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ずっと…

ついに最終話です。

長いお付き合い本当にありがとうございました!

ここまで書けたのは皆さんのおかげです!

もし良かったら次の作品で(あれば)またお会い致しましょう!


10月の終盤のとある日の事。


私はフォックスの医院を訪ね、情報誌を片手に相談していた。

相談内容は言うまでも無く、レーナを誘うべくデートコースの事だ。


相談されたフォックスは、まず第一に「情けないのう…」と言い、実際、私もそう思うので、それに対しては反論しなかった。


だが、更に続けられた「クロスワードパズル大会にでも誘え」には、「いや、お互いに興味が無いんで…」と断り、それを除いたデートコースの提案と助言を求めたのである。


「なんじゃぁ、そんなもんは勢いじゃろうがぁ…ええ若いもんが情けない…」

「いやいや、お前より年上なんだが…」


言われた為にそう答えると、フォックスは「そうじゃったかな…」と素知らぬ表情。


「なら、ワシに聞くまでもなかろうよ」


と、年上ならばその経験と知識を生かせと間接的に言ってきた。


「それでは分からんから頼って居るんだろう…というか、そもそもデートなんてモノは思い返せばした事が無かった。切り出す事自体が難関だし、コースを設定するとなると、無限の選択肢で頭が焼けそうだ…」


そう言った後に頭を抱え、フォックスに「やれやれ…」と呆れられる。


「何も一度のデートでな、全部に行こうと思わんでもええ。二度、三度と時間をかけて普通は仲を深めていくもんじゃ。まぁ、一度目のデートっちゅうのは、印象が決まるから重要なものじゃが、お前さんの場合は付き合いも長いし、そこの所は問題ないじゃろ」


