五十三話 番犬。恥ずかしい目に会う
自分で言うのもなんだが、俺は普通愚痴を零さない。なぜなら、それで不快に思うやつが少なくとも一人はいるからだ。
だが、今回は言わせてもらおう。
『・・・・・・めんどくせぇ』
城内に戻るや否や、口をついて出たのがこの言葉だ。
基本的には好奇心旺盛な俺だが、あそこまで熱く語られると、興が冷めてしまう。
ファイアに悪気はないのだろうがな。
ひとまず俺は薬を飲むべく小屋へと向かう。しかし、またここで問題が発生する。
『・・・・・・薬を切らしてたんだっけか』
しまったな。マトイにちょっかいをかけに行き過ぎた。どうしたもんか・・・・・・。
いや、どうしたもんかといえば、会話文が全然出ていない。どうしよう。ほのぼのなのに文字がぎっしりしてる。
とりあえず、アイーダにでも聞きに行くか。あいつならなんとなく知ってそうだし。
ということで、俺はまた城へと戻る。そして入口をくぐると・・・・・・。
「あら、ケルベロスじゃない。もう任務は終わったの」
『逆だ。そしてナイスタイミングだアイーダ』
たまたま階段を下ってくるアイーダと出会った。なんという間の良さ。面倒が省けたな。
『ちょっと面倒なことになってな。人化の薬を貰いに来たんだ』
「面倒なこと?」
アイーダが心配そうに表情を暗くする。
『いや、危険なことではないんだが、ちょっとファイアが、な・・・・・・』
「・・・・・・なんか大変そうね。危険じゃないならいいのだけど。じゃ、パリスを呼んでくるわ」
『ああ。頼んだ』
そうして階段を登って行くアイーダ。
別に危険ではないから、それはしっかり伝えておかねばな。アイーダに余計な心配をさせるのは心が痛い。
しばらくすると、白衣にいくつもシミがついた状態のパリスがやってきた。
「やあケルベロス。この前薬あげなかったっけ?」
『遊び過ぎたな。反省してるよ』
長くても一日で人化は溶けてしまうからな。マトイのところに行くたびに使っていたから消費が激しいのだ。これからは少し抑えるとしよう。
『お前も、研究大変そうだな』
「そうなんだよ。もしかしたらこの世界を変えられるほどの何かができるかもしれないんだ」
『この世界を変える?』
聞くからに恐ろしい響きだが・・・・・・。
「そうさ。この世界を変える力。時空を超える魔法を研究しているのさ」
『確かにそれは大きな変革だが・・・・・・。まあ、結果を楽しみにしておこう』
「楽しみにしておいてくれよ。じゃ、これ薬さ」
パリスが華奢な手で薬の入った瓶を二種類渡してくれる。
それを一つずつ飲んで、俺は人になる。
「・・・・・・服を用意するのを忘れていた」
「ああ。持ってこようか?」
「頼む」
毎回人になった後に服を着ていないことに気づくのだ。人と獣の意識の違い、とも言えるな。
とりあえず召使いに見られるわけにもいけないし、俺は階段の下に隠れる。
しばらくすると、階段を下ってくる音が聞こえた。
ようやく来たな。
「パリ・・・・・・」
・・・・・・間が悪いぞ。アイーダ。
「きゃあああああぁぁぁ!」
赤面したアイーダが俺に水魔法をぶっぱなして階段の上に駆けていった。
ぬれた前髪から滴が伝う。
・・・・・・まあ、そうなるよな。
と、また階段を下ってくる音。
「ん? ああケルベロス。どうしたんだい?」
「パリス。そのにやけ顔、頭にくるからやめてくれ」
「なんのことかな? はい、タオル」
タオル用意してるってことはわかってやってんじゃねえか。・・・・・・悪知恵のよく働くことだ。
「もうアイーダの前に出れないぞ」
「出れるよ。人化を解けば」
とかいいつつクスクス笑ってるのが隠せてないぞ。
良い性格をしているな。ほ、ん、と、に。
「はぁ。休憩がてら戻ってきたのに、これじゃあなんの休憩にもならん」
「ははは。仕方ないじゃ無いか。運が悪かったのさ」
「どうせアイーダに何か取りに行かせたんだろ? 俺がここにいると知って」
「さあ?」
知らぬふりを続けるつもりか・・・・・・。もう面倒だし、話も進まないし、この件は一度置いておくか。
・・・・・・今度何か仕返しを考えておかねばな。
「ああ、あとこの服」
パリスが服を一着差し出す。
「これ、防熱素材だよ。冷却魔法もかけてあるから、あっちでの行動には困らないんじゃないかな?」
「用意が早いな」
服の裏を見ると、そこには水色の魔方陣がいくつか書かれていた。
こんなこともできるのか。俺は魔法が使えないから少し面白い。
「じゃ、行ってくる」
「ああ、行ってらっしゃい。アイーダにはちゃんと説明しておくよ」
「変な説明してたらどうなるかわからないからな?」
もう本当にアイーダと顔を合わせられなくなってしまう。
俺は、パリスの笑顔を最後に魔方陣の光に飲まれた。




