第75話 新しい 技
「いらっしゃいませ」
厨房に入ると、シェフが出迎える。
「彼女達にさっきのジャムを試食させてくれ」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
そう言ってシェフは厨房の奥へ行く。
「俺達はここで座っているか」
厨房の入口付近に椅子とテーブルがある。
料理人達の打ち合わせや休憩に使うのだろう。
俺は、エセル、シェリー、ノーマと一緒に椅子に座る。
「お待たせしました」
シェフが戻って来る。
丁寧な事に一人一皿用意してくれたようだ。
皿には紫色のジャムが載せられている
「特製ぶどうジャムです」
俺達はスプーンでジャムをすくい口に運ぶ。
「「「美味しい!」」」
皆が同時に歓声を上げる。
「美味しいけれど、これまで食べたジャムよりも甘くないのよね」
「ノーマさんの言う通りですね。しかし、甘さが控えめな分、葡萄の味がします」
「うちが知っているジャムと違うかな」
ノーマ、エセル、シェリーがそれぞれ感想を述べる。
「実はこのジャム、砂糖を一切使っていない」
「「「えっ!?」」」
三人同時に驚く。
ジャムと言えば砂糖を入れるのが当たり前だからな。
ただ、砂糖は高い。
販売価格を下げる為には、砂糖の使用を避けて材料費を下げるしかない。
何とかならないかと考えていたら、前世日本人だった頃に読んだ雑誌に砂糖を使わないジャムの記事を思い出した。
そこでシェフに砂糖を使わないでジャムを作れないか頼んでみた。
するとシェフは快く引き受けてくれ、あっという間に試作品を作ってくれたのだ。
エセル達の反応を見て満足な様子のシェフ。
「こちらのジャムもどうぞ。りんごジャムです」
シェフは新しい皿を持ってくる。
「果肉が大きいですね」
「林檎を食べているみたいね」
「はい。林檎の食感や風味を活かしております」
プレザーブと呼ばれている果実の原型を残したジャムだ。
「砂糖を使うと甘くはなりますが、果物の風味が失われてしまう事が難点です。しかし、ここの果物は甘いので砂糖がなくても美味しいジャムが出来上がります」
シェフが説明する。
砂糖を使わないことで材料費を抑えられる上、果物のそのもの味が楽しめる。
一石二鳥である。
「だけど、主さん。これでは王都では売る事が出来ないよ」
またもや盛り上がっているところに水を差す発言をするシェリー。
その理由は俺も分かっている。
「砂糖を全く使っていないからか」
俺の言葉にシェリーは「そうだよ」と頷く。
ジャムに砂糖を使うのは甘さを出す為でもあるが、最大の目的は保存をするためだ。
前世の頃の記憶を辿ると、食べ物が腐る原因は、細菌が増殖して食べ物を分解するからである。
パン作りに欠かせない酵母や甘酒に欠かせない麴など分解する事で人間に有益をもたらす菌もいるが、ほとんどの菌は食べ物を分解する時に次々と増殖して有害物質や毒素をまき散らす。
つまり、細菌がいなければ食べ物は腐らないが、その細菌が生存と増殖に必要なのが水分だ。
砂糖は浸透圧で食べ物から水分を抜く効果がある。
また、砂糖自身が水分と結合する性質を持っていて、砂糖と結合した水分は、砂糖が邪魔をして、細菌に水分を使わせない。
シェリーをはじめ、この世界の人達が砂糖と細菌と腐敗の関係をどこまで知っているか分からないが、長年の経験から砂糖が腐敗を防いでいる事は知られているようだ。
「ふっふっふ。実は砂糖を使わなくても食べ物を腐らせない方法があるのだ」
思わず含み笑いをしてしまう俺。
今こそ、前世で得た知識を活かす時だ。
俺は懐からある物を取り出す。
それはガラス瓶。
「ジャムの瓶詰めを作る」
「「「「瓶詰め?」」」」
シェフも含め、この場にいる全員が疑問符を浮かべている。
瓶詰めは、食材を詰めたガラス瓶を沸騰しているお湯に入れて加熱し空気を抜いてから密閉する方法で、細菌の繁殖を防ぎ、長期保存に優れている。
日本の家庭では、ジャムを作った時の保存方法として馴染み深いが、この方法を考案したのは19世紀フランスのニコラ・アペール氏。
ナポレオンが軍の新しい保存食について賞金を懸けて公募した時、アペールがこの瓶詰めで応募し、見事賞金を獲得した事から、瓶詰めの歴史は始まった。
後に容器をガラス瓶から金属缶に変えて耐久性を向上させた缶詰が登場。
地球上の人類の食生活に大きな影響を与えた発明である。
ちなみに、21世紀の瓶詰めの蓋は金属が主流だが、最初はコルク栓を蝋で固めて密封していたそうだ。
転生してから見た事は無いし、アーノルドにも確認してみたが、瓶詰めによる食品保存は、この世界ではまだ発明されていないらしい。
ここで俺が瓶詰めジャムを世に出せば、この世界初の瓶詰め食品となる。
また、ジャムが軌道に乗れば、瓶詰め食品第二弾として茸の水煮を売り出しても良いだろう。
「………という訳で、瓶詰めは長期保存に優れているんだ」
俺は瓶詰めの素晴らしさを皆に説明する。
ただ、皆の反応はいまひとつ。半信半疑といった様子だ。
「塩も砂糖も酢も使わないで保存できるのかな」
知識が豊富で頭の回転が速いシェリーですら、こんな感じである。
白けた空気が漂う。
無理もない。未発見の保存方法だからな。
いつの時代も先駆者というのは周りから理解されないのだ。
「エセルは大丈夫だと思います」
そんな中、エセルが立ち上がり声をあげる。
「エセルさん。馬鹿なこと言っていないで目を覚ますべきよ」
ノーマがエセルを諭す。
それは構わないが、ノーマよ、その言い方だとまるで俺が馬鹿みたいではないか。
「ノーマさん、違います!どうして瓶詰めの食べ物が腐らないのかエセルは分かりません。しかし、リック様が腐らないと言っています。だからエセルは瓶詰めの食べ物は大丈夫だと信じます!」
ありがとうエセル。信じてくれて嬉しい。
だが、エセルがリック信者になっていて少し心配だ。変な宗教でも興さなければ良いが。
さて、エセルの言葉を聞いた、シェリー、ノーマ、シェフの3人であるが、彼らには何かが伝わったようだ。
「そうだね。主さんだからね」
「そうよね。ご主人様だものね」
「そうですね」
急に合点する。
皆は俺の事をどう思っているのだろうか。
好意的に見られてはいるようなので、気にしない方が良いのだろう。
「リック様!皆頑張りますのでジャムの瓶詰めを成功させましょう!」
こうして俺達はジャムの瓶詰めに取り組むことになったのであった。
読んで頂いてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




