第31話 男たちの夜 そして夜明けへ
「まだ産まれないのか」
ポール兄さんがそわそわしながら言う。
「ひっひっひ。こういう時は待つ、ひたすら待つしかないのさ」
そう言いながら、ピーター父さんはいつにも増して激しい貧乏ゆすりをしている。
「オリーヴ義姉さん大丈夫かな」
俺は所在なげに部屋の中を歩き回る。
窓の外は夜の帳が下りていて、遠くの山から顔を見せている月が大地を照らしている。
オリーヴ義姉さんが産気付いてから長い時間が経過した。
自分の部屋にいても良かったのだが、何となく落ち着かず、屋敷の中をウロウロしていたら「落ち着いて下さい」とエセルに叱られ、この部屋に連れて行かれた。
その時には、父さんや兄さんも既にこの部屋にいたが、俺と同じような理由で連れて来られたそうだ。
かくして、俺達は一緒に出産を待つことになったのだが、男が三人いても状況が変化する訳ではない。
時々会話をしたり、用意された夜食を食べたりする他は、三人とも手持無沙汰にしていた。
「ひっひっひ。思い出すな」
突然、父さんが喋り出す。
「何を思い出したのですか」
兄さんが質問すると、父さんは俺の顔をじっと見る。
どうしたんだ?さっき食べたパンケーキのクリームでも頬に付いていたのだろうか。
「正直言うと、おいらもあいつも諦めていたんだ」
あいつというのは死んだ母さんの事だな。何を諦めていたんだろう。
「リック、お前が産まれた日の事だ」
ああ、俺が産まれた時の事か。
なつかしいな。
自分が産まれた時の記憶を鮮明に持っている人は滅多にないと思うが。
「僕も子供ながらに覚えているよ。父上も母上も皆、大変そうにしていた」
兄さんが懐かしいそうに話すと、父さんは「そうだ」と頷いて、言葉を続ける。
「難産だった。出産の途中で医者からは『生きて産まれるのは難しい』と言われた」
あの時は、俺の勘違いで逆子になって、産まれるのに時間が掛かったんだよな。超人の力を使わなければ、死んでいたかもしれない。
「おいらも死産を覚悟した。その時だ、あいつが突然、屋敷中に響き渡るほど大きな叫び声をあげた。間もなくしてお前が産まれてきた」
母さんが叫び声をあげたのは、俺が寿命を一日消費して超人の力を発動させた時だろう。生きるか死ぬかの瀬戸際だったから、俺も無理やり産道を進んだ。当事者の母さんは相当痛かったのだろう。ごめんな。
「まあ、あいつも出産はポールの時より痛かったと言っていた。だが、お前が産まれた事はそれ以上に嬉しかったと言っていたし、おいらも嬉しかった」
「かわいい赤ちゃんだったよね。僕も弟が出来て嬉しかったな」
父さんや兄さんの言葉を聞いて嬉しくなる。
オリーヴ義姉さんから産まれてくる子も皆から祝福されるのだろう。
「ひっひっひ、空が白んできたな」
父さんのいう通り、窓の外を見ると、さっきまで暗かった空が明るくなってきている。
「徹夜になったね」
「ひっひっひ。ポール、甘いぞ。リックの時は、夕方に産気づいて産まれたのは次の日の夕方だった」
そうだったのか。
あの時は俺も必死だったから分からなかったが、丸一日母さんのお腹の中で頑張っていたのか。
オギャー オギャー オギャー
遠くから泣き声が聞こえてくる。
「ひっひっひ。今回はリックの時よりも早かったな」
「そのようだね」
「兄さん、おめでとう」
オリーヴ義姉さんが無事に子供を産んだという報告が届いたのは、それからすぐであった。
出産というのは赤ちゃんが産まれて、それで終わりという訳ではない。
胎盤という母体から胎児、赤ちゃんへ栄養を送る臓器があるが、これは赤ちゃんが産まれると役目を終えるので母親の体から外へ出さないといけない。
また、赤ちゃんが産み出てくる時、股の会陰という部分が裂ける事が多く、これを縫合する必要もある。
