35 エミリー先生は可愛さのあまり咆哮する
シャルがスチール缶を握る。
両手で握るその様はリスの如し。少し震えるその様はチワワの如し。
やっぱこの娘は小動物属性なんだなあ。
そんな彼女は、好奇心と怖さが半々といったように此方をチラ見した。
まあ、チョコレートの事があった直後だし、仕方ないと言えば仕方ない。手とか微妙に震えているし。
「で、では飲んでみるのじゃ……」
「うん。健闘を祈る」
「骨は拾ってあげるよ~」
最後にエミリー先生が軽くフラグ臭い事を言い残し、下唇へ缶のひんやりとした縁を付けると、小さく傾け中身を口へ注いだのである。
……ゴクリ。
緊張の中で代用コーヒーを飲んだ音がする。
まるで緊張のあまりに唾を呑み込むその瞬間。
一時の静寂。膝に座ったままにシャルはボクへ向き直る。
その眼は涙で潤んでいたのであった。
「苦いのじゃ……」
ああ、やっぱりこうなっちゃったか。
まあ、シャルっぽくて非常に良し。寧ろ吐き出さなかっただけ立派立派。
額をボクの胸に押し当てながら抱き付く彼女をよしよしと撫でつつ、ボクはエミリー先生に視線を向けた。
ボクには解決の心当たりがあったのだから。
「ええと、さっきのガラスシリンダーに入っていた甘味料なんですけど……」
「ああ、ガムシロップの事ね。いいよ~。折角だしミルクもいるかい?シャルちゃん」
「いりますのじゃ」
「ん。正直で宜しい」
そして彼女は袖からミルクの入ったシリンダーを取り出した。
流石にエミリー先生といえども、全てを胸の谷間から出す訳でない事に少しホッとする。
彼女はシャルのスチール缶へ器用に無駄なく中身を入れていくと、手首の力で振り回しかき混ぜていく。
慣れてる感じだ。実験でよく使う技術なのだろう。
「……こんなものかな。ではどうぞシャルちゃん」
「頂くきますなのじゃ」
小さくデザインされているスチール缶を何故か両手で持ち「クピクピ」と飲む。
満足したのか顔を上げると、そこには満面の笑みがあった。
「美味しいのじゃ!」
これもチョコレートの時と同じ反応。ボクはこれを見るだけで、保護欲を伴ったほっこりする気持ちになれる。
さて、エミリー先生にも礼を言わなきゃな。
そう思って顔を向けた瞬間だった。下を向いて表情の見えない彼女が、何かに耐えるように肩をプルプルと震わせる。
なんだろう?
そう思った途端、彼女が手を広げて弾丸の様な速度で此方へ飛び掛かってきた。
「シャルちゃんってば、きゃーわいいい~~~~~~~!!!!」
「ぐえっ」
あ、今のはシャルと二人一緒に抱き着かれたボクの声ね。
こういうのなんていうんだっけ。ベアハッグ?もしくは遥か遠くの国に伝わると云われる、スモウレスラーのサバオリ?
まあ、どちらも二人一度にはやらないか。
さて、冷静に考えてこれはエミリー先生の母性スイッチが入っちゃったかな。
前も少し触れたが、彼女はある事故の後遺症で子供というものに異様な執着を持つようになる上に、母性と性欲が混ざってしまっている。
それ故に保護欲などを刺激されると、このように愛が溢れてしまうのである。ボクは慣れているから良いものの、シャルは突然の事に声が出ないでいた。
取り敢えずシャルの手元を確認。ああ良かった、コーヒーは零れていない。
そんな事を思っている間にエミリー先生は息遣いを荒くして、スモモのように火照った顔をシャルへ寄せる。
「ひ、ひぃ……なんなのじゃ!?なんか目が怖いぞ!」
「はぁっ、はあっ……、ダイジョーブデスヨー。お姉さん怖くないですよ~、ちょっと、ちょっとだけ味見したくなっちゃってさあ」
彼女の舌が、シャルのオデコをペロリと舐めた。エミリー先生は艶やかな笑みを浮かべながら舌を垂らす。
舐められたシャルは青い顔をして全身に鳥肌を立たせていた。
「くふっ。くふふ。塩味ぃ~」
「ひいいい!わ、妾は美味しくないのじゃ~!お兄様、ヘルプなのじゃあ」
ふたりして抱き絞められ上手く動けない中、泣きそうなシャルはボクに身を寄せた。
ボクの口元へ彼女のスチール缶の口が迫る。
再度確認し、よかったと感じる。代用コーヒーはこぼれていない。
「はいよー。ちょっと待っててね」
何時も通りのジト目で軽く言うと、先程シャルの飲んでいた代用コーヒーを口に含む。
味は甘苦くて乳臭い。後味として微量の酸味が鼻腔を擽った。
飲み込む事はしなかった。何故ならと、答えを行動で表す。
シャルに夢中のエミリー先生に顔を寄せると、特に迷う事はなく口内のコーヒーを彼女へ飲ませたのだ。口移しである。
しかも、単なる口移しという訳でもない。愛情の暴走を止めるには、更なる愛情が必要なのだから。
エミリー先生はエミリー先生で風俗嬢としての技術があるけど、ボクもハンナさん達を相手に磨いた接吻の技術はあるつもりだ。
ボクは彼女を押し倒す勢で『モノ』を叩きこむ。
少し深いキスをした後、自然にエミリー先生は抱いている手を解いた。
舌先が糸を引いている。
「ふう。落ち着きました?」
「あ、ああ。ごめん」
さっきとは打って変わり大人しい感じで素直に謝って来る。ボクは慣れてるから良いんだけどね。
そういう訳で、ひとつ苦笑いを浮かべながら視線を合わせる。
「良いですよ、それを含めてエミリー先生ですし。まあ、シャルに謝っといて下さい。流石にありゃ怖いですって」
「あ……その、怖い思いさせちゃってごめん、シャルちゃん。悪気はなかったんだけど……」
エミリー先生はガラス細工にでも触れるかのようにシャルへ手を差し伸べた。
「……正直な気持ちなのですじゃ?」
「うん。それは保証する」
シャルはボクへ視線をやったので、信頼出来ると頷いた。
ボクを見た妹は、背中の筋肉から肩を持ち上げ、その黒羽に囲まれた手を取った。
動きからは「嬉し気」という気持ちが読み取れる。
「だったら良いのですじゃ。妾だって、はじめて出来た友達を失いたくないからの」
「友達。そうか友達かあ。物凄く歳が離れている気がするけど、それは良いの?」
「お兄様とエミリー先生の関係に比べれば些細な事なのですじゃ」
ボク同様に舌をペロリと出して、あっかんべーをして、代用コーヒーを口にする。
そして少し残ったスチール缶を、不敵な笑みでエミリーの胸へ押し付けるように渡した。
「エミリー先生も飲むがよいのですじゃ。甘いぞ」
意図に気付いたエミリー先生は一口。
そして一言。
「ほんとだ。これは甘い」
本当は甘苦い筈だけど、終始その言葉が出る事は無かった。
読んで頂きありがとう御座います




