自己紹介と言う名の鍔迫り合い
「ハーイ、津田香、17歳です! 所属は二年一組、趣味はカラオケ、運動全般、食べること!」
にもかかわらず、そんな俺の思惑を無視して自己紹介をはじめる活発娘が1名。
なぜか背伸びしながら、空いている右手で挙手する津田さんは、ケイくんの趣味はなーに? と大きな目でこちらを見つめてくる。
「津田さん、お願いですから、あまり他の生徒に迷惑をかけるようなことは」
「あははは、マキ」俺の右腕を占領している少女は、首だけを後ろの、眼鏡をかけた男子生徒に向けて「あたしにそんなこと言ったってダメだよー、面白いことをするに決まってるじゃない」
眼鏡をかけた男子生徒は、申し訳なさそうな表情で俺を見て、『どうか……お願いします』とでも言いたげに、そっと両手を合わせた。
この男子、相当苦労しているんだろうな。胃潰瘍とか患わなければいいけど。
「槇原君、津田さんのお守りは大変そうですね。嫌になったら、いつでも我が加藤を頼って頂いても結構ですよ」
俺の左手を握っている女性は微笑みながら、瞼が開いているのか開いていないのか、よくわからない糸目を後方の男子生徒に向けた。
「むー! マキはあたしの! あげないもん!」
子どものように頬を膨らませているが、右腕は俺と組んだまま。津田香と名乗ったこの少女、かなり奔放な性格らしい。
「もちろん、秦君も歓迎させて頂きますよ。あ、わたくしも2年1組に在籍しています。御用の際には加藤由利、と名前を出して頂ければ」
「それもダメー! ケイくんは凛ちゃんの恋人なんだから、あたしのなの!」
津田さんの論理は大分破綻しているように思えるが、確か、織田信長の一族で津田の姓があったな。津田さんが、白鷺さんの上役に当たるとすれば、まぁおかしくはないか。
で、加藤清正は、確か秀吉の親戚だったはずだから、この不気味なマスケラは徳川、成化の世だと松平の一族か?
「津田さんと加藤さんの要件は、秦さんへのご挨拶なのでしょうが……」
白鷺さんの視線は後方のマスケラに向けられており、それに反応する形で両脇の津田、加藤の両名もマスケラを見る。
「…………」
しかし、返ってきたのは沈黙。何の反応も見せない。
話しかけたくないが、何も会話がないのもマズイ。
返答はないとは思うが、一応声をかけておく。
「秦啓一と言います、今後ともよろしくお願い致します」
マスケラに正対してから、軽く会釈を付け足し、
「驚いた。マスケラをつけたわたしに、君は声をかけるのか」
! い、今この人喋った?!
両脇にいた二人も、顔は見ていないが、多分ビックリしたんだろう、俺の右腕と左手にビクッと反応したのが身体に伝わってきた。
「驚いたのはこちらです。貴方が口を開いたのを私は初めて見て、その声を初めて聞いたのですが」
そう言う白鷺さんは動揺しているようには―いや、軽く目を見開いている。
これって、結構貴重な表情かもしれない。
「一度も話しかけられなかったし、誰もわたしに話しかけられたくなかったように見えたから。まぁ、こんな仮面をつけているから無理もないけど。生徒に声をかけられたのなんて、カマトト以来?」
淡々と返事をするが、そりゃハロウィンでもないのに、マスケラをつけている人なんて話しかけたくない―いや、見た目で判断するのは、止めとこう。
俺自身、ちょっと前までは、精神病院へ連れて行かれる一歩手前の扱いを受けていたのだから。
このマスケラをつけているのだって、何か理由があるのかもしれない。
「酒井。酒井玲於奈。二年十二組の劣等生だよ。よろしく」
「えー、劣等生なんて嘘だぁー! いっつも実戦試験をムグムグムグ」
「スイマセン、そろそろ始業時間になりますので、僕達はこれで失礼します!」
津田さんの後ろに控えていた男子生徒が、血相変えて津田さんの口を塞いで引きずりはじめる。
「貴方が実戦試験に出場してくれる日を、わたくしも待っていますわ、酒井さん。あの日の雪辱は可能な限り早く雪ぎたいので」
加藤さんも校舎の時計を見ると、一礼して背を向けた。
場に残っているのは、前方の白鷺さん、後方の酒井さん。
もしかして、この二人、今、俺を挟んで睨み合っているのか?
「とりあえず教室に行かないと遅刻してしまいます。俺は12組だと聞いているので」歩き出そうとすると、肩をつかまれた。
「その前に、職員室に行こう」
いつの間に、俺の真後ろに立っていたんだこのマスケラ?
一応、昨日の時点で職員室には挨拶に出向いたんだが……仮面の奥から覗き込むように、こちらをジッと見つめていられると、とても断りづらい。
「わかりました。では、秦さんのことは酒井さんにお任せしてもよろしいですか」
「うん。任された」
その決定の中に俺の意思は存在しないのか。
すでに歩き出している白鷺さんを見て、なぜか思わずガックリと肩を落としてしまう。
あれだけ警戒していた娘でも、こんな正体不明なマスケラ娘と二人きりよりは、いてくれた方がいくらかマシだったんだが……
「どうしたの? 行くんだろ、職員室」
気付くと、酒井さんはすでに俺より前を歩いていた。
ミーンミーンとそこらで鳴いているセミは、あと二週間も生きれば良い方なんだろうな。
うだるような暑さの中、しょうがないんで、頭をガリガリと搔きながら俺も歩を進めた。