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理性なのか本能なのか

 青天の霹靂。


「男爵や子爵家出身の方々が、毎日傷だらけで訓練していると聞きました。私の力を使ってその方たちを治療したいです」

「へっ⁉」


 突然、聖女リズベットが侍女たちにそんなことを言い出し始めたものだから、周囲の人間は大いに焦った。

 教会で隔離されるように育ち、その意向に従い続けたリズベットは、公的な行いに関しては機械のように自主性がない。

 そのためあまり男と関わるなと念押しされている彼女が、一応は貴族と言え大勢の男に治療を施すなど、誰も想像しなかったことだ。


「リズベット様、御身は次代の輝きなのですから、軽々しく動いては神の権威が傷つきます」


 侍女たちも驚きはしたが説得は容易いと思い、この時までは楽観視していた。

 ただ、この事態が起こったことには酷く疑念を強め、誰が聖女に余計なことを吹き込んだのだと苛立ちを覚える。

 それに最近はないが、少し前はベッドが汗に濡れ、シーツもかなり乱れていたため、不埒な男がいるのではと警戒していたところにこれだ。

 普段のリズベットを深く知れば知る程、自分から自発的に男の集団に関わる筈がないと思うため、教員、生徒問わず、可能性がありそうな男の顔を思い浮かべる。


「いえ、ここは学院ですし、私の力を伸ばすためには、けが人を治療するのが一番です。それに同級生を癒し、聖女の力を伸ばすのですから神のご意思に反するのではなく、寧ろ見守ってくださるに違いありません」

「っ⁉」


 だがその楽観は予想以上にはっきりと答えたリズベットの声で、木っ端微塵に吹き飛ばされ、侍女たちは二重の意味で言葉に詰まる。

 一つは先程述べた通り、リズベットが反論することはないと思っていたこと。

 もう一つは、彼女の意見が政治的配慮の上を行く、綺麗な正論だったことだ。


 大勢の若者が集まる都合上、学院は多少の無礼講が許されているため、大人の社会よりは縛られていない。

 そのため怪我をしている同級生を癒し、自分の実力も高めると言われてそれを否定すると、否定した者が神の心に反していると突っ込まれかねない。


(その方が絶対にいい筈)


 リズベットは、自分の行いが間違いなく正しいと認識して突っ走る。

 しかし、彼女はどうして傷だらけの男たちのことを知る機会があったのだろうか。


(でもどこで聞いたのでしょうか?)


 本人すらもよく覚えていないのに。


 結局、リズベットの暴走としか表現できない行動は、教員も反論する術を持たないために実行され、彼女は大勢の男たちの前に姿を現すことになった。


「よろしくお願いします!」


 そこで震えてしまう。

 大きな声だった。澄んでいる訳でも、美しい訳でもない単なる大声でしかない。

 だが小柄な体は僅かに震え、無意識に原始的な欲求が高まって彼女の体温を上げてしまう。


(どなた? 誰?)


 余りにも感情を揺さぶる声に誘われそうになったリズベットだが、ここで私情を優先すればどうなるかくらいは分かる。

 必死に感情を押しとどめて、貴族になんとか引っかかっているに過ぎない男を癒すと、他の者も同じようにしていく。


 だがそれでも意識だけは若干人相が悪い悪ガキに向けてしまい……。

 彼女の兄だけがその様子に気が付き、これなら上手くいくのではと、まだ斜め上を突っ走っていた。


 そして学院や高貴な者達の騒動は終わらない。


「私たちが投入されるとしたら最前線ですよね?」

「現場の方たちとの交流も必要だと思います」


 このすぐ後、聖勇者レアと女神ルシールがこんなことを言い始めたため、事態は更に滅茶苦茶になってしまう。

 とは言えやはり、彼女達の言っていることは正論であるため止めることが出来ず、リズベットの時と同じように強行突破されてしまう。


「やっぱり身内の判断には無理がありますよねルシール様」

「そうね」


 どこか呆れた様なレアの言葉に、ルシールが苦笑気味に頷いた。

 彼女たちも出来るだけ男と関わらないようにと言われているが、戦場が危機的状況化なら投入されざるを得ない戦力だ。

 それなのに現場を担当する若手たちと交流せず、彼らに死地へ飛び込めと言うのは酷だ。


 しかも戦力としての比重が大きい彼女たちは緊急時に前線で戦うため、後方の責任者にするのは不適格で、役割は公爵家や王族の子弟よりも、子爵や男爵の子弟に近いものがある。

 軍の視点でも、責任者がいきなり全体の指揮を中断して前線に行く必要があると困り果てるので、最高戦力兼全体指揮官など成立出来ないのだ。


 それは間違いない。彼女たちの行動は非常に正しい。

 だが政治的な思惑がある者達は慌てふためき、何とか修正しようとする勢力と、彼女たちの行動を支持する軍や武門の貴族が少々罵り合う事態に発展する。


(神も間違いなくそう思っている筈)


 教会の一部の思惑から外れかけているルシールが、心の中で断言する。

 光の灯内で巨悪を討つと定められている女神、聖勇者、聖女の称号は神殿最奥に飾れとは一言も書かれておらず、正しい教えの役割を考えるとその逆だ。


(流石に準備不足で死ぬのは御免なんだよね)


 特にレアは、最前線中の最前線。死地に投入される可能性が最も高い聖勇者であるため、指揮に重きを置く上位者のカリキュラムを優先していては、不覚を取る可能性が高まってしまう。


 だからこそ彼女たちは、理性に従い行動に移している……その筈だ。


「よろしくお願いします!」


 この日も大きな声が響き渡り、レアとルシールの体が震える。


 レアは無意識に飼っている破滅願望の囁きが酷くなり、ルシールは空虚を自覚している己の心の穴が埋められるような感覚に囚われる。


 だがそれでも驚異的な自制心を発揮し、教官たちとの訓練に臨むのだが……。


「でりゃあああああ! ぐべら!」


 意識を捉えて離さない青年が特攻し、その意図を話すとレア、リズベット、ルシールから血の気が引いた。

 それは教官たちもはっきり認識できたほどだが、彼女たちが自分の立場を理解して、時には人間を使い捨てにしてでも、勝利しなければならないことを学んだからだと思った。

 常識的に考えると正しい判断だろう。蝶よ花よと育てられた令嬢が、自分が勝つためにお前が死ねと命じるのは酷なことだ。それは間違いない。


 なんなら三人の女達も自分の変調をそう考えた。


 ではなぜ……。


「ちょっと失礼!」


 子弟たちの集団を守っているように見えて、レアは名も知らない男を庇っているのだろうか。


「光よ!」


 ルシールの放つ光が、名も知らない男の精神性に限りなく近いのだろうか。


「次の方どうぞ」


 そう言うリズベットの癒しが、特定個人にのみ異常な親和性を見せるのだろうか。


 ……それを紐解くためには精神世界の様子を覗き見る必要がある。


 なお余談だが、三大美女の堕落を企んでいる勢力からすれば、下賤な男たちと関わっている彼女たちの行動が、計画の順調さを表しているようにしか見えなかったことを追記しておく。

最高戦力兼全体指揮官が成立出来ない。の件で突っ込みたくなった馴染みの方がいますね?(*'ω'*)先手を打つ

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