メラジア農園で出会った双子
その日はルニスの卒業式だった。
私達はカーレント国の、カルドという街に向かい、ルニスが在籍する大学を訪ねた。
「もう式は始まっていますよ。お急ぎになった方がよろしいかと……」
受け付けの女性にそんな事を言われ、私達は走って会場に向かった。
普段は広場として使っているのだろう、会場には多くの人達が居り、受け付けの女性が言ったように、式はすでに始まっていた。
卒業生の代表らしき生徒が、壇上で答辞を述べていたのだ。
卒業生は黒のマントに同色の大学帽子をかぶり、白いローブで身を統一して、壇上の生徒の答辞を聞いて居た。
「(なんとか間に合ったか……)」
「(みたいですね)」
私とレーナが言いながら、観覧席のひとつに座る。
一番最後に到着した為、席も当然一番後ろだ。
「それでは、卒業証書の授与です。名前を呼ばれた生徒は前に」
どこからかそんな声が聞こえる。
首を伸ばして前を見ると、答辞の生徒はもう消えており、代わりに学院の院長だろうか、60才くらいの男性が立っていた。
「アイク・ダンカード」
「はい!」
名前を呼ばれ、生徒が立ち上がる。
その生徒はすぐにも歩き出し、壇上の男性に向かって行った。
「なんか良いですね、こういうの。わたしも学校に行きたかったな~」
その様子を見たレーナが呟く。
「今からでも遅くは無いさ。小学校や中学は無理だが、大学は何才でも入れるものだ。レーナがその気なら応援するが?」
言うと、レーナは「ホントですか?」と言って、「考えてみます」と、私に微笑んだ。
学費やらアレやらで大変になるが、レーナが行きたいなら私は応援する。
一番近いのは首都になるが、まぁ、馬車を使う前提なら、日帰りするのも可能であろう。
「ルニス・リーゲンス」
「はいっ!」
どうやらルニスの順番らしい。
「(一番後ろだから立っても良いだろう)」
レーナに言って、立ち上がり、ルニスの晴れの舞台を眺める。
見ると、隣でも男女が立っており、「ルニス……立派になって……」と、涙を流してルニスを見ていた。
年齢は共に45、6才。
女性の方はピンクの髪で、男性の方はやや禿気味だ。
「(ご両親か……?)」
と、直後に思ったが、今は置いてルニスを眺めた。
「卒業おめでとう」
みたいな感じで口を動かし、壇上の男性が証書を渡す。
ルニスはそれを恭しく受け、それを丸めてから頭を下げた。
振り向き、そして、私達に気付く。
「やっほ~! 先生! 来てくれたんですねー! 無事、卒業できましたぁ~!」
直後にはこちらに手を振って、大きな声でそう言ってきた。
失笑のような笑いが生まれ、皆がこちらに顔を向ける。
「(おいおい……そういうのは勘弁してくれ……)」
それから逃れるようにして、私とレーナは椅子に座った。
「もしかして、あなた、イアンさんですか?」
隣に立っていた女性に聞かれる。
「え、ええ……」
と、返答すると、「私、ルニスの母親です」と言って、女性は「ぺこり」と頭を下げた。
やはりそうか、と、思いはしたが、それだけで事を終えてはならない。
「お世話になっております」
と言い、私も立って、頭を下げた。
「初めまして、レーナです。ルニスさんとは助手仲間です」
私に倣ってレーナが礼をする。
それには夫婦揃って礼をし、
「この後パーティーをするんですが、良かったら参加してください」
と、旦那の方が私達を誘った。
「そうですか……あまり長くは居られませんが、そういう事ならお邪魔させてください」
断る理由は全くないので、私が言ってそれを受ける。
「あの子もきっと喜んでくれますわ」
母親が言って、ルニスを見つめた。
ルニスはすでに着席しており、こちらの視線に気づいていない。
あの子というがどちらとして見ているのだろう。
男の子として? それとも女の子として?
