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我が親愛なる幼馴染にして大親友たる酉越玖郎とりこしくろうと五年ぶりに再会してから数日。私こと小鳥遊美鳥たかなしみどりは、早速彼と、お茶会という名の作戦会議を開いていた。

客間であるこの部屋には、今は私と玖郎しかいない。年頃の男女が密室で二人きりになるなんて!と世間様には嘆かれるかもしれないが、私と玖郎の仲では今更過ぎる問題だ。私と玖郎で何かあると思う?と幼い頃から私の世話役として私達を見てきてくれた使用人の十和子さんには「……確かに」としみじみと頷かれてしまった。積み上げた信頼とは大切だと思い知った瞬間であった。


私の守護鳥である、水と火を司る綺羅星きらぼしの力を借りて湯を沸かし、急須で緑茶を淹れて、私の前に座っている玖郎の前に玖郎専用の湯飲みを置く。そして私は私で、私の湯飲みに緑茶を注いで、綺羅星にお礼代わりの金平糖をあげる。小さく鳴いて金平糖を食べる綺羅星の姿はとても可愛い。

だが、今日はその姿をただ愛でているばかりではいられない。


「えーっと? まず、そのゲーム本編とやらは、美鳥ちゃん達が鳥籠に入学してから始まるんだよね?」

「ええ。もしかしたら……ううん、もしかしたらじゃなくて確実に、そろそろ小鳥遊本家では、光の守護鳥の加護を受けた羽持ちの捜索が始まっている頃でしょうけど、例のヒロインが発見されるのは、孵化の儀の直前だったはずだわ」


私が手ずから淹れた緑茶を啜りながらのんびりと確認してくる玖郎に、私は一つ頷いて、指先を唇へと寄せた。何かを考え込むときは、いつもこの仕草をしてしまう。トントン、と、口紅を塗った訳でもないのに薄紅に色付く唇を指先で数回叩いて、私は溜息を吐いた。


乙女ゲーム『彩鳥恋歌』の主人公にしてヒロインである雛姫の発見は、私達が鳥籠に入学する直前――通称“孵化の儀”と呼ばれる式典の直前だったはずだ。雛姫は碌な説明もされないままに、右も左も解らない特異な学園に放り込まれることになるのである。

貧しくとも気ままに、健やかに日々を過ごしていた雛姫にとって、それはとんでもない事件だった。瓢箪から駒。棚から牡丹餅。灰吹きから蛇が出る。犬も歩けば棒に当たる。いやまた最後のは違うか。


まあいい。何にせよ、そんな突拍子もない事態に陥ったにも関わらず、雛姫は相棒の守護鳥である向日葵ちゃんと一緒に数々の試練を乗り越えていくのだ。つくづく、流石ヒロインだと感心してしまう。私だったら無理だ。絶対無理。頼まれたって無理。そんな七面倒臭いことになったとしたら、私は間違いなく逃亡する。

そんな私だからこそ、こうして、来たるべき未来に供えて酉越玖郎という協力者と共に作戦会議を開いている訳である。


「まずは、私達が鳥籠に入学するまでのこれから一年、どう過ごすかよね」

「んー、まあそうだろうね。美鳥ちゃん的にはどうするのが最良の手だと思ってるの?」

「例の五人の好感度を、現状よりもある程度下げておくこと、かしらね」

「『ある程度』?」

「ええ。好感度を今の段階で最底辺にしちゃったら、いざ私が小鳥遊家を追い出された時、援助が受けられなくなるかもしれないじゃない」


攻略対象である五人は、いずれも小鳥遊家にとって要人だ。もし、私が私の望んだとおり、ゲーム本編のエンディングのように小鳥遊家を出ることになった時、そのお時彼らは、私のぐーたら三食昼寝付き引きこもり生活……もとい、隠遁生活のスポンサーとなってくれるべき人々なのだ。

雛姫逆ハーレムルートを望むのならば、今のうちに私に対する彼らの好感度を思い切り下げておいて、雛姫にとってのゲーム本編、すなわち学園生活をイージーモードにしておくべきなのかもしれないが、今の段階で私があの五人に嫌われてしまうと、その後の私への援助が打ち切られてしまう可能性がある。


まあ今の段階で嫌われようが、それなり以上にポケットマネーは蓄えてあるのであまり悲観はしていない。とはいえ、嫌われすぎていた場合、そのポケットマネーを没収されてしまう可能性だってあり得ない話ではないのだ。

だからこそ、あくまでもほどほどに、好きか嫌いかと問われたら、「……普通くらい?」と答えられるくらいの好感度にしておきたいというのが正直なところである。


――それに、何より。


「今ここで小鳥遊家の内部に不和を生じさせたら、迷惑をかけてしまうことになる人がたくさんいるもの。私のわがままで、いらない火種を生じさせることはないでしょう?」


私の実家である小鳥遊分家の人間の中には、小鳥遊本家をライバル視している者も少なくない。その中には、この私、“小鳥遊美鳥”に心酔し、“私”こそ小鳥遊家の頂点に立つべきだ、なんてこれまた七面倒臭い……失礼、馬鹿なことを囁く者もいるくらいなのである。あっはっは。冗談でもごめんだわ。


