第三十八話 「草」
「ホー、ホー」
夜と言ったらこの音、とお馴染みになるのであろう鳴き声を聞きながら弓人は月を見上げる。場所は外。正確にはコルバの商会、建物の屋上である。太陽と月の動きから多分11時頃だと推測している弓人。何度かコルバの執務室を覗いたが未だ関係者の出入りがあった。
(商会長でも深夜まで働くんだな。)
こういった文明レベルでの位の高い人間は早寝・遅起きが主流だと勝手な思い込みをしていた弓人。また一つファンタジーを考え直す出来事に遭遇したようである。
彼は商会長が仕事を終える寸前を待つ。相仕事終わりに尋ねて相手の気分が悪くなるなど気にしない。相手はお話大好きコルバである。
それから30分後。
「(こんなところか、ふぅ、もう来客も来ないし、今日は上がりかな。)」
今夜だけは聞いた人皆が同情してくれるだろう。コルバは自ら弓人を招き入れる台詞を呟いてしまった。そのような事をすれば当然、
「お邪魔します。」
「え?うわぁ!」
最後の書類だったのであろう。机の引き出しに入れようと俯く姿勢になっていたコルバ、いきなりの声掛けに前を向くと、何時ぞやの救世主様がそこには立っていた。しかし、今は夜、救世主だ何だろうが驚くものは驚くのである。
「驚かさないでくださいよ。冒険者様。」
「ああ、すまない。」
コルバは謝る冒険者を見る。目以外に布を巻きつけた、ある種の不気味な雰囲気をだす小さな子供に見えた。
「報酬受け取りに来た。」
「ええ、はい、わかりました。少々お待ちを。」
そう言ってコルバは席を立ち、背後にある大きな棚へ手を入れる。そのなかに小さな金庫が入っているらしく、ダイヤルを器用に回して扉を開けた。そして
「こちらが報酬となります。命は当然ですが、あそこで商品を失う事になっていたら我が商会が大損害でした。それを考慮した額となって下ります。」
ドンッ
ゆっくりとした動作で置かれた筈の巾着がテーブルの上で重い音を上げた。
「中身はご確認してくださればと思いますが、金貨、小金貨、銀貨にて10.000.000カッシュ入っております。」
つまりは金貨9枚、小金貨9枚、銀貨10枚である。別に騙すメリットは全くない筈であるので弓人は中身を見ずにそのまま受け取る。
(それにしても多いな、いや、別にこれくらい普通に出せるのか?........それとも運んでいた“ブツ”が貴重なものであったのか?)
巾着の重さを確認しながら考える弓人。彼に思案を知ってか知らぬか、コルバは話し出す。
「今回はやっと採取できた“あるもの”を運んで下りましたので、ええ、組合への緊急依頼では絶対に提示出来ない報酬となって下ります。私共の命の価値と、貴方様の運による金額だと思って下されば。」
“あるもの”を教える気はないのだろう。それは考えてみれば当然の話で、弓人が強い事は知っているが、緊急依頼と言えど達成したのは1回だけ、素性も大まかな身長以外は全く明かされていないのだから。
「今日はこんなところか?俺も別に見せるような物は持ってないし。」
「いえ、少しお話が。」
帰る気満々の弓人に待ったをかけるコルバ。“お話”という単語に弓人は、あの悠久の時に感じられる長話をされるのでは、と警戒心を露わにする。しかしコルバの目を見た瞬間にその感情は一瞬で消え失せた。コルバの眼には、こちらを射貫く計算高さと、経験からくるのであろう商売のための自信、そしてある種の懇願の色が見て取れたからである。
「ここで依頼をお願いしたいのです。」
////////////////////////////////////////
「話を聞こう。」
「有難う御座います。それでは早速、」
そう言ってコルバは下の方の底が深い引き出しから筒状に丸められた紙を出した。それをテーブルの上に広げると、
