第17話 図書館での出来事
ウォーカー男爵家には本がたくさんある。
ピーター父さんが読書家だからだ。
総記、哲学、歴史、宗教、社会科学、自然科学、技術、産業、芸術、言語、文学、なんでも読む。
この世界は中世ヨーロッパに近い技術レベルだが、製紙技術、製本技術、印刷技術は、その頃のヨーロッパと比べて高水準だ。
だから、かなりの量の本が世間に出回っているし、本を専門に扱う商人もいる。
その為、資金に余裕のある父さんは興味のある本を見つけると次々と購入していき、気が付いた頃には屋敷の一角に図書館が出来上がっていた。
今、俺は魔法について調べている。
この世界では、魔法は架空の存在と言うのが定説である。
俺自身は転生する際に「超人」という凄い力を貰っているが、それを除けば14年間魔法に接する機会が無かった。
だが、1年前、盗賊の親玉が死んだ直後にゾンビとして蘇る事件に遭遇した。
超人の力が終わってしまった直後だったので、細かい事は調べられなかったが、ローブを纏いフードを頭から被った謎の人物が魔法か何かを掛けたのではないかと俺は推測している。
そして1ヶ月前、オリーヴ義姉さんの愛情がたっぷり込められたお弁当を代償に二人の小人アーちゃんとシーちゃんから石を食べられる魔法を手に入れた。
後日、同じ場所へ行ってみたが、アーちゃんもシーちゃんも見つからなかった。
「ないなぁ」
本棚に置かれている本を見ながら俺は呟く。
「そうですね」
「簡単には見つからないと思うわ」
俺は独り言のつもりだったが、エセルやオリーヴ義姉さんは反応する。
一人で調べるのは大変なので、俺は二人にも協力して貰う事にした。
オリーヴ義姉さんは、俺と一緒にゾンビ化した盗賊の親玉を目撃している。
エセルは、俺の補佐役のメイドなので接する時間が多いし、以前相談してくれと言われている。
俺は二人の目の前で、石を食べられる魔法を使って見せ、その石を食べてみせた。
最初は驚いていたが、思ったよりも簡単に現実を受け入れて貰えた。
ちなみに、超人については全てを話していない。危機を迎えると力が漲ってくる程度しか説明していない。
全て話すと、前世や神様とのやり取りも説明する事になるだろうし、超人を一回使う毎に寿命が一日消費されると説明する事にもなるだろう。
そうなれば、二人に心配を掛けてしまう。
「リック君、この本はどうかしら」
大きくなったお腹をさすりながらオリーヴ義姉さんは一冊の本を俺に手渡す。
新書版サイズであるこの本のタイトルは「光の勇者の物語 一章」。
流し読みすると、光の女神から授けられた聖剣を手にした勇者が闇の魔王を倒す為に仲間達と一緒に旅をするお話らしい。
前世の日本ではありふれた物語だが、この世界では斬新な物語だ。
「この神官さん凄いですね」
脇から読んでいたエセルが感嘆の声を出す。神官さんは神の奇跡で瀕死の重傷を負った少女を一瞬で治してしまう。ベホ~なんとかみたいだな。
「ドズーター神父では、こんな事出来ないですよね」
エセルが言うドズーター神父はウォーカー男爵領に駐在している教会の聖職者だ。甘い紅茶とお菓子が大好きで、ポール兄さんとオリーヴ義姉さんの結婚式の際、立会人を務めた神父だ。
教会の中でも高位の聖職者らしいが、彼を含めて個人で神の奇跡を起こした聖職者は見た事も聞いた事もない。
「ゾンビも出てくるのよね」
オリーヴ義姉さんが別のページを開く。そこには、墓場から蘇った死者ゾンビが群れを成して娼館を襲う話が書かれている。詳しく読みたかったが、ゾンビが美女に抱きついたという文言を読んだ辺りで、オリーヴ義姉さんが頁をめくってしまう。
