ACT初使用?
机と椅子とバイザー付きのヘルメットに、スマホもどきのOBしかない、ACT実習室の真っ白な部屋の中で俺はシャーペン片手に、ノートに思いついた限りの対策を書いていた。
事象を改変するのに必要な脳のカギが壊れているのであれば、それを治せば良い、でもどうやって?
という疑問にぶち当たってそこから先が行き詰った事で『脳のカギ修復』の線は入室して10分で放棄した。
壊れたスイッチでも反応するような生体コードの開発→どうやって開発する? 資金は? 時間は? という疑問でこの案も破棄。
脳に直接生体コードをつなげる→死亡するリスクが高過ぎる、手術の費用は? という壁でこれも破棄。
これを採用するなら、ACTを日本国内で扱う道は諦め、海外逃亡し、並行世界を含めた完全な時間旅行とやらを、科学の面から研究した方が、勝算があるかもしれない。
もっとも、海外に逃亡出来る可能性なんてのも、相当低いとは思うが。
俺が使えるACTを、見つける。
「やっぱり、ここに落ち着くのか」
「ですが、生体コードが反応しない=ACTがそもそも使えない、という状態であることを考えれば、既存のACTは全て使えません」
「生体コードを使わずに、ACTを発動する、か。未成熟な子どもが無意識で物体の移動をして、心霊現象だって勘違いして騒いだって件はあるけど、それ以外で何か例があったかね?
生体コードを使わずに、まともにACTが使える方法を実現出来たらノーベル賞ものだよ、コレ」
あと1週間で生死が決まるかもしれないとなれば、疑わしかろうが怪しかろうが、使えるモノは全て使わざるを得ない。
ACTの実習室には俺の他に、病院から付き添ってくれた白鷺さんと、病院での診断結果を気にして学校で待っていた酒井さんと合流し、今は3名で方策を練っている。
「しかし、それが出来なければ、秦さんの退学は確実です」
パソコンのキーボードをブラインドタッチし、片っ端からネット上の情報を漁る白鷺さんの後ろでは、マスケラをつけた酒井さんが腕を組み、椅子に座る俺をじっと見下ろしていた。
無言の視線が、退学だけではすまない、と警告しているように思える。
「酒井さん、海外で生体コードを使わずにACTを使う研究とかってしていないの?」
「わたしが知る限りでは、残念ながら無い。そもそも、そんな発想が無いと思う。わたしだって、ACTを使うのに生体コードとOBは必須なモノって考える」
……発想を、根底から変える必要があるな。
「そもそも、何で生体コードが無いとACTは実行出来ないんだ? パソコンというか、超高性能なOBだけでACTは実行出来ないのか?」
俺の言葉に、白鷺さんがキーボードを打つ手が止まり、虚空を睨んでいた酒井さんの視線が俺に向けられた。
これは、ひょっとして、
「理論上では、出来るかもしれません。しかし」
「あくまで、OBは『位置特定』のサポートをしてくれる道具だからね。複数のOBを使えば、『処理速度』と『改変強度』、『持続性』も補強することは出来るかもしれない……けど、0に何をかけても、0にしかならない」
「ACTの改変する情報って、脳を経由しないと、どうやっても出来ないのか?」
俺の問いに、2人からの返答は無い。
つまり、脳内のカギをどうにかしないと、0を1に出来ない、と。
「おばんでーすっ! リンちゃん、ケイ君、元気ぃ?」
うぉっ?!
場違いに大きく明るい声に、椅子に座っていた俺はつい背筋を伸ばしてしまった。
後ろを顧みると、もう陽は落ちて暗くなりかけているだろうに、そんな事は関係無いと、燦々と輝かんばかりの笑顔で歩み寄ると、コンビニで調達してきたと思わしき大量のスナック菓子やパン類を机の上にぶちまけた。
その隣には、マキ、槇原、と呼ばれていた中肉中背の男子生徒。膝に手を当て、手の甲で汗を拭って息を整えていることから判断して、津田さんが机の上に広げた菓子類は彼が買い出しに行かされたのだろう。
「津田さん。状況が深刻であることは、すでにお伝えしたと思うのですが」
「お腹がすいていたら良い考えも浮かばないよ。こういう時こそリラックスリラックス」
相変わらず無表情ではあったが、棘のある白鷺さんの声というのも珍しい。
まぁ、それをあっさりといなした津田さんの胆力も中々のモノだ。
「それで、何が問題になっているんだっけ?」
そう言ってニッコリ笑い、可愛らしく小首を傾げた時には、おい、と思ったが。
「脳がダメージを負ったためにACTの『改変』に問題が生じ、生体コードが反応しない。車に例えるなら、エンジンもアクセルもブレーキも無事だけど、鍵が無い状態だね」
酒井さんが簡潔に俺の状態を説明すると、津田さんは俺を見てから手をポンと一つ叩き、自身のOBから生体コードを伸ばし、俺のうなじに押し付けた。
無論、生体コードは反応しない。
だが津田さんはそのコードを、今度は彼女自身のうなじに接続し、OBに何かを打ち込む。
「これ、借りるね」
そう言って津田さんが手に取ったのは、実習室に備え付けられていた生体コード。
その左端を彼女が持つOBに接続し、右端を……何、この気色悪い感覚?
「うん、うまくいったいった♪」
「……一体、どういう原理ですか?」
「え? アレ? あれだけやっても反応しなかったのに、どうして?」
「はーい、ケイ君、ヘルメット被ってみて~」
白鷺さんが不思議そうな声を出し、マスケラをかぶっている酒井さんに至っては、狼狽しているのが仮面越しでもわかる。
この反応からすると、ひょっとして―ヘルメットのバイザーには、『OB:ON』の文字!
「あの、これ……」
「車のカギが無くて動かないなら、カギを借りてくれば良いんだよー、もぐもぐ」
ポテトチップスの袋を開け、それを食べながら朗らかに笑顔で宣う津田さん。
ACTを改変するための脳のスイッチが壊れているだけなら、他の人にスイッチをONにして貰えば良かったのか。




