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虚構の王


ラーシャスをア連に紹介した私は、その足で首都であるイルムライドに向かった。

同行するのはア連のリーダーと、彼女と行動を共にしている水色の髪の女性である。

私は2人の名前を知っており、マスクをしているが正体も知っている。


だが、「初めまして」と2人が言ってきたので、敢えて知らないフリをしていた。


馬車の中でも誰もしゃべらず、気まずい空気で4時間程を過ごす。


やがて、首都についた後に、彼女らを伴って王城を訪ねた。


王女であるティーエは面会をしてくれ、理由を聞いた後には取り次ぎもしてくれた。


結果として、訪ねて1時間程で、ア連のリーダーは国王と対面した。


「では、私はこの辺りで。頑張って下さい。応援してますよ」


ここからの事は彼女達次第なので、そう言った後に2人を見送る。


「力を貸してくれてありがとう……あなたの協力には励みを感じます」


そんな事をリーダーに言われて、少しだけ胸の高鳴りを覚えた。


「それではまた」


2人が兵士に先導されて玉座の間の中へと消える。

残された私はその場に立ち尽くし、会談が成功に終わる事を祈った。


通路を歩いて戻り出すと、目の前に一匹の三毛猫が現れた。

人目を憚らずに手招きをするので、仕方が無しに後ろについて行く。

そして、中庭の一画で止まった後に「すまないニャァ」と言ってくるのだ。


「正体がバレたからか強気だな…誰に聞かれないとも限らない場所だが…」


そう言いながら上から見下ろす。

すると、三毛猫…ウルはその場に尻をついて座り込んだ。


「まぁ、割とそういう所はあるニャァ。だけどむしろ「あいつはスパイだ。王女に全てを伝えているぞ」と、警戒されてるから近寄られる心配は無いニャァ」


一体どうしてそうなったのか、完全に厄介扱いをされている。


ウルが来るだけで「ぴたり」と黙る騎士達を想像して少し笑い、「なら大丈夫か」と一応返す。


「王女様のパンツを盗んだ騎士が居て、自分の部屋でハァハァやってたニャァ。それをワガハイがチクッたばかりに、ここでは完全にスパイ扱いニャよ」

「それは普通に騎士が悪いな…」


王女の事が余程好きだったのか、それにしても勇気のある奴だ。


「それはそれとしてお話があるニャァ」


話題を切り替えてそう言ってきたので、腰に手を当てて「何だ?」と返した。


「何だかエライ事にニャってきてるけど、ワガハイそろそろ帰らニャいと行けないニャ。でも、王女様には世話にニャってるから見捨てる事も出来そうにニャくて、だからユーにはこっちの状況を伝える為の証人になって欲しいのニャァ」

