曇った女達の暴走情念
ウィンター家三兄弟はコミュニケーションが独特で、無口の長兄、難解な次兄、そして口が止まらない末弟の三人は、地元でもかなり有名だ。
そしてこの三男、普段の騒がしさでも大分遠慮している方で、誰もいない空間かつ周囲に迷惑をかけないなら、独り言でもベラベラと話す悪癖があった。
「いやー、今日も戦闘訓練お疲れ様でした。ズキズキしてずっと痛かったわ。聖女さん、俺らを練習台にしていいから治してくれないかなあー。聖女さんは練習できる。俺らは傷が治るのウィンウィンだけど政治的に難しいよな。ま、それを言ったら聖勇者と女神さんもいて欲しいな。実戦中に範囲攻撃の範囲を知らなかったら、お互いヤバいことになるし」
奇妙な精神世界でごろりと横になっているお喋り三男ケイが、今日あったことを纏めながら独り言をつぶやく。
彼にすればこうなったらいいのになと、空想する程度の軽さだが、惨劇を見るしかなかった者達にすれば、彼が初めて示した道標だ。
「あ、あああ……よかったぁ……」
誰の呟きだっただろう。
ボロボロと涙を流しているリズベットか。
髪がぼさぼさになっているレアか。
よろよろと立ち上がっているルシールか。
それとも全員か。
毎日毎日、ひょっとして彼の心は砕けているのではないか。今まさに消え去るのではと思い、神に願っても無視され、縋ることも謝ることも、感謝すらも出来ない女達。
そんな三人に、ケイが初めて示した道標は、彼に近づくための第一歩になりえた。
「私の馬鹿……! 馬鹿!」
レアが血を吐く様に悶え苦しむ。
ここ数日は大人しいものだが、既に精神世界では十回の決戦が繰り広げられている。
十回もだ。魂を削り、燃やし、戦い続けている男がいるのに、彼女たちは見て、叫んで、泣くことしか出来なかった。
それなのに現実世界のレアは、能天気に実家の都合や教会の思惑がどうのこうのと、取るに足りないことで悩んでいるのだから、自身を許せるものではない。
「ああ……」
リズベットとルシールから漏れるのは絶望だ。
泣き叫び、何度も何度も神に縋ったのに答えはなく、それは彼女たちが神の無慈悲さ。もしくは不在を確信するのに十分だった。
本当に何度も叫んだのだ。祈ったのだ。どうかあの人を助けてくれと願ったのだ。しかしすべてが無駄だった。
「そういやムフフなお店もあったなー。門越しに綺麗なねーちゃん見つけたけど、中とかどうなってんだか。行く気にはならねえけど色々興味がある……これが複雑な男心⁉ ていうかああいうとこが必要で、しつこいくらい女を連れ込むなって念押しされるとか、昔の風紀はどうなってんだ風紀は。あれか? 御令嬢全員が出来ちゃった婚したのか? 俺も結婚して子供と遊ぶから見とけよ神様ー!」
神託を受けた様な甘い痺れが女達に奔った。
彼女たちから見ればどういう訳かまだ無事なケイだったが、それでも無理をしていない筈はなく、何かの拍子で死んでしまうのは十分考えられた。
そして血を残すのは生物の使命であり、幸いにもレア、リズベット、ルシールはその過程で必要な肉を持つではないか。
「よかった……ああ……女でよかった……」
恋などしたことがなく、自身の性別の意味など大して考えたことがないルシールが、女に生んでくれた母に感謝する。
名誉や金銭などを考慮していないケイに、それ以外のなにを差し出せばいいのか分からないため、この発想に縋るしかないのだ。
「急がないとっ。早く早く早く」
若干ながら現実世界の自分へ、影響を与えられることに気が付いているリズベットが、焦燥感に駆られながら念じる。
常識で考えると魂を燃やした者は今生きていることが奇跡なのだから、彼女たち視点では残された時間がほぼなく、今すぐにでも閨に招き入れる必要があった。
「公爵家の娘で聖勇者だから大丈夫」
レアの呟きのどこが大丈夫と言うのか。
付加価値として公爵家に生まれた聖勇者が母となれば、確かに子の栄達は約束されているも同然だが、それは相手が釣り合っている場合の話だ。
三人共に将来や計画性といったものはまるで存在せず、男爵の三男坊の子を抱えてどうするのか。どう生きるかなども考えてない。
妄念の深情けで行動する者よりも更に切羽詰まっている女がいるだけだ。
彼女たち視点での時間の無さと、初めて与えられた道標の方向性のせいで、なにもかもが無茶苦茶だった
そして少しずつ。少しずつだが、まるで本来あった分岐のように、現実と精神が入り混じっていく。
現実で想像する、いつかの結婚相手。抱きしめる布団の輪郭。囁いてくる破滅願望の声。
それらがゆっくり、ゆっくりと確かな変化を伴って特定の誰かに変わり始めた。
「神様ー! 女神、聖勇者、聖女の三大美女が来たんすけど超美人で超優しかったっすよー! ルシールさんはあらあらウフフの母性的なねーちゃん。レアさんはすんげえかっこよくて、リズベットさんは可愛らしかったですー! それはそうとあんな普通の女の子に、酷な運命なんて用意しやがってぶっ殺すぞテメエ!」
世界は馬鹿な青年のせいで急速に回転していく。