それからそう言葉を続け、「要するに、いつも通りでええのよ」と、フォックスなりの答えをくれた。


「いつも通り…か…」


繰り返して見るが、不安は消えない。


だが、諦めと言うのだろうか、考えてももう仕方が無いという、境地に近付けた事は確かであった。


「ちなみに闘技場は必須だと思うか…?」


その上で一応それを聞くと、「あのお嬢ちゃんには必須じゃろうな」と、フォックスもすぐに答えをくれる。

そこは間違いでは無かったようなので、私は「よし」と小さく頷いた。


「すまんな。ある程度覚悟が決まったよ。後は自分で考えてみるさ」


言った後に立ち上がり、フォックスに「ほう?」と疑問される。


「一発目のデートでホテルには行くなよ?体をべたべたと触るのもアウトじゃ。キスはまぁ、雰囲気次第かの?」


続けたそれには「いや…」と言って、「私にそれが出来ると思うか…?」と、逆に質問してやった。


「出来ておったら恋人の一人や二人はおるじゃろうな」


即座に返され少々凹む。

しかし、一応「だろうが…」と言い、情報誌を渡して歩き出した。


「いらんのか?」


聞かれた為に「ああ」と言う。


参考にならない訳では無いが、コースの最後が100パーホテルなので、今の私には必要無いのだ。


「ま、暇潰しに読んでみるかの」

「それじゃまたな」


「パラパラ」とめくってフォックスが言い、私が一時の別れを告げる。

フォックスはそれに何も返さず、本を両手に椅子に座った。


「(そう言えば今日はノアが居ないな…?)」


そう思いながら外に出て、我が家に向かう為に歩き出す。


その途中でノアとエリスを見かけ、私は立ち止まって観察するのだ。




ノアとエリスは洋服店の前に居た。

エリスと似たような服を着て、割と楽しそうに話をしている。


「(ああいう表情が出来るようになったのか…)」


そう思っていると、ノアに気付かれ、「熱烈な視線を感じます」と言われて、エリスにも気付かれてしまうのである。


「な、何よロリノッポじゃない…」


言いながら、2人で近付いてくる。

そのタイミングで馬車が来たので、二人が止まって私が近付いた。


「そう言えば無事に帰って来たのね。別に心配なんてしてなかったケド…」


顔を逸らして腕を組み、素知らぬ顔でエリスが言った。


「おかしいですね…私の記憶では、エリスさんは「大丈夫かなぁ」と14回は言っていましたが」


が、直後にノアに言われ、「か、勘違いでしょ勘違い!あんたの一方的な勘違い!」と、ノアに向かって抗議した。

言われたノアは「そうですか」と言い、瞬きを早めてエリスを眺める。


「ははは…」


何と言って良いのか分からず、私はとりあえず苦笑いをしておいた。


「で?何?何で見てたの?ストーカーばりの視線だったけど?」


何かを誤魔化す為なのだろうか、少し怖い顔でエリスが聞いてくる。


「いや、偶然目に入っただけだ。邪魔をする気は無かったんだが、2人には悪い事をしたな」

「べ、別に良いわよ…気にしてないから」


素直に言うと、今度は焦る。


「きょ、今日は一人なの?レーナさんは?」


聞かれた為に「ああ」と言い、「フォックスに会った帰り道なんだ」と、出て来た理由も続けて教えた。


聞いたエリスは「ふーん…」と言って、ノアも真似て「ふーん…」と言って来る。


「(感情が豊かになるのは良いが、このままだとエリスに似るんじゃないのか…ロリノッポとか呼ばれ出した日には、流石に少し凹む気がするが…)」


二人を見ながらそう思い、未来のノアに危機感を持つ。


死ねば良いのに!80年後くらいに!


とか、生まれた瞬間の赤子に言うようでは、フォックスの医院の経営もまずかろう。


「あー…ノア、エリスと付き合うのは大変良い事だが、学ぶべき所と学んではいけない所を、しっかりと区別して覚えて行くようにな。分からないようならフォックスに聞くと良い。こういうのはどうですか、大丈夫ですか、とな?」


その為に言うと、「分かりました」とは言われたが、一方のエリスは「ちょっと!?」と、驚き、「どういう意味よ!?」と当然切れた。


「いやいや、人には必ず欠点はあるものだ。完璧な人間なんかは居ない。私にもエリスにも当然それはある。だからノアには…!?」

「うるさい黙れ!」


言い訳したが無駄だった。

エリスの繰り出したローキックが、私の右脛に直撃したのだ。


「ごぉぉぉ…」


脛を押さえて屈みこみ、「ふんっ」というエリスの声を耳にする。


「死ねば良かったのに!…80年後くらいに」


と言う、エリスの生の名言を聞け、ちょっとだけ得をしたような気分になった。


「まぁ、とにかくそう言う訳で、私はこれで失礼するよ…」


そう言って、立ち上がった私が見たのは、キックの練習をしているノアだった。


「こうですか?」


と、エリスに聞いて居る辺り、彼女は早速覚える気なのだ。

だが、それは幸いにも、エリス本人が「覚えなくて良いわよそんなの…」と言ってくれ、「そうですか」とノアが諦めてくれたので、私は一安心するのである。


「ロリノッポもこんな所をウロウロしてるなら、家事の手伝いでもしてあげなさいよ。文句なんかは聞いた事無いけど、この前のライブの時なんか、レーナさんかなりキツそうだったわよ?」


これには「ぐっ…」と言葉を詰まらせ、そうだったのかと今更に気付く。


「どうするつもりか知らないけど、もし、その、結婚…とかをする気なら、その辺りの事も考えて上げなさい…」


続けたエリスの顔はどうも、内容とは反して暗い物だ。


「ど、どうした?」


と聞くと「何でも無い」と言うので、私の眉根は自然に下がる。


「と、とにかく、ちゃんと考えて上げなさいよ!家事もそうだけど、レーナさんが、そこまでしてロリノッポと一緒に居る理由とかをね!」


最後にそう言ってエリスは去った。


「とかをね!」


と、ノアもそこを真似、エリスの後を追って行く。


「(一緒に居る理由…か…そういえば、レーナはなぜずっと居てくれるのだろうか…)」


最初はただの居候だった。

人間の街を見たいからという理由で、我が家に何日か居るだけのはずだった。


それが気付けばもう2年。

いつの間にかのずっとである。


「(まさかな…)」


と思うがそれは推測で、男の勝手な思い込みである。

そうだと決めてかかって居れば、手痛い目に遭う事も十分あり得る。


「(ならばなぜ、居てくれるのだろうか…)」


我が家への帰り道、ずっと考えたが、答えは結局出せなかった。


「(やはり本人に聞くしかないか…)」


そう思い出したのは夕食の頃で、ルニスがシャワーを浴びに行った時、私は思い切ってレーナを誘った。

場所はキッチンで、洗い物をしているレーナの横に立ちながらのお誘いだ。


「も、もし、良かったらなんだが…明日は私と……で、デートをしないか…?というかその、闘技場の…割引のチケットが手に入ってな!そのついでに食事とか、買い物とかが出来たらなぁ…なんて…」


