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第七話「電脳世界を漂着したボトル」

 キットは現実の視界を取り戻し、脳とメイン情報ケーブルのファイバーとの直結を解除する。

 それと同時にその空間にあるほとんどすべてのケーブルに等間隔に備え付けられたハートビート信号の状態を示すLEDがグリーンからレッドへと変わった。


「あのAI、しれっと嘘をついたね。メイン情報ケーブル内に一本だけ、決してオフラインに出来ないコントロールケーブルが存在するのを僕は見ていた。どこかにあるはず、このフロアのどこかのケーブルだ……」


 キットは注意深く周囲を見回す。

 だが視界内に見える全てのケーブルのLEDはレッドである。


「よっと……。ははは……ここは現実世界。落ちたら死ぬんだろうなぁ……」


 キットは20ほど並列して並ぶラックを三つほど飛び越え、再び周囲を観察する。

 するとさらに二つ隣のラックの5層ほど下にグリーンの光を見つけた。

 時間を確認する。

 7分12秒を経過し、カウンターは今も動き続ける。


「急がないと……」


 キットはラックをさらに二つ飛び移り、5層下までラックの柱に掴まりながら降りた。

 そしてそこにあったケーブルに跨り、素早くレーザーメスを取り出して切開する。

 さらにファイバーをむき出しにして機材を装着し再びハッキングダイブした。


 再びVR空間の中で目を開ける。

 四方に広がるのは赤熱して燐光を放つ、ゴツゴツした炭で出来たような壁である。


「なんだここは? スパイワームが一匹も居ない。あの一瞬で全て駆除されたか? それともさっきのケーブルとは直接繋がっていないのか? 信号捕獲!」


 キットの体を中心に無数のシャボン玉の膜のようなものが周囲に広がり、浸透して消える。

 そしてキャッチした信号がキットへ送信される。


「何だこれは!? 見たことが無い形式の信号、見たことの無いプロトコルでパッケージされて大量に送受信されている……。マシン検索……OK、ライブラリ検索……OK、解析開始!」


 キットはケーブルと信号の繋がる行政機関のスーパーコンピューターを乗っ取り、信号の解析と情報の照合を進める。

 20秒ほどの解析で、スーパーコンピューターは想像外の結果をはじき出した。


「パッケージプロトコルはアメリカ大陸を乗っ取ったAIの支配するマシン帝国で使用されているプロトコルと一致。

 内部でかわされている情報の内容は中国の民衆解放軍の情報形式に酷似。

 ……これは日本の中枢のはずだよな……?」


 キットはスーパーコンピューターが導き出したしたデータをもとに復号化した情報を集積、解析する。


「……何てことだ。日本の中枢情報コントロールAI……おそらくさっきの彼女、『ICP(インフォメーション・コントロール・プログラム)、コードネーム・皇后エンプレス』は表層だけの操り人形に過ぎない。

 全てにおいて上位権限を持つコアが存在する……。

 そしてそれに誰一人気が付いていない……。こいつは一体何者だ? 何が目的だ?」


 キットは再びスパイワームを散布する。

 そしてブロードキャスト信号を収集し始めた時、自分のスパイワームの物ではないノイズを検知した。


「これは……僕以外ほとんど誰にも分からず、只のノイズに見えるがアキタ君のマーキングサイン。そこに一体何があると言うんだ? 牽引グライダー作成……目的地を信号発生地へセット……射出!」


 キットの周囲の視界が再び真っ白になる。

 今度はアルコロジー並みの大きさの巨大な半球状の建造物の傍に到着した。

 建造物の周囲を覆うように大きさの違う土星の輪のようなものが5、6ゆっくりと回転している。

 キットは回転する輪を避けて半球状のビルのようなものに接近し、手足を吸着させる。

 そしてアキタのマーキングサイン発信源を探り始めた。


「これは……記録エリア……議事録か?」


 そこにはアメリカのAI帝国と中国の民主解放軍トップの間で交わされた冗談のようなあり得ない記録が綴られていた。


 最終目標。

 東京を中心とし、東はAI帝国、西は中国が制圧し、日本国民の断絶を目的とする。

 浸透計画。

 100%電子マネー化されている日本のYENを完全に崩壊させ、対抗策として情報制御法を成立させ、AI帝国の技術で細工され、それが隠蔽されたシステムを導入し、情報を完全に掌握。

 日本人をそれと気づかない間に完全に孤立させ、相互協力の芽を摘み取る。

 全てのインフラをシステム制御化に置き、作戦決行時に一斉に無力化させる。

 バイオテクノロジー面では中国が主導し、脳領域を一部切除し、工作員となる別人格の伏兵の脳細胞を移植した無自覚な工作員を2115年までに5000万人、日本の予想人口の10%を目標に生産する。


 そこまで読んだ時、監視カメラの映像のようなものがピックアップされて映し出された。

 そこにはガスの満たされたカプセルの中に横たわって目を閉じた男、アキタの姿が映っていた。

 アキタの記録された意志が、泣き顔となってキットに訴えかける。


「もう終わりだ……グズッ。俺は殺される……。電脳世界でならどんな強敵相手にだって戦ってやる。だが体を動かせず、監視カメラをハッキングして自分が殺されるのを眺めるしか出来ない。

 これだってわざと見せてやがる!

 散々邪魔をしてきた俺への当てつけだっ!

 俺は暴いたんだ……奴らにとってそれは予想外だったようだが……あのAIに見つかってしまった。

 俺の『目』、ハッキングルートがほぼ全て封鎖された。

 あいつもグル……いや、既に操り人形だ。

 キット……神の奇跡を祈るしかない。キット……あいつらに対抗、いや、存在を認知できる可能性があるのはお前だけだ。

 いや……キット、お前がこれを見る可能性があるとは思えない。

 お前は今冷凍睡眠中、起きる目途は無い。

 ……畜生! 俺の周り、コンピューターのみならず人間全てが敵の手先だったんだ!

 キット!

 脳に改造を施された伏兵は……こんなのいくら俺でも信じられないが他人の脳の中で別の意志を持って寄生して時を待ち、機会が来たら体を乗っ取る。主導権を奪うんだ!

 本人すら自分が工作員だと知らないのに周囲の人が分かるわけ無いだろう?

 奴らは言語情報を普段は収集する為頭頂葉に移植される。

 見分け方……人によって記憶が欠ける。メモリが切り取られるんだからな。

 そして奴らに共通するのは……脳内の異物の影響で味覚異常が発生する。

 不要な情報だから完全に除去され、味を感じない。苦味も辛さも感じない!

 キット!

 奴らは人間じゃない!

 じっと何年も他人の脳内で正気を保てるか?

 モンスターだ! 人間じゃない!

 ちきしょう!

 あいつ! 俺のカプセルを……ちきしょう!

 キット!

 これが届く可能性は万に一つ、いや砂場で一粒の砂を探し当てるに等しいがっ!

 戦える可能性があるのはお前だけだ、この情報ボトルを逃げ回るようにプログラムして漂わせ、お前の匂いだけに反応させる。

 あいつを……」


 そこで映像は途切れた。

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