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第76話 新しい つくる

前回のあらすじ

 リック達はウォーカー男爵領の新しい産業をつくる為、瓶詰めジャムを作る事になった。

 それは葡萄(ぶどう)ジャムをガラス瓶に詰めていた時に起きた。

「キャー!」

 ノーマが悲鳴をあげる。

 彼女に共鳴するかのようにガラス瓶が次々と割れていく。

 俺達は成す術もなく、その光景を見つめる。

「ノーマ……」

「あたしのせいじゃないわ」

 全力で否定するノーマ。

 分かっている。こんな芸当、普通の人では出来ない。

「全滅だよ」

 俺とノーマのやり取りをよそに、ジャムの惨状を嘆くシェリー。

 割れ目から熱々のジャムが零(こぼ)れ出ている。

 作業台の上は、ジャムと割れたガラスで混沌としている。

「ジャムの中にガラス片が混じってしまっています」

 エセルが悔しそうに言う。

 危ないのでこれは食べられない。

 捨てるしかない。

「なぜだ?」

 俺は困惑する。

 この世界のガラスは、21世紀日本のガラスと比べれば品質に劣るのは事実。

 だが、ジャムを詰めただけでガラス瓶が割れるとは思わなかった。

 これでは瓶詰めを作る計画が根底から覆(くつがえ)されてしまう。

「ねぇ、主さん」

 そんな俺に声を掛けるシェリー。

「うち、今気が付いたけど、ガラスのコップに熱いお湯を入れると割れるよね」

「あっ!」

 俺は思い出した。

 今、俺達が瓶に詰めていたのは、出来立てで熱々のジャム。

 たぶん100℃近くあると思う。

 一方のガラス瓶。

 ジャムを作る為に薪(まき)を大量に燃やしているので室温は高いが、ガラス表面の温度は30℃にも満たないはずだ。

 ガラスは温度差に弱い。

 一般的なガラスは60℃以上の温度差があると割れる。

 100-30=70>60

 完璧にアウトだ。

 失念していた。  

「リック様、申し訳ございません」

 エセルがすまなさそうに声を掛ける。

「メイド長から、ガラスの器に温かい物を入れる時は、器も温めてから入れるように助言を頂いていたことを忘れていました」

 たしかに、エセルがジャムを詰める前に思い出せば、この悲劇は防げた。

「気にしないでくれ」

 初歩的な理科の知識である。こんなに単純な事に気が付けなかった俺の責任は大きい。

「ジャム作りと一緒に、ガラス瓶を温めておけば良いのかな」

「そうだな」

 ガラスは少しずつ温めて行けば割れない。

 いっそのこと煮沸(しゃふつ)消毒(しょうどく)してしまうか。

 ジャムをガラス瓶に詰めた後に煮沸消毒するつもりだったが、詰める前と詰めた後の二度消毒すれば細菌の繫殖も抑えられるだろう。

 俺達はジャム作りと並行(へいこう)してガラス瓶の煮沸消毒をする事で、温度差の問題を解決した。


 この後も、ジャムが変色したり蓋が開かなくなったりトラブルの連続だった。

 いったいどのくらいの葡萄を駄目にしてしまっただろうか。

 もったいないお化けが出てもおかしくない程である。

 正直言うと、このジャムの瓶詰め。最大の問題は砂糖を使わないジャムを作る事だと思っていたので、シェフがその問題を解決してくれた時点で、成功したものだと思い込んでいた。

 ただ、俺は瓶詰めの知識は持っているが、実際に作った経験が無い。

 そこが落とし穴だった。

 三日も有れば目処が立つと思っていた瓶詰めだが、試行(しこう)錯誤(さくご)の繰り返し。

 一日経ち、十日経ち、一ヶ月経ち………時はどんどん過ぎて行く。

 俺の15歳の誕生日。

 この世界では、子供から大人として認められる年齢であることから、人生の節目の一つ、記念すべき晴れの日。

 しかし、俺はジャムの表面でルンルンしている黴(かび)とにらめっこして終わった。

「考えが甘いんだよ!」

 ある時は、謎の声が突然聞こえる。

 なっ!?天の声か!

 しかし周りはジャム作りに没頭している人達のみ。

「主さん、どうしたのかな」

「何でもない」

 どうやら幻聴らしい。

 俺はかなり疲れているようだ。

 失敗の連続で行き詰まりかけているが、それでも、前世でガラスの瓶詰めの保存食という事例を知っている事は大きい。

 こういう時は、先行きが見通せない不安から仲間同士での不協和音が発生して、迷走してしまいがち。

 だが、俺は成功事例を知っているので、やっている事は間違っていないと自信を持っている。

 その自信は、周囲の者達の不安を払拭(ふっしょく)し安心感を与える。

 想定よりも多くの時間を費やしたが、0から創り上げるより、はるかに短い期間で済んだ事には間違いない。


「出来た!」

 俺達の目の前には瓶詰めされた葡萄(ぶどう)ジャムが100個ある。

 当然黴(かび)なんて生えていない。

 変色もしていない。鮮やかな濃紺色をしている。

 商品として出荷できる水準の瓶詰めジャムだ。

 葡萄の収穫期も終盤だが、ギリギリ間に合った。

「やりましたね」

 エセルは達成感に浸(ひた)っている。

 彼女だけではない。 

 シェリーもノーマもシェフもジャムの瓶詰め作りに携わった使用人達は皆、達成感に浸(ひた)っている。

 俺一人だったら挫折(ざせつ)していた。

 皆のおかげだ。

「ありがとう」

 俺は心の底から感謝をしたのであった。


読んで頂いてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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