直後は無言で、レーナは「ぼーっ」として、洗い物を両手に固まっていた。


「あ、あぁ、駄目か…駄目なら良いんだ。また…その、別の日にでも…」


駄目か…と思った私が言うと、レーナは「いえ!!」とまずは一声。


その後に素早く両手を洗い、エプロンで手を拭いた後に、「喜んで!」と言って頭を下げたのだ。


よっしゃああああああ!!!


と叫びたい気持ちを抑え、「そ、そうか、良かった!」と笑顔で返す。

レーナは「いえいえ…」とぎこちなく笑い、「じゃあ今日は早く寝ますね!?」と、訳の分からない事を言った。


それでも一応、「そうだな…」と言い、二人で不気味に「ははは」と笑う。

そこへルニスが現れて来て「何ですか?二人して?」と、声をかけてきた。


「な、何でも無い(です)!何でも!」


と、揃って言い訳をしておいたが、ルニスは「なんか怪しいなぁ~?」と、露骨に声を出して怪しんでいた。


そして翌日、私とレーナは、ついに初めてのデートをする。




翌朝、朝食を摂り終えた私は、自室で外出の準備をしていた。


ベッドの上に置かれている物は、所謂スーツと呼ばれる代物で、私はその前で両腕を組み、しかめっ面でそれを見ていた。


理由はひとつ。

やりすぎかな…と、自分でも薄らと思うからだ。


横には事前に購入していた香水と整髪料も並べられており、それらをフル装備している自分を思うと、いよいよにそう感じるのである。


「結婚式に行く訳でも無し、やはり、流石に気合の入れすぎか…」


口に手を当てて呟いて、忙しない動きでそれらをしまう。

それから洋服戸を開いたままで止まり、どれを着て行くかで考え込んだ。


要するに、いつも通りでええのよ。


という、フォックスの声が頭によぎる。


「そうだな…無理をしても仕方が無いさ」


と、私は一人で呟いて、いつものシックな服装に着替えた。

全体的に灰色の、見事なまでにシックな服装だ。

その上に生地の薄いコートを羽織り、準備は一応の終了を見た。


「うーん…ファッションセンスは我ながらゼロだな…まぁ、レーナが恥ずかしく無ければ良いだろう…」


洋服戸の中の鏡を見つつ、髪の毛を若干修正させる。


それから顔を左右に向けて、自己満足した後に扉を閉めた。


机に近付いて引き出しを開け、財布と割引券をポケットに入れる。


「(忘れ物は無いな)」


と、確認してから、部屋の外に出て診察室に向かった。


「あれ?先生どうしたんですか?なんかお洒落な格好しちゃって!?」


ルニスは開院準備をしていた。

口に歯ブラシを咥えたままだが、そこはまぁうるさく言わない。


「ちょっとレーナと外出してくる。すまないが今日はよろしく頼むよ」


言うと、ルニスは「はぁ」と言い、歯ブラシを手にして「デートですか?」と聞いてくる。


「いや…そんなものではァ…ないかもしれんなァ…」


と、天井を見ながら誤魔化そうとすると、ルニスは昨夜と同じ顔で、「怪しいなぁ…」と言ったのである。


「ま、まぁ、とにかく今日はよろしく。今度好きな日に代わってやるから」


そう言い切って「なっ?」と言う。

それにはルニスは「はーい…」と返し、渋々ながらにも引き受けてくれた。


「(別に隠す事は無かったかな…)」


そう思いながら玄関に行き、外に出てからレーナを待つ。


それから5分か、6分くらい待っただろうか、レーナは「すみません!」と慌てて出て来た。


その恰好は赤のドレス。

少々寒いのでマフラーを巻き、短い茶色のコートを着ていた。

ブーツのような靴は黒で、若干だがメイクもしているようだ。


「じゃ、じゃあ行こうか」


ここで「綺麗だね」とか、「似合ってるね」とか言えれば、イケてる男の仲間入りだが、そうは思うが言えない私は、それしか言う事は出来なかった。


聞いたレーナは「あ、はい…」と一声。

それだけなの?と言うオーラを発し、私の後ろに続いて歩いた。


