第三十七話 「弓(戦車砲)」
(やはりいるな。)
今は昼時。弓人の体は既に御用達である森<魔女の庭>にあった。組合の依頼を受けていると自然と受付嬢や周りの冒険者の話が入ってくる。話では最近、日中でもガーデンウルフが街道近くまで姿を現しているらしいのである。
新しい弓を受け取った弓人は早速狩りに来ていた。ここは帝都南門から15キロ地点、街道から森が少し離れ、人通りが少なくなる場所。理由は当然、試し射ちのためである。ガーデンウルフを自前の望遠レンズ(裸眼)で捉えた弓人は早速ホルダーから矢を一本左手に持つ。右手で弓を持ち、弦に矢を持った左手を添え、少しだけ魔力を流す。
(ギ... ギ..... ギ........ ギ...........)
魔力で強化された弓は達人でも引けない重さになっているが、弓人は然も当たり前の様に弦を引いた。
グ.. グ..... グ......... グ......... グ.........
準備は整った。弓人は自分の世界を、弓と矢と、そして狙う獲物のみとする。不要な全てが排除された世界で彼は唱える。
(目標まで 1100 m、北寄りの風、微風.........心拍、整え)
そして、
スッ
小さな風切り音、そして、
ッパァァ―――ン.......ォァァ...........ォァァ..............
周囲に反響したのであろう、“音速の壁を超えた残滓”が弓人の耳にも届く。その時、的にされた獲物はというと。
(ん?あれ?普通に歩いてないか?)
何という事か、射貫かねばならなかった獲物が街道近くの草原を普段通り歩いていた。それを見た弓人は、
(へんきーん!返金!.............いや冗談だが、あのポードルに限ってこの結果は無い。まだ2つしか使ってないが。)
国に武器を卸す程の人物である。そこも評価してこの弓をオーダーメイドした弓人であったのだが。
(それより........いやーまいったなぁ、ソニックブームが返って来た時、一瞬だけど矢を見失ってしまった。確かに当たった筈なんだけどなぁ。)
それでも現実は非常である。矢は無くなり、魔物は生きている。
弓人が何とも言えぬ喪失感を味わっていた頃、ふと視線の端で何かが起こった。それは本来出来事として数える程の事ではないのだが、
(ん?ガーデンウルフが、寝たな。うん、寝た。あれは.........)
まさか、と思った弓人はその脚で魔物の下で向かう。
40秒程で到着してしまった彼がそこで見たものは、
(ここまで来て気付かないのか?ん?..........な!?........し、死んでる。)
その魔物の脇腹には小さな、そう、矢が一本やっと入りそうな小さな穴が開いていた。
(いやいやいやいや。ソニックブームを出すような矢だぞ。どういう原理でこうなるんだよ。)
そう、魔物は既に事途切れていた。放たれた矢は正確に魔物を射貫き、その命を既に刈り取っていたのである。それを魔物自身が気付くことが出来ない合間に。魔物は自分が既に死んでいる事とはいざ知らず、命の無い体が少しずつ動かなくなっていったのだろう、少し休もうと伏せた時、ようやく体が“死”を認識したのである。
(.........すばらしい、はは........すばらしい..................でも少し怖いぞ。)
この世界に来て初めて獲物を射止めた時、弓人はその恐るべき力に高々と笑い声を上げた。それはファンタジー世界へ来たことによる興奮と、自らの力にこれからの人生の期待を持ったためであったが、あれからの期間で少し落ち着き、自分が生きていく現実を考え始めた今の彼にとって、今回の現実は少しばかり強すぎる刺激であった。
(次はどこまで狙えるかやってみるか。周りに魔物がいないのは助かるが、なんでこいつだけだったんだろうな。)
疑問は残るが、幸いにして弓人の周りには魔物はいない。それをいいことに彼は再度自分の世界を作り出す。さて、次の獲物は、
(目標まで 2750 m、北寄りの風、微風.........心拍、整え)
スッ
またしても小さな風切り音、そして、
ッパァァ―――ン.......ォァァ...........ォァァ..............
先程よりも大きく弧を描くように放たれた矢はそのまま獲物に向かって飛んでいき、
「グウ」
(よし、この声だ。)
斜め上方から入射した矢は魔物の頭蓋を打ち破り、そこで運動エネルギーが魔物に移ったのか、その頭を地面押し付ける様に縫い付けた。最後の呻きは死んだ魔物が最後、肺の空気を自重で押し出す音であった。
(やはりポードルだなやはり。)
納得の性能に“ダブルやはり”をその職人に献上した弓人。前の世界でのマイブームの一つである。
(よし、最後、3キロ越え、やってみるか。)
弓人は次の弓を番える。狙うは彼方遠くの獲物。動物は鋭い勘があるというが、もし弓人が殺気を消していなくてもそれが働かない距離。
(目標まで 3180 m、北寄りの風、微風.........心拍、整え)
その距離を彼は無かったことにするかのように、
スッ
小さな風切り音の後
.......................................(パ――ン)......
先程よりも遅れて爆音が聞こえた。そして、
「(ッ)」
「(ナイス!)」
3キロ先の動的目標に当てたことで珍しく喜びの声が漏れ出る弓人。獲物の命はこの世に無い。
(これは武器というより“兵器”だな。いや、“俺が持って兵器”か。)
この時点で二足歩行の戦車と化した弓人。彼は二本の脚が生えた戦車の砲塔を想像して呻く。
(俺の存在を如実に表しているが......流石に堪えるな。)
弓人はしばらく呆けた後に、森を見て呟く。
(魔女の森、出るのは本当にガーデンウルフだけなのか?まだ深くは探索してないが、帝都の近くに放置された森だ、絶対に何かある。)
魔力の感知が得意な者や気配を感じ取れる生き物達なら見えたであろう。この森に向かって放たれている“怪光線”を。そう、弓人の目から放たれる怪しく煌めく光線を。森の中から、微かではあるが、魔物達の苦悶の声が聞こえた気がした。
(気がしただけ。そうだよな。)
自分の力を僅かながら理解し始めている弓人。しかし自分が視線で生き物をどうにか出来るとは“未だ”思っていない。
(あとはお昼の依頼でも済ませて、宿で訓練かな?)
日中では街道に人がいる場合が多い故、今は試し射ちのみのため外へ出てきている弓人。その体を帝都の方へ向ける。
(そして夜はコルバの所に“集金”に行かなくては。)
男の子故に“深夜に”“忍び込む”“取り立て”“秘密の取引”という『なんだかんだでやってみたい事』のオンパレードに心を躍らせる弓人。その興奮を表すかのように前へ向かって加速する。
帝都までの20キロ近い道のりも、彼にとっては御近所に等しい。彼の加速は続く。
(集金が終わったら新しい武器でも注文するか。)
弓を作ったばかりだというのに、また次の構想を練る弓人。背後で森の住人がざわめいたのは気のせいだろうか。
(片手で.........袖に隠せるボウガン!、ん~できるのか?)
考え事をしながらも安定した走りを見せる。気持ちの悪い程に揺れない頭が武器の構想を練り上げていく。
(魔力で固くなる?材料があるのなら.........できるな!うん。それと.........)
人外は今日も走る。
帝都はもう、すぐそこに。




