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壊されて行く橋


6月の半ばに差し掛かった頃に、ようやく仕事を再開する事が出来た。

薬と設備が届いた事で、どうにか態勢が整ったのだ。


と言っても一度離れた患者は、そう簡単には帰って来ない。

再開した事を知らない患者も、まだ多く存在するだろう。


その日の私は自室に篭り、支援してくれた患者達に、お礼と再開の手紙を書いていた。


「先生、ちょっと良いですか?」


部屋のドアがノックされ、レーナの声が聞こえて来たのは、丁度そんな時の事だった。


「ああ、どうぞ」


ペンを置いて椅子ごと振り向く。

聞いたレーナがドアを開けて、「失礼します」と顔を見せる。


「あの、フェネル君が来てるんですが、学校の先生と一緒なんです。何か進路の相談だとかで、先生とお話がしたいらしいんですが」


レーナは少々困惑していた。

聞いた私も困惑である。

それは親の仕事じゃないか?と、レーナに言いかけて思い留まる。


「ああ…分かった。じゃあ応接間に通して貰えるかな?」

「分かりました」


代わりに言うと、レーナはそう言い、ドアを閉めて歩いて行った。


「やれやれ…一体何事だかな」


体を戻して手紙をまとめ、一ヶ所に置いて席を立つ。

それから自室のドアを開け、応接間へと足を向けた。




フェネルの担任は男性だった。


年齢は50代の中盤だろうか、チャックが全開の困った人物だ。


現在は応接間のソファーに座り、眼鏡をつりあげてそこら中を見ており、隣に座るフェネルはどこか、肩身が狭そうに身を小さくしていた。


「ふむ…なかなか良いお住まいですね」

「はぁ…どうも…」


男が言って私が返す。

その時には視線を戻してきたので、私は一応頭を下げた。


「あー失礼、私、アンブレー君の担任のアートン・ボーリスと申します。今日はアンブレー君の進路について聞きたい事があってお訪ねしました」


それを見た男、アートンが言い、言った後に頭を下げる。

訪ねて来た理由は知っていたので、私は「なるほど」とだけ言葉を返した。


「それで、早速の質問なんですが、中学卒業後にアンブレー君は、ここに就職する事になっているとか。それはまず本当の事ですか?」

「は…?」


アートンが言い、私が疑問する。


すぐにもフェネルを「じろり」と見ると、アートンからは見えない位置で両手を合わせて懇願してきた。

理由は不明だが、そういう事にして欲しいらしい。


「はぁ…まぁ…そうなんでしょう」


やむを得ないのでそう答えて置く。

そうです、とは言っていないから、おそらく嘘にはならないだろう。


「なるほどなるほど…では就職の際にこの医院をお譲りになると言うのは?」


こいつどんだけ嘘ついとんじゃ!?


