何者
ACT実習室を出ると、視界に入ったのはマスケラをつけた女子生徒。
「や、『補習』はどうだった?」
「疲れる……色んな意味で」
右手をあげて挨拶してきたマスケラに、秦啓一としての感想を返す。
もっとも、『オレ』としても疲れているのは事実で、その理由はこのマスケラの割合が高い。
何せ、殺し合った仲だ。
あの時は『秦啓一』の父が存外しぶとく、周囲への注意を疎かにしてしまったせいでマスケラに不意打ちをくらい、あっさりと制圧されてしまったが……
コイツが生きているなら、秦家殲滅・成り代わりの任務をオレと同様に受けていた大墨は、死んだんだろうな。
「まあそうだろうね。君は、腹の探り合いとか向いてなさそうだから」
そして、これだ。
心理戦に長けていないように振る舞うだけであれば簡単。
が、この『秦啓一』という男は、心理戦に長けているとはお世辞にも言えないが、前提条件そのものを疑うことからもわかるように、徹底して疑問を己に投げかける人間だ。
何せ、『正化』の時代にタイムトラベルした可能性に思い至るや、タイムトラベルした可能性とは別に、これまでの自身の自我と記憶が操られている可能性も考えた男だ。
疑り深いと言っても良いであろう面は、女性関係にも見受けられる。
女との肉体関係が無かったから色仕掛けに弱く、初心なのはわかるが―首を捻りたくなるくらい、男よりも、女に対する警戒心がはるかに高く、気を許していないようにオレには思えた。
現に、同じ織田派である槇原康太より、津田香や白鷺凜を警戒していたからな。
そのくせ、白鷺凛を救うために、文字通り命を懸けた。
秦啓一、という人間がわからん……だから、実に、演じにくい。
ましてやオレが秦啓一ではないとバレてしまえば、待っているのは、白鷺凛やマスケラの破滅。
最悪の可能性として、白鷺凛が再度アカシックレコードに接続されてしまうことで、元の人格・能力を取り戻してしまうことも有り得る。
難度の高さでいえば、『秦啓一』を演じるよりも、難しい任務は多々あった。
が、『秦啓一』がこの世界から消失している以上、どこかで『秦啓一』としての生を終えなければいけないのだが、そのタイミングをいつにすれば良いのか―白鷺凛が、他者を信じられるようになるのがいつなのか、見当もつかない。
加えて、白鷺凛が他者を信じられるようにならなければ、いずれ世界は崩壊するという秦啓一の見立てが間違っていなければ、リスクの高さは比類が無いしな。
「どうしたの?」
「ああ、いや……仰木先生のことを考えていた」
いや、今、考えるべきは仰木縁だ。
「何か、ウソをついているよ、あの人。何をウソついているのかまでは、まだわからないけどな」
仰木縁との会話を掻い摘んで話す。もっとも、どこで盗聴されているかわからないので、どこかに話が漏れたとしても、差し障りない範囲で語る。
「ウソ、ねえ……ウソと言えば仰木先生だけじゃなくて彼女、わたし達に何か隠し事をしているように思うんだけど」
……加藤由利のことか。
頼むから、その分析力と予測力の半分で良い、物事や情報を隠蔽、偽装する能力を向上させてくれ。
白鷺凛同様、バレてはいけない人間に、思いっきり疑念を抱かれているぞ。
「そりゃ、隠し事の一つや二つはあるんじゃない? 加藤さんは羽柴派。むしろ彼女にみたいにわかりやすい人が、隠し事が無いと俺達が思えるくらいに自然にしていたら、逆に重大な物事を何か隠してそうで俺はおっかないな」
「うーん……それはもちろんなんだけど、その『重大な物事』を隠していそうな気がするんだよね」
「根拠は?」
「勘」
マスケラをしているから表情はわからないが、声の調子からして、ご機嫌であることは間違いなさそうだが、その理由は幼馴染の秦啓一と帰宅するからだろうし……少なくとも、冗談を言っている可能性はないだろうな。
全否定すると逆にオレが怪しまれる可能性もある、か。
矛先をずらす方向で肯定するか。
「……そう言われてみれば加藤さん、仰木さんに対して同情的に思えるんだけど……いや、でも、まさか、ねぇ?」
言葉には出さず、疑惑の芽が出てきた、という振る舞いをしていれば、こちらに矛先は向かないはず。
もちろん加藤由利はマスケラに色々と探られるだろう。
ただ、無差別に探られては矛先を逸らした意味が無い。
校舎を出て、周りに人がいないことを確認してから、囁くような小声で告げた。
「盗聴とかは、大丈夫?」
「ん。ジャミングはかけているし、ACTを誰かが使っている様子もないから大丈夫だよ」
「……悪いんだけど、保険かけていいかい? ゆりっぺなんだけど、仰木さんに変な情報渡してないか見ておいて貰えない? 仰木さんに変な勘ぐりされると困るから、見るだけで良いから」
「そのくらいなら。けど、例の件はどうする?」
…………おかしい。
例の件……見当はつく。が、『柳雄平』、つまりオレの話題を校内でかわすのはよろしくない。
何より、秦啓一であれば、この話題を校内でするとは思えない。
故に、沈黙を守る。
「ほら、松屋の牛丼の件」
再びの催促。『松』繋がり。やはり……松平の件と考えて良いのだろうが……
俺はポン、と手を打ってから鞄に手を突っ込んだ。
「そう言えば、そこの割引クーポンがあるんだよ。そこでちょっと話をしようか。さっちゃん、牛丼好きだったろ?」
「そうだね、そこで話そうか」
鞄に突っ込んでいたOBに入力した『絶対領域』を起動。
淡い光の膜にオレが包まれるのと同時に膝のバネをフルに使い、隣の標的を『絶対領域』に取り込まぬよう、3メートルの距離を取る。
相手は、まだオレがACTを発動したことに気付いていない。
未だに正面を向いたままである標的の背後3メートルに立ち、『絶対領域』を解除。
実技試験で用いるアルミ製の特殊警棒を右手に持ち、並行して『幻影』の起動式を入力し、2歩進み出る。
「アンタ、誰だ?」




