第三十九話 「袖の裏」
「ではこれは借りていく。報酬も確かに受け取った。」
「はい、お疲れ様で御座います。はい。ピルンの草の件、宜しくお願い致します。」
ピルンの草の手がかりである汁の入った小瓶を受け取った弓人は早速コルバから離れ窓へ、そのまま窓枠に脚をかける。
スッ
「(行ってしまわれたか.........。)」
弓人としてはここで『(チッ、生意気なガキめっ)』みたいな捨て台詞を呟かれるのではないかと思っていたが、あの商会長はやはり堅実な商売でのし上がってきた故か、清い心の持ち主だったようだ。
トン
窓を跳び出し、すぐに屋根の裏に手を掛けてそのまま脚を前へ振り上げ屋根に飛び乗った。いつもと変わらぬ月明かりが帝都を照らしている。弓人は月明かりの下を走り出した。
「しかし、期限を決められていないな。大元の依頼主は出来るだけ早く、大量にご所望のはずだが。」
コルバの話によると“ある薬”なるものを作るためにはピルンの草が大量にいる筈である。森の奥にあって雑草と見分けのつかないそれを早急にと言われると“我こそは”という冒険者などはいないだろう。集団で集めて量を確保する者はいてもおかしくないが。
(それにしても最近利用法が見つかったって言ってたし、それを教えてくれないということはまだ世間一般には秘密なんだろうな。)
秘密裏に依頼をしている弓人にさえ教えないということはそういうことなのであろう。一応正体不明の冒険者に依頼する程である、この草が莫大な利益を生むことは間違いない。
(まぁ早いに越したことはない。ポードルの店に矢を取りに行くか。でも今開いてるかなぁ。)
そう、弓人は深夜にも関わらず彼の森へ出発するつもりである。確かに帝都周辺の街道は盗賊の数も少なく比較的安全であるが、それでも絶対はなく常識を持つ冒険者は深夜に街を出ることはしないだろう。
いつも通り弓人には当てはまらないが。
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(おお、灯りが付いてる。)
ポードルの勤める武具屋の“向いの建物”の屋根に到着した弓人。そこで目にしたものは営業している雰囲気を上品に醸し出す武具屋の姿が。
(まぁ、高級店でラウンジもあるんだからな。)
多分高い武具を買う事のできる冒険者のためだろう、と考えを巡らせながら弓人は躊躇いなく大通りに飛び降りる。一応人の姿がちらほら見えるが、誰ひとりとして彼には気付かない。
(お邪魔します。)
深夜故に一応心の中で挨拶をして店内に入る。そのままこの前行ったラウンジへ。
扉を開け、誰もいない寂しい部屋に入った。
カチャ
ポードルに渡されたカードキーで大きなロッカーを開ける。その中には矢のケースが3つ入っていた。
ケースから矢を取り出し、背中のホルダーに入れる。
(それでも少ないよな.........)