とにかく、小鳥遊本家と小鳥遊分家は、非常に微妙なバランスを保ちながら、表面上は仲良くしているのである。


それなのに、ここで私が例の五人、すなわち攻略対象者である小鳥遊本家の要人である男性五人と仲違いをしているなんてことが噂になったら、そのバランスは一気に壊れてしまうだろう。小鳥遊家に仕えてくれている使用人の皆さんや、取引先の家々にまで、その余波は及ぶに違いない。

それは私の望むところではないのだ。平穏無事。これが一番大事である。誰が好き好んで周囲を巻き込んだ派閥戦争の火種になりたいと思うものか。

私は私を今まで支えてきてくれた人々に報いなければならない。恩をあだで返すなんてまっぴらごめんである。


「……美鳥ちゃんってさぁ……」

「何よ。何か言いたいことでもあるの?」


何やら心底感心したような、はたまた心底呆れ返ったかのような、そんな実に複雑そうな声で玖郎は呟いた。分厚い前髪の向こうの彼の瞳が、じっと私を見つめているのが解る。

一体何だと言うのだろう。思わず首を傾げれば、はあ、と玖郎は小さく溜息を吐き、そして困ったような笑みをその唇に刻んだ。


「美鳥ちゃんって、割と馬鹿なのかなって思ってたけど、それならいっそもっと解りやすく救いようのない馬鹿だったらよかったのにね」

「は? どういう意味よ」

「ううん、気にしないで」

「気にしないでって……」


馬鹿と言われて気にしないでいられるはずがない。この才色兼備という四文字熟語を欲しいままにする私に向かって、よりにもよって『馬鹿』とは、なかなかいい度胸をしている。


そういえば昔から私に対して遠慮の“え”の字も知らないのがこの酉越玖郎という少年だった。伝統ある格式高き小鳥遊分家の長女として生まれ、生来の美貌と才覚に同年代の少年少女の多くが恐れをなして私を避ける中、玖郎だけはのほほんと私の隣に立っていた。


それが嬉しくなかったと言えば嘘になる。いや、回りくどい言い方は止めよう。正直なところ、私はとても嬉しかった。のんびりとした口調で遠慮なくずばずばと言いたい放題のこの少年の、裏表のないところはとても好ましいものだった。

だからこの五年間、欠かさず手紙をやり取りしていたし、こうして五年ぶりに再会しても彼が変わっていなかったことに安堵している。


だがしかし、それはそれ。馬鹿と言われて黙っていられるほど、私は心が広くない。この小鳥遊美鳥様に向かって馬鹿とは、なるほど。言ってくれるではないか。


「ちょっと、玖郎。貴方、何が言いたいの?」

「気にしないでってば。ただ、そうだねぇ」

「何よ」

「美鳥ちゃんは優しいなって」

「……なんだか馬鹿にしてない?」

「まさか。そんな美鳥ちゃんが俺は好きだよ」

「…………それはどうもありがとう」


なんだか思い切り煙に巻かれてしまった。だが、ここで問い詰めても玖郎はこれ以上口を割ることはないだろう。だったらもう諦めるしかない。好きと言われて悪い気はしないし。馬鹿にされているような気はものすごくするけれど。


今度は私が溜息を吐いて、緑茶を口に運ぶ。うん、おいしい。

こう言う時、火と水を司る綺羅星の力は便利なものだと思う。相反する力を持つせいで、それぞれの力は平均的なものだけれど、この二つを併せ持つからこそ、何もないところでも私はお湯が沸かせるのだ。なんとも偉大な力ではないか。お茶も飲み放題、お風呂も入りたい放題。最高である。

ゲーム本編における“小鳥遊美鳥”の趣味がお茶だったのはこういう訳か、と、今更ながら納得してしまう。


「とにかく、玖郎。まずはこれから一年間、私はあの五人の好感度をほどほどに低くするよう努めるわ。幸いなことに、今のところは『ちょっと気になる異性の親戚』くらいにしか思われていないようだから、目指すはここから『そういえばこんな奴もいたな』くらいの親戚よ!」


今までの人生を顧みてみると、あの五人からの印象は、そう大したものではないはずだ。私ほどの美少女が身近にいれば、それはもう男として気になりもするだろう、くらいの認識である。ああ、この天が与えた美貌が憎い。割と切実に。


玖郎ほどの親密な付き合いはないけれど、他人と比べたらかなり親しい付き合いを重ねてきた五人。顔見知り、とだけ表すると、少々どころではなく薄情だと言われてしまうに違いない付き合いの五人だ。その内一人は血が繋がっていないとはいえれっきとした家族だし。

前述の通り、彼らの仲ではまだ私は恋愛対象になっていないはずだ。小鳥遊分家の息女、という看板のおかげで、彼らと私の間にはまだ壁がある。狙いどころはそこだ。私には勝機がある。