「ああ…?」


答えはしたが承知では無く、「どういう事だ?」という意味の「ああ…?」である。

ウルもそれが分かったのだろう、「つまり」と言ってから話を噛み砕く。


「ワガハイの父上を説得して欲しいニャァ。人間界はこういう事にニャっているから、息子さんの滞在期間を延長して欲しいってニャ?」


それには納得して「ああ…」と言い、「私でなければ駄目なのか?」と、承知前提の質問をしてみた。


「あ、いや、誰でも良いんだけど、ヒマそうなのがユーしかおらんニャ」


その言葉には顔を顰める。


そういう時は嘘でも良いから、私でなければ駄目だと言うべきだ。


「まぁ…構わんが…もしかして遠いのか?」


それでも我慢してそう言うと、ウルは「うんニャ」と首を振った。


「具体的には三丁目の曲がり角の先がワガハイの故郷ニャ」

「近いな!?」


それにはむしろ逆に驚き、遠くに居るメイドから変な目で見られた。


「というか、割と俗な場所だが、軒下とかゴミ箱の上に住んでいるのか…?」

「失礼な事をユーでニャイよ!知らなければ行けニャいだけで、そこにはちゃんと王国があるニャ!ま、そうと決まれば早速行くニャ。その目で見るのが一番ニャしね」


私が聞いてウルが言う。

その後には「ひょこひょこ」と歩き出したので、その背を追って私も歩いた。

一応、四足で歩いているが、騎士達や兵士は彼を避けている。


つまり、ケットシーだと知っている訳なのだが、ウルはそこだけは徹底していた。


城門を抜けて街へと繰り出し、三丁目の角とやらを目指して進む。


「この先ニャ。ユーはもう知っちゃったから、普通に入れると思うニャよ」


そして、一見ふつーーーー、の曲がり角で、その先を指さしてウルが言うのだ。


右手は商店、左手は民家だろうか。


その間にある当たり前の路地で、見えているのは行き止まりと、箱に詰められたゴミだけだった。


「それではお先に失礼するニャよ」


言ったウルがそこに行き、そのすぐ後に姿を消した。


「本当なのか…!」


と、驚いた後に、右足を動かして路地へと踏み入る。

周囲の背景は直後に変わり、私は彼らの世界に立っていた。




そこは林に挟まれた街道。

目前の彼方には街並みが見える。

空は青く、千切れ雲が漂い、夏だというのに涼しい位だ。


「イラッシャーセ!だニャ!」


と、目前からウルに声をかけられ、私はようやく我に返った。


「うん…?」


だが、どうにもウルがデカイ。

というか、私が小さくなっている。

どういう事かと焦っていると、


「あぁ、ここでは皆そうなっちゃうニャァ。我々なりの防衛手段だニャ」


と、ウルが見抜いて説明をしてくれた。


「そ、そうなのか…」


その説明には納得し、一方で「(恐ろしい防衛手段だな…)」と、ケットシーの防衛力の高さに恐怖する。


例えば巨人が迷い込んでも同じ大きさにされる訳で、大きさを生かした強さというものは、ここではまるで無力という訳だ。


どういう原理か全く不明だが、応用出来れば戦力になる。

だが、これは私なぞが考えても仕方が無い事であり、そこに触れるのはパワーバランスの崩壊に繋がる事かもしれない。

ウルが進んで教えるなら兎も角、「こういうものがありましたぜ!」と、私が告げ口して良い物でもないだろう。


「どうかしたかニャ?」


考えているとウルが言ったので、それには「いや」と首を振っておく。


「うんこならその辺にしてくれニャ」


と、続けて言ったその言葉には、ストレートに「違う」と否定しておいた。


その辺りの事は流石に猫か、臭うと言えばなんだか臭う。

全員がそういう感覚で居るなら、これは当然の事だと言える。


「それなら良いニャ。王宮に向かうニャよ」


ウルが言って歩き出す。


「お、おい、そのままの格好で良いのか?というか、四本足の必要性はあるのか?」


慌てて聞くとウルは驚き、「忘れてたニャ!」と、本来の姿に戻る。

その上で二足歩行になったが、「歩き辛くなってるニャ……」と、原始への目覚めに驚愕していた。


それでもどうにか歩いている内に、少しずつ感覚を取り戻して行き、街の入口に着いた頃には普通の歩き方に見えるようになっていた。


彼らの街並みは人間的だが、住んでいる人々?はケットシーだった。

二足歩行で堂々と歩き、人間と変わらない生活をしている。


「あっ!ウル殿下!お帰りなさい!」

「ウル殿下!お元気なようで何よりです!」


