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死の神

本から立ち昇る暗闇で形作られたのは、やや白めのベージュのドレスを見に纏う女だった。


背丈はベオウルフよりも頭ひとつ分大きく、ドレスから覗く全身が暗闇の黒色、目が血のような赤色で、頭髪は真っ白。目鼻立ちは整っているが、とにかく禍々しい姿をしている。


女は開口一番、非難がましい声を上げた。


「失礼な奴らじゃのう。アテーナーの加護まで持ち出さずとも、加護を与えている我が子を庇護してくれておる者に妾は危害を加えぬ」


戦闘の意思はないと言っているが、アレイスターはすっかり固まっているし、ベオウルフは何がなんだかわかっていない。クリスが何とか口を開いた。


「我が子って、レミリアさんの本当のお母様ですか?」


レミリアも驚きである。マイラ村の母より輪をかけて似ていないではないか。


「何を言うておる。其方らは魔族と言っておるが、そう呼ばれる者達は等しく、我らが闇の神とその眷属達の子供じゃ」

「あ、なるほど。失礼いたしました」


ちなみに、この言い方だと人族は光の神の子供、エルフ族は風の神の子供である。


わかりきってはいたが、レミリアは一応聞いてみた。


「あなたは死の神ヘラ様ですか?」

「そうじゃ。レミリアよ、やっと妾の仕掛けに気付いてくれたな」

「本の魔法陣のことですか?」

「最初に見せた時は無視されたからのう」


アレイスターに言い出せなかった時のことだろう。

今回の話にならなかったら、暫く関わる事は無かったのかもしれない。


「お陰で少し遅れてしまったが、其方に言っておかねばならぬことがあるのじゃ」

「え、大事なことですか? 下手したら暫く気付かないところでしたよ」

「まあその場合は別の手でアプローチしておったろう。さて、何から話したものか」


見た目と違ってのんびりした性格のようだ。特に話が先に進まない。

やっとアレイスターが復活してきた。


「ヘル様、いくつか教えていただきたいことがあるのですが」

「なんじゃ、風の神の子。アレイスターといったか。良いじゃろう、言ってみるがよい。先程から聞いておったから、だいたい予想は付くがの」


アレイスターは核心に触れようとしたが、ヘラ自らが先に答えてくれた。


「聞きたいのは、我が子らが捧げる命と引き換えに、妾が力を貸しておったのかということじゃろう。答えは是じゃ」

「なんだと……」


ベオウルフが反応した。肯定するということはエレオノーレを殺したのはヘラということになる。


「光の神の子、勘違いするでない。子らがする事にいちいち妾が手を貸した訳ではない。其方らの言う魔術というものは、妾達の根源を使用することじゃ。いちいち拒む事も無いがの」

「まあ魔術はそういうものなんだよね。でも僕の考察は間違っていなかったんだね」

「風の神の子よ、確かにそうじゃが、其方には言いたいことがあるのじゃ。さっき申しておったことが納得いかなくてのう」


勝手に話が進んでいくが、ベオウルフは今ひとつ納得できない顔で目を閉じている。この神は自分のことを道具であり、どのように使われるかは知ったことでは無いと言っているのだ。


「僕が気に触る事を何か言いましたか?」

「エイルが慈悲深くて、妾が大概という件じゃ」

「あ……」


随分と細かいところを気にしたものである。ヘラは続けた。


「エイルの蘇生術、まあ治療の延長線上にある中途半端なものでしか無いがのう。エイルが慈悲深いと其方は言った。しかし……そうじゃのう、其方らの価値観で、死すべき者を贄にした場合はどうじゃ。例えば、道ゆく子供を殺した者を捕らえ、その者を贄にして子供を蘇らせる事を法が強要したとしよう」