必ず勝つ!という誓いと共に、ぐっと拳を握り締め、人目が無いのをいいことに声高々に宣言する私を、分厚い前髪越しに見つめながら、玖郎はずずっと緑茶を啜って小首を傾げた。


「そううまくいくかな?」

「『うまくいくかな?』じゃないわ。うまくやるのよ。やってみせるわ。……協力、してくれるんでしょ?」


確かめるために問いかけた声は、図らずも気弱なものになってしまった。そんな自分の失態に思わず口を押えれば、玖郎はしばしの沈黙の後に、肩を揺らして小さく笑った。


「当たり前だよ。俺の持てるすべてを使って、美鳥姫の望みを叶えてごらんにいれましょう」


芝居がかった仕草で座ったまま頭を下げてくる幼馴染の頭を反射的に軽く叩く。私の手が、ぽふっと柔らかい癖毛に沈む。そのまま無言でぽふぽふぽふぽふっと続けて叩いた。私から言い出しておいて何だけれど、は、恥ずかしいったらありゃしない。


「痛いよ、美鳥ちゃん」

「貴方が恥ずかしいこと言うからでしょ!」

「ええー? 俺、当たり前のことしか言ってな……」

「もういいから!」


何が『美鳥姫』だ。そんな他人行儀な言い方なんてしてほしくない。玖郎にとっての私は、いつまでも『美鳥ちゃん』でいいのだ。……こんなこと、さっきよりももっとずっと恥ずかしくて、言えるはずがないけれど。

赤くなった顔を見られたくなくて、玖郎の頭をぐいぐいと下に押さえつけていると、机の上で金平糖をつついていた綺羅星が、長く美しい銀の尾羽を宙に舞わせながら、私の肩に乗り、その頭を私の頬に擦りつけてきた。

可愛らしい仕草に、自然と顔が緩むのを感じる。そうだ、落ち着け私よ。こんなことで慌ててどうするというのだ。私の戦いは、まだまだこれからだというのに。


「そうね、綺羅星。貴女もいてくれるものね」


そうだ、私は独りじゃない。綺羅星も、玖郎もいてくれる。十分すぎる味方だ。だからこそ、私は必ず、私の望みを叶えてみせる。


「相変わらず美鳥ちゃんは綺羅星には甘いよねぇ」

「可愛い相棒だもの」

「はいはい、ご馳走様。もう、妬けるなぁ」

「言ってなさいな」


手を合わせて頭を下げてくる玖郎を、私がふふんと鼻で笑い綺羅星の頭を撫でた、その時だった。障子戸の向こうから、「美鳥お嬢様」と呼びかけてくる女性の声に、一瞬私も玖郎も口籠る。

この客室は特別仕様であり、外に声が漏れないようになっている。相手が玖郎だからこそ使うことが許された客室だ。どんな会話も、外には聞こえないとはいえ、こうも突然外から声を掛けられるのはやはり心臓に優しくない。

平然を装って、「どうぞ」と声をかければ、薄く障子戸が開かれる。そしてその向こうの縁側に膝をついて控えていたのは、私の予想に違わず、私の世話役である十和子とわこさんだった。


「十和子さん? 何かしら」

「ご歓談中申し訳ありません。お嬢様に、本家よりお客様がお見えです」

「本家から?」


それはまた随分と珍しいお客様である。私の父である現小鳥遊家分家の当主が不在の今、対応すべきは当主代理の権限を持つ私だろう。

この帝都の貴族街でも一等地に位置する本家の屋敷から、わざわざこの分家にやってくる物好きはそうそういない。基本的に、「お前ら分家は格下なのだからそっちから訪ねてこい」という台詞をオブラートに包んで私達分家の人間を呼び出すのが御本家様である。


それなのにわざわざ向こうからやってくるような用事など、一体何があると言うのだろう。

十和子さんに視線で問いかけると、彼女は困ったように視線を揺らした後、その視線を私ではなく、自分で急須から緑茶を注ぎ足している玖郎へと向けた。

彼女の視線に気付いた玖郎が、そちらを見つめて首を傾げると、十和子さんはそこでようやく、「その……」と戸惑い混じりに口を開いた。


「本家の若様がお見えです。なんでも、先日美鳥お嬢様が本家に提出なさった、今後の酉越商店とのお取引について話があるとかで……」


その瞬間、私の思考は確かに凍り付いた。

けれどそれは一瞬のことで、すぐさま解凍された私の思考は目まぐるしく動き出す。


今、十和子さんは何と言った? 『本家の若様』と、言わなかったか。『本家の若様』と言われて思い付くのは数人いるが、その中でも私の小鳥遊分家における公務に口出しできるような輩など、数えるほどにも存在しない。

まさか、と顔を盛大に引きつらせそうになったところをなんとか耐えた。私の予想が間違っていなければ、相手は「ちょっと外せない用事で出ることが叶いません」なんて言って許される相手ではない。


……仕方があるまい。もう少し心の準備をさせてほしかったが、こればかりは仕方がないのだ。遅かれ早かれこういう日が来ることは解っていたのだから、ここでごねても何にもならない。