そんなつまらない事を考えながら、私は再び席についた。
その日の午後13時頃。
街の酒場でパーティーは開かれた。
参加者は私とレーナとルニス、それとルニスの両親だけだった。
他のテーブルにも生徒は居るが、あちらはあちらで楽しんでおり、ルニスとは関わりが無いものなのか、こちらに構わず盛り上がっている。
パーティーは「卒業おめでとー!」で始まり、両親の思い出話へと繋がった。
「3才まではおねしょばかりしていたルニスが……」
とか。
「男の子でも女の子でも、気に入った子のパンツばかり盗んで来てねぇ」
とか、聞いても居ない事を勝手に話し出し、それを掻き消そうとするルニスの声で、私は少し左耳をやられた。
「しかし、立派になってくれた。父さんは鼻が高いよ」
結果としてはそこに落ち着き、良い雰囲気になってくれたが、左耳の「キンキン」を抑える為には、しばらく時間が必要となった。
「それで、この先はどうするの? イアンさんの元でお医者さんを目指すの?」
母親が右手の我が子に向かう。
丸いテーブルを囲んでいる為、私の左はルニスとなり、母親からは右手となる。
ちなみにレーナは私の右に居り、2つ空席があった後に、ルニスの父親が座っていた。
「そうだね。ついでにお嫁さんにもしてもらおうかな。レーナさんのお婿さんでも構わないけど」
「ぶうっ!!」
「ごほっ!」
その言葉には私とレーナも、思わず噴き出す事となった。
「ルニスをよろしくお願いします」
と、すぐにも頭を下げる両親は、あまりにも懐が広すぎる気がした。
「いやいやいや! これは、むすめ……いや、ルニスさんの冗談ですよ! すぐに本気にとってはいけない! そういう関係ではありませんから!」
一応言うと、両親は「はぁ……」と言い、ルニスを心配そうな顔で見たが、ルニス当人は「そういう関係でも良いのになぁ……」と、口を尖らせて私達を見ていた。
私はともかくレーナも狙いとは、ある意味恐ろしい人物である。
これは警戒の必要がある、と、認識を改めた後にジュースを飲んだ。
その時偶然、店の時計が目に入る。
時刻は13時34分。
「(そろそろ行くか)」
と、思った私はジュースを置いて立ち上がった。
「トイレですか?」
すぐにも聞いたルニスは母親に「ルニス……」と、顔を顰められる。
そういう事は言わないの、と、おそらく注意をしたかったのだろう。
「いや、少し野暮用があってな。メラジア農園という所に行きたいんだ」
言うと、ルニスは「えぇ?!」と驚いた。
なぜか、と、思って目を瞬かせると、ルニスの父親が「あそこはちょっと……」と言った。
「な、なんですか? メラジア農園に何か問題が?」
「いや……少し前に大火事があって、一家全員が焼け死んだんですよ。噂じゃ幽霊が出るとか出ないとか……それに、これも噂なんですが、焼け跡から子供の死体が出なくて、誰かに攫われて殺されたんじゃないか、とか、とにかく嫌な噂が絶えない所で……」
聞くと、父親が理由を言った。
そんな所とは知らなかったが、私はそれでも行かなければならなかった。
レーナの父親、ラルフの病気を治す為の材料が、そこにあるという事を知ったからである。
それはマンドレイクというもので、マンドラゴラと呼ばれる材料の幼体に当たる植物だった。
抜けば、強烈な悲鳴を上げて、聞いた物を発狂、死亡させてしまうという、割と有名なアレである。
その、マンドレイクを栽培しているのが、現状ではそこしか無かった為に、どうしても行かなければならなかったのだ。
「ふむ……そうとは全く知りませんでしたが、まぁ、とにかく行って見ますよ。どうしても必要なものがあるので」
故に、ルニスの父に答えると、父親は「そ、そうですか……」と、少し戸惑った。
「では、気を付けて」
が、すぐにもそう言ってくれたので、「ありがとうございます」と、礼を返す。
「レーナはルニスと一緒に行ってくれ。万が一という事もあり得るからな」
「あ、はい……でも、先生は大丈夫ですか?」
