未来を見据える聖勇者と、堕ちていないと言っているだけの女神
(ケイ君とひとつ屋根の下。思ったよりも緊張したなあ)
公爵邸の客室で朝を迎えたレアは、はしたない程度に体をほぐす動きをして、明確にはしたない考えを抱く。
色々と障害はあるが、同じ屋敷で寝泊まりしているケイが無理をすればやって来れる環境だったため、レアは色々と準備をしていた。
勿論彼女とて、絶対にケイが来ないと確信していたが、それはそれ。これはこれ。万が一でもケイが忍んで来た時に恥をかかないよう、体を清めて完璧な状態を作りあげていた。
(それにしてもリズベットが……ケイ君のお兄さん、どれだけ恐れられてるの? 教会が直接関わりたくはないからケイ君を狙うなんて、実際に起こってもまだ信じられないんだけど)
色ぼけた女が途端に公爵家令嬢らしい顔つきに変わる。
普通に考えたらもっと直接、ロジャー・ウィンターに対して利益を与える筈だ。それをせずに弟のケイとリズベットを結ばせ、間接的に繋がりを持とうとするのだから、よっぽどロジャーが恐ろしいのだろう。
そうレアは考えたが、実際は世界の裏側を覗き込む必要がある陰謀の産物だ。
(まあそれはいいか。ウィンター家的には、グリーン公爵家はそこそこ近い上に裕福だから、親戚付き合いにメリットがある。それにダリル君のことも合わさると関係は盤石だ)
最近は色ぼけているが、レアはきちんと政治も考えられる。
リズベットの実家とも言えるグリーン公爵家は裕福で、ケイの実家に近い。
それに次期当主のダリルはケイと親友なため、余程のことがない限りウィンター男爵家を見捨てることは無いだろう。
(た、多分、調整は必要だけどね。兄さんもその点では妥協しないだろうし)
なおこの盤石な関係は盤石すぎると言ってもいい。
具体的にはケイが新たな家を興す時、ダリルが、これくらいは必要だよね。と言って大金を準備する可能性が高いため、レアの実家、フォスター公爵家も合わせて少々の調整が必要だろう。
(リズベットがいてくれるなら、かなり微妙な関係の家にも行ける)
レアの政治的思考はリズベットにも向けられる。
家の歴史が長いと、ぎくしゃくしている関係も多数ある。レアの実家、フォスター公爵家もそれは同じで、幾つかの家は険悪な仲だ。
そんな家と王家を橋渡しする際には、リズベットがケイの傍で。逆にグリーン公爵家と仲が悪い家では、レアが前面に出ればうまく回るかもしれなかった。
(聖勇者と聖女の子なら引く手数多だ。嫁ぎ先と婿養子先を探して、血の繋がりで王国の緩んだ統制を元に戻す)
桃色に染まっていない思考が、冷静に政治的な判断を続ける。
父親のケイが男爵家から新たな家を興した立場でも、聖勇者と聖女の子ならば価値は非常に高い。
そのため必要としている外様の家と婚姻を結び、独自の動きを見せつつある他の外様を牽制すれば、騒動を事前に潰せるだろう。
(挨拶回りして産んで、挨拶回りして産んでのサイクルだ。頑張らないとね)
だからこそレアは女として、妻として、そして母としての覚悟を定める。
一方、覚悟とは程遠い、揺れに揺れている女もいた。
「そ、そんな……嘘でしょ……」
目覚めたルシールは絶望の声を漏らす。
なぜ布団から下半身だけが出ているのか。
なぜ顔を隠すように枕を抱いているのか。
その全てが抱いた妄想の状況に近いことから、無意識の自分がどこまでも堕ち切っていることを自覚する。
「こんなことをしてどうなるとっ……」
ルシールは今にも泣き出しそうな顔になる。
彼女が抱く望みが叶う可能性はゼロに等しい。だがひょっとすると一晩の過ちという形ならあり得るのではないかと、体が無意識に行動しているのだ。
それに言葉では否定しつつも、目はケイがいた証を確認しようとしてしまい、なんの痕跡もないことで悲嘆にくれる。
『愛してるよリズベット』
『ケイさん……わ、私もです……』
「っ⁉」
その時、ふと想像してしまった光景に、ルシールの苦悩が深まる。
ケイとリズベットの婚姻が進んでいるなら、同じ屋敷にいる二人がそういう関係になっていても不思議ではない。
そしてルシールは友人を祝福した後、総本山で象徴として人生を費やし……。
「……わ、私は卒業後にどうしてるの……?」
単なる置物として暮らしているのは間違いないが、そこから先の想像は全くできなかった。
逆に一夜で宿った命を育て微笑んでいる自分。ケイに似ている子供を甘やかしている姿なら、幾らでも妄想することができるせいで、余計に彼女は崖っぷちに追い込まれる。
「リズベットの婚姻を勧めてる枢機卿の方々に言えば……」
なにを言うのだろう。
女神の自分も利用価値があるから、リズベット。それにレアも巻き込んでケイに嫁ぎ、彼の女として生きていきたい?
そんなことは不可能だ。
ただ本当に現実的な将来を思い描けず、どのように人生を終えるのかも分からないのに、子や孫に囲まれて穏やかに息を引き取ることは考えられた。
「……」
もう、堕ちていないと言っているだけの女が、甘い甘い沼から抜け出すことなど不可能だった。