込み上げてきた溜息を飲み込んで、私はその場から立ち上がった。


「ごめんなさいね、玖郎。ちょっと行ってくるわ。あなたはここで待っていて……ううん、なんなら話はまた後日に……」

「何言ってるの、美鳥ちゃん」

「え?」


私に皆まで言わせず、玖郎もまたその場から立ち上がった。五年前は大して身長が変わらなかったはずなのに、いつの間にか私よりもずっと背の高くなっていた幼馴染が、私を見下ろして、その薄い唇に笑みを刻んだ。


「酉越との取引に関する話なら、俺も一緒にいた方がいいでしょ?」


それを至極当然のことのように言ってくれる玖郎に思わず息を呑む。一緒に、だなんて。そんな私にばかり都合がいいことを、この幼馴染は叶えてくれようとしてくれるのだ。

ああもう、本当に困ったものだ。感情論だけで言われたら簡単に断れたのに、そんな風に仕事を交えて言われたら、下手に断ることなんてできやしない。この幼馴染の質が悪いところは、私がそう考えることが解っていて、敢えて自らこういう言い方をしたということを自覚しているところだ。

悔しいことに、こういう時にこの少年に勝てたためしがない。


「……まあ、今後、貴方が本家に関わることになった時に、都合がいいかもしれないものね」

「うん、そういうことにしておいて」


唇に刻んだ笑みを深めて頷く玖郎に何やら非常に悔しくなりつつ、私と玖郎は客間を出た。

さあ、とうとう今、戦いの幕が切って落とされたのであった。



* * *



そしてやってきたのは、先程まで玖郎と過ごしていた私的な客間ではなく、正式な客人を迎えるための豪奢な応接室だった。

そこで待ち受けていた人物に対し、私は深く礼を取る。背後についてきていた玖郎もまた、同じように頭を下げるのが、振り返らずとも気配で解った。

私の肩に乗っていた綺羅星が舞い上がり、この屋敷においては必需品の、部屋に備え付けの止まり木へと移動する。


「お待たせして申し訳ありません。お久しゅうございます、在鷹ありたか様」

「いや、俺こそ連絡もなしに突然押しかけてすまなかった。久しいな、美鳥」


私と同い年だというのに、随分と落ち着き払った声音の主に、私はそっと顔を持ち上げた。

そうしてその先にあった、どこぞの王子か貴公子か、と言いたくなるくらいに整った、品よく整った精悍な顔立ちに、相変わらずだな、という感想を抱く。


真っ直ぐな深い藍色の髪と、凍てつく冬空の果てを掬い取ったかのような蒼の瞳を持ち、上等な着物をぴしっと着こなしたこの少年の名を、小鳥遊在鷹たかなしありたか

押しも押されぬ、誰もが認める小鳥遊本家の『若様』――すなわち、次代の小鳥遊家ご当主様だ。

そして、その肩で羽を休めているのは、水を司る青の鷹、月季げっきである。ばさりと大きく羽ばたいた月季は、そのまま彼の肩から、綺羅星が止まっている止まり木へと移り、その頭を綺羅星へとすり寄せた。

今までであれば「まあ可愛らしい」と笑って見守っていられたのだが、すべてを思い出してしまった今となっては冷や汗が止まらない光景である。


――そう。ここまで言えばもう誰もにご理解いただけることかと思うが、まあ解りやすくこの“小鳥遊在鷹”という少年、『彩鳥恋歌』における攻略対象その1だ。


小鳥遊本家ご当主の長子として生まれつき、この世に生を受けたその日に月季より籠を受け、彼は早々に羽持ちとなった。彼もまた“小鳥遊美鳥”同様に将来を嘱望され、小鳥遊家の初代当主の名前である“在鷹”の名を付けられた。

そしてその“小鳥遊在鷹”は、周囲の期待を裏切ることなく、文武に長け、心根も穏やかな、将来が楽しみ……どころか、もう既に現在進行形で父親である現ご当主様の元でその采配を惜しげもなく振るう、とんだチート少年なのである。


そんな“小鳥遊在鷹”――在鷹様は、幼い頃、同じ家庭教師の下で学んだ縁と、互いに若くして親の仕事の手伝いながら生活しているという縁により、それなりの交流があるのである。

何も知らない在鷹様に罪はない。罪はないのだがしかし、今となっては後悔しかない交流だ。やめとけばよかった。本当にやめとけばよかった。大事なことなので二回言った。


くっ!と内心で歯噛みしながら、それでも私は顔に、楚々とした貴族の令嬢然らしい笑みを貼り付けた。

泰然とした態度とは裏腹に、内心では冷や汗を掻きまくりの私を、しばし沈黙を保ったまま見つめていた在鷹様の視線が、私の頭のてっぺんから足の爪先までを確認したかと思うと、彼はわずかに目を細めて、誰にともなく小さく呟いた。


