第55話 約束
前話までのあらすじ
エセルとデートした翌朝、リックは朝食時に父ピーターから初代当主パーシー・ウォーカーの伝説を聞く。そして大事な話があるから昼下がりの鐘が鳴った後に父の自室に来るように指示をしたのであった。
「主さん、この書類完成したよ」
シェリーが俺の机に書類を持ってくる。
俺は書類に目を通す。
「流石!完璧」
彼女は博識な上、事務能力が高い。
スカウトして良かった。
「お褒めに授かり光栄だよ」
シェリーは嬉しそうだ。
「ところでね。主さん」
「なんだ?」
「昨日はお楽しみだったのかな」
ゴホッゴホッゴホッ
俺は驚きむせてしまう。
朝食の時と同じ言葉を掛けられるとは。
「娯楽の少ない田舎だからね。屋敷どころか領内中で話題になっているよ」
ニコニコと笑うシェリー。
もしかして今日一日あちらこちらで同じことを聞かれるのか。
「大丈夫だよ。皆、主さんとエセルさんの事、温かく見守ってくれるよ」
「本当にそうか」
俺は頭を抱える。
田舎恐るべし。
あれっ?
俺はシェリーの表情が微妙に変化した事に気が付く。
「何かあったか?」
「主さんは鈍感だけど、変なところだけ敏感だよね」
シェリーは露骨に呆れ顔になる。
俺、何か悪いことをしたのか。
「エセルさんが頑張ったご褒美にデートだったら、うちもデートして欲しかったな」
シェリーは頬を膨らませる。
怒っているという意思表示なのだろうが、相反してその姿は可愛らしい。
もっとも、彼女が本気で怒ったら背筋が凍り付くような恐怖を感じることだろう。
「シェリーの言う通りだ。吸血ゲルの事を教えてくれなかったら俺達大苦戦していたよな。皆が無事に帰ってこられたのはシェリーのおかげだ」
あの時のシェリーはMVP表彰をしても良いくらいの活躍だった。
「それなら、うちにもご褒美が欲しいかな」
なるほどそう言う事か。
「ご褒美は金一封でどうだ」
「それは本気で言っているのかな」
シェリーの目つきが鋭くなる。
周囲の空気が冷え込む。
「もっ、もちろん冗談だ」
俺は慌てて訂正する。
「そうだよね。良かった」
シェリーはいつもの笑顔に戻る。
空気も元に戻る。
俺は安堵する。
「それでご褒美は何かな」
「そうだな」
俺は考える。
シェリーの希望は俺とデートをする事なのだと思う。
ただ、そうなると気掛かりな事もある。
「もしかして、うちのこれが嫌いなのかな」
少し悲しそうな顔でシェリーは手で右頬の辺りを触る。
髪で隠しているが、そこには火傷の跡がある。
医者からも完治は無理だと言われている重度の火傷だ。
「絶対にそれはない。断言する。俺はシェリーという人間が大好きなんだ」
もちろん大きな胸と大きな瞳のかわいい顔も素敵だが、何より彼女の人柄は魅力あふれる。
「……主さんは天然さんかな」
何故かシェリーは顔を赤くしている。
「どうした、熱でもあるのか」
「ベタなボケはしなくても良いかな。それより、うちが大好きなら、どうしてデートしてくれないのかな」
不思議そうな表情をするシェリー。
言いづらいが本心を話した方が良さそうだ。
「好きな人が、他の人とデートをしていたら嫌じゃないか」
「エセルさんの事かな」
俺は頷く。
俺とエセルはキスをして互いの愛情が深まった直後、日本語に訳すと『ラブラブな関係』だ。
そんな時に 俺とシェリーがデートしたら、エセルはショックを受けるに違いない。
少なくても俺だったらショックを受ける。
エセルが他の男とデートする姿は、見たくも想像したくもない。
「主さんは真面目だね。だけど、主さんは貴族だよ」
シェリーが言わんとする事は分かる。
二男であっても貴族である以上、俺はエセルを正妻にする事は出来ない。
貴族というのは血筋を重んじる。ウォーカー男爵家が今後発展するには、他の貴族の血筋を入れて貴族家間の結びつきを強くすることが必要だ。俺もいずれは貴族の令嬢を正妻として迎え入れる時が来る。
ただ、正妻は無理でも、エセルを側室や愛人にする事は可能だ。ロイレア王国の貴族ではよく見られる事例である。
エセルもその辺の事情は理解しているはずだ。
つまり、シェリーは、交際相手が一人や二人増えても問題ないだろうと言いたのだ。
そして、これがこの世界の常識でもある。それは分かっているのだが………。
「ご馳走様かな」
シェリーはやれやれといった様子だ。
「うちはそんな主さんが好きだよ。分かった。今すぐデートしてとは頼まない。だけど、主さんとエセルさんの気持ちが整理できたらデートをしてね」
「ありがとう」
俺は頭を下げて感謝する。
「ふふふ。デートする日を楽しみに待っているからね」
ニコニコ笑顔に戻ったシェリーは再び仕事に戻る。
この様子を見るにシェリーも俺の事を意識しているのか。
こんな不細工な男のどこが良いのだろうか。
やはり金だろうか。
出来れば他の理由も欲しい所だ。
この後、シェリーは上機嫌で仕事をしていた。
ゴーン ゴーン ゴーン
遅い昼食を取っていると鐘が鳴る。
「リック様、昼下がりの鐘です」
エセルが水を用意してくれる。
プライベートと仕事の区別はしっかりできている。
今朝のような甘い雰囲気が全くない。
むしろ今までより公私を明確に分け、メイドに徹している気がする。
俺は口の中に残っているパンを水で流し込む。
「父さんの部屋へ行ってくる」
約束した時間だ。俺は椅子から立ち上がる。
「お気をつけて」
「行ってらっしゃい」
エセルとシェリーに見送られて俺は父さんの部屋へ向かう。
「リック様、御主人様は部屋でお待ちです」
ピーター父さんの部屋も前で老執事が待っている。
「あれっ?部屋には父さん一人なのか」
この執事は父さんの側近中の側近という人なので、いつも傍らにいる。
自分から話さないので目立たないが、今日の朝食の時も食堂で父さんの左斜め後ろに立っていた。
「御主人様はリック様と二人きりで話されることを所望されています」
人払いか。
この人まで席を外させるとは、いったいどんな話なのだろうか。
くだらない冗談ではない事は確かだ。
コンコン
扉をノックする。
返事はない。
俺は老執事の顔を見る。
彼も首をひねるが「お入りになられても大丈夫かと思います」と言うので、俺は扉を開けて部屋に入る。
「入るぞ」
断りを入れるが、やはり返事はない。
怪訝に思いながら部屋の奥へ足を進める。
「父さん!」
俺は父ピーター・ウォーカー男爵を見つける。
大きな声で呼ぶが返事はない。
父さんは倒れていた。うつ伏せになって。
顔は青ざめ。周りには血だまりが出来ている。
吐血したのか。
「父さん!ピーター父さん!!」
俺は父さんの肩を叩いて呼び掛けるが返事はない。
呼吸はしている。
だが、意識は失っている。
「御主人様、リック様、如何されましたか」
異変に気が付いた老執事が部屋に入って来る。
「!?」
冷静沈着な老執事が口をパクパクさせる。
驚きのあまり声も出ないようだ。
「とにかく医者だ」
「かしこまりました」
動揺しながらも老執事は医者を呼びに行く。
俺は何度も何度も父さんを呼びかけるが、やはり意識は戻らない。
この後、屋敷は大騒ぎになったのであった。
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