こちらに気付いた彼らが言って、それに向かってウルが手を振る。


「殿下とは?」


と、疑問して聞くと、「ワガハイの事ニャよ?」とウルは言った。


「王族なのか!?」


驚いて聞くと「まぁニャ」と返す。

だったら言えよ、と言いたい所だが、フリが無いのに言うはずもない。

いきなり「実は王子だニャ!」と言われても、正直「なんだこいつ…」と思うだけだ。


なので私も「そうか…」と納得し、そこへの追及は止しておいた。


「という事は父上は国王様か?その説得を私に頼んだと?」

「飲み込みが早くて助かるニャ。頑固なケットシーだから頑張ってニャ」


聞くと、ウルはそう言った。


「(他人事だな…)」


と、少し呆れるが、実際問題、人任せである。

多少の口添えはしてくれるのだろうが、当てにしない方向で考えていた方が良さそうだ。


街に入って5分程が経ち、やがて王城が見えて来る。


「これは殿下!お帰りなさいませ!」


と、門番のケットシーが私達を出迎え、「こっちは客人だニャ」とウルが言った。


「承知しました!今、門を開けます!」


返事をした後に門番が手を振る。

頭上のケットシーが「開門!」と言い、鉄城門が開かれて行く。


「さ、行くニャよ」


と言うウルに従い、王宮に入って玉座の間を目指した。




ウルの父親は黒猫だった。


いや、猫というのは失礼だろうから、黒毛であったというべきだろう。

体の大きさはウルと比べて1、5倍程はあり、頭に魚型の王冠を頂いた、貫録溢れるケットシーであった。


今、彼は玉座に座しており、頬杖をついて説明を聞いて居る。

時折「ほう」とか「ふむ」とか唸り、その度に私を恐縮させたが、何とか説明をし終わった後には、「なるほどな…」と言って、両手を組んだ。


人間年齢なら50前後か、兎にも角にも威厳のあるケットシーで、動きがいちいち様になるので、私はかなり委縮していた。


息子のウルもそうなのか、私の隣で小さくなっており、「ど、どうかニャァ…?」と言う卑屈な眼差しで父親の意向を探った。


「どうもこうもありはせん。お前がそうしたいならそうするが良い」


正直肩透かしな返答である。

もっとごねられるかと思っていただけに、私は少し頭を突き出した。


「(何だ…物分かりの良い人じゃないか…一体何を恐れていたのやら…)」


しかし、直後に頭を戻し、ウルを見ながらそう思う。


「だが」


言葉が続けられ、そちらに向かう。


「それは一人前のケットシーの事であればだ。お前はまだ半人前だ。そうしたいのなら力を示せ」


その言葉を聞いてウルを見ると、衝撃の為に顔を細長くしていた。


「明日の昼に成猫式せいびょうしきを行う。まずはそれを突破して見せろ」

「おぉー成猫式を…」

「成猫式ですと…!」


国王の言葉に反応し、周りの兵士や大臣が騒ぐ。

ウルは顔を細長くしたままで、小刻みに「ぷるぷる」と震え続けていた。


どういうものなんだ、と、聞く訳には行かず、私はその様を疑問して見ていた。




玉座の間を退出した後に、私達は王宮の兵舎に向かった。

後方には弓の練習場があり、前方には広場と藁人形が見える。


通路はそれらを割る形で、左右に向かって伸びており、弓の練習場を右にして歩いて来た私達は、左の広場の中へと踏み入った。


「で、成猫式とはどういうものなんだ?」


辺りに誰も居ない事を見て、ベンチに座ったウルに聞く。

右手を腰に当てて答えを待つと、ウルは「厄介な物ニャ…」とまずは言った。


頭を抱えて下を向き、悲壮感を漂わせて言葉を続ける。


「目の前で振られる猫じゃらしに、何秒耐えられるかを確かめる式ニャ…!」

「どこが!?」


流石にそれは声に出た。

どこが一体厄介なのか、全くもって分からないからだ。


「人間のユーには分かニャいだろうけど、ワガハイ達にはキツイ式ニャ!頭では食いついてはいかんと思っても、体がそれに逆らうんニャよ!これはサガニャ!アンリミテッドなサガニャ!」


良く分からんが「ああ…」と言う。


「それにもし、耐えられなければ?」


と、疑問に思った事を聞くと、ウルは「死、あるのみニャ!」と、予想だにしていない事を言った。


「そもそもこれは王族だけの試練ニャ…国民の手前、示しもあるニャ。だから軟弱なケットシーは不要とされて処刑されるニャ…ちなみにワガハイの父上は堂々の2分を記録しているニャ。合格基準は30秒とされているから、これは凄まじい大記録ニャよ…」


