「長期滞在を目的とした冒険者とか学生や旅行客。
後は少しの行商人なんかが馬車で訪れていた時代はそう忙しくもなかったらしいんだけどね」
「ああ、ボクと会った時期とかそんな時代でしたね」
「だね。
その時に買ってもらった指輪はありがたく使わせて貰ってます~ん。うへへへへ~」
「ああ、うん。ソーデスネ」
玩具の指輪を見せ、とろける様に笑うエミリー先生。
何時もの事なのでボクは無感情。
隣でシャルが見ているがその内買ってあげるからと弱り目な視線を飛ばす。
取り敢えず今は、スチール缶についても言及する事にした。
「このスチール缶は缶詰の応用ですか?」
「つい作っちゃった」
「『つい』ってね……缶詰が一般用に発売されたのも結構最近だった記憶がありますよ?
しかも作られた当時は軍事用だから一部地方でしか使われなかったし」
「まあそこはホラ、私ってば天才だし」
エミリー先生は両手でピースサインを作る。
表情はしてやったりといったもの。
因みに、初期の缶詰のは瓶詰に替わる戦争用保存食として開発されたものだ。
だが、その使い易さ……特に輸送のし易さからか最近は一般家庭にも出回っている。
そういった背景を考え、ひとつの結論に至った。
何となく講義の時のノリで軽く手を上げる。
「あ、分かった」
「はいっ!それでは回答をどうぞ、アダマスくんっ!」
エミリー先生もノリノリである。
指を揃えてを此方へ突き出した。
「コレを買う人はお金に糸目を付けないから、二倍や三倍くらいの値段で売っても十分売れる!
寧ろ持ち運びが効くし渡すだけで済む分、評判は今迄より良いんじゃないかと考えます!」
どうだと言い切ると、そこにあったのは反して苦笑いであった。
何処か間違っていたのかな?
「う~ん、惜しい!確かに正解ではある。私もはじめはソレを考えたしね。
でもそれじゃ満点はあげられないんだなあ。
何故なら私はソレを知りつつ、実行していないからだ」
言って彼女は最後の一口を飲むと、スチール缶を地面に置く。
そしてヒールの爪先で、空き缶を軽く蹴った。
ボクの方に転がっていく。
ボクは思わず、足で止めてしまう。少し残っていた中身が垂れてるのが見えた。
「……あ、ごめんなさい」
「いや、その対応が正解。汚いのを振り撒くのは誰だって嫌だもん。
コレが大量に出回ると、きっとそのように捨てる人が大量に出るだろう。
すると駅も街も、捨てた空き缶だらけになる。私は、君と出会ったこの地が汚れで埋め尽くされるのは嫌でさ」
そう言ってレールの方を見るエミリー先生の横顔は切なくて、ボクは少し恥ずかしかった。
柔らかく笑ってボクの方へ向く。
「でもきっと、私の技術は追い付かれて近い将来、この国は空き缶だらけになると思う。
そして多分、それを売る為の機械が道端に置かれる世界になると思うんだ。
技術は歴史だ。私なんかじゃどうしようもない。
でもせめて、備えておきたいなとは考えているんだ」
なんだかんだあるけど、彼女は替えようのない『先生』なんだなあ。
思っていると抱きつかれる。
「さ、真面目に話したら疲れちゃった。
アダマスくん成分補給~」
少しシリアスな雰囲気かなと思ったが、やっぱ彼女はダメな大人だった。
読んで頂きありがとう御座います