そこには流石に目を大きくし、即座に「そうです」とは言えない私だ。

フェネルは尚も両手を合わせ、それを上下させて懇願している。


「そういう事に…なっているんでしょう…」


仕方が無いので何とか言うと、「本当ですか…」とアートンは驚いた。

それは私も言いたい言葉だが、大きな貸しとして無言を貫く。


「まだお若く見えるのに、インポテンツで引退とは…いやはや、お気の毒と言いますか、それとも羨ましいと言うべきでしょうか…」

「インポテンツ!?」


そこには無言を貫けず、思わず反応した私であった。


フェネルは「ピッピ~」と口笛を吹き、そこには全くの無関係を装う。

だが、犯人は他に居ないので、その横顔を睨み付けた。


「しかし、お話は分かりました。お忙しい所をありがとうございます。この件はこういう事として、アンブレー君のご両親にも話しておきます」


全てを信じたアートンが言い、座ったままで頭を下げる。


「いや、インポテンツと言うのは間違いで、あー…そう、腰をやってしまいまして」


そこだけは伝えて欲しくないので、適当な理由をでっち上げた。


「なるほど。まぁ、近い物ですな。出来ない事は出来ないんでしょうし」


何だか分からんがアートンは言い、笑った後に立ち上がる。

それから更に頭を下げたので、私も立って礼を返した。


「それではお邪魔をいたしました」


最後に言って歩き出す。


フェネルは「アリガトゴジャイマス」とカタコトで言い、両手を合わせてお辞儀して行った。


「後で理由を話しに来いよ」


背中に向けてそう言うと、フェネルは一瞬「ぴたり」と止まった。


しかし、特に言葉を発さず、そのままアートンについて行った。


その日の午後にはフェネルは現れず、翌日の夕方に姿を現した。


そして、廊下で質問すると、「覚えてやがった!?」と驚くのである。


その日に来なかったのはわざとであり、一日経てば忘れるだろうと予想した上での行動だったらしい。


「お前は本当にどうしようも無いな…」


呆れを通り越して同情すら感じる。


「だが、駄目なモノ程可愛いという心情」


等とほざくので尚更にそう思う。


「まぁ、とにかく理由を話そうか…?」


と、疲れた顔で質問すると、フェネルはまずは「ミエの為です」と答えた。


「卒業後にいきなり医院長なんて、僕ってスゲーカッケーじゃないですか?現に女の子にもチヤホヤですし?負け犬男子もソンケーの目ですよ!て事で母さんや父さんが来たら、その際もよろしくお願いしますネ♡」

「ああ…」


聞いた直後の返答はそれ。


「そういう事にしてやっても良いが、実際にはそういう事にはならんぞ?」


改めて言うとフェネルは「ん?」と、首を傾げて疑問した。


「だから、そういう事にしてやっても良いが、実際のお前は大ウソつきの無職の中卒14才になるんだぞ」


砕いてやると「ええええええ!!?」と言うので、私は右手で額を押さえる。


「まぁ、今からでも間に合うかもしれんし、必死で探してみるんだな。ちなみにウチはルニスが居るから、助手は必要としていない。家事はレーナがしてくれているし、お手伝いなんかも必要としていない。という訳で…まぁ、頑張ってくれ」


最後にそう言い、肩に手を置く。


「いやあああ!いきなりの就職難れすぅぅ!!」


と言う、フェネルの悶絶を耳にしながら、甘いものを取りにキッチンに向かった。




翌日に一通の手紙が届いた。

エルスバード財団の総帥である、ブランから返された手紙であった。


以前の黄金蝶狩りのイベントの後に、私が手紙を送っていたのだが、その返事が今になって、ようやく届いたという訳である。


手紙の枚数は全部で二枚で、一枚目には遅れた謝罪と、来年度からの黄金蝶狩りを中止するという旨が書かれてあった。


二枚目の方は私的な内容で、あれから何度も見合いをしたとか、ギャンブルはやはりやめられそうにないとか、コッドの股間を冗談で触ったら、本気でキレられて殴り飛ばされたとか言う些細な事が記されていた。


「(まぁ、コッドのキャラならそうなるかもしれんな…)」


おぃ~、とか言って触り合う様は彼のキャラからは想像できず、そこには納得して私は笑う。


しかし、最後の数行を見て、その顔をすぐに変える事になった。


『それと、これは先生を魔医者と見込んでの質問なのだが、水門や橋や水車を破壊する魔物の事に心当たりは無いだろうか?

