34 先生の胸の谷間は四次元オッパイ
エミリー先生はボクの隣に座って腕を組む。
胸が自然に持ち上がった。
「ところでシャルちゃん、あの後の話はどうなるのかな?」
そして胸の谷間に手を突っ込み、何の前触れもなく中から筒らしきものを取り出す。合計二本。
大きさは手の平ほどだろうか。
塗装はない。
「ブリキの……筒?」
「正解。私は『スチール缶』と呼んでいるけどね」
尚、ブリキとスチールに大した違いはない。
スチールに錫でメッキ加工を施したものがブリキである。
急展開にキョトンとするのも束の間、それらはボク達にそれぞれ渡された。
振って確かめるに中身は液体。
シャルも何か言いたいのだろうが、あいにく彼女は二つ以上の事を同時に考えるのが苦手だ。
取り敢えず現状を進めようとする。
「あ、ああ。
あの後、ヒロインは作りかけの楽譜を見せて貰う事になるのじゃが、音楽に詳しくないので歌ってもらうよう頼みます。
でも、電車の中じゃからとダメって言われてしまうのですじゃ」
「クッフッフ。そりゃそうだ」
エミリー先生はボク等に渡した物と同じスチール缶をまた取り出す。
凄いな、四次元おっぱいだよ。
特にドッキリの企画とかそういうものではない……筈である。
「それで、結局その時は別れますのじゃが、次に学生特権を使って安く電車に乗って軽い旅行へ行ったところ、バッタリと男に出くわしましたのじゃ。
でも今度は作曲に悩んでいて、ヒロインに気付かない状態でしたのじゃ」
「なるほど。逆のシチュエーションになった訳だね」
「うむ。そこから『駅に着いたら歌ってやる』という話になるわけですじゃ」
「ひゅー、やるじゃないの」
彼女はブリキの筒に付いている8の字のような「ツマミ」に指を引っ掛けると、外側に引っ張る。テコの原理で開口した。
ああ、そこが切り欠きの穴になっていたんだ。
エミリー先生の動作を参考にしてボクも開口した。
中から少し香ばしいコーヒーらしき香りが、狭い孔から吹くように漂ってくる。
冷たい飲み物の為か、そこまで強い香りという印象は受けなかった。
その動作にエミリー先生はクスリと微笑んで、ボクより先に口を付けた。
そしてボクも口を付ける。
味は普通のコーヒーに比べて乱暴。
甘味もあるが、なんか砂糖と呼ぶには異なるものだ。合成甘味料かなコレは。
一口飲んだ後、ボクは片手を上げて口を開く。
「話を切って悪いんだが、ちょっと良いですか」
「なんだい、アダマス君」
「なんでオッパイの谷間から出したのです?」
この時のボクは非常に澄み切った眼をしていたと思う。
対するエミリー先生は手の甲で己の額をペチンと叩いてケラケラと笑った。
「味や物の感想よりもソッチかぁ~」
「そりゃそうですよ。寧ろスルーしてきたボク達を褒めて欲しいくらいです」
「よしよし、良いこ良いこ~」
ベンチの誰も座っていないところにスチール缶を置いて、楽しそうに彼女はボクとシャルの両方の頭を撫でた。
まあ此処は大人しく撫でられといてやろう。
それも男の役目というものなのだ。ボクはフンスと鼻息を吹いた。
えへんぷい。
「まあ、こっちの方が注目集まりそうだからね。じ~っさい、アダマス君もシャルちゃんも目が離せない状態だったしぃ~」
いやらしい笑みでたゆんたゆんとソレを何度か下から揺らした。
ボクの膝に座るシャルも、その動作には注目を隠せない。
手元の決して小さくはないスチール缶を握りしめ、途端に『電流が走った』とでも比喩すべきか、何か知ってはいけない宇宙の真理に触れた顔をした。
彼女は身を乗り出す。
「目の離せない場所という事は……まさか、お尻の谷間にも!?」
「いやいや」
ボクはシャルの脳天に軽く、痛くない程度にスチール缶の底を落とした。
当のエミリー先生は相変わらずの、寧ろ更にいやらしい笑みで此方を見る。
彼女は長いスカートを摘まんで、誘惑するようにチラチラと白い脚を見せてきた。
その動作には経験が感じられる。
「そういえばアダマス君ってばお尻も見てたね~。確かめる?クッフッフ」
「やめい」
「いや~ん、いけず」
エミリー先生の頬へスチール缶の底の縁をくっつけた。少し水滴が滴ってまだ冷たい。
はじめはスカートを摘まむ手の甲にくっつけようと思ったけど、指輪にかかったら可哀想なので却下。
ともかく、流れのままに聞いてみる。
「んで、コレって何です?一般的なコーヒーとは微妙に違いますよね」
「ソコに気付くとは……流石に味が肥えているねえ」
「そうですか?ありがとうございます」
言ってエミリー先生は小さなガラスシリンダーを取り出した。
錬金術師には一般的なもので、縁のない人には「採血した血液を貯めておくアレ」とでも言っておけば良いだろうか。
中にはトロリとした透明の粘液が入っている。
手首で軽く振り、彼女はその向こう側から紫色をした生身の眼で此方を見た。
「観光ならその場所の『名物料理』が欲しくなるかなと思ってね。
ぶっちゃけると、この駅で最近流行っているコーヒーとは似て非なる飲み物だね。
冒険者が眠気覚ましに使ってきた代用コーヒーのレシピを基に改良して、ゴクゴクと一気に飲めるように錬金術で作った合成甘味料がぶちこまれている。私が今、手に持っているコレの事なんだけどさ。
ああ、発がん性物質は含んでないのでご安心を」
ふうんと聞いていると、顎の下でシャルがようやくツマミに指をかけているのが見えた。
『冒険者のコーヒー』という言葉に食指が動いたのかもしれない。
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