「あー……良い天気になって何よりだなあ」


気まずさを誤魔化して話を振ると、一応「そうですね」とは返してくれる。

流石に怒っては居ないようなので、私は一先ず安心をする。


「これ、先生に初めて会った時の服なんですよ。コートとマフラーはしてませんでしたけど」


そんな事を言われて「えっ?!」と振り向く。

しげしげと見ると「あの…」と照れられ、「すまない」と謝って横に並ぶ。


「確かにそんな感じだったか…あの時は正直騙されたかと思って、フェネルと一緒に警戒したものだった。あいつには一応信じるとか言ったが、内心はドキドキしていたものさ」


それから横に並んで歩き、あの時の気持ちを正直に伝えた。


「えぇーそんな感じだったんですかぁ…でも、あんな所に住んでたら、確かに誰だって警戒しますよね。つまり、お父さんが全部悪い」


聞いたレーナがそう言って、むくれた顔で怒って見せる。

ラルフが居たらどう言うかと思い、それを見た私は「ははは」と笑った。


「でも…わたしもドキドキしてましたよ。先生とは多分、理由が違いますけど」


その言葉には「ん?」と言う。

どういう意味かと聞こうと思ったが、「ホント、良い天気ですね!」と言われた為に、その機を失って「ああ…」と返した。


「色々考えたんだがいつも通りという事で、まずは本屋にでも行こうと思う。闘技場が開くまでの間、時間潰しという意味でなんだが」


予定を話すと「良いですね」と返される。

レーナも何気に本が好きなので、拒否はされないと思っては居た。


「それから、今日の代金の事だが、これは私に任せて欲しい。一応その、で、デートだから……男に華を持たせて欲しいんだ」

これにはレーナは少し考えて、その後に「分かりました」と返してくれる。


デートとして考えても良いようなので、私はそこが嬉しかった。


街に着き、本屋に着いて、レーナと共に時間を潰す。

その中で牝馬の写真集を見つけ、命の恩人のユニコーンを思い出し、二人で「たはは…」と苦笑いをした。


「はいはい、買わないなら触んないでねー…指紋とかアカとかついちゃうからねー」


現れたのは店の女将で、何やらウザそうにハタキを振ってくる。

いつもの店主ならそうでは無いのだが、この人には立ち読みは通じないようである。


懐中時計の時刻は9時半。

闘技場は10時半に開場なので、もう少し時間を潰したい所だ。


「ああ、でしたらこれを買います。なのでもう少し居ても良いですか?」


その為私はそう言って、クロスワードの本を掴んだ。

女将の返事は「まいど…」と言うもの。

それ以降の注意はしてこなくなる。


「フォックスさんに上げるんですか?」


と言う、レーナには「ああ」と笑って答え、「実際問題面白いのかな?」と言って、適当に開いて一ページを見た。


「(フ、で始まる五文字の物…?ヒントは…?〇でのご奉仕…?横列がフで八文字か…ヒントは??拳での前戯行為だと???何なんだこれは?訳が分からんが…)」


思った為に本を閉じ、


「クロスワードパズル……はあくまでオマケ。エロエロメイト10月号」


という、とんでもない本のタイトルを目にする。


「どうかしましたか?」


と、レーナは気付いていないようなので、慌ててそれを棚に戻した。


「ちょっと!あんた買うんじゃなかったの!!?」


女将に言われ、「いや!」と言う。

それから改めて探して回り、きちんとしたクロスワードパズルを買った。


「まいどー」


と言われて外に出る。


時刻は9時45分。


「そろそろだな」


と、レーナに言って、行きがてらにフォックスの医院を訪ねた。


「あ、おはようございます」


入口周辺にはノアが居て、真面目にいつもの掃除をしていた。


「おはよう。これをフォックスに渡してくれるか?」


なので、本はノアに渡して、そのまま通り過ぎて闘技場に向かった。