最近、我が財団の業者に限らず、建設した橋や水門が狙われている。

おそらく魔物の仕業だと思うが、証拠が無ければ理由も分からない。

もし、先生に思い当たる所があれば教えて頂けるとありがたい。』


以上がその内容である。


水辺に住まう魔物となると、それこそ星の数ほど居る訳で、その中のどれかを挙げると言うのは情報無しでは不可能な事だった。


だが、水門や橋を破壊すると言うなら、それなりに凶暴な魔物であろう。


思いつくのはシーサーペントや、クラーケンという魔物であるが、彼らの生息圏は海であるので、可能性は低いと思われる。


川や湖という事になると、スキュラやヒドラが挙げられるのだが、彼らは非常に大きい為に、誰にも見られずそういう事が出来るとは、私には到底思えなかった。


まぁ、要するに情報がそれだけでは、やはり特定はできないのである。


故に、私は思いついた以上の魔物の名前を書いて、理由は分からないという事を加えてブランに対する返信にしておいた。

分からないの一言よりマシだと思うし、流石に無視は出来ないからだ。


しかし翌日、フォーリスが訪ねて来た事で、私は事件の真相に近付く事になるのである。




フォーリスが我が家を訪ねた理由は、新任達の紹介だった。


例の小屋…支所という事だが、そこに4人が転任して来たので、その紹介に来たと言うのだ。

一応、全員がバードマンだが、性別と個性は実にバラバラ。

男が3の女が2で、全員がフォーリスと同様の、黒いゴーグルを額につけていた。


男の内の一人はなぜか、赤いスカーフを首に巻いており、「早さなら誰にも負けねぇ…」と、聞いても居ないのに言ってきた。


私には「はぁ…」と返すしか無く、「これくらいの壁なら素手で壊せます!」と言う、怪力自慢の男には、「確か諜報部隊ですよね…?」と、危うく突っ込みそうにもなった。


「あなたのベッドにも侵入して良いかしら?」


と言う、妖艶な女性には「いえ…」と一言。


「あ、あの…あのぉ…」


と、仲間達の陰に埋もれてしまって、自己紹介すら出来なかった地味な女性は、意外に嫌いなタイプでは無かった。


「まぁ、こんな所だ。よろしくしてやってくれ」


そんな4人の隊長であるフォーリスが無理に綺麗に〆る。

一人紹介できてませんけど…と、言う事は出来ずに「はぁ…」と返した。


「それではお前達は先に行け。俺は少し話をしてから行く」

「はっ!」


フォーリスが言って、4人が返す。

直後には皆が翼を広げて、上空に向かって飛び去って行った。


「一つ聞きたい事と言うか、確かめたい事があるんだが」


部下達が去っての第一声である。


「何ですか?」


と、返すと「うん」と言い、フォーリスはその後に言葉を続ける。


「最近、大陸のそこら中で、河川の氾濫が頻発している。明らかにこれは人為的なモノだ。例えば魔物がそれをしているとして、どういう魔物の可能性がある?」


聞いた直後に「なんと」と思う。


ブランの手紙と近いものだからだ。

返せる答えも同様になるが、私はすぐには返さなかった。


「それは水門や橋等と言うものの破壊活動も含めてですか?」


聞くと、フォーリスは「なぜそれを…?」と驚いた。

知ってはいたがそこの部分は、話さなくても良いと思っていたのだろう。


「まぁ、私にも色々とありまして…とりあえず現段階ではこれと言える答えはありません。現場を見れば分かるかもしれませんが、それも無しでは特定は無理ですね」


その返答にフォーリスは「なるほど…」と一度頷いた。


「ならば、一度見て貰おうか」


それから私の顔を見て、そんな事を言ったのである。


正直、興味はあったので、私はそれを「ええ」と言って受けた。


そして、レーナとルニスに話して外出の準備を整えるのだ。

