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フェイカー  作者: 那上畑 潤
Because, you don’t understand yourself
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勝敗結果

 白い。それから、ヒビのようなものが入っている……明かりのついていない蛍光灯……なんだ?


「お目覚めですか、秦さん」


 ! 弾かれたように勢い良く上体を起こしかけたが、突発的な頭痛に思わず両手で頭を抱えてしまう。


「動かない方が良いです。保険医の診断では、秦さんは軽い酸欠の状態だったそうですので。命に関わる症状ではありませんが、安静にされていた方が良いかと」


 こめかみを右手で抑えつつ、周囲に目を配る。


 6畳ぐらいの空間。棚にはオキシドールとか薬箱等があり、部屋の奥には整えられた書類が置かれた机。俺が寝ているのは、白いシーツが敷かれ、布団がかけられたベッドで―さっき見ていたのは、天井、か。


 ふぅ、と息を一度ついてから、


「そうだ、試合は?! 結果は?!」

「私の勝ち、という結果になりました」


 紡がれた言葉に、目の前が真っ暗になる。


 俺の記憶を改変した、と仮定すれば—黒幕が、どうして記憶を改変したのかは、未だにわからない。


 だが俺にモルモットとしての価値が無いと黒幕が判断すれば、どのような手を打ってくるか、わからない。


何より、まともにACTが使えないとわかれば、黒幕が手を出すまでも無く、俺はこの高校から退学になる可能性が高い。


そうなれば俺は経済的に困窮し、最終的には……


「……そうか。すまんな、白鷺さん。色々手加減してくれただろうに」

「と言う訳で、秦さんの……待って下さい。手加減、とは何のことですか?」

「君の能力からすれば、そもそも様子見をする必要なんて無いのに、さも警戒しているように見せていたじゃないか。警戒しているとみせかけて、その実、攻撃する時間を与えることで、不自然に見えない範囲で、俺を勝たせようとしてくれたんだろ?

 もっとも、それも無駄にしてしまったけどね」


 ひょっとしたら、『幻影』でのトリックだって、彼女は気付いていて、隙の大きな攻撃をわざと繰り出したかもしれない。


 なのに、勝ち切れなかった……まったくもって、情けない。


「……手加減など、私はしていません。それより秦さん、私の話を聞いていませんでしたね? 当面の危機は回避された、と私は言ったのですが」


 ……ん? 今、何て言った? 俺の、当面の危機は回避された?


「ゴメン、話、聞いてなかった。俺の、当面の危機が回避された?」

「はい。秦さんは実技試験で、私と互角以上の戦いをしました。もしあの戦いが試験ではなく、『実戦』であれば、秦さんが背後を取った段階で生死が決まります。あの警棒で力の限り、私の頭蓋を殴れば良いだけですから」


 試合には勝ちましたが、勝負に負けたようなものです、と彼女は相変わらず淡々と言葉を紡ぐ。


「こう言っては己惚れていると思われるかもしれませんが……一年生の中では、実技試験で私を相手に勝利した方は、中学時代を含めて、一度もありません。体調がベストでなかったことは事実ですが、そういう日は過去に何度もありました。それでも追い込まれたことも、苦戦したこともありません。ですから、そんな私を相手に、勝利寸前までいった秦さんを学校側が手放す訳がない、と私は思います」


 あまりにも白鷺さんが淡々と言っているから、実感が沸かない。


 しかし、これだけ淡々と喋っているという事は、世辞を述べている訳では無く、彼女にとっては、単純に事実と思える事柄を言っているだけなのだろう。


 身体を起こした状態から脱力し、俺の頭が落とされた枕がボフンと間抜けな音をたてた。


「いや、ちょっと待った。俺、独力ではACTを発動出来ないのは、1週間前から変わらないんだけど」

「独力でACTを発動できないのを、発想と機材で補った知力、そしてその障害を逆手に取った心理戦、情報戦……試験会場にいた深山先生が、その点を含めて高く評価していました」


