勇者襲来
レミリア達はリーベル卿との会食の次の日、予定通りにリーベル子爵領を出発した。
去り際、昨日の話を聞いて兄の身を案じていたカロリーナがベオウルフに寄ってきたが、ベオウルフは心配ないから自分の身体を労わるように言っていた。
「ベオウルフさま、お子様が生まれたらカロリーナ様にまた会いに来なきゃ」
「ああ、そうだな。お前も来るか? 次はもう少し長居しよう」
「はい!」
もう2人だけの兄妹なのだ。カロリーナからは動けないのだから、ベオウルフが何年も放置するのは可哀想な話だ。
バリアントを出る前は2泊目を想定して、街に寄れるルートで計画していたのだが、リーベルで襲撃の可能性を示唆されたため、あえて襲撃を受けるべく、野宿をしつつリーベルから王都へ街道で進む最短ルートを取ることにした。
仮に襲撃者として異端査問官レベルの敵が現れたとしても、全く問題なく撃破できるので、向こうから来るなら少しでも教皇庁の戦力を潰しておこうと考えたのだ。
そしてその晩、予定通りに襲撃を受けた。
「気配がする。1、2、3……4人。こちらに気付いて向かって来ている」
最初に異変に気付いたのはベオウルフだった。アレイスターに言わせれば非論理的で理解し難いのだが、索敵魔術でもないのに正確に把握できる戦士の勘というものなのか。
とにかく、アレイスターが仕掛けていた魔力探知の結界をすり抜ける、それなりの隠匿術を使う者が数名こちらに向かっている。
「相手が少数精鋭なら都合が良い。しっかり敵の戦力を削がせてもらおうか。雑魚を大勢相手にすると目覚めが悪いしな」
「そうだねえ。人数分恨みも買うし」
「レミリア、おきろ」
ベオウルフは寝ているレミリアを起こして、帯刀する2本の剣の片方を抜いて、向かって来る者がいる方に向かって立ち塞がった。
「ほえ? ベオウルフさまどうしたんですか?」
「敵襲だ。護ってやるから目だけは覚ましておいてくれ」
「は、はい!」
足音が目前まで近づいてきた。
「あれ? 気づかれちゃってたんだね。流石はベオウルフだね」
暗闇から銀髪の女性のエルフが現れて、開口一番残念そうに言った。後ろから戦士、女僧侶、魔道士がついてくる。
女エルフを見てアレイスターが驚いている。
「ベル!?」
「やあアレイスター。お久しぶり。すごい移動速度だよねー。教皇庁の連中が人数集めてたけど、結局ボクらしか追いつけなかったし」
女エルフはアレイスターにベルと呼ばれた。ベオウルフも含め顔見知りのようだ。
「アレイスターさん、知り合いですか?」
「彼女はベルギリエル。教皇庁に所属する勇者だよ」
「ボクのことはベルと呼んでくれたらいいからね、お嬢さん」
ベルが剣を抜き左手を軽く挙げると、後ろから付いてきた連中も武器を構えた。最後尾にいる魔導士は既に魔法陣を描きながら何かの魔術を詠唱している。
「全く、教皇庁の連中は何を考えているのかわからないよ。アレイスターとベオウルフ相手に僧兵を集めて襲撃するつもりだったみたいでさ。もし襲撃が成功してたらとんでもない被害が出ていたよね」
ベルが話しかけてきた。明らかに後ろの魔導士の詠唱のための時間稼ぎだったが、こちらから仕掛けるわけにもいかずベオウルフは動けない。
「それも狙っていたんだけどな。本命はお前らみたいな精鋭狙いだが」
ベルの言う通り、僧兵程度ならいくら人数を集めたところでベオウルフ達相手だと全滅するだけだ。
アレイスターがベルに尋ねる。
「ベル、君は僕たちを捕らえるつもりなのかい?」
「捕らえるなんてそんなの無理でしょ。本気で戦って倒すしかないよね」
奥の魔導士の詠唱が完了し、辺りの雰囲気が変わった。
そして、戦士が戦斧でベオウルフに切りかかってきた。その重い一撃を片手剣一本でベオウルフは難なく止める。戦士は信じられないとばかりに後ろにいるベルに確認する。
「ベルさんよ、こんなの相手に本当に勝てるのかよ」
「ゲイル、正面からやって勝てる相手じゃないよ。君はアレイスターをやってくれ。ボクがベオウルフの相手をしよう」
ベルが跳躍してベオウルフに剣撃を繰り出した。ベオウルフは難なく防ぎきり、2人は切り結び始める。
ベルがベオウルフに高速で刃を繰り出すが、ベオウルフは全て弾きカウンターとばかりにベルに切り返す。