民衆の大半は感情的に認めそうな事例だ。


「エイルの根源はその場合でも手は貸さぬ」

「え、駄目なんですか?」


レミリアは驚くがアレイスターはヘラが言いたい事は理解した。


「妾はそういう忖度はせぬ。それだけじゃ」

「理解しました。ですが生贄も被害者も残された者も安易に命を奪われて納得できないのです」


アレイスターとてエレオノーレの命を奪われたことは納得できることではない。


「全ての命は死んでも転生するだけじゃ。特に力を持った我が子らでも無い限りは記憶は残らぬがのう。妾と子らではそこの価値観のすり合わせは難しいと思うのじゃ」


魔王や魔人は記憶を持ったまま転生するという話だ。アレイスターは人族も転生しているなんて話は初めて聞いた。しかしこれ以上は話しても無駄そうだ。


「この件について補足なんじゃがの、レミリアには最初に妾の術式を仕掛けられた時に、妾の加護を与えておる。理由は言えぬがレミリアを死なせるわけにはいかなかったでの」

「え、私ヘラ様の加護持ちなんですか?」


レミリアは全く知らないところで眷属神の加護を与えられていたようだ。


「そこのむっつりしておる光の神の子には申し訳ないんじゃがの、妾が与えた加護でレミリアは死ななかったのじゃ。じゃがのう……」


ヘラは気落ちした雰囲気になった。


「それで我が主人に怒られてしまってのう。レミリアは利用されたに過ぎぬが、贄を受け取らずに力を貸した形になったことが良くなかったのじゃ」


主人とは闇の神だろう。確かにレミリアが意図的にそれを続けたら即死魔術を使い放題の酷いことになる。


「そこで、レミリアに伝えたかったのじゃ。妾の死の力については其方には貸さぬ。風の神の子の根源を利用した場合も同様じゃ」

「アレイスターさんの根源?」

「まあそれはいいんじゃないかな」


伝えたかったと言われても、知らなかったのだから使いようもなかったし、使う気もないからあまり意味の無い話のような気がする。


「わかりましたヘラ様」

「うむ。あともうひとつ。レミリアには妾の生の力も加護として与えておる。妾は死と生を司る神なのじゃ。妾の力はエイルのそれとは全く違う。死者に命を与える力じゃ」

「レミリアのは死霊魔術ではなかったのですか?」

「いや、確かに死霊魔術は妾の根源を利用するものじゃ。じゃが、レミリアは加護により、妾の真の力に近い形で術が発現するようになっておる。妾は完全な命の再生が可能じゃなからな」


レミリアの死霊魔術もヘラの特製だった。理由は言えないと言うが贔屓し過ぎではなかろうか。


「それでの、肩入れし過ぎだとそれも主人に怒られてのう。じゃから、むやみに其方らの言う屍術は使わないで欲しいのじゃ。ちと言うのが遅れていろいろあったようじゃが、まあ許容範囲内ではあったから助かったのじゃ」


随分と絞られたようでヘラはションボリしている。しかし使わないというのも困るので聞いてみた。


「どんな場合だったら許されないんですか?」

「極端な話だと、古今東西の英雄の墓を漁って蘇らせたり、太古の強大な魔物の化石を蘇らせたりして使役するとかじゃのう」


墓場や化石を荒らして最強の不死者の軍団を作る。そんなとんでもない発想は思いつきもしなかったが。


「まあ其方に必要な力じゃ。使うなと言うのも酷じゃろうから、気をつけて使ってくれればよい」

「わかりました」


ヘラは話し終えたようだ。


「そろそろ帰るのじゃ。レミリアよ。妾が手を貸し過ぎたのと、そこの光や風の神の子のせいで、其方の運命が少し変わってしもうた。其方の不幸が緩和されたのは喜ばしいことじゃが、その分これからも試練があるかもしれぬ。先に言うたことは協力出来ぬが、困った時に呼んでくれたら力にはなろう。じゃが軽々しくは呼ぶでないぞ。ではさらばじゃ」


ヘラは霧散していった。

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