02.契約
納得させるまで五分以上かかった。
なんど言っても、ユリーカの頭からクエスチョンマークが取れたような気がしない。
納得はできていないが、俺の言っていることは理解できたみたいだった。
「…………ほんとに布団でいいの?」
「寒い。早く」
ユリーカは、シャオティエンに指示し、部屋の外から一枚の毛布をもってこさせた。
何やら甘い匂いがして、煩悩がむずむず起こってくるのを感じたが、頭を振って考えないようにする。
「代償はそれでいいのね」
「…………はい?」
「虚空に満ちます精霊よ」
ユリーカは手にした棒状の物を頭上に振り上げると、その先端にひかりの粒子が集まっていく。そして、
「此方の召喚獣を我が従僕とせよ」
ひゅんと、棒を俺の方に振る。先端から放たれた光線が俺を直撃。
「あっつッ!!」
左手の手の甲が、じりぃっと焦げる。
手の甲を見ると、幼稚園児が描いたようなひよこみたいな落書きが浮かび上がっていった。
それと同時に、熱も引いて行く。
「…………ひよこ?」
「不死鳥」
手の甲の模様はとても不死鳥とか大そうなものには見えない。
「いやどう見てもひよ――――」
「不死鳥だから」
恥ずかしそうに目を逸らしつつさえぎるユリーカ。
「お前が描いたのか?」
「……………………」
黙り込んでうつむく。
「……………………」
ひよこは手でこすってみても、消えない。
まるで刺青だ。
「……………………どうやったんだか分からないが、早く消せ」
「消えるはずないでしょ!」
「はあっ!?!?」
「布団で良いって言ったじゃない!!」
「布団の代わりに、落書き刺青されるとかわりあわねーよっ!!」
キッとにらみつけるユリーカ。眉間にシワが寄る。
「誡告!!」
ユリーカが短く叫ぶと、
「いっ!!」
手に激痛が走る。
爪と肉との間に針をぶっ刺されたような種類の痛み。
脂汗が額からぽたぽたとにじみ出る。
痛みは3秒ほどで引いて元通りになったが、反抗心を挫くには十分だった。
「これで主従関係が分かったようね」
サディスティックにほほ笑むユリーカ。
とりあえず、ふるふる頷く。
痛いのは苦手だ。
「さあっ、リョースケっ! お前の力を見せてみなさいっ!!」
ユリーカはローブをばさぁってやって、バッと手を振りだす。
「……………………」
腕を目の前に差し出されて、やることなど一つ。
ユリーカの手のひらのうえに、ちょこんと右手をのせた。
「きゃ~♡ お手が出来るっ! さすが私の召喚獣っ!!」
「褒めても何も出ないぞ」
大袈裟に褒められて、コッ恥ずかしくなって頭をかく。
悪い気はしなかった。
「ってなるか、ボケっ」
ビュンっと風を切って何かが飛び、
「アガッ」
眉間に衝突。
衝撃と痛みにのけぞる。
滅茶苦茶痛くて熱く――――、突き刺さったのかと思った…………。
額の無事を確認していると、コロンと、投げつけられたものが落ちる。
それは、映画で見たような魔法の杖だった。
「もー、良いです。私はどうせ家柄だけの無能です。召喚獣でさえまともに召喚できない」
部屋の隅にテクテク歩いて行って、体育すわりになって卑屈になるユリーカ。
「そんなことないです」
ユリーカの横にしゃがみこむシャオティエン。
「…………ほんとお?」
「あんなお手をしただけで誇らしげに胸を張るお馬鹿ちゃんを召喚できた魔導師がかつていましたでしょうか」
「殺せっ。いっそ殺せっ」
顔に血が集まっていくのを感じた。羞恥心に殺されそう。
「それバカにしてない?」
ユリーカも真っ赤っ赤だ。
「してないですよ?」
慈悲に満ちたほほ笑みを浮かべるシャオティエン。そして、
「よしよし」
やさしくユリーカの頭を撫でる。
「んっ」
ユリーカは何も言わず、なされるがまま撫でられる。
「姫様が頑張ってるの、よーく分かってますよ」
甘く、やさしく、ささやく。
やばい。俺も撫でられたい。
「…………すぐ落ち込んで、いちいちメンドクサイ女だなんて思ってない?」
「自覚があるなら…………」
言いかけたのをケホンとわざとらしい咳で誤魔化して、
「全く思っていません。自己嫌悪できるということは、洞察力が優れているということです」
慈愛に満ちた表情をするシャオティエン。
完璧な作り笑顔だ。
ほころびがわずかすら見えない――――、見えないが、その完璧さでかえってツクリモノだと分かる。
たとえツクリモノだと分かっていても、すべてを投げ出して信じてしまいたいくらいには魅力的ではあるのだが。
ちょっと元気を取り戻したユリーカは
「ん~。召喚されて動転しているうちに契約を結ぶ作戦が裏目に出てしまった」
なんかクズいことを口走る。
「……………………さっきから言ってる契約って何だ?」
そんなこともわからないのか、とあきれ顔で大きくため息をつくユリーカ。
やべえ殴りたい。
「主従関係を結んだってこと。お前はわたしの召喚獣。わたしが死ぬか、開放するまで私の側を離れられない」
「はあっ!? お前なにいっ…………――――」
――――…………いや、ちょっと待てよ。
ユリーカを見る。
美人である。
ちょっと話しただけで分かるくらい中身が残念だが、おそらく学年一だとか学校一レベルの美少女であることは間違いない。
その美少女の側から離れられないのだ。
…………いや、別に、俺が離れたくないとかそういうんじゃなくてですね、契約されて身動きが取れない状態になっているってだけで。
俺の意思じゃないというか…………、強いられているんだっ!!
