第26話 修道女シェリー
「修道女様へのお見舞いへ行くの止められますか」
ため息をついた俺を見て、エセルが気遣う。
「大丈夫だ」
ここで行かなければ、シェリーと永遠に会えない気がする。
そうなれば、俺自身が一生、後悔するだろう。
それは避けたい。
すぅーーーーー はぁーーーーー
深呼吸をする。
前世の知識の受け売りだが、これをすると心身を活発化させる交感神経と、鎮静化させる副交感神経のバランスが整い、気持ちが落ち着くのだそうだ。
「何をされているのですか」
エセルが不思議そうな表情をする。
この世界では、深呼吸の有用性があまり知られていないようだ。
「リック様は変わった事をたくさんお知りですね」
俺が教えると、エセルは感心する。
「それでは行こうか」
ウォーカー男爵家の屋敷がいくら広いと言っても移動に何時間も掛かるわけではない。
ゆっくり歩いても3分は掛からない。
すぐにシェリーが療養している部屋の前に着く。
「失礼する」
エセルが扉を開けてくれたので、俺は室内へ入る。
付き添いの人はいないらしく、室内には彼女一人しかいない。
普段は本でも読んで過ごしているのだろうか、窓際のテーブルには本が置いてある。
ドズーター神父やゲブと違い、シェリーは、骨折はしていないので、体を少し動かす程度は問題が無さそうだ。
彼女は、部屋に入った俺を出迎えてくれる。
「ウォーカー男爵家のリックだ」
ヒョットコーンの時は面識があるが、リック・ウォーカーとしては彼女と初対面だ。
変な感じもするが、自己紹介する。
「お忙しい中、御足労頂き、ありがとうございます」
一方のシェリーは礼を言うと深々と頭を下げる。
語先後礼。
先に言葉を述べ、その後にお辞儀をする。
前世の日本では有名なビジネスマナーの一つだが、この世界でも基本は同じだ。
妙な所が似ているものだ。
んっ?
シェリーが頭を上げない。下げたままだ。
「面を上げていいぞ」
俺に遠慮しているのかと思い声を掛けるが、一向に頭を上げない。
逆に膝から崩れ落ち、蹲る。
「シェリー!!」
慌てて彼女の元に駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「大丈夫だよ」
シェリーの声は元気だ。
「今のは演技だよ」
下げていた頭を上げる。口元には笑みが見える。
「なっ!?」
俺は驚くが、続く彼女の発言はさらに衝撃を与える。
「騙してごめんね。ヒョットコーンさん」
「ぁqjっhsxpqrbzdtvィ」
俺は言葉にならない言葉を発する。
エセルも同じみたいだ。せっかくの美少女が台無しと思えるほど口をあんぐりしている。
「どうして分かった」
「やっぱりヒョットコーンさんだったんだね」
「あっ!」
しまった。自分で認めてしまった。
「どうして、俺がヒョットコーンだと分かった」
ポール兄さんもドズーター神父も兵士隊長のマーカスも元盗賊の奴隷のゲブも俺がヒョットコーンだとは気づいていなかった。
俺の疑問にシェリーは数秒間小首を傾げた後に「女の勘……かな」と答える。
「それは厄介だな」
俺は乾いた声で笑う。
「大丈夫だよ。うちは口が堅いから。ヒョットコーンの正体は、リックさん、そこのメイドさん、うち、三人だけの秘密。どうかな」
そう言ってシェリーは人差し指を唇に当てる。
「分かった」
正体がばれてしまった以上、他に手はない。
シェリーの為人は、あの時に十分知っている。
信用はできるだろう。
「ところで、リックさんがここへ来た目的はこれかな」
シェリーが自分の顔を指差す。
包帯が巻かれている。
目の周りは露出しているが、彼女の顔の右半分が包帯で覆われている。
火災があったあの時、火傷したのだ。
「具合はどうだ」
「こんな感じかな」
シェリーは顔に巻かれている包帯に手を掛ける。
「おっおい、包帯を外さなくても良いぞ」
俺とエセルは慌てるが、シェリーは「そろそろ薬を塗る時間だから」とクルクルと包帯を外していく。
現れた素顔。瑞々しかった素肌は、赤黒くなり、所々に水疱ができている。
痛々しい。
医学の事は詳しくないが、これ程の火傷なら跡は残るだろう。
それも人目に付く顔、ましてやシェリーは若い女の子だ。
とても辛い事だろう。
「すまなかった」
俺は頭を下げて謝罪する。
あの時、俺が足場になる枝の安全を確認していれば、こんな事にはならなかった。
己の迂闊さが恨めしい。
「そ、そ、そんなつもりで見せたわけではないよ。気にしないで」
ただ、当のシェリーは俺の態度を見て大慌てする。