見に行くだけだから危険は無いと、レーナには同行を頼まなかった。

これが、後の災難と苦労に繋がる事になるのである。




それから半日後。

私達は、ディザン王国の南部にあるフリートの街の近くに来ていた。


移動手段はゲートでは無く、今回は空を使用した。


つまり、フォーリスや彼の部下に乗せて貰って飛んで来た訳だ。


そこで分かった事ではあるが、スピード自慢の名前はハイン。


力自慢がガイツと言って、こいつはどうにもホモ臭い。


理由はまぁ細々(こまごま)あるが、背中に乗せて貰っていた時に、やたらと私の尻を触り、「なかなか良い形ですなぁ♡」と言ってきた事が最大の原因だ。


そして、妖艶な女性がピレラ。


乗った瞬間に「凄いッ♡」と言われたり、少し動くと「アアン!」とか言われたりで、色々な意味で落ち着かなかった。


最後の一人はセリムと言う名で、彼女の背中には乗れなかった。


いや、乗ろうとしたのであるが、何度羽ばたいても飛べない為に、フォーリスが代わってくれたのである。


「すびばせん!わだじ!ひりぎなんで!」


と、鼻水を垂らして謝って来たので、「お気になさらず…」と答えて置いたが、セリムはそれでも「私はクズだ…役立たずだ」と、何度も繰り返していた。


ともあれ、刺激的な空の旅行は半日程で終わりを告げて、時間にして夕方の17時頃に私達は目的地に到着をした。


大陸有数の大河川であるヌーラート三川さんせんがそれである。


三本の巨大な川が横たわる、かつての難所と言える場所だ。


100年程前に橋が架けられ、それからは往来が容易くなったが、何者かの仕業で中心が流され、現在は多くの者が足止めを食っていた。


流された部分はおよそで100m。


上流からの激流により、一気に流されたような印象である。

下流にはもう残骸は無いので、おそらく海まで流されたのだろう。


「あーダメダメ!こいつはしばらく直んねーよ!ニーちゃん達は飛べるから良いね!」


商人らしき男が言って、荷馬車を反して街へと戻る。


「参ったなこりゃあ…」


旅人のような男が続き、ため息をついて戻って行った。

橋の上にはまだまだ人が居て、どうしたものかと考えている。

私達は彼らを避けて、損壊部分へと近付いて行った。


ギリギリの部分に立って見ると、川までの高さはそれなりにあった。


おそらく7~8メートル程か、この高さまで水が届くのは、洪水でも起こらねばまず無い事だ。


その形跡が周囲に無い以上、ピンポイントでこの場所を、誰かが狙ったのは間違いないだろう。


「やはり魔物の仕業だろうか?」


フォーレスに聞かれて「おそらくは」と答える。

現時点でも誰がやったかは、私にも予測はついて居ない。


そして、その目的に至っては皆目見当がつかなかった。


「あ、あの…い、良いですか?」


口を開いたのは地味系のセリムだ。

しかし、誰も返事をしないので、「あぅ…」と直後に黙ってしまう。


「な、何か意見があるみたいですが…」


やむを得ないのでフォーリスに言い、彼の口から「何だ?」と聞いて貰う。


するとセリムは「私見なんですが…」と、前置きした上で意見を言った。


「調査の結果を総合すると、大陸の南から東に向けて、少しずつ北上して来ていると思うんです。もし、次があるのだとしたら、ここから北のハッタ川や、ハーフソルトレイクが怪しいかなと、私個人は思うんですが…」


聞いた後もしばらくは全員が無言で突っ立っていた。

見当はずれな事を言ったかと、セリムが「すみません…!」と謝る程の長さだ。


私はその事を知らなかったので、反応出来ないだけの事だったが、他の4人はもう明らかに、出来るだけ彼女と接さないようにしていた。


いじめなの?嫌われてるの?


