番外編3 ピーターとマーカス
一面に生い茂る草。
それだけでも、ここは人が来ない場所である事を物語っている。
こんな所までわざわざご苦労さん。
そんな皮肉でも言いたくなっちまう。
「ふぅ」
おいらは大きく息をつく。
ちょいと疲れた。最近、体力がなくなった。齢を取ったか。
「ピーター様、申し訳ございません。まもなく到着いたします」
おいらよりも、はるかに年上のマーカスが謝る。
「ひっひっひ。大丈夫さ。気にするな」
むしろ、マーカスの方が大丈夫なのかと言いたくなる。
町の兵士隊長として、火災があったあの日から不眠不休で働いている。
かなり疲れているはずなんだがな。
リックの奴なんかは疲れ果てて三日間も眠り続けた。
まあ、あいつの場合は特別な事情もあるが。
この案内も、若い兵士に頼もうと思ったが、おいらが行くと聞いてマーカスが自ら志願してきた。
長い付き合いだが、律儀な奴だ。若い頃から変わらない。
変わったのは髪の毛ぐらいか。最近は黒がめっきり減って白髪が目立っている。
「こちらですぞ」
ようやく着いた。
小道から遠く離れた場所。
無造作に生える雑草と無数の石ころが散らばっている荒地だ。
「男爵様。このような場所までお越し頂き、ありがとうございます」
この荒地で警備をしていた兵士が敬礼してくる。
「ひっひっひ。お疲れさん」
おいらは、歯がキラッと輝いている爽やかな兵士に労いの言葉を掛ける。
「ベンジャミン。あそこへ」
マーカスに指示された兵士ベンジャミンは、おいらをある場所へ連れていく。
「偶然、ここを通った猟師が発見しました」
そこには筵が置かれている。
その数は八枚。
「かなり酷いですよ」
ベンジャミンが止めるが、おいらは筵に手を伸ばす。
筵を持ち上げると、悪臭が襲う。
余りにも酷過ぎて吐き気がするほどの臭い。
おいらは手で口と鼻を覆う。
「これは無残だ」
筵の下には死体があった。
それも酷い状態だ。
死後数日経っているのだろう。腐敗も激しい。獣に喰われた跡も所々にあるし、虫まで湧いていやがる。
「ひっひっひ。あいつらを連れてこないで正解だったな」
おいらは二人の息子の顔を思い浮かべる。
ポールが見たら卒倒するだろう。
リックの奴は逞しい。
だが、意外とこの手の類は耐性が無さそうな気がする。
「ピーター様は若い頃、大変苦労をされましたからな」
マーカスがベンジャミンに説明している。
「ひっひっひ。マーカスだって同じだろう」
そう。おいらは昔、この類の死体を何度か見た事がある。
まっ、慣れちゃいてれも気持ち良いもんではないな。
「身元は分かったか」
「はい。八名全員が、例の奴隷達でした」
リックが以前、捕まえた盗賊達だ。
教会の連中と一緒に行動していたゲブという男を除いて、全員が火災のあったあの夜を最後に、姿を消していた。
あの火災には不自然な点が多かった。
人気も無いし火の気もない場所から起きた火災。それも短時間で手に負えないほど強くなった火勢。
放火だったのは明らかだった。
「ひっひっひ。これで決まったな」
マーカスとベンジャミンが頷く。
放火をした犯人は、こいつら八人という事。
そして、こいつらを操っていた黒幕が存在する事だ。
黒幕は奴隷の身分に落とされて不満を抱いていた奴ら八人に接近。
奴隷からの解放とか高額な報酬とかをちらつかせて、放火を唆したのだろう。
そして放火が成功した後、黒幕は八人をここまで連れてきて口封じの為に殺害。
人気が全くない場所だから、猟師が偶然発見しなければ、死体はそのまま朽ち果てていただろう。
「何か分かった事はあるか」
「申し訳ありません」
マーカスとベンジャミンが頭を下げて謝る。
「ひっひっひ。仕方ないさ」
黒幕を特定できる手掛かりがあれば良かったが、さすがに痕跡を残すようなヘマをするような相手ではないか。
「ただ、気になる点がありますぞ」
「なんだ?」
マーカスに説明を求める。
「死体は獣に喰われて欠損しているので違うかもしれませんが、致命傷になっているような傷が見当たらないのです」
言われてみれば、死体は傷んでいるが、剣で斬られた傷も槍で刺された傷も鈍器で殴られた傷も見当たらない。
獣には喰われているが、この辺には生きている人間を襲う、それも八人も殺す獰猛な獣はいない。
獣は死体を齧っただけだろう。
傷を負わない殺し方があるとすれば毒殺か。
だが、それも疑問が残る。
おいらも毒には詳しくないが、人間を殺すほどの毒だ。
毒が回った死体を喰った獣が無事でいられるか。
毒が回った死体に虫が湧くか。
傷でもない、毒でもない、他にどんな殺し方がある。
んっ!