「勇者の仲間がゾンビを倒すのよね」
オリーヴ義姉さんが新たに示す先の文書には、戦士が鎚でゾンビの頭を破壊していく様子が書かれている。それまでどんなに傷つけても倒れなかったゾンビが一瞬にして倒れていく。
「リック君もあの時、頭を狙えと言っていたわよね」
そうだったな、確証は無かったが。前世の知識が通用して良かった。
「頭が弱点だって、よく分かったわよね」
オリーヴ義姉さんが可愛らしく小首を傾げる。
「そうだったか」
前世の説明をするのが面倒な俺はわざと惚ける。
「まあ、リック様ですから」
「そうよね。リック君だし」
エセルとオリーヴ義姉さんがお互い顔を見合わせながら「ねー」と言いながら頷く。
なんだよそれ。まあ、深く考えるのはやめておこう。
「この本は詳しく読んでみる必要があるな」
単純な御伽噺かもしれないが、そういった物も何かしらの根拠があって出来上がっている。
「後でお部屋にお持ちいたしますね」
エセルが書類に書き込みをする。
自宅の中だが、室外へ持ち出しをする時は貸し出しの手続きが必要なのだ。
こういう所も図書館と一緒だ。
ただ、俺以外にも屋敷に勤めていれば家臣でも使用人でも閲覧や借りる事も可能である。
「ひっひっひ。良いことは独り占めするより皆で分けた方が楽しいだろう」
以前、父さんがそんな事を言っていた。
「この本の続きは無いか」
一章と書かれているので、二章、三章と続きがあるはずだ。
俺は本棚を探してみるが、見当たらない。
「ここには無いのかしら」
「そうかもしれないな」
それなら、屋敷に出入りしている商人に頼んでみよう。
王都にある本屋なら見つかるかもしれない。
ゴーン ゴーン ゴーン
鐘が鳴る音が聞こえる。
「昼下がりの鐘ですね」
もうそんな時間か。
この世界にも時計はあるが、皆が気軽に持てるような代物ではない。
その為、領主や教会が決められた時間に鐘を鳴らして人々に時間を教えている。
ロイレア王国では、夜中を除いて約二時間毎に鐘を鳴らす決まりになっている。
今、鳴った鐘はエセルが言う通り「昼下がりの鐘」の時間で、日本で例えると14時頃を示している。
「御医者様の検診があるから、そろそろ失礼させて貰うわね」
「メイド長から頼まれている用事があるので、一度失礼させて頂きます」
オリーヴ義姉さんもエセルも用事が有るようで、申し訳なさそうに俺を見る。
逆に朝からずっと俺の頼み事に付き合って貰ったのだ。
俺は二人に感謝を述べる。
「さて、もう少し頑張ってみるか」
今日は用事を入れていない。時間はたくさんある。
俺は腕まくりして本棚へ向かった。
気が付けば、時間はだいぶ経過していた。
窓の外を見ると、山の向こうの空が赤く染まっている。
陽が暮れたか。
ゴーン ゴーン ゴーン
鳴る音が聞こえる。夕暮れの鐘だ。
夕暮れは季節や地域によって違ってくるが、ロイレア王国での夕暮れの鐘は18時頃に鳴る鐘を示している。
「そろそろ、終わりか」
俺は呟く。
夜でも明かりが煌々と灯されるウォーカー男爵家の屋敷だが、図書室は紙類が多数あるので、火災防止の為、室内の灯りは最小限に留められている。
外はまだ明るいが、陽が沈んでしまえば暗くなるのはあっという間だ。
室内が明るい内に本棚へ戻そう。
俺は机に置いてある本を重ね持ち上げる。
うっ!重い。
二回に分けて持つべきだったか。
だが、何とかなりそうなので無理やり運ぶ。
それがいけなかったのだろう。
うぉっ!?
