高慢的善意が着火する導火線
王都が本拠地の最精鋭、王都騎士団の歴史は古い。
初代統一王の傍で戦い続けた戦士の一団を起源とする彼らはその性質上、常に高い技量と忠誠心を求められた。
だが悲しいかな。
古今東西、政治の中枢に接する最精鋭は何時しか骨抜きになり、気が付けば利権にがっつりとくっついた政治集団になり果て、自らの権利を守るための行動をとってしまうものである。
酷い戦乱で王都すらいつ襲撃されるか分からないような時代や、国王遠征が絶えて久しくなれば益々その兆候は強くなり、王都騎士団が言葉通りの精鋭だったのは随分昔の話になった。
ただ、守らなければならない利益が出来上がっただけあり資金や物資は潤沢で、逞しい馬に跨り煌びやかな鎧や剣を身に着ける彼らは、人々が思い浮かべる騎士そのものだろう。
それに王都を中心とする一帯は安全そのものだし、王都騎士団は長く貴族や司祭と関わっているため、学院が行う行事の護衛や先導役としては適任だった。
適任だったのだが……運命が動き出している故に腐敗の絶頂期だった。
ベンジャミンという男を紹介しよう。
三十代前半。背丈は高く、短い赤毛に栗色の目をした甘い顔立ちの男で、白馬に跨る姿は貴公子そのものだ。
血統もよく始祖は騎士団の最初期幹部……というか利権を奪われるのが嫌で、騎士団はほぼ世襲。
更に地位もあり若手ながら現場の責任者を務めているため、ご婦人が求める全てを兼ね揃えている様な男だった。
ついでに述べると折角訪れた機会だから、ルシール、リズベット、レアの力を利用して自身の地位を高め、場合によっては惚れられてもいいと思うような自信家を通り越した高慢家だった。
「お三方、風の噂で聞き及んでおりますが、遊びは程々にされた方がよろしいかと」
いきなり大事故を起こしてしまったが……。
先頭付近を歩くルシール、リズベット、レアに歩調を合わせるため、同じように歩いているベンジャミンは、自身の経験と感性に従い忠告したのだ。
「遊び……ですか?」
「いかにもその通り」
首を傾げたルシールに、ベンジャミンは重々しく頷いたが、建前があるため直接の表現はしなかった。
彼が言いたいのは、看板を欲している王家や光の灯教が、ルシールたちを前線に送るような真似をするのはまずないから、下賤な者と関わらず相応しい行動をした方がいいというものだ。
「それにお三方が慈悲をかけている者達が、見合った行動をとるとは思えません」
これを訳すと、男爵や子爵の子息。しかも次男坊や三男坊が多い集団と遊んでも、碌な活躍が見込めないから無駄だ。となる。
ただこれに関してのみ語るならベンジャミンにあまり非はない。
嫡男ならまだしも冷や飯食いの次男坊三男坊は、出世はしたいが死にたくないと思う者が多く、学院での訓練でもそれが透けて見える。
そのため普段の代ならそれほど的外れではないのだが、今の悪ガキ共はお喋り小僧が引っ張っているため、妙に逞しい者が多かった。
「そんなことはありません。全員が必死に努力しています」
冷たい冷たい、凍え切った声が発せられた。
結果は、悪ガキ集団の中に入って馬鹿騒ぎの一部となり、破滅の泥沼でもがいている聖勇者レアの尾をこれでも踏んだ形になる。
「レアの言うとおりです」
「皆が徳を重ねているのですから、尊重するべきかと」
リズベットがレアを支持し、ルシールがやんわりとベンジャミンの意見を窘めた。
「そうですか」
これに対してベンジャミンは、小娘の理想論を語れても困る。きちんとした現実を見せてやるのが大人の責務と思ったが、流石に移動している真っ最中に語る訳にはいかず、レアたちも論じ続ける場ではないと思い、この話はここで終了した。
つまりベンジャミンは全く深刻に捉えておらず、自分なら小娘を説得するなど容易いことだと、高慢にも思い続けていた。
(なにも! 知らないで! 勝手なことを!)
だからレアの中で煮え滾る激情など想像もしていなかった。
リズベットとルシールも不快感を覚えたが、破滅の坂道を転がり落ちているレアは特に酷く、朝昼夕と走り続けている男たちのことを何も知らないくせに、好き勝手言うなと憤慨していた。
尤もこの憤慨をベンジャミンが知っても、どうしてそこまで怒り狂うのかと心底不思議に思うだろう。
まさか聖勇者の称号を持つ者が、男爵家の三男坊の子を腹に宿して、友人達と何処までも堕ちていくような破滅的妄想を振り払えないなど、予想できるはずが無かった。
(落ち着け私……流石に公の場で口論したら家に連れ戻される……)
ただそれでもレアは驚異的な自制心を発揮して、なんとか怒りを抑え込む。
(でも王都に到着したら、また似たようなことを言われるに決まってる)
パチパチと心の導火線に火が付いたままのレアは、これから先を想像してうんざりしてしまう。
この様子は繋がっている導火線の本数が非常に少なく安全に見えるのに、一度着火したら大事になるケイによく似ていた。