平日の為か人は少なく、闘技場に向かう道は閑散としていた。

だが、むしろそれが心地良く、私はレーナと景色を見ながら、色々な事を話して歩いた。


時刻としては10時10分に、私達は闘技場の入口に着く。


「あの…カップル割引券は使えますか…?」


と、本の通りに敢えて聞いて、「ああ、使えるよ」と、普通に返される。


「カップル割引券なんですネ…」


と、少々照れたレーナを目にし、「担当者スゲェ!!」と、ちょっとだけ見直した。


券を渡して中に行き、ポップコーンと飲み物を買って観覧席に行く。

以前とは違って自由席だったので、誰も居ない為に一番前に座った。


「スケジュールによるとサーカスみたいな事も、途中途中でするみたいだな。これも戦争の影響だろうか…?」


紙を見ながらそう言うが、レーナからの答えは返ってこない。


「レーナ…?」


と、不審になって見ると、レーナは「もさもさ」とポップコーンを食べていた。


「ああ…」


目の色が違う。

スイッチが入ったのだ。

これから始まる戦いを前に、アグレッシブレーナが目覚めたのである。


こうなってはもはや何を言っても無駄。


目の前で右手を振って見たが、レーナはひたすらに「もさもさ」と食べていた。


「(まぁ、楽しんでくれるならアリか…)」


紙をしまって苦笑いをし、私も右手をポップコーンにつけた。




それから30分が過ぎた後に、戦いはステージで開始された。

このまま誰も来ないかと思ったが、観客席は半分近く埋まっている。

その中に私はあるモノ達を見つけ、その正体を知る為に密かにそちらを伺っていた。


方向的には左の後ろ、前から5番目位の席だ。

人数は二人で、おそらく男女。


二人とも頭に帽子を被り、目にはサングラスをつけた上で、口には大きなマスクをつけている。

そして、体にはコートを纏い、この寒いのにアイスを片手にステージの戦いを見守っていた。


身長の差が凄まじいが、二人は親子という訳では無い。


私の推測が正しいのなら、これはルニスとフェネルと思われた。


証拠は二つ。


まずは髪の色。片方は金で、片方はピンクである。


第二に鼻から口あたりの形状。


アイスを食べる為にマスクを取るのだが、これがもう間違いなく2人であったのだ。


「(何をしてるんだ…)」


と思いはするが、邪魔をされたくないのも事実。


こちらから声をかけて近寄らせては、折角のデートが台無しである。

故に、私は顔を戻し、気付かないフリをして観覧を続けた。


「いけぇ!そこだぁ!!!」


と、盛り上がるレーナは全く気付いていないようなので、私は安堵の息を吐く。


「ウォォォォォォ!!!!」


戦いは小柄な男が勝利し、筋骨隆々の男が敗れた。


「あー駄目じゃんモーディック負けちゃったらー…」


と、レーナが残念そうにしたので、私も「そうだなぁ…」と、口裏を合わせた。


その際に「ちらり」と後ろを見ると、フェネル(らしきもの)の姿が消えていた。


「(何処に行ったんだ…?)」


と思っていると、そいつが「よいしょっと…」と、左に座った。


「いやー、結構込んでますよねー。ていうかトイレに紙が無くって、仕方が無いから誰も居ない隙に、ガニ股のままで隣のトイレに移動しましたよー」


当たり前のように言って来るので、聞いた私が「そうか…」と返す。


それに気付いたそいつは驚き、私の顔を見た後に、「いや、これは失礼…」と、声色を変えて立ち上がった。


「おい、待て」


右手を掴むと「なんですかな??」と言う。


あくまで誰かを演じる気らしい。

よくよく見ればチョビ髭もついて居て、そこまでするかと私は呆れた。


「なんだか知らんが気になるから、近付くのであれば変装は解け。近づかないのならそのままで構わんが、ちょろちょろと絡んでくるのはヤメロ。戻ったらルニスにもそう伝えてくれ」