と、余計な心配をしてしまうが、彼らにも色々あるのだと思い、そこには口を挟まずにいた。


「まぁ、可能性としてはあるんじゃないスか?」

「言われて見ればそうかもしれないわ」


スピード自慢のハインが言って、妖艶な女性のピレラが同意する。


考えていたのか、仕方が無しに言ったのか、その辺りの事は不明であるが、聞いたセリムが「ビクッ」としたのは、個人的にはちょっと萌えた。


「ハッタ川というと2時間程度か…今から行くと夜になるな…」


部下の意見を聞いたフォーリスが、口に手を当てて考え込んだ。


「よし、今日は野宿をしよう。出発は明日の朝早くにする」


そして、すぐに方針を決めて、部下達が「はっ」と言葉を返した。


「すまんな先生。俺達は鳥目でな。ゴーグルがあるので見えなくは無いが、昼間程には目が利かんのだ」


どうやらゴーグルはそういう意味で全員が常備しているらしい。

理由が分かった私は微笑み、「なるほど」と言葉を返しておいた。


その後にふと、川の中を見ると、一人の少女の姿が見えた。


長い金髪に白い服を着た、とても美しい少女であった。


水の中から顔を出しており、私に気付くとすぐに逃げたが、少女がそこで何をしていたのかは、現時点では謎となる。


その夜は橋の近くに野宿し、彼らと寝食を共にしたのだが…


食事がまず、「例の虫」で、食べたくない私は腹痛と遠慮し、全員が枝の上で寝ると言うので、私も無理に枝に上った。

当然、寝られるはずは無く、朝まで両目を瞑っていただけ。


目を開けるとどう言う訳か、ガイツが間近で「ハァハァ」言っており、恐怖した私が落下した事で全員が目を覚ますのである。


このメンツではもう遠出はしない。


落下した私はそう思い、「ぐはっ」と呻いて大の字になった。




それから二時間後、私達は、ディザン王国の北部にあるハッタ川に到着していた。


全長およそ200mのハッタ橋は根こそぎ流されており、付近の人々に聞いた結果、昨夜の2時頃にそうなった事が分かる。


「カエルの鳴き声が聞こえたんだ。激流が現れたのはその直後だよ。あっという間に現れて、一秒も耐えられずに流されちまった…ありゃあ一体何だったんだ?」


それが、事件の目撃者である男性が話した証言だった。


「カエルの鳴き声か…偶然だと思うか?」

「うーん…」


フォーリスに聞かれて私が唸る。


たまたまカエルが鳴いた時に、何者かが橋を押し流したか、それとも何者か自身の声が、カエルのようなものだったかと言うのだ。


ハッキリ言って分からないので、私は答えを言わなかった。


「でも、北上しているのは確かね?ここから北となるとロウン川かしら?」

「首都の近くだな…そこをやられると、ディザンもだいぶ困るんじゃねぇか?」


ピレラが言ってハインが続ける。

元々の推測をしたセリムはそれを、交互に見つめて困惑していた。


「イきますか!イアン先生!」


と、股間を触ろうとしたガイツから遠ざかり、決定権を持つフォーリスを見る。


「よし、ロウン川で待ち伏せだ!そこで絶対に食い止めるぞ!」

「おう!」


フォーリスの言葉に部下達が応える。


それから更に4時間程を飛び、私達はロウン川に架かる橋に着いた。


こちらの全長は500m程で、欄干の高さは5mはある。

近くには首都のレンデホルツがある為に、人の往来も激しかった。


彼らの姿が見えている間は、何者かも行動を起こさないと思われ、隊長のフォーリスは私を含む5人に休息の命を出した。


そして、自身は欄干に飛び、高い場所から周囲を見張るのだ。


「あー…ちょっと首都に用事があるのですが、1時間程外れても大丈夫ですか?」


欄干を見上げてフォーリスに聞く。

