102 仲直りの「ごめんね」
嫌な気持ちになってしまい、つい口が開く。
「君はパノプテス商会との取引を認められて承認証を得た訳だ。
だったら商人としては『お得意様』として、商会を優先するべきなんじゃないかな。
学園都市から機関車を使って、商会へ納めた後に貸し馬車でこっちに来れば何の問題も無かった筈だ」
「はあ、すみません。
しかし信頼を得たとはいえ、国営機関車での物資の輸送は国から税が上乗せされるので、我々のような小さな商人では馬車に比べ金銭的に厳しい物があり、しかも既に持っている馬車を借りるメリットが無いのです」
「……そうかい。参考にするよ」
ミスった。
エミリー先生が絡んでいるせいか「どうしてこんなに問題がややこしくなるまで放っておいたんだ」の気持ちが先走り過ぎて、感情が処理できずにいた。所謂八つ当たりだ。
内心を把握してか隣のアセナも腕を組んで溜息をついている。ごめんよ。
一旦シャルの頭を撫でて深呼吸。
そしてボクは手を広げると族長としてのアセナへ指示を出す。
「パノプテス商会が出てきたので、もはやルパの町やボクだけの領域に収まらなくなった。
故に重要参考人として牢で拘束し保留。急ぎで案件を領都へ持って行き、本格的なパノプテス商会への裁判とするよ」
アセナは指示に従って兵隊を用意する。
覚悟していたのか、商人はがっくりとした表情だったけど、大人しく牢屋の方へ歩いていった。
心を読むなら『この場で首を刎ねられなかっただけマシ』といったところか。
これにて商人の件は、不十分ながらもボクに出来る事は終わりといったところ。
「さて、そんな事より厄介な置き土産をしてくれたものだ」
見えるのは荷台いっぱいの葉っぱ。そして、エミリー先生への不信の眼。
これが普段の状態だったらどうにでもなったのだけれども、今回は綺麗に悪い歯車がかみ合い過ぎたな。
エミリー先生への不信感が漂っている時に、待っていましたと言わんばかりにトラウマを刺激するものが大量にやって来たのだ。
こりゃ、ルパの町の住人を薬漬けにするには十分な量だろうね。
注目を浴びるエミリー先生は毅然とした様子であるが、口元には力が入っているのが見て取れた。
これは『ルパ族族長』に事態を治めるよう言わなきゃいけないんだろうなあ。
脳裏を、此処に来る前に当の彼女から聞いた台詞が過ぎる。
────だからまあ、難しいかも知れないけどこれまで通りに。でも、知っている者の責任として優しくもしてあげて欲しい。
あの子は見た目よりずっと周りの目を気にしてるし、繊細なんだ。
ああ、分かっているつもりさ。
アセナはエミリー先生に自分から話しかけられなかったし、周りを皮肉るように見えて自分自身に言い聞かせている、自分を追い詰めやすい人だ。
それでも言わなきゃいけない。
これはラッキーダスト家次期当主としてもそうだが、ボク個人としても賛成だった。
何時かハッキリさせておかなければ何れアセナの心が壊れてしまいそうだから。
頭の中でアセナを心配していたエミリー先生の母性的な微笑みを掻き消し、『ボク』の行動をシミュレートし、口を開く。気持ち口内が冷たく感じた。
「ルパ族族長、アセナ・ルパ。
アダマス・フォン・ラッキーダストが命じる」
「……はっ!」
一瞬で『公的な立場である』とあると察したアセナは直ぐにボクの前へ跪き、タメ口をはじめとした余計な事も言わない。
表向きは寵姫とはいえ、折角この国の一員として平等に扱われると思っていたのに跪かなければならないなんて、不公平を見せつけるようで屈辱だろう。しかも皆の前でだ。
だから分かって欲しい。恨んでくれても良い。
ボクにはこれしか出来ないんだ。
「エミリー・フォン・メリクリウス女準男爵への無礼をこれ以上見過ごす訳にはいかない。
それ故、謝罪を求める」
更に周りが批難するようにざわついた。
そりゃそうだ。明らかに怪しいのはエミリー先生だし、感情的にも許せるものでない。
ただ、ボクはアセナを信じていた。
エミリー先生の愛を信じる彼女を、今の自分自身に納得できていない彼女を、愛を以て信じているのである。
アセナ、君ならやれる筈だ。
この場を利用して、今まで言えなかった本音を語る事を。
「申し訳ございません。メリクリウス卿に族長として謝罪致します。
この度は私個人の感情が巻き起こした事であります」
自分一人が罪を被るつもり……と、いう思惑でもないらしい。
長い間悩み、そこへ至ったのだろう。
「そも、メリクリウス卿の事を最も『汚れている』と感じていたのは私なのです。
初めて貴女に会った時、空虚な右眼を見て思ったのは『こうはなりたくない』という低俗な感情だったのです。
それは虐げられる痛みを知っている筈なのに、虐げられる者を見下す最低の人間の思考だと感じております」
つらつらと本人の目の前で今まで感じていた事を吐き出すアセナは、今度こそ自虐ではなく、何処かスッキリした様子が伺えた。
エミリー先生としては、表情一つ変えず真剣に聞いている。
何時もの微笑みでもなければ怒りでも哀しみでもなかった。
「私は、結局自分だけ被害者になりたくない卑怯な人間なのです。
傷つく風俗嬢を見て浮かぶ感情は同情ではなく、自分はそうなりたくないという勝手な感情でした。
去年、領都から出発するあの日、次期当主様に身体を捧げたのも、旅の途中で『ああなってしまうんじゃないのか』というトラウマでした」
アセナの眼が潤む。
周りで聞いてるルパ族の人達も、先程まっでざわついていたのにどう対応していいか分からないようだった。
「自分自身がそうだという後ろめたさがあるからこそ、皆に強く言い出せませんでした。
だから……ごめんなさい。本当にごめんなさい……」
彼女の声は、何時もの明るい彼女から想像出ない程悲し気なものだった。
「謝るくらいなら、償う覚悟もあるって事だな?」
ところが、何処からともなくそんな男の声が聞こえてきた。
同時に耳の良いルパ族全員が反応していた。なので聞き間違いではないようだが、表情は宜しくない。
まるで、二度と会いたくもない人物に会ったかのようだった。
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