最終的には食いついたらしいが、その図は少し想像できない。


「だがまぁ、30秒ならなんとかなるだろう…?他の事を考えておくとか、顔は向けてもそこは見ないとか?」


代わりに意見を提案すると、ウルは「無理だニャ…」と力なく言った。


「例えば目の前にキレイな人が居て、風が吹いてスカートがめくれたとするニャ。そこで時間が止まったとして、ユーは30秒間見ない事が出来るかニャ?」

「出来ないな…」


即答だったし気持ちが分かった。

なるほどそういう理屈かと理解する。

二分間も見ないで居られるウルの父親の凄さも分かる。


「だからつまりそういう事ニャ…ワガハイの猫生びょうせいは明日の昼までニャ…」


あまりにも俯きすぎて、ウルはベンチから落ちそうになっている。


「殿下!明日の成猫式頑張って下さーい!」


通り様に誰かが言ったが、ウルはそれにも顔を上げない。


「時間はまだある…練習しよう!」


気の毒に思った私が言うと、ウルが「ぴくり」と体を動した。


「耐性をつけるんだ!少しでも!」


その言葉でようやく顔を上げ、「ユーはゴッドかニャ!」と、輝く目を見せた。


「うまく行ったら王女様のパンツを3~4枚はパクってきてやるニャ!」

「いや、それは良いです…」


そのご褒美は普通に断り、私とウルは練習をする為に、ねこじゃらしを調達してウルの部屋に向かった。


「ニャウウウ!」


最初の頃は即効だったが、一時間も経つと3秒程になった。


「…………ニャアウウ!!」


2時間後には5秒程になり、


「ニャウウアアア!!」


3時間後には即効に戻る。


「なんで戻った!?」


と、質問すると、「興奮が頂点に達しました」と、なぜかの敬語で言われた為に、私は反応に困ってしまう。


「こうニャると1時間は見たくもなくなるニャ。でも一時間が経った頃には、またムラムラと湧き上がってくるニャよ」


意味は不明だが一応休み、1時間後に練習を再開する。


「…ニャウウウ!!」


「…ニャアアウウウウ!!」


結局の所5秒の壁はいつになっても突破できず、24時が回った頃には私も「無理だな…」と、練習を諦めた。


「そ、そんな、ワガハイの命がかかっているのに…!」

「だったらまずは漫画を置こうか…」


ベッドの上のウルに言い、「す、すまないニャ…」とウルが謝る。

しかしながらどう足掻いても、ここから30秒の突破は無理で、悩んだ挙句私達は小細工に走る事を思いつくのだ。


「こんなのバレたら即死刑ニャよ…」

「どの道死刑ならやってみるしかないだろう…」


秘策を胸に私達は眠り、翌日の昼からの成猫式に備えた。




翌日の昼、12時前に成猫式は執り行われた。

場所は街の広場の一画で、そこにはステージが作られていた。

国民達がそれを囲み、ステージの上には国王が待って居る。


国王の近くには拘束椅子があり、その横には司祭のような者が居た。

その手には猫じゃらしが持たれている辺り、彼がそれを振るのであろう。


「国民達よ!時は来た!今こそ我が息子の運命の時!王となる器か、否であるか、そなた達の目でしかと見届けるが良い!」


立ち上がって国王が言う。

ステージ横で私は息を飲み、隣に立っているウルを見た。

その目は硬く閉じられているが、外見的には目は開いている。


つまり、私達は瞼に目を書いて、それで難問を乗り切ろうとしたのだ。