そういえば、リックが奴らの親玉と戦った時、突然親玉が苦しみだして死んだって言ったな。
今回も同じなのか。そうであれば、まるで呪いだ。
気にはなるが、確証はない。
そもそも呪いで人を殺せるのか。
明確な答えが出なくてモヤモヤするが、一応リックにも教えておいてやるか。
ただ、おいらの推測が正しければ一つだけ分かった事がある。
以前、オリーヴを王都から連れて帰る道中、おいらを殺すように指示した黒幕と今回の黒幕は同じ奴だという事だ。
まあ、黒幕が同じ事は薄々感じてはいたがな。
見事にやられた。
おいらは悔しさを噛みしめる。
リックが盗賊を捕まえて来た時、こいつらを殺さないで奴隷にさせたのは、情けを掛けたというより、泳がせて黒幕の尻尾を出させる目的だった。
何らかの接触を図ると踏んで、マーカス達、兵士に奴らを監視させていたが、相手の方が上手だったみたいだ。
やり慣れない小細工はするもんじゃないな。
奴隷の奴らでゲブという奴が唯一の生き残りだから聞いてみたが、教会に通いだしてからは奴らと距離を置いていたらしく、今回の件は何も知らなかった。
これで黒幕の手掛かりは無くなってしまった。
黒幕は、王国の有力貴族の誰かが関わっている事には間違いない。
おいらは王国内で急速に台頭している。
目障りに思う奴らは多いだろう。
そう思われても仕方ない事もやっているしな。
今回、黒幕の目的は、ウォーカー男爵家の力を削ぐ事、もしかしたら教会との関係を悪化させる事も入っていたかもしれない。
ウォーカー男爵家の力を削ぐ事。
悔しいがこれは奴らは目的を達成した。
町が燃えた事も痛手だが、倉庫の品物が焼失してしまった事は大きな痛手だった。
これで資金面で大きな制約を受けた。
教会との関係を悪化させる。
これは防ぐ事が出来た。
教会の要職者でもあり、ウォーカー男爵家に好意的であるドズーター神父が大怪我を負いながらも生き残った事が大きかった。
金は必要になるかもしれないが、ドズーター神父の力を借りれば、教会との繋がりは、これからより強くしていける。
これはリックが奮闘してくれたおかげだ。
「マーカス、ベンジャミン、仮面を着けた正義の味方ヒョットコーンの正体ってどんな奴なんだろうな」
「分かりませんな。絶世の美少年だという噂は流れていますな」
「私も分かりません。いつかお会いしたらお礼を言いたいです」
マーカスは分かっているな。惚けている。
ベンジャミンは本当に分からない様子だ。
それなら、あの恥ずかしいお面を着けさせた価値もあったな。
あと、リックはその意味に気が付いていないが、シェリーという修道女を囲った事も大きい。
貴族の子息の傍に教会の関係者を置く、それはその貴族と教会の関係が強い事を対外的に見せつける意味がある。
他の貴族達からの目には、今回の火災を機にウォーカー男爵家と教会との関係が強化されたと映る。
一応、黒幕には一矢報いた形だ。
「ひっひっひ。それにしても、貴族ってのは、陰険な世界だな」
おいらは自虐する。
貴族である事に嫌気が差す。
だけれど、おいらはここから手を引けない。
領民を飢えや貧困に遭わせないためにも。
ポールやリック、これから生まれる孫が、安心して生きていけるようにするためにも。
おいらが頑張る必要がある。
立ち止まってはいられない。
「さぁて帰るか」
これ以上ここにいても、やる事がない。
早く屋敷に戻って町の復興に取り組まないとな。
おっ?
眩暈がしてよろめく。
幸い、傍にいたマーカスが支えてくれたから倒れずには済んだ。
「ひっひっひ。すまないな」
「ピーター様、顔色が優れませんが大丈夫ですかな」
マーカスが心配してくれるが、言われる通り少しばかり体が怠い。
「ひっひっひ。ありがとうな。大丈夫だ。ちょいと疲れたみたいだ」
「それはいけませんな。こちらにお乗り下され。馬車までお連れしますぞ」
マーカスはしゃがみ、背中を見せる。
背負うつもりなのか。
「さすがに無理だろう」
「なんの。このマーカス、まだまだ若い者には負けませんぞ」
「男爵様、マーカス様は一度言い出したら聞きませんので」
ベンジャミンが耳打ちする。
そんなの言われるまでもなく、おいらはよく知っている。
結構、頑固なんだ。
「分かった。マーカス。遠慮なく乗せてもらおう。その代わり無理するなよ」
こうして、おいらはマーカスに馬車まで背負ってもらった。
険しい道のりをマーカスは息を上げることなく平然と進んでいた。
物凄い体力だ。
それとも単においらが衰えただけなのか。
最近、体を動かしていなかったからな。
この件が落ち着いたら、おいらも少し運動して、体力をつけた方が良いかもしれないな。
読んで頂いてありがとうございます。
次回の更新は6月22日月曜日を予定してます。
これからもよろしくお願いします。