言うと、「ルニス…?はて…?」と言いながら、首を傾げながら席へと戻る。


その後にルニスと「ごにょごにょ」と話し、ルニスが「ビクリ」としてこちらを見た後に、二人は「すごすご」と近付いて来た。


「ど、どうもすみませんでしたぁ!!」


変装を解いて二人が謝罪し、私達の前で頭を下げる。


「何なんだ?」


と聞くと、「興味があって…」と、ルニスが照れながら答えてくれた。

一方のフェネルは「全部ルニスさんが悪いんです」と、責任の全てをルニスに擦る。

「卑怯者め…」と思った私はフェネルの頭だけ「ぱすん」と叩いた。


「なんで僕だけ叩かれた!?」


直後にフェネルは疑問したが、「卑怯者はそうなるんだ」と言われて納得。


「全て僕の企みです」


と、一転して全ての罪を被るが、叩かれた後だけに完全に無駄だった。


「(やれやれ…これで台無しだな…流石のレーナも気付いただろう…)」


そう思いながら隣を見ると、レーナは「よおおおおおし!!」と、興奮の真っ最中。


「ハルコピン良いぞ!ハルコピンやれ!!」


と、全くこちらに気付いて居なかった。


「ハルコピイイイン!!ウィィン!!」


自分で自分の名を叫び、禿げ頭のハルコピンが服を引き裂く。

それを見たレーナは「キャアア!ハルコピィィィン!!」と、イケメンを見た乙女のように喜んでいた。


「変装の意味…無かったすかね…?」

「少なくともレーナさんにはそうだったかも…」


フェネルが言って、ルニスが言った。


例えば隣にウルを座らせても、レーナはきっと気付かないだろう。

そういう意味では二人に同意し、「そうだな…」と言わざるを得ない私であった。




レーナはそれから3戦後の、サーカス団の入場の際に、ようやくルニスとフェネルに気付いた。


「あれ?何時の間に!?」


なんて言うので、二人に加えて私も呆れ、「ハルコピンの辺りからです」と答えたルニスに「…38分位前かな?」と、真顔で答えたレーナの感覚にも、多少びっくりするのである。


「まぁ、多分、偶然だろうが、観覧席の中に見つけてな。知らんぷりをするのも何だと思ってこっちに来て貰ったという訳だ」


彼らの立場もあると思って、私が適当に話を作る。

聞いたレーナは「そうなんですか」と言い、ルニスとフェネルは潤んだ瞳で、揃って「カッケェ……」と小さく言っていた。


「だが、この後には帰るんだよな?…確かそういう事を言っていたよな?」


しかし、今日だけは邪魔をされたくない私は、交換条件にそれを突き付ける。

言われたフェネルは「ぐぬぬ…」と言って、ルニスが「…はい」と、条件を受け入れた。


これによって後のデートは邪魔されないと思ったのだが…


「でも、折角ですし、一緒に駄目ですか?二人が居た方が楽しいですし」


当のレーナがそんな事を言うので、私は二の句を失ってしまうのだ。


「(あれ、これってデートじゃなかったか…)」


と思い、「ヘナヘナ」と力が抜けて行く。


「レーナさんの許可いただきましたー」


と、フェネルはもはや居座る気満々だ。


「(あれ、なんだ…?おかしいな…?)」


そう思いつつ、私はサーカス団の曲芸を眺め、


「おいおーい!また失敗かよヴィンセント!」

「今日も一杯笑わせてくれよー!」


と、いじられるピエロを茫然と見ていた。




闘技場の催しが終了したのは、16時が近くになっての事だった。


現在、私達は商業区に戻り、「レッド・ベア」という名前の飲食店で食事を摂っている。


闘技場でポップコーンや、焼きソーセージ等を一応食べたが、流石にそれでは小腹が空いて、この店に入ったという訳である。


「しかしなんだな、あのピエロ、どこかで見たような気がするんだがな」


頼んだ料理を口にして、誰にともなく私が言った。


「あ、わたしもです」


と返してくれたのは、ナイフとフォークを手にしたレーナで、ステーキを切ろうとする体勢のままで、「どこだったかなぁ…」と考え込んだ。


「ま、誰でも良いじゃないですか。思い出せないって事は、たいした事じゃないんですよ」


フェネルがスプーンを口に入れる。

一理あると思った私は、それには「まあな…」と一言を返した。


「それはそうと、お前ホントにエリスに寄生して生きて行くのか?」


その質問には動きを止めて、顔を向けずに「カモシレナイネ…」と言う。


「という事はまだ決めては居ないのか…良い機会だからお前の為に、私が2人に質問してやる。どういった答えが返ってくるか、食事をしながらでも良いから良く聞いて居ろ」


フェネルに言って、ルニスとレーナに、フェネルがやろうとしている事を話す。

勿論、誰がやろうとしているかは、現時点では伏せてある。


そして、その上でそういう事を自分がされたらどう感じるか。

それをレーナとルニスに聞いてみた。


「多分ボクなら殺しますね。で、首から下を埋めて、そいつのパンツを頭に被せます」


これはルニスで、聞いたフェネルは、ルニスを見ながら「ヒイッ…」と鳴いた。


「わたしは流石に殺さないですけど、一生口はきかないと思います。半径5m以内に近付いてきたらその度に小さくため息を吐きます。視界の中に入っても、居ないものとして扱いますね」