一応、色も塗ったので、配色的には違和感は無い。


だが、どうにも不気味ではあるので、そこには違和感があるかもしれなかった。


「ウル殿下のおなぁあぁりぃぃいーーーー!!」


兵士が声を上げ、拍手が巻き起こる。


「いよいよだな…」


と、私が言うと、ウルはおずおずと歩き出した。


「イテッ!?」


が、目前の階段で転び、私が慌ててそれを助ける。


「お、おい…」


なんとか階段は上り切ったが、今度は腕を前に突き出して、あらぬ方向へと進み出した。


「流石は殿下、余裕のパフォーマンスだ!」

「これは2分越えも期待できるぞ!」


誰かが言って、それが広がる。

いいえ、5秒ももちません。

なんて事は言えないので、ウルを捕まえて椅子に向かわせた。


「おお、良い目をしておられる…悟りきったような表情ですな」

「ま、まぁニャ…」


司祭が言ってウルが言う。

大丈夫かこの司祭?と、思ったが、首を捻っただけに留めた。


「殿下、それではお座り下さい」


兵士の一人が近寄ってきて、椅子の上へとウルを座らせる。

そして、その上で拘束器具をウルの手足にハメて行った。


「分かっていると思うが基準は30秒だ。それを切ればいくらお前とて、死の刑からは逃れられん。親不孝はしてくれるなよ」

「が、合点承知ニャ…」

「それでは成猫式の開始です!!」


国王の言葉にウルが答えて、ついに式が開始される。

司祭はすぐにも正面に立ち、ウルの目の前で猫じゃらしを振った。


最初は縦運動、これは10秒程。


「おおぉー!」


と言う驚きの声が上がり、その動きに左右が加えられた。


「ハァハァ…流石は殿下…眉ひとつ動かしませんか…」


司祭の顔が紅潮している。

どうやら息も荒いようだ。


多分、彼自身も興奮しており、なんとかそれに耐えているのだろう。

そんな中で20秒が過ぎ、基準とされた30秒が過ぎる。


「も、もう駄目だ!代わってくれ!」


と、司祭が兵士の一人と代わり、顔を押さえて走り去る。

兵士はそれを受け取って、顔を背けて振る作業を続けた。


1分が経ち、1分半が過ぎた頃には、国民達は揃って騒然。


国王も椅子から立ち上がり、息子の偉業に目を見張っていた。


「2分経過です!」

「おぉぉ!!!」


兵士が言って国民達が驚く。

一体どこまで行くのかと、騒ぎは割れんばかりであった。


「み、見ろ!殿下が眠っていらっしゃる!!」

「あんな中で眠れるなんて、殿下はまさにケットシーの王よ!」


誰かの言葉で気付いてみると、ウルの鼻から花提灯が出ていた。

よくよく見ると涎も垂れており、眠った事は誰の目にも明らかだ。


「うむ…我が息子ながら恐ろしい奴…!文句なしの合格だ!」


国王の言葉に拍手が巻き起こり、万歳三唱もどこかで起こった。


ウルはそんな中で眠り続け、歴代の王達最高の47分を叩き出すのである。


それはイコール寝た時間だが、彼らの王国に最高の王と、記録が生まれた瞬間でもあった。




成猫式は成功に終わり、ウルは父親から合格を貰った。


だが、「まずは」と言ったように、それだけでは事は終わりを見せず、試練は次の段階へと移り、私とウルを愕然とさせた。


「次は東にあるヌココ湖に行き、ゴールデンサーモンを捕まえて来い。期限は2日。それまでに果たせればお前を一人前のケットシーと認めよう。果たせぬ場合はこの話は無しだ。大人しく国に帰って来て貰うぞ?」