「ベオウルフ、領地でぬくぬくとしていたはずだが衰えていないじゃないか」
「お前は相変わらず万能だな」
その隙にゲイルはアレイスターに戦斧を叩きつけるがアレイスターは避けることしかしない。ベオウルフが抗議する。
「アレイスター、何をしているんだ。真面目にやれ」
「奥の魔導士が使っているのは反魔法という魔術なんだよ。全ての攻撃魔術を反射されてしまうんだ。僕が魔術を使ったらみんな黒焦げになるんだよね」
周囲はベルの時間稼ぎで完成した反魔法の魔術でアレイスターの攻撃魔術を封じていた。
ベル側も攻撃魔法を使えないのが難点だが。
アレイスターはゲイルの戦斧を必死に避けるが、攻撃がアレイスターをかすめる。
危なっかしいがベオウルフはベルの相手で身動きが取れない。
レミリアがオルトロスを召喚してゲイルにぶつけた。弾き飛ばされたゲイルが呟く。
「ぐっ! オルトロス? 最近よく見るな。あの時の個体、ではないよなあ?」
ゲイルがあの時の個体と言った? レミリアはよく聞き取れなかったが、首飾りからクリスの声がした。
「この方達ですよ、私が祝福したのは」
なんと、エテメンアンキに行かなくても先方から村の仇がやって来てくれたのだった。レミリアが念のため聞いてみた。
「ベルさん、最近アルミダという街の近くで魔族の村を襲った記憶ありますか?」
ベオウルフと切り合っているベルが後ろに跳躍して距離を取って答える。
「そうだね。最近はなかなか村も見つからないから覚えているよ。無力化するまでは協力したね。ほとんど取り逃したけど」
山で動物相手に狩りをしたと言わんばかりに淡々と言われた。
「ベルも魔族狩りに参加しているんだね。君はそんなことに加担する人じゃないと思っていたんだけどね」
「まあボクにはボクの思惑があるんだよ」
アレイスターが非難するがベルはどこ吹く風だ。
ただ、レミリアは不思議な感覚だった。特に怒りが湧かないのだ。村では仇を討つと誓ったはずだったのだが、熱いものが込み上げてこない。真の敵が見えてきたからだ。
エレオノーレの話を聞いて、真に倒すべきは教皇庁の中にいる連中だと感じている。直接村を襲った連中を軽蔑はするが、目の前にして身を焼くような怒りを感じてはいなかった。レミリア自身、ベオウルフに与えられた今の境遇に満足しているのもある。
だが、今の境遇を守るためには目の前の彼らを倒すのは必須だ。全く躊躇うことはない。
とりあえずアレイスターを邪魔している魔導士をなんとかしなければならない。
レミリアはクリスに天使でアレイスターを援護するように指示する。首飾りに入ったままクリスが3体の能天使をアレイスターとゲイルの間に召喚して割り込ませた。
「ベオウルフさま、ベルさんは任せますよ。オルちゃんおいで!」
「レミリア、闇魔法はやめておくんだ。全て自分達に跳ね返る」
「わかりました」
オルトロスにつかまって奥の魔導士を狙う。
「オルトロスを使役している? あの子供も戦力だったのか」
「レミリア! 迂闊に動くな!」
ベオウルフが叫ぶ。首かざりからクリスの声がする。
「大丈夫です、ちゃんと守護しますので」
ベルが慌てて短剣をレミリアに投げつけたが、首飾りの『光の盾』が自動で展開されはじき返した。
それを見たベオウルフはもう一本の剣も抜き、2本の剣で絶え間なくベルに切り込んだ。ベオウルフの連撃はベルに一切の逃走や反撃の隙を与えない。
猛烈なベオウルフの攻撃になんとか耐えながらベルが呻く。これはもう無理だ。オルトロスがいるのがそもそも計算違いだ。教皇庁は全く情報収集できていないではないか。それになんだあの天使は。天使召喚が教皇庁の聖女以外に扱えるなんて聞いていない。
ゲイルは3体の能天使に囲まれている。
「こんなの聞いてねえよ! なんなんだこいつら!」
まずゲイルが能天使に切り刻まれた。
そして奥の魔導士もレミリアを乗せたオルトロスに噛み殺されてしまった。
「アレイスターを先に倒せばボクがベオウルフに勝てると思ったんだが甘すぎた」
別に悔しそうな感じでもなくベルが言った。
レミリアに任せるとのみ言われたベオウルフは手を止めている。
「正直、世界を救ったあんたとやり合う気はないんだがな」
「じゃあ帰っていいかな。ボクも命は惜しいし」
その近くでは女僧侶が茫然と座り込んでいた。




