黒幕確定
ヘラが去ったあと、言いようの無い疲労感にアレイスターは椅子に座り込んだ。ベオウルフは難しい顔をしている。なんとか折り合いをつけようとしているのだろう。クリスが言った。
「でも、これで告発本の中にあった即死魔術の件は証明されましたね。黒幕は教皇庁ということですよね?」
教皇庁が少なくとも2度、バリアントに卑劣な罠を仕掛けてきたのだ。
「今回僕がエレオノーレの件で再調査に来たのは、ベオウルフからの依頼ではあるんだけど、その裏で教皇庁からエレオノーレの事件をバリアントの不手際として再調査するべきとフィーンフィル王国に進言があってね。本来なら異端査問官みたいな連中が来るかもしれなかったんだが、僕が国王からの調査依頼という形で調査と時間稼ぎに来たんだよ」
教皇庁は自分達がバリアントに暗殺を仕掛けて、その調査という名目で更に陥れに来たのだ。
「レミリアの件も、僕が時間を稼いだ為に実力行使に出たのだと思うよ」
「ベオウルフ様、教皇庁に何か恨まれることでもなさったのですか? いくらなんでも辺境の騎士爵領にする仕打ちではない気がしますけれど」
クリスが疑問を口にした。確かに並々ならぬ妄執を感じる所業だ。
「教皇庁への仕官を断った。それだけだ」
「端折りすぎだよベオウルフ」
アレイスターによると、ベオウルフはアレイスターが勇者と組んで魔人を魔界に追い詰めた作戦に僅か15歳で加わったメンバーだったらしく、その守護騎士としての才能を高く買われて勇者として仕官を求められたらしい。全く悩まず袖にしたのを当時の幹部に恨まれているそうだ。
「じゃあ黒幕もその人で決まりじゃないですか」
「ルカリオ司教だから大物過ぎるんだよね」
「ルカリオ司教ですか……」
クリスに異端査問官を差し向けた男。教皇庁の急進派「人族至上主義者」の筆頭司教だ。
「もう、表立って教皇庁とやり合うしかない段階ではあるんだけど、いくらなんでも多勢に無勢なのと、大義名分が無ければ教会からの異端扱いだけでなく、王国からも不穏分子として追われることになる」
「だが、教皇庁を許すことは出来ないぞ。アルミダの奴隷商と教会を血祭りに上げて、エテメンアンキに乗り込む。もはや我慢ならぬ」
ベオウルフの怒りも最もで、レミリアもアルミダに飛んで行きたい気持ちだ。
「少しだけ時間をくれないかな。フィーンフィルに今回の調査の報告をして、国王に教皇庁に対する敵対行動を認めてもらうんだ。そのお墨付きを貰ってから、僕らはアルミダからエテメンアンキを目指す」
「そんなに簡単にいくんですか?」
言葉だけでは足りなくても、ヘラを呼び出せばエレオノーレ暗殺に教皇庁が関与していると証明できるかもしれないが、古今東西、国家が宗教に喧嘩を売るのは相当な苦労を伴う。下手をすれば国が割れるだろう。
「エレオノーレは妾腹とはいえ現国王のご息女だよ? 当時も今も国王はいたく悲しんでいてね。あの時はベオウルフは首が胴から離れるかもしれない立場だったんだ」
「もし教皇庁の悪事を証明できれば、報復のための実力行使も辞さないと?」
「あのオッさんなら自ら先頭に立ってエテメンアンキに乗り込むだろうな」
ベオウルフは国王のことをよく知っているようだ。
ベオウルフは10歳の頃から王都フィーンフィルの騎士学校に下宿していた。バリアントはベオウルフの父が騎士として挙げた功績で騎士爵を得て国王から領地を賜わっており、国王からの信頼は厚かった。
フィーンフィル国王バルバネス3世は剣聖であり、国でもトップクラスの剣豪だ。ベオウルフはよく城で剣を教わっていた。エレオノーレとはその頃からの仲らしい。
「エレオノーレさんは幼馴染なんですね」
「俺が10歳で学校入りした時、まだ5歳の子供だったからな。妹みたいなものだった」
「丁度僕もそのくらいからエレオノーレに魔法を教えていたね。ベオウルフとはそれからの付き合いさ」
属性を1つしか持っていなかったがベオウルフもアレイスターから魔術を教わったらしい。
「まあ、そんなだからさ、魔人討伐の英雄の1人でもあるし、エレオノーレが亡くなった時、ベオウルフは一応お咎め無しだったんだよね」
「あれ以来、陛下とは会ってないな」
国王の怒りと悲しみはなかなかのものなのかもしれない。
「私も証拠の提示ためフィーンフィルには行かなきゃですよね? クリスも一緒になるし、もうベオウルフさまも行きましょうよ」
「俺の無実の証明だしな。行かざるを得ないか」
フィーンフィル行きが決まった。
「あ、そうだ」
レミリアは思い出したように言った。
「クリスの部屋が欲しいんですが、なんとかなりますか?」
「部屋なら2回にたくさん余っている。レミリアの部屋の隣を用意しよう。そういえば挨拶もまだだったな」
「あら、失礼いたしました」
クリスが上品にお辞儀する。
「ベオウルフ様、遅れましたが、私はクリスティナと申します。教皇庁で聖女をしておりましたが、今はレミリアさんの眷属をしております。よろしくお願いいたします」
「ああ、領主のベオウルフだ。よろしく頼む」
「クリスはもう私の支配下にありませんよね?」
「気持ちは捧げておりますので」
変な言い方をするので、レミリアは嫌そうな顔をした。
「じゃあご飯食べて寝ますね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「レミリア、明日から出発までに新しい魔術を練習してもらうから。また朝からおいで」
「わかりました」
「私も本を読みに伺いますね」
レミリアとクリスが退室して行った。
「おい、アレイスター。俺の身体は大丈夫なのか?」
「どうしたんだい、気にしていない風だったのに」
「レミリアがあんな真っ青になっていたんだぞ。聞けるわけがないだろ」
どうやら格好を付けていたらしい。
アレイスターとしてはなんの心配もしていないので、安心させておく。
「君の状態は僕が思っていた以上に良いようだし、大丈夫だと思うよ。どうしても戻したいならレミリアの術を切ってもらって、僕が蘇生術を使うし」
「なら、レミリアが問題無いならこのままでいるか」
「レミリアからのバフもかかるから、前よりも強くなっているはずだよ」
「そうなのか。最近身体を動かしていないから鈍っているかもな」
ベオウルフは自分の手足を見ながら言う。
「しかし君はレミリアに甘いね。随分と芝居がかったこともしていたし、彼女を伴侶にでもするつもりかい?」
「まあ、5年くらいしてあいつが女を磨いていればそれでもいい」
「レミリアも満更でも無さそうには見えるけど、それならその身体でいた方がいいかもね」
「ほう?」
「不死者なら歳は取らないはずさ。レミリアは君の4倍は生きるからね」
「先の話すぎるな。実感が湧かない」
そんな話をしてアレイスターも部屋に帰った。