「わ、わかったニャ…この人をヘルプとして連れて行ってもいいかニャ?」


国王が言って、ウルが聞き、その質問には「ああ」と返る。


「ついて来てくれるかニャ?」


と、ウルに聞かれたので、「別に構わんよ…」と、私が言った。


「奴を釣り上げる方法については、執事のハンスの助言を頼れ。勿論、それが不要であれば、自分の力だけで臨むと良かろう」


国王の最後の言葉を聞いて、私とウルは玉座の間を去る。

それから執事のハンスを訪ね、釣り上げる方法を教えて貰った。


「何、実に簡単な事です。ボートの上から尻尾を垂らすだけ。ですが、ヌココ湖には尻尾食いとも呼ばれるアグドギオスも居るのでお気を付け下さい」


温和な顔でハンスが言って、一方のウルの表情が青ざめる。


「見分けはつかないのですか?」


私の質問にはハンスは「殆ど」と言い、ウルは「ヒィィ…」という悲鳴を上げた。


「噛みつかれた直後に持って行かれたら、これはアグドギオスという事です。逆に、噛みつかれても尻尾があれば、それはゴールデンサーモンという事ですな」


それはまさに生か死か。

気付いた時にはもう遅いと言う、助言にならない助言と言えた。


「要するに運という事だニャァ…クソ高い理由が分かった気がするニャ…」


命がけの作業であれば、確かにあの値も納得である。

そんなものを料理して、挙句に殆どを捨てたというのは、今にして思えば罰当たりだったかもしれない。


「頑張って下さい。殿下ならば出来ますよ」


ハンスはそう言って去って行った。

私達はその後に猫車(自分の足で扱ぐような車)を借り、東にあるというヌココ湖に向かった。


時間にして2時間程で着いたので、置いてあったボートで釣りを開始する。


ヌココ湖の大きさは半径3キロ程。

上流と下流に川が流れる、中心の方が緑色の、少し恐怖を感じる湖だ。


「オオゥ…」


湖の中に尻尾をつけて、ウルが奇妙な声を出す。

溜まっていた尿意が解放された時のような、気持ちは分かる声である。


「ユーもどうせなら何か釣るニャ?夕飯の事も考えなきゃならんニャ」

「ああ、そう言えばそうか…というか、2日も滞在する羽目になるとはな…」


言われた為に竿を持ち、疑似餌をつけて遠くに放る。

誰のモノかは不明であるが、この際はありがたく使わせて貰おう。


「退屈だニャァ…尻取りでもするニャ」


30分程が経った頃、ウルが不意に言ってきた。


「リアルに尻を取られるかもしれんのに、随分と余裕があるんだな…」


言うと、「だからこそニャ!」とウルは返す。


「恐怖と緊張に打ち勝つ為には、穏やかな時間が必要なのだニャ!」


続けてそうも言ったので、仕方が無しに私は付き合った。


「「ん」がついた方の負けニャ?ワガハイから行くニャよ?」

「ああ」


湖面を見つつ適当に言う。


「じゃあ一発目。営業スマイル」


その選択が謎であるが、それには「ルール」と言って返す。


「むむ…そのままとはやりますニャァ……る、る…ルンバでサンバ」


結局「バ」だがそこには突っ込まない。


「バール」


と言うと、「またルかニャ!?」と、ウルは少々不満げだった。


「る、る、る…ルーチンワーク!」


それには「クロスワードパズル」と返す。


「ルばっかりニャんだけど!?いい加減にするニャ!?嫌がらせをして楽しいかニャ!?」


別に違反はしていないはずだが、ウルは相当のお冠だ。


「まぁ、落ち着け。騒いでいると釣れるものも釣れないぞ」


そう言ってやると一応落ち着く。


「ルーレット…」


と何とか言ってきたので「トラブル」と返すと「もうヤメニャ…」と言った。


結局この日は何も釣れず、私達は空腹で夜を迎えた。

猫車の中で体を丸め、窓を閉めて夜を明かす。


そして、朝がやってきた後に、私達は再び釣りを開始した。


「やっぱりもっと深い所に居るのかニャァ…?あの辺とかジッサイ怖いんだけどニャァ…」


湖の中心の緑を見つつ、ウルが私に質問してくる。

私も不気味には思っていたので、出来ればそこには近付きたく無かった。


だが、大物が居るかと聞かれれば、「居るかもしれない」とは言える場所で、それ故にすぐには言葉を返せず、私は「うーん…」という唸り声だけを上げた。


「…もう少しこの辺りで粘ってみよう。何よりまずは腹ごしらえだ」


結果としてはそう言って、ウルから「そうだニャ」と同意をしてもらう。

数十分後には魚が釣れて、それを二人で焼いて食べた。


「ゲロマズだニャ…」