用事とはつまり食事の事で、夕食と朝食を摂って居ない私は、かなりの腹ペコ状態だった。


しかし、腹痛と偽っていたので、「食事に行きたい」と言う訳には行かず、結果としてはそういう理由で許可を求めざるを得なかったのである。


「ああ、別に構わんさ。念の為に供を付けるか?」

「い、いや、大丈夫です。ちょっとした用なので」


ついて来られると正直困るので、その好意には辞退をしておく。

フォーリスは「そうか」と納得した後に、「ちょっと待て」と私を引き止めた。


何かと思って見上げると、「言葉遣いが直って居ないな」と、訳の分からない事を言ってきた。


「いや、もっと気安くしてくれと、前に一度言ったはずだが」


と、改めて言われた事により、私は「ああ」と納得出来た。


「部下達の手前ですが良いのですか?」


聞くと、今度はフォーリスが「ああ」と言う。

なので、私も「分かりま…いや、分かった」と言い、今後は気安く付き合う事にした。


「それで良い」


フォーリスが言って頭を戻す。


そこからは見張りに集中したので、私は歩いて首都へと向かった。


10分程をかけて首都に着き、適当な食事処で食事を終える。

それから本屋に立ち寄って、時間潰しに情報誌を読んだ。


「ああ、そうか。終わってしまったのか…」


中立マンファイナルバトルの、全国大会の事である。

色々あって気が回らなかったが、いつの間にか終わっていたらしい。

優勝者の名前はクラウンとあったので、多分あいつだと私は理解した。


「まぁ、純粋に楽しんでいるのなら、何の文句も言えんだろうさ」


本を閉じて時計を開く。

そろそろ1時間程が経っていたので、本を置いて本屋から離れた。


「(ん…?)」


何だか妙な視線を感じる。


「んん!?」


振り向くと、一瞬何かが見えた。

色は黒で、右側に消えた気がする。


「こ、こんにちは…」


恐る恐る近付くと、ゴミ箱の陰でセリムを見つけた。

苦笑いで私を見上げ、なぜだか「ぷるぷる」と小刻みに震えている。


「あー…セリムさんだったかな…こんな所で一体何を?」

「あ、えっと…観察…です…」


聞くと、セリムはそう言った。


「何の?」


と聞くと屈んだまま後退し、「アハハ…」と笑って遠ざかる。

最後には「何でもー!」と言い残し、通りの路地に姿を消した。


「訳が分からん娘だな…」


だが、ちょっと好みではある。

そこの部分は口には出さず、私はフォーリス達の元へと向かった。




24時が訪れた。


首都近郊の街道とは言え、人の往来も流石に無くなった。


交代で休憩を取った私達は(私はずっとだが…)、橋の上に屈んで待機し、何者かが姿を現す時を、静かに、無言で待ち続けていた。


フォーリス達は全員が鳥目の為にゴーグルをつけており、一人つけていない私の方が、この集団の中では異質に見えた。


「……」


たまに通る人の視線が、背中に深々と突き刺さる。

「何やってんだこいつら…?」と、全員が思っている事だろう。


だが、私達は彼らの為にこそ、こういう事をしている訳で、分かってくれとは言わないが、せめて奇異の目で見る事だけは、勘弁して欲しいのが本音であった。


「先生、寒くはありませんか?俺の近くはあったかいですよ?」

「ああ、いや全然、全然寒くないです」


ガイツの誘いを即座に断り、彼から若干の距離を取る。


「あら?私に暖めて欲しいの?いけない僕ちゃん♡」


今度はピレラにそう言われた為に、ピンボールの球のようにハインの横に移動した。


「早くこねぇっすかね…遅くないっすか…ノロノロしてる奴はイラつくんすよ…俺ってちょっと気が短いっすかね?ねぇ先生、どうなんすかねぇ!?早く答えてくれませんかね!?」


