野営地での一幕と通りすがりの怪物兄
夕日が周囲を真っ赤に照らす。
日が沈む前には野営地の準備が終わり、俺は世界の陽と陽の境目をじっと見る。
なんて関係ないこと考えねえとやる気が維持できねえ!
寝ずの番はいいけど盛ってる連中のテント傍をうろうろする気になる⁉ 俺はならねえよ!
でも頑張っちゃう。だってそれが仕事だから。
「……」
遠くからちらりと着飾った女性たち。ほにゃらら館から派遣された専門家を見る。
こ、怖い。目がギラギラしてる。
まあそりゃそうか。ここでワンチャンだろうが公爵家や伯爵家の子弟に気に入られたら、人生変わるレベルの生活水準だって手に入れられる。
だからダリルが現れたらパニックを起こすレベルで騒ぐだろうが、それを予見している我が友はテントから絶対に出てこない。
「!」
あ。もう誘っていいタイミングになったらしく、妖艶な女性陣が微笑みを浮かべてテント群に近寄り始めた。
勿論狙いは上位貴族がいるエリアだな。
「あらお貴族様、どうされたのです?」
「え?」
だがその前に、俺が女性から話しかけられた。
どうされたもなにも……あ、そうか。寝ずの番の都合で本陣近くにいる俺を、上位貴族だと間違えたのか。
「いや、寝ずの番だから気にしないでほしい」
「まあ、それは失礼しました。お勤めご苦労様です」
事情を説明すると、怪しい輝きを宿していた女性の目がすっと切り替わり、次の獲物を見定める狩人の雰囲気を宿す。
寝ずの番ってことは男爵家の子弟ね。意味がないからさっさと離れましょう。と思っているだろうが、一見すると完璧な態度を維持している!
うーむ。これがプロ中のプロ。
はっ⁉
何奴!
すんげえ強い視線を感じて振り返る!
本陣の向こうにある場所から、レアさん、リズベットさん、ルシールさんが俺っちをじっと見ていた!
実は俺っち寝ずの番で本陣近くをうろうろしてるんすよ。なにかあれば駆けつけるのでお任せくださいね。
そんな意味を込めて大げさに胸を張り背筋を伸ばす。
といってもレアさん達がいる場所は、一握りの使用人達がずっと仕事してるため、俺が必要なことはまず起こらないだろう。
なおレアさんのテントに近寄ったら、そのままご休憩と称して引きずり込まれるような予感がしてきた。
さっぱりしているように見えて凄くスキンシップを好む女性なのだ。
おっと、預かっている兵士諸君がやってきた。
「全員集合しました!」
「うむ。我々は主に本陣近くを守ることになる。役割は小間使いではなく、あくまで兵士だ。妙な事を言われたら即座に報告すること」
「はっ!」
兵士の方々に念押ししておく。
この状況で公爵、伯爵家の子弟やら、連れ込んでいる女性にテントから出られないから、あれこれ取ってこいと言われても断固拒否! 体拭きたいなら自分で何とかしろ! 文句言って来たら教官にチクる!
遊びでやってる訳ではなぁい!
「では今から巡回する」
さあて見回りしようかねえ。
女性一人一人の顔を覚えてー。癖も可能な限り把握してー。あと、見終わってない他の兵士も全員確認してー。コミュニケーション力の信奉者として怠る訳にはいかないからなー。
ああ忙しい忙しい。警備の担当者になってなかったら、こんなことやらねえよ。使用人も合わせたら軽ーく千人以上もいるのに、俺ってなんて勤勉なんでしょ。
そんで俺をじっと見ていた人たちのいる最重要区画にも足を運ぶ。
「兵の方々と巡回……ケ、ケイさんが寝ずの番なのですか?」
「はいそうです!」
リズベットさんは慌てたように目を伏せつつも、こてんと右に首を傾げる。ルシールさんは多少の驚きで左頬に手を当てていた。
現実世界の寝ずの番ケイ君と、精神世界のトリプルイケメンボーイズにお任せください!
「ご苦労様。なにかあったら駆けつけるから大声出してね」
「その時はお願いします!」
レアさんの言葉に素直に頷いた。
政治的な陰謀はともかく、最近は教官でも泣きべそかきそうなレアさんの強さは王国でも屈指だ。
ここにルシールさん、リズベットさん、教官殿も加わるのだから、うちの兄貴並みの化け物が奇襲でも仕掛けてこねえ限りは大丈夫だな!
がははは!
……空気が変わった。
首の後ろがピリピリと痺れているのは、生存本能を刺激されたからだ。
俺だけ気が付いているのは、何度も頭をカチ割られるような衝撃を受けた経験によるものだろう。
い、い、急いで教官殿に伝えねば!
それから少し。
まだ日が完全に沈み込んでいない世界の空気をゆらゆらと覇気が揺らす。
それはまるで陽炎のようでもあり、神秘的な時間を一層引き立てていた。
ずしり。ずしりと強大な獣の歩く音が響く。
馬の名を赤兎馬号。なんかガキの頃の俺が狭間の情報をポロっと漏らしたら、そのまま名前として採用された通常の三倍はデカい真っ赤な馬だ。
んで、他の奴が触ったら殺すと目をぎらつかせている化け物馬の主が、馬上で腕を組んでいる。
纏っている外套が単なる布切れに見えるほどのガタイ。
岩をそのまま削り出したような顔、筋肉。
目は鋭く獲物を見定める猛禽のようだ。
趣味は花輪作り。実は俺が出発した日には実家のお見舞いに行ってて会えなかったけど、嫁さんと子持ち。
そんで明らかに世界観が違う劇画タッチ。
つまりうちの長兄、ロジャー・ウィンター。
は?
「……」
「いや、こっちのセリフなんですけどなんでいるんですか? ちなみに俺たちは学園の行事です」
この弟、なんでこんなところにいるんだ? ってアイコンタクト送られてきたから返答する。
まあ、セリフもなにも喋ってないんだけどね。
「……挨拶回りだ」
「あ、なるほど」
劇画タッチ兄曰く挨拶回りか。
そういや最近の手紙で、つるぴか父ちゃんがそろそろ隠居して家督譲ろうかなー。みたいなことを言ってた。
だからロジャー兄上はご近所さんにご挨拶してるんだな。
俺がガキの頃なら、いやアンタ、喋らねえっしょ。と思っただろうが、今のロジャー兄上は二言くらいなら口を開いてくれるから大丈夫!
お供もおらず単独行動してるけど昔からこんなんだから、ご近所さんもいつも通りで慣れてる!
つまり問題なし!
「……」
「いやまあ、色々あったんですよ」
あの眉の形は、それよりお前、いきなり公爵家の聖勇者と婚姻ってなにがどうなってるんだ? 的な形だ。
これに関しちゃまだ正式に形になってないから話せないぞ。
「お久しぶりです」
「お、おう。お前も相変わらずだな」
次に劇画タッチ兄は教官殿に視線を送り、きちんとした言葉を発した。
大昔はマジで全部の会話を眉の形だけで成立させてたから、普通に話しているだけでびっくり。
「さらばだ」
「あ、その前にどのルートでどこに訪れるか教えてもらえません?」
劇画タッチ兄は、俺と今話せることはそうないわと思ったらしく、次期男爵家当主としての仕事に戻り、赤兎馬号と共に去ろうとしたが、緊急時の連絡先がほしいので行き先を尋ねておく。
そんで俺に行き先を教えた途端、久しぶりに再会した可愛らしい弟を気にすることなく背を向ける。
やっぱ、友情と書いて殴り合いと読むような世界から来てません?




