神殿騎士団長の力
クリスの出現で聖女隊の動きが完全に鈍ったのもあって、アレイスターとオルトロスによる神殿騎士団の制圧は順調だった。
しかし、アドルフィナの魔法で2体目の能天使も消され、もはやベルを止められない状態になってきた。
アレイスターが苦肉の策で無属性のバインドでベルを捕らえるが、2発目の無属性を放ったアレイスターは魔力をかなり消耗してしまった。
「リリ、奥にいるニック……ではなくフェイを狙って、ベルへの干渉をやめさせるんだ」
「わかりました」
リリは肩で息をしている。正直体力の限界ではある。それ程にベルは強い。
ベルは捕らえられても落ち着いて無属性のバインドを切り裂いて脱出する。
「無駄なことをするね、アレイスター」
リリはフェイを狙えなくなる。再びリリにベルが襲いかかり、リリが追い詰められる。能天使1体とリリではベルに歯が立たない。
この戦線が危うい。どうしても近接戦を出来る戦力が足りない。
「あなた達何をしているの? 異端者認定されたくなければ弾幕を張りなさい」
アドルフィナが聖女隊を急かす。レミリア達に再び聖女隊の攻撃が降り注ぐ。
横ではベオウルフがカイエンに押され始める。カイエンの打撃がたまにベオウルフの結界を破って身体に当たり、その度にレミリアの魔力を消費する。レミリアも危ない状態だ。
クリスが現れたことに驚きを隠せないカイエンだったが、概ね上手くいっている。ベオウルフは強かったがカイエンの相手では無さそうだ。
アレイスターは焦りはじめる。混戦だと大魔法は使えない。防戦一方だ。
万事窮したその時、入ってきた門の方から爆発音がした。
「何事だ!」
カイエンが声を上げそちらを見ると、大剣を背負った大男が現れた。
フィーンフィル王国騎士団長ギルベルトだ。
ベオウルフが驚いている。
「ギルベルト様!? どうしているんですか」
ギルベルトはベオウルフの問いに淡々と答えた。
「お前達が出た後、国王に頼んで俺だけで出る許可をもらった。エテメンアンキに潜伏していたが騒がしくなったので来たら当たりだった」
ギルベルトはカイエンに向かって名乗りを上げた。歴戦の勇者の出で立ちに、ベオウルフ達も気持ちが昂ってくる。
「俺はフィーンフィル王国騎士団長ギルベルトだ。我が国に仇為す者ども。貴様らは全て斬り捨てる」
「王国騎士団長だと!? フィーンフィルは教皇庁と戦争するつもりか?」
カイエンが抗議するがギルベルトは意に介さない。
「お前達に遠慮する必要は無いと言われている。もはやフィーンフィルは戦争も辞さぬぞ!」
そう言うとギルベルトはカイエンに斬りかかる。手数の多いカイエンに大剣は不利だが、ギルベルトの技量なら対等にやりあえる。
「ベオウルフ、君は勇者をやれ。良く持ちこたえてはいるがそこが穴になっている」
「わかりました、ありがとうございます」
最後の能天使もベルに両断され、絶体絶命のリリの前にベオウルフが飛び込んでベルの剣を受けた。
「ベオウルフ! 邪魔をするな!」
「ベル、どうしたんだお前らしくないことをして。相手はリリだぞ?」
「だまれ!」
まるで話にならない。完全に錯乱しているではないか。アレイスターは先程中断した作戦を再びリリに持ちかけた。
「ベルはあそこにいるフェイに精神操作されているみたいだよ。リリ、動けるかい?」
「なんとか……」
リリの傷はクリスが治しているが、流石にベルを抑え続けていた体力は戻らない。
リリは再び力を使うことを考えた。たいしてチャージできてはいないが。
「昨日からの1日分のアレを使えばなんとかフェイがいる場所まで届くかもしれません」
「仕方ないね、頼めるかい」
やはりフェイの持つ石を取り上げて、ベルを止めるしかない。アレイスターとリリはもう一度仕掛けることにした。
「いや、奴は俺にやらせてくれ」
ベオウルフがそれを止めた。やっと見つけたエレオノーレの仇だ。他人には譲れない。
「レミリア、俺たちでやるぞ。魔力を回復してありったけの力を俺にくれ。俺にかかっているのはそういう魔術なんだろう?」
ベオウルフがレミリアに使役されて始めて、レミリアに力を求めてきた。返さないわけにはいかない。
「わかりました! 全力でいきます」
レミリアはマジックポーションを飲んで、ベオウルフに魔力を送る。
「おいおい、ベルはどうするのさ」
アレイスターは不安そうだが、クリスもベオウルフを後押しする。
「いざとなれば力天使を出せます。リリさん、あと少しだけ頑張りましょう」
「わかった」
ベオウルフに魔力が満ちた。2、3回、斬撃でベルを圧倒していったん弾き飛ばす。
「凄い、自分の身体と思えないくらい力がみなぎってくる。レミリア、お前すごいな!」
「あ、ありがとうございます」
子供のようにはしゃぐベオウルフを見てレミリアは引き気味だ。
「いくぞ!」
ベオウルフはフェイに向かって全力で駆け抜け、黒い石を持っている手を切り落とした。一瞬のことでフェイは微動だにできない。
「ぐあああ! 手が!」
前はリリに指を切り落とされ、その次は手である。ベオウルフは落ちた石を拾い上げ、フェイに剣を突きつけた。
「何故エレオノーレを殺した!」
「違う! やめてくれ!」
フェイは失った腕の切り口を庇いながら、必死に命乞いになっていない言い訳をした。
「俺達はお前を殺そうとしたんだ。それなのに、あの女が術式に気付いて解除しようとしたんだ。そしたら術が発動した。不可抗力なんだ。それに俺は命令されただけなんだ!」
「なんだ? つまりエレオノーレは俺の身代わりになったのか……」
あまり聞きたくない事実だった。ベオウルフは茫然としてしまった。
「油断したな!死ね!」
「ベオウルフさま!」
フェイが至近距離で魔法を放とうとした。しかし不発に終わる。ベオウルフの剣がフェイの心臓を貫いた。
「ぐっ……くそが……あの女魔族のせいで」
フェイの目から光が失われた。バリアントに関わってから不運ばかりだった。
精神操作が一旦中断され、ベルは動きを止めた。
ベオウルフはアレイスターに黒い石を渡す。
神殿騎士団はアレイスターとオルトロスがほぼ全滅させ、今はオルトロスがアドルフィナに迫っている。
カイエンはギルベルトに押されて全く動けない。
勝敗は決したように思われた。
カイエンが両手を上げた。
「やめだ。降伏する」
アドルフィナも悔しそうにクリスを睨んでいる。
アレイスターがカイエンに確認する。
「降伏を認めてもいい。今回のルカリオの悪事を全て証言してくれるね?」
「証言しよう。命令を実行したのは全てこの俺だ」
神殿の方から大きな声がした。
「そんな勝手をされては困るなカイエン」
「ルカリオ様……」
事件の黒幕、ルカリオが現れた。手に何か包みを持っている。
「アドルフィナ、其方に最高の栄誉を手にする機会を与えよう。来なさい」
「はい」
ルカリオは良く通る声でアドルフィナを呼びつける。アドルフィナは吸い寄せられるようにルカリオの側に向かう。
何をしているのかわからないので、全員見ているだけだった。