カイエンの苦労
カイエンは教皇庁本部の神殿前に神殿騎士団と聖女隊、帰投していた勇者ベルを集めていた。カイエンが到着すると、側近のフェイが全員揃ったことを報告する。
「急な話で申し訳ないが、間もなく異端者どもが押しかけてくる。奴らは憎き魔族にたぶらかされ、教皇庁を口汚く非難するだろう。我々は世界のためにこれを粛正しなければならない」
「本当に君たちが世界のために行動しているのか、ボクは少し疑問に思えてきたんだけどね」
そう言ったのは勇者ベルだ。ベルはレミリア達と邂逅して、世界のために魔族を滅ぼしていくという教皇庁の今の在り方に疑問を感じている。
「勇者ベル、どういう意味かね。魔人討伐に功績のある貴様とはいえ、聞き捨てならない発言だが」
「そのままの意味さ。君たちは魔人の発生を防ぐために魔族を殺して回っているわけだが、わざわざ残酷な手段を取って殺人自体を愉しんでいるのではないかい? あと、協力すべき人族の英雄に対しても傲慢に振舞い、意に沿わぬなら酷い仕打ちをしているよね?」
ベルに全て筒抜けになっていることに、カイエンは焦りを覚えた。これを論破しないと全て瓦解する程の爆弾を投げつけられてしまった。ここにも不安要素があったのだ。
「魔族の討伐については君も納得して協力していたではないか。それから英雄に対する酷い仕打ちなどと、事実無根の言いがかりであろう」
「魔族の処刑だの人身売買だのに加担した覚えはないよ。バリアントの件もあくまでもしらばっくれるつもりなんだね。ボクの話とは別に聖女を1人追放して抹殺した話も噂になっているようだけど」
カイエンは説得を諦めた。勇者ベルは憶測ではなく事実を把握して喋っている。カイエンはフェイに合図をした。
「勇者ベルは魔族に加担する異端者にたぶらかされているようだ。非常に残念だが矯正が必要だな」
「君たちでボクをどうにかできると思うのかい?」
「ふふふ……」
合図を受けたフェイが懐から黒い宝石を取り出してベルに向けて掲げる。
するとベルの意識が遠のいてゆく。
「なんだこれ……意識が……」
ベルは倒れた。
教皇庁は世界を守るはずの勇者に仕掛けを施していた。
フェイが持っている石は、最初は先代の勇者から転生し勇者の根源を持つにも関わらず使命を思い出せない勇者が現れた時の保険として開発された魔導具だったが、今では勇者を意のままに動かすための精神操作に使われている。
アレイスターの危惧していた通り、勇者ベルは精神操作されていたのだ。先日までは勇者としての使命感が教皇庁に都合良く働くように。
無抵抗の魔族を殺して回るなどという行為は本来のベルの意識とは全く別のものだったのだ。
そしてこれからは意に沿わぬ指示でも従うように精神操作され、かつての仲間と死闘を繰り広げることになる。
「フェイ、強めに調整しておけ。あまり時間はないぞ」
「わかりました」
数人ががりて倒れたベルを運ばせながらフェイは退出した。
「他には異存のある者はおるまいな?」
カイエンが確認すると誰もが恐れて声など上げれるはずがないと思われたが、聖女隊の筆頭聖女のアドルフィナが手を挙げる。
「クリスティナはどうなりましたか? 情報はあるのですか?」
「生死は不明だが、追わせた異端査問官が戻らないので生きている可能性の方が高い。目撃情報を信用するなら今回の襲撃者と行動を共にしている可能性もある」
アドルフィナはクリスティナの双子の妹である。二卵性なので完全には同一の外見ではないが、どことなく雰囲気は似ていた。青い髪と清廉そうな容姿はクリスを感じさせる。
カイエンは聖女隊も使い物にならないのかと、残念な気持ちになるがそうでは無かった。
「ならば確実に息の根を止めなくてはなりませんね。向こうから来てくれる可能性に賭けなくては。楽しみですわ」
そのクリスに似た容姿で禍々しい表情をして言った。聞いている他の4人の聖女は青ざめていた。アドルフィナは実の姉であるクリスティナを憎んでいるのだ。
2人は直轄領の街の司祭の娘だ。
小さい頃から圧倒的な魔力量で親に目をかけられていた姉と、比較され誰にも期待されない自分。
見返したいとアドルフィナは必死に努力した。
その甲斐あってか、聖属性しか持たないクリスティナと違い、属性はアドルフィナの方は普通に複数持ちだったこともあり魔導学院での成績はクリスティナよりも遥かに良く、筆頭に近い成績をおさめていた。両親も周りもアドルフィナの評価を見直してくれていた。
しかしクリスティナに『天使召喚』の才能と常人では考えられないら魔力量が発覚したとき周りはクリスティナを特別扱いし、もはやアドルフィナとクリスティナの差は埋めようが無くなってしまった。
クリスティナは筆頭聖女という地位に昇り詰めた。アドルフィナも聖女の肩書きは得たが、クリスティナがいる限り一生上には上がれない。
何をとち狂ったのかクリスティナは教皇庁を裏切り失踪した。アドルフィナはついに望んだ地位を手に入れたのだ。そこに再び全ての元凶がアドルフィナの前に姿を現そうとしている。
アドルフィナは目障りな姉を確実に殺さなくてはならない。姉の代わりに筆頭聖女になったが、未だに周りは姉のことばかり良く言い比較されるので辛いことしかない。クリスティナさえ居なくなればもう悩まされこともない。
「筆頭聖女アドルフィナ、期待しているぞ」
「ご期待に沿えるよう頑張ります」
ルカリオから奥の手の生贄に使うように言われている女だ。カイエンはこの様子なら大丈夫だと安堵した。
再び全員に向き直る。
「戦う相手は英雄クラスの手練れだ。一人ずつ確実に屠るぞ。諸君の健闘を祈る」
神殿騎士団が敬礼する。騎士団とは言ってもほとんどが魔導士の集団である。アレイスターの攻撃魔法を封じるためとはいえ、反魔法を展開すると教皇庁側も戦力がいなくなるので今回は使えないだろう。
「異端者が現れました! ルカリオ司教に話があると言っています!」
「現れたか……ここに通せ」
誰も得をしない最終決戦が始まろうとしていた。