「今日は洋装なんだな」


その言葉を理解するのに、ほんの少し時間がかかった。やがて追い付いてきた理解に、そんなことがどうかしたのかと疑問を覚えつつ、私は笑みを深めて小首を傾げてみせた。


「あら、申し訳ありません。急いでいたもので。お許しいただけるのならば、すぐに着替えて参りますわ」


前世の記憶を取り戻して以来……と言ってもこの数日だが、私は今までの着物ばかりではなく、洋服もたびたび着るようになった。

これまでが着物がメインであったために、洋服はあまり数を持っていなかったのだけれど、玖郎がわざわざこの数日の間にさっさと何着も取り寄せてくれたのだ。何故かサイズがぴったりだったことに関しては未だに疑問が残っているが、ありがたく買い取らせていただいた。


そんな私が今日身に纏っているのは、深い藍色に染められたワンピースだ。それは、図らずも在鷹様の髪色と同じ色である。

本家の若様と対面するのであればそれなりの格好、つまり正装である着物姿でお出迎えするのが筋であるのだが、今回はそんな余裕がなかったのでこの格好なのだ。

在鷹様に会うにあたって、偶然にも髪色と被ったことでなんとか体面を保ったものの、ここはやはり着替えてくるべきだったか……いや、私の目的を考えれば、むしろこれが正解であったと言えるのではないか。


本家の七面倒臭い面々は「在鷹様にお会いするというのになんて恰好を! これだから分家は!」とやっかんでくるだろうが、この青の少年自身はそんなことを気にするような性格ではなかったはずだ。


だが、久しく顔を合わせない内に考え方が変わったのかもしれない。だったらむしろラッキーである。礼儀のなっていない分家の生意気な小娘とでも思って好感度をばんばん下げていただきたい。


だが、そういう私の淡い期待を、この青の少年は、それはそれは優しく微笑むこと見事に裏切ってくれた。

彼は、一切の負の感情を感じさせない、世の中のお嬢さん方が目を奪われずにはいられないような王子様スマイルを浮かべてくれたのである。


「いや、いい。よく似合っている」

「……相変わらずお上手ですこと」


またしても引きつりそうになった顔にかろうじて笑顔を貼り付けたまま、私はころころと笑ってみせた。

チッ! 貶されるどころか褒められてしまった。しかも在鷹様の性格上、お世辞やからかいといった他意ではなく、心の底からそう思っているのだ。


そう、それがこの少年の最大の美点にして欠点だ。思ったことをそのまま口に出してしまう癖。それを裏表のない性格と言えば聞こえはいいが、実際はただの天然である。

これで何人ものお嬢さんが勘違いし、そして裏切られてきたことか。ああ、本当に天然怖い。


溜息を噛み殺しつつ、私はぎぎぎぎぎ、と首をなんとか動かして肩越しに背後を振り返り、未だ頭を下げたままでいる玖郎へと笑いかけた。


「玖郎、貴方の見立ては正解だったようね」

「何でも見事に着こなすことができる美鳥お嬢様の魅力あってのことですよ」

「あら、貴方も言うわね」


在鷹様の前だからか、いつものような砕けた口調ではなく、かしこまった口調で礼を取る幼馴染に、笑顔を苦笑へと変える。


何が魅力だ。よくも言ってくれるものである。この容姿への称賛なんて正直聞き飽きているけれど、それでも玖郎にそう言われるとなんともこそばゆく感じるのだから不思議なものだ。

玖郎だって本気で言っている訳でもないのだから、まともに受け取る方が馬鹿みたいだって解っている。だというのにこれなのだから、つくづく幼馴染という存在の大きさを思い知らされてしまう。


あーやだやだ、と内心で吐き捨てていると、目の前に立ったまま、私を見つめていた在鷹様の視線が、私から玖郎へと移動した。

ん?と思う間もなく、在鷹様の口が動く。


「……そこのお前」

「はい? 俺ですか?」


どことなく低くなったような気がする在鷹様の声に対し、玖郎が首を傾げた。その玖郎と在鷹様を見比べていると、在鷹様がやはりどことなく低い声のまま、玖郎に向かって問いかける。


「お前は誰だ?」


あ、そういえば紹介してなかったか。と思っても遅かった。在鷹様が何をしにきたのかを遅れ馳せながらにして思い出す。えーっと、私が先日、本家に提出した、今後の小鳥遊分家の酉越商店との取引の件だったか。

私が本家に提出したのは、今後の酉越商店との取引は、すべてこの酉越玖郎を介して行う、という決定事項をまとめた書類だ。


確かに急すぎる話だし、個人的な私腹を肥やすために画策していると思われても仕方のない急な独断だったことは認めよう。だがしかし、当主代理としての独断であるとはいえ、私の両親のお花畑ぶりはお恥ずかしながら周知の事実であり、今更この件について口出しをされるとは思っていなかった。それくらいの信用と信頼は勝ち得ているつもりだった。だが、何か問題があったのだろうか。


今更ながら不安になってきたぞ。とはいえ口を挟むこともできず、とりあえず玖郎に目配せして、その場から一歩前に踏み出させる。そして玖郎は、片手を胸にあてて、在鷹様に向かって深く礼を取った。


