相変わらず別の空気を吸っている青年ダリルと、絶望の後に希望を提示される妹リズベット
靄人間の集会が終わると、周辺の貴族を交えた歓迎会が行われた。
これは何処へ行っても同じで、公爵や王家の子弟、更に今代は三称号までいるのだから、顔だけでも覚えてもらおうとする貴族が多いのは当然だ。
「これでグリーン公爵家も正統が正されるでしょう」
「おめでとうございます」
「いやあ、めでたい」
「ありがとうございます」
そんな集団の中で、ダリルは特に注目される立場のため大人達に囲まれていた。
突然現れた現役枢機卿の息子にして聖女の兄。その上、公爵家の中でもトップクラスに裕福なグリーン公爵家の当主が内定しているダリルと接触しないのは、いっそ愚かだと断言できる。
しかもこの青年、公爵家にしては珍しく学院に入学しても婚約者が決まっていない。
「ほら、ご挨拶しなさい」
「お会いできて光栄です」
その結果なにが起こるかというと、学院に入学していない年若い令嬢が、父親たちに促されて挨拶するという事態が頻発した。
「初めまして。ダリル・グリーンです」
(いやあ困った。妹の婚姻に熱中して、自分のことはすっかり頭から抜け落ちてた)
ケイとリズベットの結婚を企んでいたダリルは、自分も片付ける必要があったことを痛感し、心の中で苦笑する。
もし全ての巡り合わせが悪くエゴが肥大化し、急に手に入れた権力に酔っていたら、令嬢たちのアプローチにも違った反応を見せたかもしれない。
しかし今現在の彼は非常に冷静……といえば冷静だ。
寧ろリズベットの方が衝撃を受けていた。
(兄様が結婚……)
母を早くに亡くし夫婦という概念に接する機会が少ないリズベットは、周囲の人間が生き別れていた兄に対して、婚姻を勧めるような動きを見せたことに戸惑う。
尤も前述したとおり、公爵家の跡取りのダリルに婚約者がいないことの方が不自然で、彼に令嬢が紹介されているのは当然だ。
そう、リズベットは己を納得させて……。
(私は……?)
自分はどうなのかと自問して想像する。
ずっと気遣ってくれて、陰謀に立ち向かい、恐怖に震える手を握ってくれた彼が隣にいる光景を思い浮かべ温かい気持ちになり……。
大人達が自分を見ていることに気が付いた。
(ひっ⁉)
その次に顔も、声も知らない誰かに嫁ぐことを想像したリズベットは、悲鳴を漏らしかけた。
父のクーノが王国に籍を戻したことで、リズベットは司祭兼貴族の娘のような立場になっている。
そのため家のことを考えて、今すぐどこかの子弟と婚姻を結ぶのは十分考えられる話であり、王国の貴族から見るとダリルだけではなくリズベットもターゲットだ。
(あ、ああ……)
そしてこの時代、女性に結婚相手を選ぶ権利など無いに等しく、父のクーノ。もしくは近い将来に公爵家を采配するようになったダリルがリズベットに命じると、彼女は大人しく嫁がなければならない。
(い、いや。いや……!)
リズベットの背を恐怖が這いまわる。知らない男に身を委ねる可能性があることに気が付き、吐き気すらも込み上げてしまう。
「リズベット、悪いけどケイ君に遅れそうだと伝えてくれないかな?」
「は、はい兄様」
そんなリズベットに気が付いたダリルが、大人達の視線から庇うような立ち位置に変えて言伝を頼む。
ぎこちない関係からなんとか脱却したダリルにすれば、妹が悲しんだり恐怖するような体験は望んでおらず、寧ろ幸せになることを祈ってすらいた。
「それと後で話をしよう」
「わ、分かりました」
付け足されたダリルの言葉に、リズベットは指先を震わせてしまう。
話の流れを考えれば、リズベットの婚姻の話に繋がっても不思議ではなく、彼女は死刑宣告を受けた様な雰囲気を醸し出す。
「大丈夫。悪い話じゃない。断言する」
ダリルはその恐怖を取り払うように、妹の耳元で囁いた。
その後しばらく。
リズベットはダリルが館の主に頼んで借りた部屋に招かれ、入り口を固めている光の灯が派遣した使用人の傍を通り過ぎた。
その使用人はリズベットの婚約騒動を承知している者達で、念のため部屋の“確認”だってしている。
「リズベット、隣に座ってくれる」
「は、はい」
微笑むダリルに促されたリズベットは、ソファで兄妹仲良く座り、かなり近い位置で視線を合わせた。
「ケイ君と結婚したい?」
「………? ……………っ!!!!!!?????」
妹を悲しませる理由がないダリルは、他の人間と結婚する姿を想像させたりはせず、単刀直入に切り出した。
しかしあまりにも急すぎたせいでリズベットは反応出来ず、ようやく意味を理解すると真っ赤になった。
「ん。分かった」
「あっ⁉ これは、その! でも! えっと!」
「したくないって言えないでしょ?」
「う、う、うううううっ!」
その反応で大きく頷いたダリルに、リズベットは反論する言葉を持たない。
慌てているがどうしても否定を出来ず、あたふたと手を動かすだけだ。
「それにここだけの話だけど、教会の一部はリズベットとケイ君に結婚してほしいんだって」
「……へ?」
更にダリルは、リズベットが痛々しい理屈を述べて自分が傷つく前に一歩踏み込んで、ポカンとさせた。
「多分、ケイ君のお兄さん関係で何かあると思うんだけど、とにかく揉めはしてても枢機卿レベルで、そういう話があるみたい」
「枢機卿……け、結婚……わ、私が……?」
「そう。だから上手くいけばリズベットはケイ君と結婚できる」
「お、お父様はそのことをご、ご存じなのですか?」
「うーん。ひょっとしたらまだ知らないかな。でも説得が必要なら僕が必死にお願いする。リズベットを任せられるのはケイ君しかいないし、リズベットも彼のことしか考えられないって」
「っ!」
どこまでも穏やかな表情のダリルに比べ、リズベットはコロコロと表情を変えて体を震わせる。
しかしその震えはつい先程まであった恐怖によるものではなく、どうしようもない興奮と期待からのものだ。
「と、言う訳で……」
ただ一つ、ダリルには大きな懸念があった。
「レアさん、ケイ君と婚約してないか探りを入れてくれない? もしそうだった時は王国と教会の代表が手を取り合う……みたいな感じで調整するからさ」
友人周囲に関する観察眼ならかなりのものであるダリルは、レアの瞳にある愛情と余裕に気が付いていた。
尤もその場合は、王国を代表するレアと教会を代表するリズベットが、手を取り合い次代の看板として機能すればいいと、やはり斜め上の発想を抱く。
この男、相変わらず一人だけ別の空気を吸っていた。