思いながらも矢のケースをしまい、ロッカーを閉める。その時
(誰かくるな。)
営業しているのだから人がいるのは当たり前、と店の奥の気配を気にせずラウンジに入った弓人。出ようとしたところで誰かがこちらへ近づいてくる。
「ん?、おや!?いらっしゃいませなのですな。」
「ああ、お邪魔している。」
ラウンジに入って来たのは弓人が今、異世界で一番信頼を置いている。弓職人ポードルであった。
「このような時間に矢を補充とは、失礼ながら依頼ですかな?」
「まぁそんなところだ。」
「左様で御座いますかな。気を付けて下さいませなのですな。」
「ああ、どうも。」
そこで店を後にしようとした弓人はあることに気付く。
「そうだ、弓のホルダーをもう一つくれないだろうか。」
「?予備で御座いますかな?それならすぐに.......」
「いや、もう一つ背負いたい。一つでは心許無くてな。」
弓人の言葉に納得の頷きをしたポードルは招くように商品のフロアへ、そのまま弓のエリアへ向かう。
着いた矢先ポードルは陳列棚をから矢のホルダーを取り出す。それをすぐ弓人に装着させるのではなく、先に弓人が既に着けている方を手早く外した。それからホルダーを付けていたベルトの金具の位置を調整し、最後に二つのホルダーをそこへと取り付けた。どちらも左の後ろに手を回せば矢が取れるような位置になっている。
「動き難かったり、違和感はないですかな。」
「ああ。」
「それはよかったですな。他に何か御座いますかな?」
「いいや、ああ、支払を、」
「サービスですな。いや、投資ですな。」
「.........。」
有無をも言わさず会計を免除されてしまった弓人。ここで負けていられないと“あるメモ”を取り出す。
「これを、作って欲しい。」
「?、拝見いたしますな。」
そう言って弓人のメモを受け取るポードル。それを見て目を丸くする。
「ほお、なるほど。用途は聞かないでおきますが、面白い事をお考えになりますですな。」
モノクルの向こうから興奮と大きな好奇心を伴った視線が弓人を射貫く。
「普通は袖の裏にこのようなものを............おっと、これ以上は口には致しませんな。」
ポードルの興奮は収まらないようだ。そう、弓人が渡したメモとは袖に隠すことができる小型のクロスボウである。弓人は和製英語のボウガンと呼んでいるが。
弓人は最初に注文した弓が魔力で硬くなる材料を使っていることから、成りの部分を折り曲げると表現するのが正しい程極限まで湾曲させて収納できる、そんなクロスボウの構想をメモでポードルに伝えたのである。
「メモを渡されたという事はここから先は私が考えても宜しいという事ですかな?」
「ああ、存分にやってくれ。」
「ははは。これまで私に注文してきた者には何処ぞの大金持ちや貴族、国お抱えの冒険者がおりましたが、『存分にやってくれ』とは。はは、この仕事を続けて正解でしたな。」
自らの内に郷愁と熱い思いを滾らせるように言うポードルは顔を上げ弓人を見る。
「お任せを、いや、これからも私に貴方の武具を作らせて頂きたい。まだお会いして間も無くと御思いでしょうが、はは、どうも貴方に惚れ込んでしまった様で御座います。」
「それ、は良かった。(惚れ.......いや、それよりなんだ?口調が変わったぞ。)」
「それでは今回は30日程お待ち下され。貴方にぴったりの凶悪な武器に仕上げてみせましょう。」
「ああ、宜しく頼む。(???あ、あれ?思ってたのと違う。この人、こんな感じだったっけ?)」
疑問を頭に募らせながらも今度こそ店を後にする。
(ポードル............これから寝ないで作業するんだろうな。)
職人とは思えない程の物腰と相手を深いにさせないプライドを持ったポードルが、あそこまで豹変した事に驚きが隠せない弓人。
店の外へ出て大通りを一旦見回し、そこで気が付く。
(あ、そうだ、北の森に行くんだった。)
コルバの依頼の事など完全に忘れていた弓人であった。
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「こんな時間に.........通っていいぞ。」
武具屋で矢を補充し、図らずも持ち数も増量した弓人はいつもの屋根走りで南の正門に来ていた。来たといっても、既に門を潜り外に出てきてしまったが。
(えっ、ここは『夜ここは出入り禁止だ。ガキめっ』とか『子供はママん所へけっぇりな』とかそういう展開になって、その後俺が『ああ、分かったよっ』って感じで帝都を城を含めて縦断してやろうと思ってたのに。..........これじゃあ普通に壁の外を走ることになるじゃないか。)
別に街壁など越えて帝都の中へ戻ればいいのであるが、何故か負けた気がするため不承不承と外周を走り出すのであった。
―――――榊 弓人―――――
服装:不明
武具:弓×1、ナイフ×1
防具:革の軽装(仮称)
装備:矢のホルダー×2(NEW)、リュック×1
金銭:19,757,850
持ち物:ロープ、糸、その他使途不明
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表記は今後“多量”に増えます。
表示は変更があった時と、その他区切りの良いところで行います。