「先日より美鳥お嬢様とお取引をさせていただくことになりました、酉越商店が九男、酉越玖郎と申します」

「“とりこしくろう”?」


アッ、今、在鷹様ったら“酉越玖郎”ではなくて、“取り越し苦労”って言いましたね。

そんな場合でもないというのに、反射的に思わず吹き出しそうになってしまった。そんな私に気付いた様子はなく、ふむ、と在鷹様は一つ頷き、ぽつりと呟いた。



「随分と愉快な名だな」

「お褒めに預かり光栄です」


全然褒められていないのにそれでも笑顔でお礼を言う玖郎は、こんな言葉など慣れているのだろう。

そもそも、在鷹様は随分と失礼なことを言っているようであるが、これでも本人に一切他意がないのだ。逆にすごい。からかっている訳でも馬鹿にしている訳でもなく、この場合においても、心の底から感心しているだけなのだ、この小鳥遊在鷹という少年は。

良くも悪くも正直すぎるこの青い少年に心酔する味方はとても多いけれど、だからこそ同時に、理解できないと憎む敵も多いのはこのせいなのだろう。

もういっそ感心するしかない在鷹様の態度を生温く見守っていると、その在鷹様の口から、予想外の言葉が飛び出した。


「玖郎と言ったな。お前は美鳥の何だ?」

「何、と仰いますと?」

「美鳥がお前を、酉越商店との取引の窓口に指名したという報せを聞かされた。美鳥が独断でそんな真似をするのは珍しいからな。何かそれなりに事情があってのことかと思ったんだが」


違うのか?と続けられる在鷹様の言葉に、つい玖郎と顔を見合わせてしまう。そうは言われても、未来の私のぐーたら三食昼寝付き引きこもり生活のために取引しました、なんて馬鹿正直に言えるはずがない。

私は改めて笑顔を顔に貼り付け直し、玖郎と在鷹様の間に割り込んだ。


「玖郎は幼馴染でもありまして。信頼ができる商人として、この度は私が我儘を通させていただきました」

「……幼馴染?」

「はい」

「それだけか?」

「はい?」


それだけか、と言われても。えーっと、『幼馴染』で、後は『親友』で、それから……。


「幼馴染としてばかりではなく、今後は大切なお取引相手となると、俺は考えております」


私に助け舟を出すように背後から玖郎が続けた言葉に、こくこくと私は頷いた。そう、『取引相手』だ。ついでにそれらに加えて先日から、『協力者』と『共犯者』が加わった。

こうしてあげつらってみると、つくづく私は恵まれたものだと思う。玖郎ほど心強い味方なんて、綺羅星以外にはもうどこにもいないに違いない。


玖郎の言葉に、しばし考え込んでいる様子の在鷹様だったが、やがてまた一つ頷いたかと思うと、ほうと小さな吐息を漏らした。


「――――そうか、よかった」


何故か安堵の滲む声だった。何がよかったんだ、何が。

ああ、もしかしたら多少は心配されていたのかもしれない。私が酉越商店にいいように騙されているのではないか、とか。

もしくは小鳥遊分家が何かしら本家に対して画策しているのではないかと不審がられたか。……本家と分家の関係を鑑みるに、後者の可能性の方が高いな。世間というものは本当に実に世知辛い。


「ご用件はそれだけでしょうか?」


だったらさっさとお帰り願いたいのですが、とは口にも態度にも出さなかった私は偉い。

背後で玖郎が笑いを堪えている気配がしたので綺羅星に目配せを送る。すると、それまで月季に懐かれまくっていた綺羅星が止まり木から舞い上がり、ぼすっと玖郎の癖毛の頭の上に乗った。姿勢を正す玖郎をスルーして在鷹様ににこにこと笑いかけていると、彼は側に置いてあった風呂敷を、手ずから解き、そこから両手に乗せても少し余るくらいの大きさの包みを、私の前に突き出した。

反射的に受け取った私は、在鷹様の視線に促されるままにその包みを開ける。


「本命はこちらだ。美鳥に土産がある」

「お土産、ですか?」

「ああ、先日西方の領地の視察に言ってな。可愛らしいだろう」

「…………ええ、本当に」


いや、可愛いというよりも不気味です。とは流石の私も言えなかった。

在鷹様から渡されたのは、なんと言えばいいのか……そう、前世で言う、呪いの藁人形的な人形に、やたらと輝く貴石の目、真っ赤な塗料で大きく口が描かれたものだった。

繰り返すが、まあ一言で言えば不気味だ。これは酷い。年頃の少女にお土産として渡すものではない。絶対に。

だが、これは嫌がらせなどではなく、れっきとした好意によるものであることを、私はいい加減理解していたし、前世からの知識もそう教えてくれていた。


「いつもありがとうございます。ですが在鷹様、私などにそこまで気を配ってくださらなくてもよろしいのですよ? 私、もう十分すぎるほど、在鷹様からはいただいておりますもの。そろそろ収納場所にも困ってしまいますわ」