念の為にそう言うと、レーナは心配そうな顔をした。
「大丈夫さ。私だって半分はアレなんだ。いざとなったら全力で逃げるよ」
笑って言うと、安心したのか、レーナは「わかりました」と言って微笑んだ。
「では、すみませんがこの辺りで。ルニス、改めて卒業おめでとう」
最後に言って、肩に手を置く。
「ありがとうございますぅ! 僕、今日の事を一生忘れませんんんん!!」
すると、ルニスはそう言って、私の腰に抱き付いてきた。
「ぎゃああああ!! ご両親の前だぞぉぉぉ!?」
叫び、そちらの方を見ると、ルニスの両親は揃って笑顔。
「あ、良いんですね……」
その懐の広さには呆れざるを得ない私であった。
カルドの街を出てから2時間。
私は街の南西にある、メラジア農園の近くに来ていた。
大火災があったという事だが、幸いにも一人の人間を見つけ、入って良いものなのかを尋ねる為に、私はそこに立ち寄ってみた。
40前後の男性で、家の隣で農作業をしており、私の姿を見つけた後には、作業を止めてこちらを見て来た。
「ああ……別に入っても良いが、あそこにはもう何も無いよ。行くだけ無駄だと思うけどね」
男は言って、その後には私を無視して作業に戻った。
見ると、畑には何も無かったが、種を植えたばかりだと考えて、礼を言った後に私は去った。
畑の端には物干し竿があり、そこには服がかけられていた。
かなりボロボロだが、子供物の服だ。
「(新しいものを買ってやればいいのに……」
そうは思うが人の事なので、私は口には出さなかった。
それから少し先に行くと、胸程の高さの門が見えた。
火災があったという大きな屋敷も、燃え落ちた跡としてその奥に見える。
「ふむ……」
ボロボロだが、門は閉まって居た。
どうしたものかと一考したが、「入っても良い」と聞いて居たので、それを乗り越えて中へと入る。
「だああっ!!?」
が、重さに耐えきれず門が倒れ、私もそのまま中へと落下。
直後には「うふふふ」と言う笑い声が聞こえ、驚きの為に顔を上げた。
眼前には2人の子供が立って居た。
双子なのか、髪の色と瞳の色は同じである。
髪の色は白に近いが、どちらかと言うと灰色が強い。
瞳の色は琥珀色で、身長は共に1m程だった。
年齢はおそらく5、6才。
倒れている私を前にして、楽しそうに笑っていた。
「人の失敗を見て笑ってはダメだ……」
言いながら、私が立ちあがる。
子供達は「は~い」と言ったが、「にやにや」するのはやめなかった。
先の男性の子供達だろう。
「(不愛想なのは構わないが、子供の教育はして欲しいものだ……)」
そんな事を思いつつ、2人を無視して奥へと向かう。
子供達は何も言わなかったが、私の後ろについて来ていた。
屋敷と同様、畑も燃えており、残っていたものも枯れ果てていた。
「(駄目かもしれないな……)」
と、思っていると、後ろから男の子の声が聞こえた。
「おじさん。何を探しているの?」
と。
おじさん!? と、思いはしたが、感性はまぁ人それぞれだ。
眉をピクつかせて「いや、別に?」と言うと、女の子の方が更に言った。
「おじさん。わたし達ここにとても詳しいの。教えてくれたら手伝ってあげるわよ」
と。
ダブルパンチのおじさんである。
流石に事実を受け入れざるを得ず、私は「じゃあ、手伝って貰おうかな……」と、上ずった声で子供達に言った。
「マンドレイク? 分かった! すぐに見つけてきてあげる!」
女の子が言って走り出す。
「待ってよイリア!」
男の子はすぐにもそれを追って、屋敷の裏の方へと向かった。
「待たないよ~キリア置いてきぼり~」
女の子が舌を出し、男の子が怒ってそれを追う。
その会話から2人の名前が、イリアとキリアである事が分かった。
「名前も似ているな。やはり双子か」
言った私も裏手に向かう。
屋敷の表部分に広がっている畑が全滅だったからだ。
「おじさん! こっちこっちー!」
裏手に行くなりイリアに呼ばれ、早足になってその場に向かう。
そこは、隣に深い井戸がある、柵に囲まれた一画だった。
