第16話 昼食
「待って、リック君」
俺が身支度を整えて家を出て行こうとすると、背後から呼び止める声がする。
声の主は分かる。オリーヴ義姉さんだ。
彼女の手にはバスケットが握られている。
「ポールさんとリック君のお昼よ」
「ありがとう」
俺はバスケットを受け取る。
ちなみに兄さんは先に出かけていて、現地で合流する段取りになっている。
「兄貴も喜ぶよ。だけど、オリーヴ義姉さんも無理するなよ」
俺は大きくなった彼女のお腹を見る。
「ふふ。ありがとう。だけど、なるべく動いた方が良いってお医者様も言っているの」
そう。オリーヴ義姉さんは妊娠している。
もちろん相手は兄貴だ。
おめでたい話は俺も嬉しいが、兄貴の事を羨ましいと思っているのは内緒だ。
「行ってらっしゃい」
こうしているとまるで新婚の夫婦みたいだ。
疑似体験でも構わない。ちょっとだけ幸せな気分で俺は屋敷を後にしたのであった。
今日の兄さんと俺の目的は、領内の用水路工事の進捗状況の視察である。
これが出来ると現在開墾中の畑に水が安定して供給されるようになり、農作物の生産量を増やす事が出来る。
「このままだと計画が遅れそうだね」
工事担当者から報告を聞いた兄さんは困った表情をしている。
この辺は、荒地で大きな石がたくさん埋まっている。前世の日本の様に重機があれば軽々と掘れるが、ここでは人の手による作業が中心、石があれば取り出すのに負担が掛かるのだ。
「作業員を増やすしかないかもしれないね」
兄さんは担当者と話し込んでいる。
ふと、俺はどこからか強い視線を受けているのに気が付く。
左右を見渡すと、工事現場の一角で俺を見ている一団がある。
見覚えがある。オリーヴ義姉さんを助けに行った時に山中で戦った盗賊達だ。全部で九人いる。
捕まえた後、奴隷になったとは聞いていたが、こんな所で働いていたのか。
ちなみに捕まえた後、ウォーカー男爵家の家臣が、盗賊達に尋問して父さんの殺害を依頼した全身をローブで纏っていた人物について聞いてみたが、これといった情報は無かったそうだ。
九人の盗賊は皆憎しみに満ちた目で俺を睨んでいる。
自業自得だろう。
俺は盗賊達を無視する。
背中に殺気が籠った視線が次々と突き刺さるが気にしない。
「それとも用水路を迂回させようか。しかし、それだと……」
一方、兄さんは図面を見ながら考え込んでいる。
だいぶ考えが行き詰っているな。
「兄さん、昼飯にしないか」
俺は近くに置いていたバスケットを兄さんに見せる。
こういう時は、気分転換した方が良いアイデアが浮かぶ事が多い。
「そうだね」
兄さんも同意する。
さて、どこで食べようか。ここだと工事の最中だし、埃っぽいので食事を取るのには向いていない。手頃な場所を探す。
「あそこが良くないか」
俺が指差す先、小高い丘になっていて、木が一本立っている。木陰が程よく日光を遮ってくれるだろう。
「賛成」
俺達は丘の上まで移動する。
そよ風が心地良く、見晴らしも良い。
食事を取るのに格好の場所だ。
俺は適当な場所に座り、バスケットを開ける。
中には、揚げパンとリンゴが2個ずつ入っている。
「はい、兄さん」
俺は紙に包まれた揚げパンとリンゴを一つずつ兄さんに渡す。
揚げパンは茶色いソフトボールを連想させるような形と大きさをしている。食べ応えがあり そうだ。
オリーヴ義姉さんによると、パンの中には挽肉と玉葱を炒めた餡が入っているそうだ。
ロシア名物ピロシキに似ている気がする。
「わざわざ弁当をつくってくれるなんて、オリーヴは変わっているね」
そう言いながら兄さんは揚げパンに齧りつく。
一般的な貴族は自分で料理などしないで、使用人に用意させるからな。
貴族という見方からすれば、オリーヴ義姉さんは変わっている部類なのだろう。
「それだけ兄さんが愛されている証拠だろ」
前世で日本人だった頃の感覚だと、オリーヴ義姉さんが料理をつくるのに違和感は無い。むしろ普通だと思う。
まあ、そんな事を考えても仕方がない。
腹も減ったし、俺も食べるとしよう。バスケットから揚げパンとリンゴを取り出す。
その時、事件は起きた。
俺の肘がバスケットに当たり、バスケットが倒れる。
その拍子に揚げパンとリンゴが転がり出る。
間が悪い事に、転がり出た先は緩い下り坂になっていて、丸いパンとリンゴは坂を下って転がっていく。
「待て!」
揚げパンとリンゴを掴もうとするが、俺の手は空を切る。
せっかくのオリーヴ義姉さんの手料理が。
俺は慌てて追いかける。しかし、転がる速度が思いのほか早く、なかなか追いつけない。
そして、ついに揚げパンとリンゴは空いていた穴の中に吸い込まれるように入っていく。
おむすびコロリンかよ。
俺は穴の中に手を突っ込む。
何かを握りしめるが、この感触は揚げパンでもリンゴでもない。生き物みたいな柔らかさだ。まさか、ネズミかモグラか。
俺は握りしめたまま手を穴から出すが、そこにはネズミでもモグラでもなく、人がいた。
前世で読んだ絵本に出ていたな。人は人でも小人だ。