「リックさんが助けてくれなかったら、うちも、神父様も、教会の皆も死んでいた。リックさんのおかげだよ。生き残るのができたのは。とっても、とっても、感謝しているよ。リックさんが謝る必要なんて全然ないよ」
それは俺への気遣いではなく、シェリーの本心なのだろう。
彼女の態度を見て、そう思う。
「それにね、修道女は神に仕える身。うちには悪い虫も来ないから、安心して神様に全てを捧げる事が出来るかな」
シェリーは努めて明るい声を出している。
自虐という見方もあるかもしれないが、そうではなくて、将来へ向けた彼女の強い意志の表れのように感じる。
「なぁ、シェリー」
「なにかな。リックさん」
少しばかり迷ったが、俺は決心する。
「神ではなくて、俺に仕えないか」
「え゛」
変な声を出したのはシェリーではなくエセルだ。
ヒョットコーンの正体がばれた時よりも変な顔をしている。
そこで俺は、自分の言葉を意図とは違う意味で捉えられた事に気が付く。
「言っておくが、求愛の意味ではないぞ。俺の側近として仕事しないかという意味で言ったんだ」
「それでも驚きます。それにリック様のお傍には、エセルがいるではないですか」
「エセルはとても大切だ」
「では何故?」
まるで痴話喧嘩みたいだ。
頼むから今は黙っていてくれないか……なんて言ったら火に油を注ぐよな。
「リックさん!」
そんな、俺とエセルの問答に待ったをかけたのは、シェリーだった。
「一つ質問しても良いかな」
「ああ。良いぞ」
「そのお話は、うちに同情しているから……かな」
今まで笑顔が多かったシェリーだが、今は見た事が無いような、鋭い目つきをしている。
地雷発言だったのだろうか。
ここで言葉を間違えるとエセル、シェリー、二人とも俺から離れていきそうだな。
「正直に言うと、同情の意味合いが込められている事は否定しない」
少しばかり空気が冷えた気がする。
やはり同情されるのが嫌なのか。
心配するな。これは想定内だ。
「だが、同情だけで誘うほど俺はお人好しではない」
俺は慎重に言葉を選ぶ。
「あの時、俺がヒョットコーンに変装して助けに行った時だ。シェリーが機転を利かせてくれたから、教会の人達は俺を信頼してくれた。おかげで貴重な時間を無駄に費やさないで済んだ」
「………」
シェリーは黙って聞いている。
ただ、空気の冷え込みは止まった気がする。雰囲気が変わってきている。
「それに俺が救助を続けている間、シェリーは笑顔を絶やさなかった。どんなに炎を迫ってきてもだ。本当は怖かったと思う。だけど、シェリーが笑っていたから、周りの人達は落ち着くことができた。そして今、シェリーは嘆くのではなく、前向きに生きていこうとしている。シェリーは心が強い人だと思う」
一呼吸し、言葉を続ける。
「シェリーがいてくれたら、俺が、リック・ウォーカーが人間としてより成長できると確信している。貴方は尊敬できる人だ。お願いだシェリー、どうか俺に仕えて欲しい」
エセルは納得した顔をしている。俺がシェリーを誘った理由を理解してくれたみたいだ。
さて、当事者のシェリー。彼女は黙ったまま下を向いている。表情を伺う事も出来ない。
伝えたいことは全て伝えた。
シェリーはどのように感じてくれただろうか。
「あはは」
笑い声が聞こえる。
どこかにお笑いの要素があっただろうか。
「やっぱりヒョットコーンさんは面白いね」
顔を上げたシェリーは声と同じく笑顔だ。
「うちの胸ばかりを見ている男の人達は多かったけど、人柄を褒められたのは初めてかな」
そう言ってシェリー両手で胸にある二つのグレープフルーツを押し上げる。
薄手の病衣を着ているので、いつも以上に強い主張をしているそれらは、シェリーが手を放すと「たゆん」という擬音が似合いそうな動きをする。
「俺も気にはなっていたけどな」
「正直だね。それは、うちも気が付いていたよ。時々、視線が胸に行っていたから」
「残念だが、男っていうのは、そんな生物だろう。年頃の男子なら尚更だ」
「だけど、視線の質が他の男達とちょっと違うかな」
どう違うかは気になるが、好意的に|捉えているみたいなので、深く聞かない事にしよう。
シェリーは、少しの間「あはは」と笑うと、姿勢を正し、真面目な表情へと変わる。
「素敵な提案をして頂いて、ありがとうございます。うち、シェリーは主、リック・ウォーカー様のご期待に沿えるように頑張ります」
シェリーは、俺の誘いを受けてくれる。
「頼むぞ」
安堵した俺は右手を差し出す。
「こちらこそ」
シェリーも右手を差し出し、お互い握手する。
こうして修道女シェリーは俺に仕える事になったのであった。




