浮かび上がる最悪の可能性
唐突な俺の切り出しにも関わらず、加藤由利は驚いているようには見えなかった。
「ACTってのは、アカシックレコードを改変することで、物理現象とか法則とかを変えるものだよな? 俺は、そのアカシックレコードを改変することで、今、柳の肉体に意識を保つことが出来ていると推測される。しかし、アカシックレコードを改変した物理現象とか法則ってのは、俺の知る限り一時的なものだ。
その法則性から考えれば……俺の意識は、いつ、柳の肉体から消えてもおかしくないんじゃないか?」
「それ、アタシ以外の誰かに、言った?」
「アンタだけだ……逆に質問なんだが、俺のこの発想、杞憂か? 当たっていたとしたら、俺の意識はいつまで保てると思う?」
加藤由利は一度、目を閉じ―俺は発言を遮るように言葉を差し挟んだ。
「頼むから、俺のためにウソは言わないでくれよ。これは俺だけの問題じゃなくて、アンタや、白鷺さん、酒井さん、皆の命にもかかわってくるかもしれない事柄だからこそ、こうして打ち明けたんだ。想像してみてくれよ、こういうふうに何気ない会話をしている間に、俺の意識が消えて、柳の意識が回復したら、って」
目を開くと同時に、喉をゴクリと鳴らした反応からすると、俺を気遣った回答をしようとしたな。
……目の前の少女は、相手のウソを的確に見破る術を持っているにもかかわらず、こういう駆け引きや企みには、やっぱり向いていない。
「……わかった。でもその前に、聞きたいことがある」
「俺に答えられればいいんだが……俺は、ACTについては、1月程度しか学んでいない素人だからな」
「ACTについてはド素人でも、その身体は、今はアンタのものなのよ。その身体、何かおかしいなと感じたことはない?」
「おかしいと言ったらおかしいことだらけだ。汗はかきにくいし、少しばかり肉がつきやすいし、視力に至っては眼鏡が不要だし」
加藤由利は、そうじゃなくて、ともどかしそうに見振り手ぶりを交え始める。
「そういうのじゃなくて! 夢遊病みたいな感じで、気付いたら見知らぬ所にいたとこか、頭に異常は無いのに頭痛がするとか、記憶がぽっかり抜け落ちているとか」
「夢遊病みたいなものは流石にないし、頭痛もない。記憶が抜け落ちているってことも」
いや、待て。
「…………あったな、そう言えば」
「! ちょっと、それっていつよ?! 症状は何?!」
「頭に異常は無いのに、頭痛がした時がある。ACT実習室で、俺が生体コードを繋ごうと必死になって特訓していた時だ。それと、ついさっきの記憶も抜け落ちている。何せ、ホテルマンが酒井さんのパジャマを届けに来たのに、俺はそれを全く覚えていない」
「……っ! パジャマの件は置いておくとして、頭痛は、普通の頭痛とは何かが違う訳?!」
「この身体、以前と比べればそれほど汗はかかないのに、あの時は汗がダラダラ出てくるし、頭も痛むで、最初は病気なんじゃないのかって意見も出てきたくらいだ。一応、津田さんと酒井さんが生体コードを直につないで俺の脳の血管とか見たが、異常は無いって話だった。その後で病院にも行って検査したが、大丈夫と言われたよ」
そこまで言ってから、俺は白鷺さんに告げられた、ACT実習室での3つの指摘を思い出した。
「ただ、俺が生体コードをつなげてもいないのに、ここまで疲労するのはどうしてだって考えていた時に、白鷺さんから三つ可能性を指摘された。1つは、繋がっていないように見えて、実は生体コードが繋がっている。まぁ、この可能性は考えなくていいだろ。もう1つは急性の病気。これも、まず有り得ない。最後の1つが、俺の脳を使って、第三者がACTを知らぬ間に実行している。俺が自力で生体コードを繋げないのも、その第三者の干渉によるため、って推測だ」
加藤由利は険しい面持ちで、右目を閉じ、左目だけで俺を見ている。
「アンタも気付いているだろうけど、こうして左目だけで対象を見ている時、アタシは対象の血圧と心拍、それに脳波を照らし合わせて、ウソを言っているか本当のことを言っているか見分けている。
アタシ、アンタが人格をACTによって切り替えて接近してきたスパイ、秦啓一を殺して成り代わったフェイカーだと思っていたから……アンタの脳から異常な脳波が出ていた時には、やっぱり諜報員だったのか、って判断を誤った」
「自分で無いと言っておいて何だが……病気、って可能性は、本当に無いのか?」
「この能力をちゃんと使いこなせるよう、どういう状態の人でも、どんな状態なのかを判別できるよう、脳に病気を患っている色々な人の脳波も見せて貰った。アンタの異常な脳波は、そのどれにも分類されない。強いて言うなら、てんかんの脳波に近いと思うけど……でも、違う」
俺は大きく、だがゆっくりと、自身を落ち着けるように息をつく。
「……アンタからすると、俺は高校に潜入したスパイ、その人物に成り代わるフェイカーの条件が、全部そろっていた訳か」
俺のあまりの間の悪さに、ついため息をついて天井を見上げてしまう。
自分の能力をきっちり把握しているから、その穴も分析済みだった加藤由利は、潜入してくる工作員がいるとしたら、どうやって潜り込んでくるかも想定済みだった訳だ。
そして俺は、その条件に全部合致した。
そりゃ、あんな強硬手段にも出て、情報を吐かせようとするか……
「アンタが生体コードを1人でつなげないのも、柳の潜在意識が妨害をしている、と考えればしっくりくる。そもそも他人の身体と脳を使ってACTを行使しているんだから、ACTの持続力がやたらめったら弱いのも合点がいくし……パジャマの件で記憶が抜け落ちていることを考えれば、柳の意識が覚醒しようとしている、という可能性も有り得る」
「あんたの見立てで良い。俺、どのくらいの間、秦啓一として自我を保てると思う?」
質問に、加藤由利は力なく首を横に振った。
「……正直に答えるけど、全く見当がつかない。前例が無いんだもの。明日にでも消えてしまうかもしれないし、アンタの心配は全部杞憂で、アタシが感知している脳波も、柳の脳をアンタが使っているがために出ている副作用的なもの、記憶が抜け落ちているというのも、アンタが疲れていたからぼんやりしていただけ、って可能性も無い訳ではないでしょうし……そうやって考えれば、このまま一生を終えるかもしれない。
アタシから言えることは、可能な限りACTを使わないようにすることね。そうすれば、少なくとも脳への負荷は最小限にできる。使わなきゃ危険な状況に陥ったとしても、連続での使用は厳禁よ」
……十代の人間が、いつ死ぬかもわからない知人を前にして、これだけ会話を続けるのは、心理的にキツイものがあるだろうに。
だが俺は、これから告げる内容が、彼女に一層大きな負担を強いるとわかっていても、口にしなければならない。
「アンタにお願いしたいことがある。
酒井さんは、こと俺の事柄に関しては精神的に不安定だ。両親も他界し、友人もいない。その上『正化』の秦啓一が目の前で死んで、俺まで消えたら、本当におかしくなってしまいかねない。
己惚れだと思われそうだけど、白鷺さんも、どちらかと言えば俺を頼っている印象がある」
「……アンタに何かあった時は、柳と入れ替わったアンタへの対処をしつつ、マスケラと白鷺さんを、柳の手から守って欲しい、ってことね」
「アンタの派閥に組み込むか、個人でフォローするのかは状況によるだろうから、任せるが……頼む」
最悪の事態が発生した時には、俺はもう、彼女達を守ってやれないのだから。




