表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王冠の下の約束  作者: 朝凪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/3

薔薇の国の幸福

旅人よ

君が今、ロズレ王国の門をくぐったなら、まずは息を吸うがいい

甘く、湿り、どこか胸を刺す香がするだろう

薔薇だ。この国の空気は薔薇でできている


ーーさて、ひとつ問おう

この国の薔薇は何故こんなにも赤いのか


土が肥えているから?日当たりがいいから?

そんな答えで済むのなら、私は歌など歌わない

私は知っているのだ。王宮の奥、誰も知らぬ庭で交わされた約束を

それを見た者は居ない。けれど薔薇は見ていたのだ

だから、毎年同じ季節に、同じ色で咲く


今宵の歌は、その始まり

あまりに幸福で、あまりに苦しくて、だからこそ美しい物語を


ーーーーーーー


王城の薔薇園は、春になると世界が赤くなる

赤だけではない、淡い桃色、白、薄紫、深い臙脂

色が重なり、香が重なり、朝露が光を弾いて、花そのものが小さな王冠のようにきらめく

鳥は高い枝から歌い、噴水は細い銀の糸を空に投げる

そこは、幼い者が悲しみを知らずに歩いても許される、唯一の場所だった


その日、薔薇園の中央で、1人の少女がくるくると回っていた

金の髪は陽に透け、青い空は空を映す。ドレスの裾が揺れるたび、花びらが舞った

薔薇の妖精のように美しい王女ーーロズリーヌ


「ねぇリオネル!どう?わたくし、花嫁さまに見える?」


呼ばれた少年は、少し遠くで戸惑っていた

貴族の四男坊で、王城に出入りすることを許された幼馴染。茶色の髪が柔らかく、王女と同じ青い目をしていた

今はまだ、背丈も腕力も似たものだ。ただ、彼の視線には子どもに似合わぬ真剣さが混じっていた


「見えるよ。……でも、花嫁って何をするんだっけ」

「お嫁に行くのよ!」


ロズリーヌは胸を張って、くすくすと笑った


「それでね、好きな人と、ずっと一緒にいるの!」


少年はその言葉の重さを知らないふりして、首を傾げた


「ずっとって、どれくらい?」

「薔薇が枯れても!」


ロズリーヌは当然のように言って、近くの蔓から花をひとつ摘んだ。棘を避ける手つきが、何故だかやけに上手い

花を胸に当て、彼に差し出す


「さぁ、リオネル。あなたは花婿さま。私に誓うの」

「誓う?」

「ええ。ほら、お母様が言っていたわ。“誓いは言葉で結ぶのよ”って」


ロズリーヌは薔薇の枝を見つめた。そこに並ぶ棘の列を、怖がるでもなく、ただ不思議そうに見た。棘の存在すら、まだ痛みとして知らない年齢だった


リオネルは、近くのベンチにかけてあった薄いレースの布を見つけた。女官が飾りに使うために起き忘れたものだろう。少年はそれをそっと取り、ロズリーヌの髪にかけた


「………これ、ヴェールに似てる?」

「まぁ!」


ロズリーヌの頰が薔薇色に染まる


「すてき!とてもすてき!」


その声にひかれるように、薔薇園の空気まで喜んだ気がした。噴水の音が少し高くなり、鳥の歌が華やぐ

遠くでは女官たちが気づいて笑っているが、注意しに来る気配はない。王女の遊びは、その園では許されていた


ロズリーヌは、薔薇を束ねて花冠を作り始めた。指先は器用で花びらを傷つけない

リオネルは手伝おうとして、棘に触れて小さく声をあげた


「いたっ」

「だめよ、そこには棘があるの」


ロズリーヌは彼の指を取り、ふうっと息を吹きかけた


「ね?こうすると痛いのが飛んで行くのよ」

「……飛んだ」


少年は顔を赤くして目をそらした


「よかったわ」


ロズリーヌは満足そうに頷き、花冠を完成させた。それをリオネルの頭に載せる


「はい、花婿さま。王子様みたいよ」

「………王子じゃないよ」

「貴族でも王子様みたいなの。わたくしがそう決めたの!」


言い切る強さが、幼いのに女王のそれに似ていて、リオネルは息を飲んだ

ーーこの子は、いつか本当に王冠を戴く

幼い胸のどこかが、そんな未来を先に見てしまったように冷える

けれど、ロズリーヌはまだ未来の影を知らなかった

彼女はただ、今が幸福だから笑っていた


「では、誓いましょう」


ロズリーヌは一歩進んで、胸の前で手を組む


「リオネル。あなたは、わたくしを……ええと……」

「守るよ」


リオネルが先に言った。自分でも驚くほど素直な声が出た


「ぼくが、いちばん近くで守る。ぜったいに」


ロズリーヌは目を丸くして、そして少し泣きそうな顔で笑った


「……ええ。では、わたくしも誓う」


少女は彼の両手を取った。小さな手が、思いのほか温かい


「病める時も、健やかなる時も、リオネルを大好きでいるの」

「……大好き?」

「大好き!」


ロズリーヌは恥ずかしげもなく頷いた


「だから、ずっと一緒よ。薔薇が枯れても」


リオネルは、何故か胸が痛くなった

薔薇が枯れることを、彼は知っている。花は永遠ではない。季節が来れば巡る

散った花びらは土に戻り、次の春を迎える。けれど、幼い誓いは永遠に見える。見えてしまう


「………うん、ずっと一緒」


言いながら、少年は思った

もし、永遠が壊れる日が来たら。もし、誰かがこの手を引き剥がそうとしたら

そのとき自分はどうすればいいのだろう、と


ロズリーヌはそれに気づかず、彼の冠を直し、ヴェールを揺らして笑う

薔薇園の赤は、あの日、世界で1番優しかった


ーーやがて、遠くから鐘の音が響いた

時刻を告げるだけの音。けれど、呼び戻す音でもある


「王女殿下、お時間でございます」


女官の声は丁寧で、少し硬い

ロズリーヌは王女の仮面を被り直し、「はい」と答えた。そして、最後にもう一度だけリオネルの手を取った


「また明日も、ここに来ましょうね」

「うん」


少年は笑って頷いた

そして、ロズリーヌは去る。ヴェールが風にふわりと舞い。薔薇の香が後ろ髪のように残る

リオネルはその背を見送りつつ、何故か胸の奥で見えない棘が一本だけ刺さった気がした

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