こちらはレーナで、フェネルは「ひいいいいい…」と、頬を両手で押さえていた。


「と、いう事だ。これが普通の反応だ。私はお前がウザイ時はあるが、基本的には嫌いでは無い。少しずつでも真っ当になるなら、ウチで雇う事も考えてやる。勉強をして、努力しろ。私が言いたいのはそれだけだ」


私が言うと、フェネルは「先生!」と、食事を止めて横から飛びついた。


「ウザイと思ってたんすか!?」


と、直後にはキレたので、「あ、ああ…」とそれには素直に答える。


「でもまぁ、オネエサマ方の考えが分かったので、流石にあれはやめておきますヨ…なんだかんだで先生のウチは居心地良いし、勉強と努力もがんばりまー…」


だが、フェネルはそう言って、この場は大人しく引いたようだ。

ウチで雇う、という言葉が、こいつなりに嬉しい事だったのだろう。


「(まぁ、デートは台無しになったが、こいつの人生の為にはなったかな…そう考えて、今度に賭けよう)」


私は微笑み、食事を続け、割り切った気持ちでその後を楽しんだ。




食事の後には買い物に行き、私達はそこでフェネルと別れた。

別れ際の言葉が「さーせんでした!!」だったので、どこに対してかは分からなかったが、私は「ああ」とそれに返した。


買い物を終えて我が家に戻り、20時頃に夕食を摂る。


少々遅めの夕食だったが、昼食の時間が時間だった為に、それは仕方が無い事と言えた。


食事を終えた私は歩き、紅茶を持って屋上に向かう。


「ああ、流石に寒いな…」


と、少し震えて、出て来たばかりの扉を閉めた。


「(その分、夜空は綺麗だな…)」


歩きながら空を見る。

宛ら深い海の中で、宝石の輝きを見ているようだ。


そして、そのまま縁まで歩き、鉄柵に持たれて目前の風景を見た。


「結局、告白は出来なかったな…まぁ、焦ってするモノでも無し、次の機会を待つとするか…」


言った後に紅茶をすする。


「ふぅ」と小さく息を吐くと、白い煙が眼前に上がった。


「なぜ、ずっと居てくれるのか。これだけはせめて聞きたかったが…」


エリスにそれを言われて以来、私はそれだけは気になっていた。


ルニスは医者になる為に。

フェネルはまぁ、深い意味で、自分の為に居るのであろう。


だが、レーナが居てくれる理由は、私は皆目見当がつかない。


いや、正直に言うと一つあるが、それは男の思い込みの可能性があり、それだけにはっきりしたかったのである。


「はっきりしてから告白をするなんて、フェネルの事は責められない卑怯さだな…」


一人で笑い、紅茶をすする。

その時に背後の扉が開いて、「あ、ここでしたか」と言う声が聞こえた。


見ると、レーナが現れて居た。

寒いのに赤のドレス一枚だ。


「寒いですねー…」と言いながら近付いてきたので、「風邪もひきかねんよ」と微笑んで答えた。

何か、着るモノを貸して上げたいが、生憎私も上着一枚だ。


正確には下にシャツを着ているが、そこまでして上着を貸すのもアホだ。


「(戻って取って来るか…?)」


と、思ったが、レーナが隣で柵にもたれたので、「大丈夫か?」と代わりに体を気遣った。

レーナはそれには「はい」と言い、「楽しかったです。今日は」と言葉を続ける。


「それは良かった。私もそうだな。色々あったが楽しかった」


答えると、レーナは「ですね」と笑い、髪をかきあげながら夜空を見上げた。


「綺麗ですねー」


それには「ああ」とすぐに答える。

私の視線は空でなく、空を見上げるレーナの横顔だ。


「レーナは…」


と、つい、口走ってしまい、タイミングをミスったか、とそれを飲み込む。


「え?わたしが何か?どうかしたんですか?」


が、レーナはそれを聞きとり、続きを気にして質問してきた。


「(ままよ…!いつかは聞く事だ!)」


覚悟を決めてレーナの目を見る。


「レーナは、その…なぜいつまでも私の傍に居てくれるんだ…?最近エリスに考えろと言われて、だが、どうしても答えが分からない。もし良かったらその理由を教えてくれるとありがたいんだが…」