簡素な服を着た男の子で、両手で自分の背丈くらいはありそうな揚げパンを持っている。
「アーちゃん待ってよぉ」
穴の中から声が聞こえる。まさかと思ってみていると、今度は小人の女の子がリンゴを持って出てくる。
この世界には小人がいるのか。
異世界とはいえ、転生してから魔法も亜人も見たことないので、ファンタジー的な要素は皆無だと思っていたが、そうでは無いらしい。
「お兄ちゃん、アーちゃんを離してよぉ」
小人の女の子が懇願する姿が可愛らしくて、俺は思わず握っていた小人の男の子を解放する。
「シーちゃん、ありがとう」
小人の男の子は揚げパンを持ったまま器用に小人の女の子に抱きつく。
「お前らは誰だ」
呆然としながらも俺は小人たちに問いかける。
すると小人達は歌いながら踊り出す。
「~♪~僕の名前はアーちゃん。私の名前はシーちゃん。二人仲良し小人だよ。いつも楽しく暮らしているよ~♪~」
前世で、某発動機メーカーが提供していたテレビの天気予報番組に流れていた曲にどことなく似ている。
「俺はリックだ。ところでアーちゃんとシーちゃん、その揚げパンとリンゴは俺の昼飯だから返してもらえないか」
俺は努めて笑顔で小人の二人組に頼む。
「「だ~め~」」
同時に拒否されてしまった。
「人間の食べ物は美味しいから返したくない」
男の子小人アーちゃんが揚げパンを抱きしめる。
「返してくれないと食べるものが無い」
タイミング良い事に「グゥー」とお腹の音が鳴る。
「アーちゃん、このお兄さん可哀想だよぉ」
女の子小人シーちゃんは優しいらしい。
「だけど、シーちゃんだって人間の食べ物食べたいでしょ」
アーちゃんの問いかけにシーちゃんはコクンと頷く。
おいおい。
「あっ、そうだぁ」
女の子小人シーちゃんは何かを思付いたらしく、トコトコと俺の元へ歩いてきて、俺の右手に触って聞き取れない言葉を呟く。呪文というやつだろうか。
「シーちゃん、良い事考えたね」
男の子小人アーちゃんは俺の左手に触って呪文の様な物を呟く。
「お前ら、何をやったんだ」
一瞬だが、両手が熱くなった。
「僕は君の左手に石を軟らかくする魔法を掛けたんだ」
アーちゃんが胸を張って答える。
「私はお兄ちゃんの右手に石を食べられる魔法を掛けたのぉ」
シーちゃんが俯きながら答える。
「左手で石に触って『やわらかく』」
「右手で石に触って『食べる』」
「「そう念じてねぇ」」
念じてねと簡単に言うが、俺は魔法が使えるようになったのか。それなら気になる事が一つある。
「念じたら俺は命が削れるのか」
神様から貰った「超人の力」は一回使う毎に寿命を一日消費する。
この魔法も使ったら代償を支払うのならシャレにならない。
「大丈夫だよ」
「少し疲れるけど、死んじゃう事はないよぉ」
疲れるだけなら良いか。
「アーちゃん、そろそろ時間だよぉ」
「そうだね、行かなきゃ」
「「お兄ちゃん、元気でねぇ」」
そう言うが早いか、二人の小人アーちゃんとシーちゃんは穴の中に飛び込んでしまう。
「おい」
俺は手を穴の中に入れるが、何も捕まえる事は出来なかった。
「グゥー」
お腹の音がむなしく鳴り響く。
「・・・・・・・・・」
目の前に石が転がっている。握り拳程の大きさだ。
「やわらかく」
左手で石に触れて念じる。
うぉ!
硬い石が軟らかくなる。
だが、凄い疲労感だ。前世の記憶を基に例えるなら、大宮駅の埼京線地下ホームから全速力で新幹線のホームに駆け上がったくらい疲れたぞ。どこが少し疲れるだ。あっ、良い子は危険だから駅の中は走ってはいけないぞ!
「食べる」
右手で石に触れて念じる。
すると、石の汚れが落ちて綺麗になる。
意を決して俺は石を口に運ぶ。
う~ん
食べられる事は食べられる。
パサついてモサモサした食感だ。
ただ、味も匂いも無い。
腹は膨れるが、味が無いのはつらい。
ジャムやバターは必須だな。
俺はその辺に転がっている石に魔法を掛けて空腹を満たした。
「兄さん、どうしたんだ」
味気ない昼食を終えた俺が丘の上に戻ると、兄さんと工事現場の担当者が厳しい表情を浮かべながら話し込んでいた。
「リック様、工事する場所に大きな岩が埋まっていて掘り出せないのです」
担当者が説明してくれる。
見ると、掘り進む先に山のように大きな岩が鎮座している。
確かにこれは人力では掘り出せないな。ダイナマイトで砕くかクレーン車で吊り上げれば可能かもしれないが、ここにはどちらも無いもんな。
「これは用水路の経路を変える他に手段がないね」
兄さんは困り果てている。
「大丈夫だ、兄さん」
俺は兄さんの肩を軽く叩く。
「石はなくなるはずだ。だから工事は進めよう」
「???」
兄さんも担当者も不思議そうな表情を浮かべている。
石も岩も似たような物だろう。石の山と書いて岩だからな
翌朝
問題の石は跡形もなくきれいに消えていた。
「神隠し!?」
兄さんを始め皆驚愕する。
「邪魔な石がなくなって、良かったじゃないか」
俺の言葉に皆腑に落ちない様子であったが、工事は再開した。
こうして用水路は無事に完成したのであった。
ゲップ




