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女の情念を振り払えない聖なる勇者

(痛いっ……)


 頭、胸、そして腹の奥がズキズキと痛みレアを苛む。


「女神様ー!」

「聖女様!」

「聖勇者様ああああ!」

「わあああああ!」

(半月以上も雁字搦め⁉ この行事、最悪のタイミングだったかも!)


 老若男女の歓声を受け、看板としてにこやかな表情を浮かべて歩くレアは、自分が致命的な領域にまで追い詰められていることを自覚した。


 周囲を王都騎士団や従卒、使用人達にがっちり固められ、衆人からはある意味監視を受けているレアに自由はない。

 つまり彼女を甘美な破滅に誘ってくれるケイの姿、声に触れる機会がなく、レアは禁断症状に近い感覚に襲われていた。


 学院にいたなら、朝練をコッソリ覗き見たよかった。訓練に交じれば会話だって少しできる。下手をすれば汗の臭いだって知れた。それがいきなり全て取っ払われたことで、レアの正気はガリガリと削れてしまい、あり得ないことだがケイが木陰から手招きしたら、そのまま誘われ暫く帰ってこないだろう。


「我ら騎士団の祖はこの地で行われた、第二次灰の丘の戦いで華々しい戦果を挙げ」


 それと、周囲にいる王都騎士団がどうでもいい情報を垂れ流すのも、彼女の頭痛に一役買っていた。

 先祖が凄いから自分達もそうなのだと言われても、王都騎士団はここ数世代、実戦を経験していないのだから、まあ! そうなのですね! という反応しか出来ず、そこから先祖の活躍は~と話を膨らまされても、多分に脚色が入っているため興ざめしてしまう。


 それに観衆が素直な叫びをあげている中、王都騎士団の者達が品定めをするように自分の体をじろじろ見てくるのも気に入らない。


「勿論、私も先祖に劣るところはありませんが」


 特に酷いのはいきなりレアの導火線に着火したベンジャミンで、暇さえあれば何かしらの自慢話をした挙句、レアたちの表情を観察しては、どうしてこの女達は自分に上気した表情を見せないのだろうか? と思っているのが透けて見えた。


 なるほど、確かに顔は素晴らしく整っている。だが求めているのは会話ではなく、一方的な自尊心の発露で、感性が飲み屋でどうしても誇張した武勇伝を語りたい人間と同じだ。


(ケイ君ならじろじろ見てこない。ケイ君ならなんとか会話に混ぜようとしてくれる。ケイ君なら嫌がってる私にすぐ気づいてくれる)


 男性の基準がケイになりつつあるレアは、心の中でブツブツと呟き自分を落ち着けようとした。

 実際これはレアの妄想ではなく経験に裏打ちされたものだし、ケイがここにいれば彼女の苛立ちに気が付き、この騎士正気じゃねえ……火薬の近くで火遊びしてやがると呟いて、レアからどうにかして引きはがせないかと画策するだろう。


(気を引き締めよう……)


 まだまだ先は長く、中継の街へ到着したら代表としての挨拶や夜会もある。

 それを考えると気が遠くなりそうなレアだったが、聖勇者として。公爵の娘としての振る舞いを忘れないよう、強く自分を戒めた。

 そうしなければ女としての自分が暴れ回るのが目に見えていたから……。


「ようこそお越しくださいました!」


 夕方頃に大きな街に到着した一行は一旦身を清めると、レア、ルシール、リズベットは当然として、公爵家の子息や王家の端に引っかかるような最上位の面々だけ別行動になり、領主の館で領主家族のみならず、近隣の貴族たちから軽い挨拶を受けた。


 本番は準備されている夜会とはいえ、事前に顔を合わせておくのは彼らにとってきちんとした仕事の一環だ。

 そこでお美しいとか、お疲れ様でしょう。などの、当たり障りのない会話を受けてから、用意されている屋敷に戻り、また身を整えて夜会に備える。


 ただここで普段なら発生しない手違いがあった。

 男性社会のため、代表してあいさつを受けるのは子息の仕事だった。つまり令嬢は全員、準備されている屋敷に送られるので、この時間帯は男性が宿泊している屋敷の様子を知らないのだ。


 それなのに特例措置で、女性ながら挨拶を受けたレアたちが男性用の屋敷を通り過ぎてしまう。


(誰だろう? )


 問題の存在が屋敷の門の外ではなく、中にいたこともタイミングが悪かった。

 これが外でうろちょろしていたら、馬車の御者もこれはマズいのではと気が付いて馬を止めただろうが、全てはたらればの話に過ぎない。


 レアはここにケイが宿泊しているのかと軽い気持ちで、馬車の窓を隠していた布を取り払うと、着飾った美しい女達が屋敷の庭にいるのをはっきり見てしまった。


 そして強力な称号を有しているため、視力も非常に素晴らしいレアは、その女達が男を誘うような笑みを浮かべ、煽情的な衣装に身を包んでいことに気が付くと……。


(あっ⁉)


 有機的な問題を解決するための人員だと思い至った。

 それは衆人からの歓声を浴びて自尊心が高まった上で、慣れない環境でプライバシーもない時間が続くと、男が問題行動を起こす確率が高くなるため、必要な措置として行われてきた行事だった。


(でもこのあとは夜会……夜会後に選ぶ時間が無いからの今並んでる? それに皆は身支度してるから、中に入ってる人はいない筈。つまり人数を考えると伯爵家以上しかいない……)


 だがしっかりと数まで確認したレアは、どう考えても足りていないと思い、恐らく上位の子息を相手にする分しか用意されていないと推測する。

 つまりつまりは……。


(ケイ君の相手……私……私がいる……)


 煮込まれ続けている破滅が、ドロドロに溶けた桃色の妄想として頭を出した。

 忍び込み、貴方には私がいるよと言えたなら、それはどんなに素晴らしいか。どんなに甘美か。

 一瞬の想像ですら背筋が震えてしまいそうになり、思わずレアは馬車に座ったまま身を屈める。


 なんとか抑えきっている願望は、原因と離れたことで更に酷くなっていた。


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