「これこれ、これ、マンドレイクでしょ? 一個だけ残ってたよ!」
無邪気な顔でイリアが指さす。
そこには確かにマンドレイクと思われる植物の葉が伸びていた。
私はあまり植物に詳しくないが、大根の葉に似ているらしい。
「(ただの大根だったりしてな……)」
そう思いつつも、「助かったよ」と言う。
イリアとキリアは嬉しそうに、「えへへ」と二人で笑い合っていた。
胸ポケットから糸を出し、葉に括り付けて軽く引っ張る。
それが外れない事を確認してから、「表に行っていてくれるかい?」と、二人に向かって声をかけた。
マンドラゴラは抜いた時に、恐ろしいまでの声を発す。
それを聞いたものは発狂し、死亡すると言われる程だ。
これはまだ幼体なので、おそらくそこまで行かないだろうが、念を入れるに越した事はないので、二人に向かってそう言った訳だ。
2人は「分かった」と答えはしたが、なぜかそのままマンドレイクに近付いた。
そして、困惑する私の前で、キリアが「ずぼり」と引き抜いたのだ。
「キヤアアアアアアアアアアアアア!!」
という悲鳴が響き、屋敷の残骸の柱が折れる。
私は慌てて両耳を塞ぎ、両目を瞑ってそれに耐えた。
5秒程が経ち、マンドレイクが黙る。
赤子のようなそれは「ぐったり」し、キリアの手の下で動かなくなっていた。
「あれ? 死ななかったね?」
「不思議だね?」
キリアとイリアが言って笑う。
この子達は何かがおかしい、と、私が思ったのはこの時だった。
「な、何とも無いのか?君達は?」
聞くと、二人は「こくり」と頷いた。
「おじさんも?」
と、返されたので、「まぁ、なんとか」と言う言葉を発す。
「じゃあこれ。おじさんに上げるよ」
キリアが「ずい」と右手を差し出した。
その手の先には当然ながら、動かなくなったマンドレイクがある。
「あ、ああ。ありがとう」
一応は礼を言い、キリアの手からそれを受け取る。
「次はどうやっておじさん殺す?」
と、直後には恐ろしい事を言い出した為に、私の背筋に何かが走った。
「直接は駄目だよ? 面白く無いから」
これはイリア、その表情は恐ろしいまでに無垢である。
「じゃあ事故死に見せかけようか? 井戸に落ちて死んじゃったとかさ?」
「良いわね。じゃあそうしましょう! おじさん! 井戸の前まで歩いてくれる?」
キリアとイリアが私に迫る。
冗談では無い! と、思った私は、その場から「だっ」と逃げ出した。
「あっ! 逃げないでよおじさーん!」
「追いかけっこだ! あははー!」
二人は笑い、私を追ってきた。
屋敷の表に出た後に、倒れている門を目指して走る。
幽霊が出る、と聞いて居たが、或いはこの子達がそうなのかもしれない。
人の忠告は聞くものである。
後悔しながら後ろを向くと、二人は尚もついて来ていた。
「待ってよおじさーん!」
「お願いだから死んでよ~!」
どこから持ち出したのか鎌を右手に、笑いながらの追走である。
魔法を放つか、と、思いもしたが、相手の姿は一応子供。
万が一にも人であった時の為に、私はそれを撃たなかった。
門を飛び越え、屋敷の外に出る。
少し走って後ろを向くと、二人は忽然と姿を消していた。
「……やはり幽霊か。地縛霊の類かな」
そう呟いて汗を拭う。
息を切らして歩いていると、先程の男性が姿を現した。
「何も無かったでしょう?」
空気を読まずの一言である。
「幽霊が出た!」と叫びたかったが、それには「ええ……」とだけ答えて置いた。
言った所で恐怖は消えないし、「それ見た事か」と言われかねないからだ。
男性は「ですよね」と言った後に、家の中へと姿を消した。
「(なんとも気味が悪い話だ……)」
屋敷を見る為に一度振り向くと、そこにはキリアとイリアが立っていた。
「!!?」
恐怖のあまり一歩をたじろぐ。
「ああ、安心してよおじさん。死んでもらうのはもうやめたから」
「その代わりにどこかに連れて行ってよ」
キリアとイリアはそう言って、私に駆け寄って両手を取った。