何かに躓いてしまい、倒れる。当然、本は床に散らばる。
急がば回れ
無理しなければ良かったが、後悔しても遅い。散らばった本を集める。
一冊
二冊
三冊
四冊
五冊
六冊
七冊
八冊
九冊
……
…………一冊足りない…………
おかしい、十冊あったはずなのだが。
『世界もふもふ大図鑑』全十集の内、第四集がないぞ。
困ったな。ちゃんと戻しておかないと、父さんや司書の人に怒られる。
再度探してみるが、室内が暗くなっているので見つからない。
トントン
突然背中を叩かれる。
誰だ?司書か?
俺は後ろを振り向く。
!?
陽が沈んで暗くなった図書室、そこには生首が俺を睨んでいた。
#$◇%@▽&*△!!
「ひぃーひっひっひっひ」
俺がパニックになっていると目の前の生首が大笑いする。
ん、笑い方は。
少し冷静になってみると、そこにはピーター父さんがいる。
首の下からランタンで照らしていたのだ。怪談で懐中電灯を首下から照らすのと同じ要領だ。
絶対確信犯だ。
「ひっひっひ。リック、お前が慌てふためく姿は面白かったぞ。ひっひっひ」
ツボにはまったらしく、父さんは笑い続ける。
「なんてことしやがるんだ」
本当に怖かったんだぞ。そのせいでちょっとだけちびってしまった。内緒だけど。
「ひっひっひ。悪かったな。こんなにベストなタイミングは滅多に来ないからな。ひっひっひ」
……なんて人だ。
「ひっひっひ。すまなかったな。陽が暮れても図書室から出て来ないから様子を見に来たんだ」
心配させていたのか。それは悪かったな。
「この様子だと、床に落とした物を探しているみたいだな。照らしてやろう。それ」
父さんがランタンを床に近づける。
これは有り難い。床の視界が広がる。
「あった」
本棚の目の前に一冊の本が落ちている。『世界もふもふ大図鑑 第四集』だ。
おやっ?
本を拾おうとした時、目の前の本棚に収められている一冊の本に目が行く。
背表紙がボロボロになっている。
なんとなく気になったので、僅かな明かりを頼りに俺はその本を優しく取り出す。
表紙もボロボロ、中も虫食い状態で文字が欠損している。朽ちかけの本。ただ、適当に開いたページに書かれた挿絵を見て驚く。
描かれているのは一人の女性。ただ、普通の人間と異なるのは、耳が長く尖っているのだ。
エルフ
前世地球ではその様に呼ばれていた。
北欧神話など、様々な神話や伝承の中に登場する妖精で、聡明で長命で美麗な存在として有名だ。
転生してからは初めて目にした。
「おっ、懐かしいな。こんな所に置かれていたのか」
脇から父さんが覗き込んでくる。
「知っているのか」
「ひっひっひ。もちろんだ。ここにある本は全部おいらが買ったからな。買った頃からボロボロだったが、何となく気になったんだ。100年以上前に出版された本だと持ってきた商人が言っていたな」
かなり昔の本だな。だからボロボロなのかもしれないが。
「父さん、この本借りて良いか」
「構わないぞ」
虫喰いの上に、使われていたインクも薄くなって文字が薄くなっているが『ホギー島探検記』という題名のようだ。著者は残念ながら文字が消えていて分からない。
「だが、この本はボロボロだからな。お前の可愛い補佐役メイドをベッドで可愛がるのと同じくらい丁寧に扱ってやれよ。ひっひっひ」
「俺はエセルに手を出していない!」
俺が力を込めて言うと、父さんは驚愕の表情を浮かべる。
「なにっ!?まだ手を出してないのか。あの子待ちくたびれているぞ。まさか、お前、あそこが不全……」
「違う!」
俺は全力で否定する。
「本気でお前が心配だ」
「大丈夫です。リック様は健全です」
いつの間にやって来たのか、エセルが会話に参入してくる。
「ですが、旦那様が仰られているように、リック様から手を出して欲しいです」
「ひっひっひ。すまないな。育て方が間違えたようだ」
「…………」
俺は頭に手を当てたまま黙りこむ。
しばらくの間、父さんとエセルは俺談義に花が咲いていたのであった。