どうしても、もといた場所に戻らなければならない理由もないと思う。
あまり思い出せないけど。
「…………なんかニヤけてて気持ち悪いんですが」
顔を引きつらせるシャオティエン。
「わたしの神々しい美しさに見惚れてたんでしょ」
にやにや笑うユリーカ。
「そういうこと言わなければなあ」
バカがばれなくていいんだけど。
「…………なんか文句ある?」
口を「か」の字に開くユリーカ。
「なんにもないです。なんにも不満はないです」
わざわざ痛めつけられて喜ぶ趣味はない。
「もしかしたら…………、も、もしかし…………、もしかしたらっ…………、特殊能力を備えた亜人かもしれない。確認しないと……………………」
自分に言い聞かせるように、『もしかしたら』を連呼するユリーカ。
この無理にでも期待をかけようとする態度どっかで見覚えがあるな…………。
…………あっ、両親が俺を見るときの態度だ。
死にたくなった。
「シャオティエン、リョースケを脱がして」
「えっ。私ですか?」
心底嫌そうな声を出すシャオティエン。
抗議するも主人が何も言わないのを見て諦め、いやいや近づいてくる。
流石にユリーカに及ばず影に隠れてしまうが、シャオティエンも美人だった。
表立っての人気はないんだけど、密かなファンが多そうなタイプ。
ツヤツヤした黒髪のおかっぱで、メイド服がよく似合う。
耳がほんものみたいにひくひく動くのが気になる。
「お、お前、やっ、やめろっ」
乱暴な手つきで寝間着のジャージを脱がしてくる。
「いや、駄目だって。これ以上は」
「……………………口先だけで全く抵抗しないんですね」
ジト目で睨むシャオティエン。
「て、抵抗しているし」
「じゃあなんで脱がしやすいようにバンザイしているんですか」
「……………………」
シャオティエンは呆れて何も言わなくなり、脱がすペースを早めていく。
汚いものを触るみたいに、指先で服をつまみ、放り投げていく。
――――嫌がられるというのも相手が美人だとなかなか…………。
「いっ」
頬がつねられる。
「邪な感情を感じたので」
「な、なんにも、思ってねーし」
なんにも思っていない。いやほんとに。
トランクスさえもぎ取られ素っ裸になった俺を一瞥し、
「はあ~」
気の抜けた大きなため息をつくユリーカ。
「魔力も感じないので、ブラーフマナでなく、ただのヴァイシャですね」
シャオティエンの説明にはよくわからない専門用語が混じっているが、案の定期待外れだったということは理解できた。
ユリーカは興味を完全に失い、手をひらひらさせる。
「はやくその粗末なものしまって」
「脱がしときながらなんという言い草。…………粗末じゃないだろっ!」
「えっ。そこ拘るのっ!?」
驚いて目を見開き、一瞬、俺の下半身を直視するユリーカ。
顔を赤くして目を逸らし、
「仁王立ちして見せつけるのやめて」
よわよわしく懇願する。
「粗末じゃないっ!!」
「わ、わかった。立派っ!! 立派だからしまって…………、しまって下さい」
「ありがとう」
「あ、お礼いうんですね」
シャオティエンの呆れ声。
褒められたことだし、素直に服を着ることにした。
「…………お父さん以外のひとの始めて見た」
ユリーカは両手で顔を覆いながら、なにやら小声でつぶやいている。
「この男を脱がせて相手が面食らっているうちに、魔法を直撃させるのはどうでしょう」
真顔のまま言うから、本気なんだか冗談なんだか分からないシャオティエンの提案に、
「それで勝てたとしても皇女としてのプライドが傷つくわ…………」
ユリーカは頭を抱えて大きなため息をついた。