昔から、事あるごとに何かしらお土産を買ってきてくれる在鷹様だが、はっきり言って、センスが壊滅的なのだ。もう酷いどころではない。

文部両道と謳われ、才色兼備と誉めそやされる在鷹様に、美的センスを求めてはいけない。それが前世における『彩鳥恋歌』プレイヤーの中の不文律だった。

いやー、ゲームのスチルを見ていた時はそこまで言うほどでもないんじゃないかと思っていたけど、実際に見てみるとそこには惨状が広がっていた。

天は在鷹様に二物を与えずと言うが、それは割と正しいらしい。


内心でうんうんと頷く私に対して、気付けば何故か在鷹様はその蒼い瞳を見開いて、じっと私を凝視していた。

美形にこうも見つめられるとなかなか落ち着かない……なんてことは今更ない。ここで照れるなり笑い返すなりなんなりすればかわいげもあるのだろうが、そんな殊勝な心掛けなど私には一切ない。下手に好感度を上げる真似など誰がするか。


という訳で、表情を変えないまま真っ直ぐに在鷹様の蒼い瞳を見つめ返す。やがて、先に目を逸らしたのは在鷹様の方だった。私、勝利である。

よっしゃ!と内心で拳をかかげる私を余所に、在鷹様はらしくもなくぼそぼそと小さな声で、目を逸らしたまま口火を切った。


「……まさか、今までのものをすべて取ってあるのか?」

「え? ええ。在鷹様がせっかく選んでくださったものですもの。当然ではないですか」


いくら私でも、流石に真心が込められた贈り物を捨てたりなんてしないぞ。お土産を取っておくことなんて別に誰だってすることだろうし。

それに何より、在鷹様がくださるものは前述の通り何と言うかこう……オブラートに包んで言えば、とにもかくにも非常に独特であり、どれもこれも下手に手放したらなんだか呪われそうで、捨てるに捨てられないのだ。捨てても戻ってきそう。怖い。


おかげで私の私室の一角は、さながらお化け屋敷か呪術師の占い小屋か、という様相を呈している。だが、見慣れれば可愛いと思えなくもないし、愛着だってそれなりに湧かないこともない。

とりあえず昨夜は、「どうか在鷹様の好感度が下がりますよーに!」と手を合わせて祭壇と化した一角に向かって祈っておいた。割と効果がありそうなのがますます怖い。


「それがどうかなさいまして?」

「い、いや。何でもない」


首を傾げて問いかけても、在鷹様はふるりと首を振り、それ以上何も答えようとはしなかった。

お? もしかしていつまで経っても物に執着する貧乏根性の染みついた女だとでも思ってくれたとか? だったら嬉しいのだけれど、と思うと自然と笑みが零れてしまった。

そんな私に、在鷹様は一つ咳払いをすると、真っ直ぐに私を見つめて問いかけてきた。


「その、次に何が欲しいものがあるか?」

「ですから、もう結構ですわ。十分です」

「……そうか……」


見るからにしょんぼりと、在鷹様は肩を落とした。まあかわいそうに、とはまったく思わない……訳ではない。だが、ここで慰めるのは悪手だ。ふふふ、と私は笑みを深めた。


「私などよりももっとお土産を渡すに相応しい方がいずれ現れ……」


ますよ、と続けようとして、私ははたと気が付いた。

待てよ。そういえば、そうだった。『彩鳥恋歌』の中でも、“小鳥遊在鷹”は完璧超人メインヒーローとして扱われていたが、そのセンスは繰り返すが最悪というか何というか、まあ、その、何とも言えず“独特”で、攻略にはなかなか苦労させられたものだった。

“在鷹”好みの着物、“在鷹”好みの贈り物、“在鷹”好みの歌その他もろもろ、「えっ!? これチョイスするの!?」と何度度肝を抜かれたことか。

だって誰も思わないだろう。和風ファンタジー世界における生粋の御曹司が、実は和装よりも洋装を好むなんて。贈り物はやたらとアバンギャルドな印象を見る者に抱かせる人形がいいだなんて。好きな食べ物はシンプルに醤油をつけて海苔で巻いただけの焼き餅だなんて。そんなの、王子様にも貴公子様にも相応しくない。


前世の妹は「そのギャップがいいのよ!」と熱弁していたし、私もまあ、「意外と庶民派で悪くないんじゃないの」程度には思ってはいたけれど、今はそうは言っていられない。

小鳥遊本家跡取りとしての“小鳥遊在鷹”には、それは相応しくないからだ。

本人もそれは自覚していたらしく、自分の趣味嗜好を必死に隠していた。その凝り固まったコンプレックスをほどくのがヒロインである雛姫だった。


在鷹が好む洋装でデートして、在鷹が好む前衛芸術の美術館に赴き、そして帰り道の屋台で焼き餅を買い、「在鷹様は、在鷹様らしくあればいいと思います」と微笑みかける。

そうして在鷹は、そのままの自分を受け入れてくれる存在を得ることで、自信を取り戻すのであるが――しかしだ。


この独特なセンスの持ち主である在鷹様を、普通の女の子である雛姫がそうも簡単に受け入れられるだろうか?