「これが帝都周辺の地図となります。ここまで縮尺が整っているものはそうそう御座いません。これは取引しているある商会の「ん、んん。」..............ええ、はい、こ、こちらをご覧ください。」
弓人はコルバが指差す場所を見る。そこには『森』と書いてある緑色のエリアがあった。
「ここは生産都市クーラス東の森になります。その森の深いところにあります。『ピルンの草』を採取して頂きたいのです。」
「(ピルン?)それは採取がそんなに難しいものなのか?いや、それとも森が危険なのか?」
口早に疑問を口にする弓人。それもそのはず、彼の強さを知っているにも関わらず他の冒険者に出来るような簡単な依頼をしてくるわけが無い。その場合弓人が侮られていると感じて関係がこじれるか、最悪この場で殺される場合のあるのである。この場には今二人しかいない。弓人もそれを気配で感知している。暗殺者からしたら絶好の機会なのである。しかし今回、そういった考えは不要だったようだ。
「いえ、今回は急を要するのです。それと確かに貴方様の仰る通りあの森の深部は危険です。」
「なるほど。」
「はい。速さという点、いえ、強さの点でも貴方様はこの依頼に適任で御座いますので。」
「俺が見えたのか?」
「???、いえ、あの状況から察するに、というに留まりますが、間違いないでしょう。」
一瞬またもやこちらの力を見抜いてくる輩だ、と体を硬くした弓人であったが、その後の話で莫大は力を持つ筋肉の緊張は緩んだ。幸い彼が緊張した事に気付いていなかったコルバは最後に言う。
「これを、受けては頂かないでしょうか?」
「ん?ああ、大丈夫だ、受けよう。」
「おお、誠に御座いますか。有難う御座います。」
ほっと胸を撫で下ろすコルバ、しかし弓人の次なる言葉で衝撃がはしる。
「一つ聞きたい。『ピルンの草』とは何だ。」
「え、あ、え、ああ!そ、そういう意味で御座いましたか。てっきり採取の容易さを説かれていたのかと、」
弓人がさっき言った『それは採取がそんなに難しいものなのか?』を『それ、そんなに難しい事か?』という意味で聞いていたらしいコルバ。彼は慌てて背後の本棚に手を伸ばす。
「ええと、これです。『ピルンの草』、どうぞ。」
「ああ。..........え」
差し出された図鑑を見た弓人。そのページには確かに『ピルンの草』と書かれていたが、その下の挿絵には、
「雑草?.........にしか見えないのだが。」
「そうで御座いましょうな。私にもそうにしか見えませんので。」
「..........なぜそんなものを俺に?」
「冒険者の方々は代々先輩から後輩にこういった見た目では分からないことを経験を通じて伝えると聞いて下りましたので。」
「なるほど。」
ここで先輩冒険者などいない、と言ってもよかったが、それも話がややこしい事になるので思いとどまった弓人。
「こ、これは困りましたなぁ。」
「これは備蓄とか無いのか?」
そんなに貴重なものならば金持ち共や国が備蓄を推している筈である。そう考えて問いかけたのであったが、
「この草の利用法はつい最近発見されたばかりなのです。それも大変強力で即効性があります。そしてそれは大量の原料を消費して極少量しか生産できないのです。」
頭を抱えながら話すコルバ。だがそれも束の間、ガバっと頭を上げ立ち上がる。
(お?何か思いついたかな?)
という弓人の視線をそのままに、彼は部屋の隅のある箱を漁る。その中から一つの小瓶を取り出す。
(おい、現品あるんじゃねーか!)
と思ったが、現実はそう甘くなく、
「これは成分を抽出しようとして“ただの汁”になってしまった失敗作です。申し訳ありませんが、この匂いと比較して探して頂けないでしょうか。」
なんとコルバが最後に放った言葉は、存外に「犬のように嗅ぎ回れ」と弓人に宣言するものであった。