「ゴムを噛んでいるような感触だな…」


謎の魚の感想である。

空腹だから我慢して食べたが、二人の胸糞は最悪だ。

今度釣ったら捨てると誓い、三度みたびボートに乗り込んで行く。


「もう駄目ニャ、勝負に出るニャ!」


午前中が過ぎ、2時間程が経った頃、ついにしびれを切らしたウルは、湖の中心に行く事を決めた。


直後に集まる水中の影。

ゆらり、ゆらりと尻尾に集まり、近くを不気味に回遊し始める。


「(ヒィィィィィ!!何か居るニャ!かすめて居るニャア!!)」


全身の毛を逆立てて、声を殺してウルが言う。

私にはもはや「頑張れ!」としか応援できない状況である。


「(チョンチョンしてる!チョンチョンしてるニャァア!!!?)」


ウルはもう白目であった。

失禁しないだけ立派と言って良い。


自分の竿を置き、ウルに近付く。

いざとなればウル諸共にかかった魚を釣り上げる為だ。


「ン!?」


ウルの体が「ビクリ!」と動く。

直後には動きが止まった為に、「まさか…」と思ってその顔を見た。


「……」


何も言わず、ただ泣いている。


湖面を見ると赤い血が「じわりじわり」と広がっていた。


まさに悲劇。そして惨劇。


引き上げられたウルの尻尾は三分の一程が持って行かれており、痛ましい傷を治療する為に、ボートを一旦岸へと上げた。


「もうやめるか…?」

「やめニャいニャア…負けられないニャア!!」


治療の後にそう聞くと、ウルは不屈の魂を見せた。

本人がその気なら付き合うしか無く、私は四度ボートに乗った。


「さっきので大体見分けがついたニャ!チョンチョンする奴は危ないニャ!アレは多分アグ…なんとかって奴ニャ!それさえ分かればもう楽勝ニャ!」


そんな事を言うので「そうか…」と返し、私はウルの勝負を見守る。

最悪、今日も野宿かもしれないので、食料の確保を同時に行う。


「コレニャ!これは危険なサインだニャ!」


一人で言って尻尾を上げる。

言葉の通り尻尾は無事だが、当然、魚は釣れて居なかった。

そんな事を繰り返し、三時間程が経っただろうか。


「キタニャア!!」


と言うのでウルを見ると、


「今までとは違う!違う感覚ニャ!こいつは間違いなくゴールデンサーモンニャ!」


と、一人でどんどん興奮して行った。


「て、手伝うか…?」


その言葉には「大丈夫ニャ!」と返される。

その為、その場に腰を下ろすと、私の竿にも何かがかかった。

夕食の事を考えて持ち、ウルを見ながら竿を引く。


「おりゃあああああああ!尻尾の仇!取ったりだニャア!!」


そして、ウルが引き上げた頃、私も同時に魚を引き上げた。


ウルの獲物はゴム味のアレ。


私の獲物はゴールデンサーモンだ。


「……」

「……」


しばしの沈黙が続いた後に、ウルはゴム味のアレを投げ捨てた。




ゴールデンサーモンを持ち帰った事により、ウルは一人前のケットシーと認められた。

尻尾の傷は名誉の負傷として、王国の歴史に刻まれる事になり、国民達からは最高の王として、見送られるという結果になった。


「(猫じゃらしが詐欺ならゴールデンサーモンも嘘か…ある意味、例に無い王だとは思うが…)」


人間界へ向かうパレードの中、前方のウルを見ながら思う。

全てを嘘で塗り固めた王は、引きつった笑いで手を振っており、メスケットシーから「かっこいいいーーーん!」と言われて、「あ、そうですか…」とテンションを落とした。


「王様ぁ!僕にもゴールデンサーモンが釣れるかなぁ!!?」


それは道端に立つ子供の質問で、ウルはそれには「えーと…」と言って、


「それは後ろの人に聞いて下さい…」


と、答えを私にブン投げる。


「(下手をしたらバレるぞ!?)」


と、私は焦るが、聞いた子供は疑問顔。


「まぁいいや!王様元気でねー!」


言葉を変えてウルに言い、「はぁ~い…」と力無く答えられていた。


「ユーにはまたまたお世話にニャったし、またアレを送らせて貰うニャァ」


人間界に着いた時、猫へと変わったウルが言った。


「いや、アレはもう結構だ…実際問題使い道が無いしな…」


そう答えると「ですよね」と言う。


「ていうか普通に釣れるなら、普通に釣れると言って欲しかったニャァ…」


その言葉には「ああ…」と言い、私達はそのままその場で別れた。


尻尾はMUDAJINI♡

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