前世におけるプレイヤーには、「あくまでもゲームだから」という認識があるからこそ受け入れられていたが、この世界は現実だ。現実において、小鳥遊本家でいずれ暮らしていくにはこのままの在鷹様のセンスは致命的となる。

在鷹様に非がある訳ではない。ただ周囲の古臭い固定観念が問題なのだ。私もそれに現在進行形で苦労させられているからよく解る。

その古臭い固定観念が欠落している両親には更にもっと苦労させられているから一概にそうとは言えないが、今後雛姫逆ハーレムルートをよりイージーモードに近付けるには、私は在鷹様からの好感度を下げると同時に、彼を雛姫に相応しい男に育て上げねばならないのではなかろうか。


ならば私にできることは。私が、すべきことは。


「在鷹様、でしたら次は、お土産話を聞かせてくださいませ。些細なことで構いませんから……そうですね、旅先から絵葉書などいただけるととても嬉しいです」


私は基本的に帝都から動けませんから、と続けつつ、内心で「これだあああああ!」と大きく声を上げる。

そうだ、絵葉書だ。絵葉書なら「こんな写真、もしくは絵の絵葉書がいいです」と伝えやすい。やりとりを交わす内に、在鷹様も年頃の少女が好むものがなんなのか、なんとなくでも気付いてくれるようになっていくだろう。「現地のお嬢さんが好むものはなんですか?」なんて毎回問いかけるのも忘れないようにしなくては。いずれ出会う雛姫が喜ぶであろうものを今のうちにリサーチしておくのだ。よしよし、これでいこう。


私がこれぞ名案であるとリクエストしたお土産に対し、在鷹様は意外だとさも言いたげに瞳を瞬かせた。


「そんなことでいいのか?」

「あら、そんな風に仰ってよろしいので?」


そんなこと、と一口に言うには、随分面倒臭いお願いだろう。我が色ボケ両親とは違って、確固たる目的があって領地を視察している在鷹様にとって、わざわざ絵手紙を選び、文章を考え、投函するのは一苦労であるはずだ。しかも私はわざわざ現地の女の子のリサーチも頼む気満々なのだから、そう簡単なお願いではないと言える。

どうだ“小鳥遊在鷹”よ、“小鳥遊美鳥”はこんなにも面倒臭い女であるととくと知れ。

何やら拍子抜けしたようにまだ瞳を瞬かせている在鷹様ににっこりと笑いかけると、彼は困ったように小さく笑った。


「新しい着物や宝飾品の類でも欲しがられるかと思ったんだがな」

「私はその類は余るほどもう持っておりますわ」

「それもそうか。だが……」

「在鷹様がご無事でいらっしゃるという報せが、私にとって一番の贈り物です」


好感度を下げる、という目的を棚に置けば、実は私は、若くして小鳥遊本家の上役を務める彼には、勝手ながら親近感を抱いているのだ。

羽持ちを独占する小鳥遊家の存在を面白くないと思う輩だっている。在鷹様の若さと才覚を羨みやっかむ輩なんて数えきれない。それでも彼はそのすべてを背負いながら、しゃんと背筋を伸ばし凛と立っている。その姿は、“小鳥遊美鳥”に重なるものがある。


だからこそ余計に、敵対する輩から時に命を狙われることすらある在鷹様には、健やかに、そして幸せになってほしいと思っている。それは間違いなく私の本音だ。ただその健やかに幸せになる場所が、私とは関係のない遠い地であってほしいと思っているだけで。


私の言葉に、何故か在鷹様は大層驚いたように目を見開いていた。思ってもみなかったことを言われたと言わんばかりの態度に、私の方が戸惑わされる。

背後で小さく綺羅星が鳴いた。止まり木に止まっていた月季が舞い上がり、立ち竦んでいる様子の在鷹様の肩に羽ばたきと共に舞い降りる。


「在鷹様?」


呼びかけると、ハッと在鷹様は解りやすく息を呑んだ。どうかしたのかと問いかけるよりも先に、在鷹様は「失礼する」と一言言い残し、すたすたと私の横を通り過ぎて行ってしまう。


「在鷹様、でしたらお見送りを……」

「不要だ!」


力強く拒絶されてしまった。おお、これは早速好感度が下がってくれたということだろうか。

流石私!と笑み崩れる私の背後から、「はあああああ」と、それはそれは大きく深い溜息が聞こえてきた。


「玖郎?」


何をそんな溜息を吐いているのだろうか。不審に思って問いかければ、玖郎は分厚い前髪のせいで解らないはずだというのに、何故かそうと解るほどに解りやすく半目になって、言葉を続けた。


「ほんっと、美鳥ちゃんってさぁ……」

「何よ」

「解んない? まあ解んないよねぇ」


別にいいよ、俺が頑張るから。

そう続ける玖郎に、私は更に首を傾げたのであった。

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