どいつもこいつも問題だらけである。


それには一応「そんな事は無いでしょう」と言ったが、正直「短いよ!」と思ってはいた。


そんな彼らの間で耐えて、2時間程が経っただろうか。


「グエー、グエー」


と言うカエルの鳴き声が、私達全員の耳に入る。


「(来たのか!?どこだ!?)」


フォーリスが小声で言って、聞いた全員も姿を探す。


「(隊長!あそこです!)」


と、ピレラが言って、川の上流の一部を指さした。


距離にするなら100m程。


そこには誰かが居るようだったが、この距離からでははっきりとは分からない。


だが、先程までは無かったものなので、怪しい事には間違いなかった。


「行くぞ!全員武器を抜け!話し合いが無理なら攻撃をする!先生はガイツの背中に乗ってくれ!」

「えぇ!?」


正直嫌だが仕方ない。


「おっほぅ!ナイスデェス!」


喜ぶガイツの背中に乗って、私達は一斉に夜空に飛んだ。


少し飛んで見えて来たものは、髭をたくわえたカエルのようなもの。

色は灰色で、上半身しか見えない。


「ヴォジャノーイか!」


と、私が言って、そいつが上空の私達に気付いた。


ヴォジャノーイとは水の精霊で、普段は水中の宮殿に住んでいる。


支配欲の強い魔物で、自分のテリトリーが侵される事を嫌う。


人間に対して敵対的で、時に水中に引きずり込んで喰らう事もあると言われ、運良く餌にならなかったとしても、その後は奴隷としてこき使わると言われている。


強さの程は知らないが、満月に近付くほど強くなるらしく、現在の月は半月である為、その言い伝えが本当だとしたら、半分程の強さだと思われた。


「ア連の連中か。小賢しいわ!」


そいつ、ヴォジャノーイがそう言って、水面を叩いて連矢れんしを作る。

そして、それをこちらに向けて、問答無用で撃ち付けて来た。


「話し合いは無理か!仕方が無いな!」


フォーレスの言葉で全員が散り、ヴォジャノーイの連矢が夜空を貫く。


「ヒャッホウ!俺のスピードが見切れるかなぁ!!?」


ハインがすぐにも攻撃を開始し、矢にも負けない勢いで迫った。


「ファファファ…」


が、ヴォジャノーイは水の壁を作り出し、ハインの攻撃を直前で防ぐ。


「ガボボッ!?」


続くカウンターで水流を生み出し、ハインを水ごと遠くに飛ばした。


「ピレラとセリムは魔法で援護しろ!ガイツは俺と奴を挟み込め!」

「はっ!」


フォーリスが指示し、部下達が返す。

直後には全員が夜空で旋回し、指示の通りの形を作る。


「鳥人間風情がワシに勝てると?ここ最近で一番の笑い話じゃな!」


ヴォジャノーイが言って、水面を叩く。

叩かれた水面はそのまま舞い上がり、矢の雨となって降り注いできた。


「ぐっ!!?」

「先生殿は俺がまもるぅぅぅ!!」


そこは流石の力自慢か、ガイツはそれの全てを耐えきった。

しかし、魔法の詠唱に入っていたピレラとセリムはやられたようで、きりもみをしながら高度を落とし、眼下の森に墜落をした。


「うぉぉぉぉぉぉっ!!!」


受けず、全てをかわしたフォーリスが、ヴォジャノーイの背後から攻撃を仕掛ける。


「おっとぉ!」


だが、これはギリギリで気付かれ、ヴォジャノーイは身を翻してそれをかわした。


「俺を忘れてるんじゃないかぁ!!!?」


続けて攻撃を仕掛けたのは、先に飛ばされたハインであった。

凄まじい勢いで後方に近付き、ヴォジャノーイの頭部を僅かに傷つける。


「ちいっ、面倒な害鳥共だ…こうなったら橋諸共に貴様ら全員を流しつくしてくれるわ!」


ヴォジャノーイの怒りが頂点に達した。

後頭部に流れる血に気付いたのだ。


カエルのような鳴き声を上げ、両手を天に高く突き上げる。

すると、川の水が見る間に無くなり、ヴォジャノーイの後方にせき止められて行った。


おそらくこうして水をせき止め、それを一気に放つ事で今までの橋を壊して来たのだろう。


「ファファファ!そーーれ!全員シネェエ!!!」


天に掲げた両手を突き出し、ヴォジャノーイが歓喜の声を上げる。


「……?」


が、一体どうした事か、せき止められた水は動かない。

ヴォジャノーイ自身も疑問なのか、後ろを二度見して「えっ?」と言っていた。


「な、なんだか分からんが今がチャンスだ!」


フォーリスが言い、全員が飛びかかる。


「ちょっ、待っ!?」


と言うヴォジャノーイを、三人がかりでタコ殴りにした。


水を失ったヴォジャノーイには、攻撃も防御もする事が出来ず、最終的には「降参!降参!」と、鼻血を流して白旗を上げた。


「一体どういう事だったんだ…?」

「さぁな…」


私が言ってフォーリスが言った。

直後に水はゆっくりと下がり、穏やかな川の流れに戻った。




川の流れが戻った後に、一人の少女が姿を現した。


ヌーラート三川の橋で見た金髪の美しい少女である。


「げっ!?お前の仕業か!?」


ヴォジャノーイは彼女を見るなり、まずはそう言って驚いて見せた。

どういう事かと思っていると、「いい加減にしなよ」と少女が言ったのだ。


言われた相手はヴォジャノーイのようで、彼は少女に「すまん…」と謝った。


「どういう事だ…?」


と、実際に聞くと、ヴォジャノーイは素直に関係を話した。


「こいつはその、ルサールカと言ってな…要するにワシの妻なんだ。今回の事には反対だったんだが、ワシの力を見せてやりたくてな…別にあいつに協力する訳じゃないが、結果としてはそうなってたんだろう…それがこいつには面白く無い。ヴォジャノーイはヴォジャノーイたれ。誰にも従うなと言いたい訳なんだろう」

「そうそう」


ヴォジャノーイが言って、ルサールカが頷いた。

彼女も確か精霊だったが、結婚していたとは知らなかった。

しかも、相手がこんなだとは、まさに美女と野獣である。


「あいつとは誰だ?協力とは?」


これはフォーレスの質問だった。


「んー…」


ヴォジャノーイは頭を掻いて、考えた後に言葉を発した。


「名前は知らん。本当に知らんのだ。だが、橋や水門を壊して、人間共に力を見せつけろと言った。魔物の怖さを再認識させてやれとな。で、ワシはそれに乗った。本当にそれだけの関係だな。連れて来てくれりゃそいつだって言えるが、この場で誰かって言うのは分かんねぇな」


そこまでを言って「もう良いか?」と聞く。

それにはフォーリスが「こんな事はもうするなよ」と言うと、ヴォジャノーイは「あいよ」と笑って答えた。


「でもちょっと見直したよ。やっぱりあんたは凄いんだね♡」

「そうか?そうかそうか?ファファファファ」


最後に二人はそう言って、いちゃつきながら帰って行った。


「(或いは、厄介な事に足を突っ込んだか…?)」


それを見ながら私は思い、尻に触れているガイツの手を払った。


また一人嫁候補が…(ガイツの事)

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