俺達がオリーヴ義姉さんと産まれた赤ちゃんと会えたのは、泣き声が聞こえてから小一時間くらい経ってからだった。
はっきり言って夜中に待っている時よりも、この小一時間の方が大変だった。
赤ちゃんに早く会わせてくれと主張する父さんと兄さん、産後の処置が終わるまでは駄目と言うメイド長、双方の間で熾烈な攻防があったからだ。
俺が産まれた時は普通に父さんがいた気がするが、担当する医師によって判断が違うらしい。
「ひっひっひ、顔を見るくらい良いじゃないか」
「駄目なものは駄目で御座います」
「まあまあ落ち着けって」
徹夜明けの寝不足により、皆が妙なテンションになっている。
なぜか、双方の仲裁をするという立ち位置になってしまった俺。
はぁ、疲れた。
さて、朝陽が屋敷に差し込む頃、産後の処置も終わり、会って良いと医師から許可が出たので、ピーター父さん、ポール兄さん、俺リックの男三人は、オリーヴ義姉さんの部屋に入る。
ベッドで横になっているオリーヴ義姉さん。
その隣に置かれている揺り籠の中にいる赤ちゃんは、大きな目を開いて外の世界を不思議そうに見つめている。
綺麗な金髪だ。髪はポール兄さんに似たようだ。
目元はオリーヴ義姉さんに似ている。
父母共々美形だから、この子も美形になる事は間違いないだろう。
先祖返りして顔が父さんに似ない事を祈る。
「オリーヴ、頑張ったね」
兄さんが労いの言葉を掛けるとオリーヴ義姉さんは嬉しそうな表情を浮かべる。
「お子様の誕生おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
出産に立ち会った医師が笑顔で話す。
兄さんはそれを聞いて、さらに喜ぶ。
もちろん女の子も嬉しいが、貴族の世界では世継ぎとなる男の子はどうしても必要なのだ。
それにしても赤ちゃんかわいいな。
前世で娘のお腹にいた赤ちゃんもこんな感じなのだろうか。
娘、そして顔を見る事が叶わなかった孫。二人とも元気かな。神様は二人共に100歳まで元気で生きていられるようにしてくれると約束したので大丈夫だと思うが。
あれから14年が経過した。
今頃何をしているのかなぁ。
ここからは遠く離れた異世界日本。
もうあそこへ帰る事は出来ない。
俺は深い郷愁に駆られる。
「リック様、如何されましたか」
近くにいたエセルが心配している。
「い、いや、何でもない」
おめでたい時に感傷的になるのは良くないな。
今は純粋に赤ちゃんの誕生を祝おう。
「ひっひっひ。赤ちゃんってのは、いつも見てもかわいいな」
ピーター父さんの笑顔。熱したチーズのように蕩けている。
熱し過ぎると焦げるから程々にした方が良いと思うが。
オギャーッ!
ほら泣いた。
「ひっひっひ。元気が良いな。男の子はこれくらい元気が良いとな」
父さんはいつも前向きだ。
「よしよし」
オリーヴ義姉さんが起き上がって赤ちゃんをあやす。
「腹が減ったか。それなら、おいら達は退散する事にしよう」
「そうだな」
たぶんこれから赤ちゃんに母乳をあげないといけないだろう。
それにオリーヴ義姉さんも出産で相当疲れている。
俺達がいるとなかなか休めない。
「じゃあな」
俺はオリーヴ義姉さんと泣いている赤ちゃんに挨拶をして部屋を出た。
誕生した赤ちゃんはティムと命名された。
ティム・ウォーカー。なかなか良い響きだな。
こうして、ウォーカー男爵家に新しい家族が誕生したのであった。
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次回の更新は7月10日金曜日を予定しております。
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