リーベル卿との会食
レミリア達は夕食に招待され、大広間に集まった。
夕食に招いてくれたのはアレックスの父であるリーベル子爵夫妻だった。
長い食卓にはキャンドルが並べられており、上座には筋骨隆々とした壮年の男性が座っている。リーベル子爵だ。そこからリーベル子爵夫人、アレックス、カロリーナが順に座っている。向かいにベオウルフ、アレイスター、レミリア、クリスの順で座った。
リーベル子爵はベオウルフの父とは若い頃からの戦友で、手柄を競い合った仲だった。ベオウルフの父が領地を持ち、騎士団を引退して領地で過ごすようになってからも家族ぐるみの付き合いだった。
ベオウルフの父が亡くなったとき、バリアント領をベオウルフが相続できるように協力してくれた人だ。既に輿入れしていたカロリーナのためでもあったが。
アレックスは騎士学校でベオウルフの後輩だ。アレックスはベオウルフ程の実力は無かったものの騎士としては申し分なく、現在は所属する騎士団の副団長を務めている。ベオウルフの妹でもあるカロリーナとは父親同士が認めた仲で、領内でもおしどり夫婦として有名だ。
といったような細かい紹介が最初の話題となっていた。レミリア達は相槌を打つばかりだ。
「しかしベオウルフ君と会うのは父君の葬儀以来だな。たまには適当な理由を付けてカロリーナにでも会いに来れば良いものを」
「申し分ありませんリーベル卿。恩知らずにもなかなか顔も見せず、逆にこのように旅のついでに突然寄るようなことになりご迷惑をおかけして」
ベオウルフは父からの領地の引き継ぎによる多忙や、エレオノーレの件があって、リーベル領には全く顔を出していなかった。
それでもリーベル卿は上機嫌だった。息子のように可愛がっていたベオウルフが頼って来てくれたからだ。
「ところで、今回はアレイスター殿まで一緒に王都フィーンフィルに向かうという話だったが、どのような用向きなのだ? 何か困っているなら力になるぞ」
リーベル卿はバリアントの調査の件で教皇庁がちょっかいを出していることを知っている。その上でこう言ってくれている。
ベオウルフはアレイスターを見た。話してよいものか判断つかなかったからだ。
アレイスターとしては丁度良いので聞きたかったことを聞くことにした。
「リーベル卿、無礼は承知で人払いをお願いいたします。現在食卓に向かっている者以外には聞かせられない話になりますので」
「ほう。よかろう」
リーベル卿は少し目を鋭くして、給仕を行なっていた全ての召使いと、護衛の兵士を全員退室させた。
アレイスターは盗聴防止の魔術を発動する。
「盗聴防止の魔術を使用しました」
「随分な念の入れようだな。では聞かせてもらおう」
ベオウルフがエレオノーレの事件の調査が終わり、犯人を告発すべく向かっていることを話した。
国王に説明する場合も含め、ベオウルフが不死者だとは公表できないので、少し省略しているため証拠が足りない。本番ではヘラを出すつもりだが、ここでは動かぬ証拠があると言っておいた。
「動かぬ証拠か。気にはなるがここでは出せぬのだな」
「お見せしたいのはやまやまですが、事情があって今は難しいのです」
「ふむ。では信じるとして話をすべきか」
ベオウルフに好意的なリーベル卿ですら、半信半疑だ。これは王城で説明するときはヘラが出てくれないと詰みそうだ。
「その話が真実なら、儂も話しておかなければならぬことがある。実は教会から其方らの引き渡しを要求された。其方らが到着する前のことだ」
「父上!?」
アレックスが驚いて声をあげた。聞かされていなかったようだ。屋敷に入る前にすれ違った神官はその使いだったのだ。
「アレックス、心配せずともそのようなことをする訳が無かろう」
「申し分ありません」
「念のため、教会には見張りを立てておく。不穏な動きをしないか監視しておこう」
一応、信用してくれているようだ。アレイスターは奴隷の流れも気をつけるように伝えた。基本的には闇の魔力を必ず持つ魔族の奴隷が罠になるが、闇の魔力さえあればおそらく人族の奴隷でも使えるだろう。
「我が領地にも奴隷を扱う商人はいる。なるべく城には持ち込ませないようにする必要があるな」
奴隷制度は廃止できないのだ。奴隷を禁止すると、貧しい者の救済を考えなければならなくなるのと、犯罪奴隷となった者を禁固か国外追放するか、犯罪奴隷相当の罰を増やさなくてはならなくなる。犯罪者の収容施設などを確保するのは大変なのだ。
「だが、あの様子では王都に着く前に一悶着あるかもしれぬな。其方らが何らかの証拠を持つなら尚更だ」
襲撃を示唆される。まだどこかで一泊せねばならない。危険な旅になりそうだが、並の相手ならベオウルフやアレイスターの相手にはならない。
「まあ僧兵なら千や二千来たところで相手にはなりませんが」
ベオウルフは言って笑った。リーベル卿もそれは納得するところだ。
「では、そろそろデザートを持って来させよう。なかなか有意義な話であった」
人払いを解くということだ。随分と話し込んでしまった。
「とても美味しかったですね」
「はい、お肉とかとろけてましたし」
「デザートは私の大好きなミルクレープなんですよ」
横を見ると女達が歓談していた。
レミリアはすっかり元気そうで、ベオウルフやアレイスターからすれば何が何だかである。
「そういえば、カロリーナさん妊娠されてますよね?」
カロリーナがゆったりした服を着ていたので、クリスはなんとなくそうかなーと思ってはいたが、座って食事をしている様を見て確信したので聞いてみた。
「あ、わかります? まだやっと安定してきたばかりなんですけど」
「わあ、おめでとうございます!」
レミリアも声をあげる。気づいたベオウルフがやってきた。
「カロリーナに子供ができるのか。アレックスもおめでとう。カロリーナを大切にしてくれているようで嬉しい。しかし、なんだが自分が歳を取ってきた気がするな」
「ありがとう。でも義兄さんはまだ若いだろう」
「何を言ってるんですかお兄様。お兄様も早く良い人を見つけて跡取りを作らないと」
バリアントはベオウルフに何かあると存続不可能な状態だ。ベオウルフはレミリアと目を合わせた。
クリスに言われたことを思い出してレミリアは気恥ずかしかったが、目は逸らさなかった。
「まだ5年くらいはその予定はないな」
「もう、気持ちはわかりますがお兄様は領主としての自覚が足りませんね」
エレオノーレのことが忘れられないのだろうとカロリーナは思ったようだ。
5年後、レミリアが成体になるくらいの歳だ。レミリアは思わせぶりな男だなあと思った。元聖女はそんなレミリアを見て微笑んでいた。