 あ、試験会場で、俺のうなじを見てメモ取ってた、あの先生か。


 ……なるほど、彼には、一目でバレていた訳だ。


「初めてACTを使ったとは思えない、老獪な戦術だった、と評していましたよ」


 無表情でこちらを覗き込むように言われると、いたたまれなくなる。


 普通に実技試験を行えば、俺のスペックじゃ白鷺さんには逆立ちしても勝てない。


それを、ゆりっぺにACT発動時の余波集約装置を作ってもらう事で、どうにか同じ土俵に立てた。


それでも勝てそうになかったので、独力でACTを使えないことを知っていた白鷺さんに情報戦を仕掛けて、だまし討ちに近い形で戦った。


 何より、俺は35年、生きている。


 年の功の分だけ、経験値的には、彼女より勝っていて当然なのだ。


 後ろめたい気持ちが無い、と言えばウソになる。しかし、謝ることは出来ない。


 彼女に実技試験で勝てなければ、この高校を追い出される可能性が濃厚だったのだから。


「秦さんが今、何を考えているのかは、大体想像がつきます。機材の力を利用し、心理戦、情報戦に持ち込んだことを気に病んでいらっしゃるのでしょう」


 この娘は読心術でも使えるのか? それとも、やはり俺がわかりやすいのか?


「繰り返しますが、そういった諸々の事は、中等部時代から幾度となく仕掛けられていますが、それを脅威に思ったことも感心したことも、私は1度もありませんでした。何より、秦さんは結果を出しました。その1点だけ見ても、秦さんが恥じるべきことは何も無いと思います」


 むず痒い。そう、真正面から見つめられて称賛されると、どう反応して良いかわからない。


 チチチチ、と鳥の鳴き声が外から聞こえて、


「ケイくーん! 元気? 元気だよね?! 1回戦突破できなくて残念だったけど、在籍確定おめでとー!」


 そんなのどこかな空気をぶち壊す勢いで扉がバン、と音をたてて開かれた。


 枕に置かれた頭を、首だけ横に動かして扉の方を見る。


 見ているだけでお腹一杯になりそうな笑顔を撒き散らしている津田さんは、果物やらスナック菓子やら、食い物系統のごった煮、といった感じのバスケットを左手に持ち、後ろから羽交い絞めにされていた。


 ちなみに、彼女を後ろから羽交い絞めにしているのは、見なくても検討がつく。多分、槇原君だろう。


「校内での飲食は、昼食時以外は禁止だって知っているでしょう……!」

「ぶー! マキ、そんな固いこと言わないの! お祝いに食べ物は付き物でしょ!」


 そんな二人の後ろを素通りする形で、俺の枕許までやってきたのは、糸目のポニーテールの美女。


「在籍確定、おめでとうございます、秦君。努力が実られて、わたくしとしましても嬉しい限りです」


 礼儀正しくお辞儀をされ、急に、背筋が寒くなった。


 ゆりっぺの本性を知っている俺としては、こんなうすら寒くなる笑みを向けられても、反応に困る。しかも扇子を広げて口元を隠しはじめたし……ダメだ、全然似合わねえ!


 あまりにも酷い猫被りなので眼を逸らしたら、その糸目がわずかに見開かれた。


 アンタ、何か失礼なこと考えてるでしょ?!


 と、そんな副音声が聞こえてきそうな視線……の後ろから、マスケラが見えた。


「やあ。体調はどうだい?」

「なんか、実技試験とは別種の疲労感に襲われているよ」


 俺の言葉に、槇原君に未だに羽交い絞めにされている津田さんは笑いながら可愛らしく小首を傾げ、ゆりっぺは扇子越しにその糸目を僅かに見開き、白鷺さんは相変わらずの無表情で津田さんが持ってきたバスケットの中からリンゴを手に取り、ナイフで皮を剥きだし始めた。


「なるほど。確かにフリーダム過ぎて、これは疲れるかもしれない」


 酒井さんの一言に、全員が互いの顔を見て、寸分たがわぬタイミングで頷き合い、彼女がつけているマスケラを指差して、異口同音に叫んだ。


「「「「「お前が言うな!」」」」」


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