どきどきしながらそう言うと、レーナは「あー…」と、微妙な顔をした。


「エリスちゃん言っちゃったんだ…」


どうやらそれはエリスに対してで、私に対してのものではないらしい。


「えーと…どこまで話されました…?」


直後に聞かれたそれに対しては、


「いや、家事とライブの両立がきつそうだから、少しは手伝ってやれだとか…それ以上は特に言われていないが…」


と、本当の所を話して教える。

聞いたレーナは「そうですか…」と言い、顔を俯けて考え込んだ。


「わたしは…」


10秒程が経っただろうか、レーナはようやく口を開いた。


「答えを待ってるんです。先生からの答えをずっと。もしかして、もう忘れちゃいました?」


そして、微笑んで聞いてくる。

正直な所は見当がつかないが、「あ、ああ…」と返して時間を稼ぐ。


「あのー…アレ…だな。アレ…多分アレだと分かってはいるんだ。うん」


思い出せずに悪あがきをするが、レーナは「ひどーい…」と察して一言。


「フェネル君とシェリルちゃん。あの、妖精の女の子ですね。あの時、わたし言いましたよね…あれ、もし、忘れられてたら、ほんの少し寂しいです…」


続けて言った言葉を頼りに、私は過去を思い出す。

確かあの時はレーナを相手に、フェネルに告白の仕方を教えた。


それは練習であったはずだが、レーナは何かを返したのである。

その時の私は相当戸惑い、同時に不思議にも感じていたはずだ。


だが、時の流れとは恐ろしいモノで、レーナには寂しく思われてしまうかもしれないが、私は完全に忘れていた。


「……わたしも、先生の事が好きでした。小さい頃から、ずっと、ずっと」

「なっ…」


突然の事に私が驚く。

レーナは直後に「あはっ」と笑い、「って言ったんです。あの時」と続けてて、体を医院の正面に向けた。


「それの…答えを…ずっと…?」


聞いてみるが、レーナは答えない。

照れ臭そうに微笑んで、ずっと正面の景色を見ていた。


「ううん!」


私は大きく咳をつき、残っていた紅茶を一気に飲んだ。


ここまで来て何も言えないのなら、私達はおそらく一生このままだ。

覚悟を決めろ、言うんだイアン。

と、私は自分に激励を送った。


レーナはそれを不思議そうに見ており、「あの…」と何かを言いかけた。

だが、私は右手で制し、「答えは…」と、一先ず何とか言った。


レーナが体をこちらに向けて、目を大きくして息を飲む。

私はもう一度咳をした後に、


「私も好きだ。レーナの事が…」


と、その目を見ながら告げたのである。


聞いたレーナはそのままで無言。


「これからも…その、ずっと居て欲しい…」


勢いで続けると「こくり」と頷き、大きな瞳を瞼で覆った。


キスはまぁ、雰囲気次第かの?

キスはまぁ、雰囲気次第かの?


と言う、フォックスの声が脳裏に木霊する。


「(雰囲気としては、アリなはずだ…!)」


そう思った私は顔を近づけ、


レーナと初めての口づけをした。


時間にするならほんの一瞬。


だが、幸せでおかしくなりそうだった。


「や、やっぱりその…照れますね…」

「ああ…」


レーナが言って、私が返す。


レーナの顔がまともには見られない。


それはレーナも同じなのか、右に向いて何かを見ていた。


「さ、寒いからそろそろ中に戻ろうか?」


その言葉にはレーナは「はい」と言い、歩き出した私にその身を寄せた。

私はレーナのその肩を持ち、ゆっくりと中へと続く扉に向かった。




いつもの日々は明日からも続く。

だが、それはこれまでとは少し違ったものになると思う。

そう言う意味でこの日記は、ここでひとまず終わりとしたい。


君との付き合いも長かったな。

今まで本当にありがとう。

これでお別れだが、また会う時まで、どうか元気で居て欲しい。


それではまた。


いつかどこかで。


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