「(何なんだ……)」
と、思いつつ、その状態のままで何歩か進む。
「僕達ね。本当は離れられないんだよ!」
「なのにおじさんにはついていけるの!なんでだろうね?」
どうやら本当に殺意は無いらしく、キリアとイリアはそう言って微笑んだ。
「とりあえずおじさんの家に連れて行ってよ!」
そんな事を言われた為に、私は「ああ……」とそれに返した。
「その代わり、良い子にしているんだぞ……?」
一応言うと、「はーい!」と答える。
私は仕方なく2人を連れて、とりあえず我が家に帰る事にした。
帰り際に色々聞くと、2人が死んでいる事が分かった。
ならばと思って理由を聞いたが、それに触れると2人は黙り、他の事に話題を移して誤魔化したような感じに見えた。
自宅についたのは17時前。
フェネルも当然遊びに来ており、私の連れの姿に気付いて、「なんすか?拾ってきたんすか?」と、目を瞬かせて質問してきた。
「まぁ、本当にそれに近いな……」
そう言い残して通り過ぎ、応接間を抜けて台所に行く。
そこでは先に帰ったレーナが、夕食の準備をしてくれていた。
「お帰りなさい先生。目的のものは見つかりましたか?」
それには「ただいま」と答えた後に、「困った事になった」とレーナに告げる。
「困った事、ですか? それは一体……?」
「こんばんは! お姉さん!」
私がそれを言うより早く、キリアとイリアが「にゅっ」と現れる。
突然の出現にびっくりしていたが、レーナは屈んで「こんばんは」と言った。
「つまりがまぁ、こういう事だ。この子達は多分、幽霊という奴だ」
「えぇえ!?」
レーナが驚き、オタマを落とす。
それはすぐにキリアが拾い、「はい」と言ってからレーナに渡した。
やはりは基本子供なのか、若い、綺麗なお姉さんにはどうにも態度が違う気がする。
「フェネルやルニスには黙っておこうと思う。ルニスは普通に怖がるだろうし、フェネルもまぁ、幽霊話は、友達の事とかでトラウマだろうしな……」
そう言うと、レーナは「ですね……」と返して、キリアとイリアの顔を見つめた。
2人とも不思議そうに首を傾げたが、直後には興味が無くなったのか、応接間の方に走って行った。
「それで、少し、申し訳ないんだが、アティアの元を訪ねて欲しい。今はどうやら落ち着いているようだが、私は最初殺されかけた。除霊、とまでは行きたくないが、いざという時の為に祓う方法を、一応、知っておく必要があると思うんだ」
レーナに頼む理由は一つ。自分で行くとついて来られるからだ。
途中で気が付けばキレるかもしれない。
双子達に気付かれないよう、水面下で事を遂行する為にレーナに頼んだという訳である。
その事を察してくれたのだろう、レーナは「わかりました」と頷いてくれた。
「これ、煮物なんですけど、ちょっとだけ見ていてくれますか?10分位で出来ると思うんで」
そして、すぐにもエプロンを取り、プロウナタウンへ向かってくれた。
「(良い匂いがしているな……)」
数分経って、つまみ食いをしてみる。
「うん。うまい」
はんぺんのようなものを食べて、私は1人でそう呟いた。
「ちょっと! 先生! 意地汚いっすよ! 黙ってて上げるから僕にも下さい」
それを見たフェネルが寄ってきたので、仕方なく小さなゴボウをやった。
「ゴボウとか! せめて練り物にして下さいよ!」
「あー……分かった分かった。注文の多い奴だ……」
ケチをつけるのでウインナー巻きをやる。
今度は「んまい!」と喜んでいたが、何も言わずに更に手を伸ばした。
「おい!? これは私達の夕食だぞ!?」
「知ってますけどそこに問題が?」
駄目だコイツ、と思った私は鍋の蓋を黙って閉じた。
「けちくっさあああああ!!」
と、フェネルは吠えたが、それを放って応接間に戻る。
「ああ……これはエラい事だな……」
私は呟き、立ち止まった。
応接間の壁が双子達の、前衛的アートのキャンバスになっていたからだ。
それはもはや全面に広がり、張り替えなければ直せない程の、致命的なダメージを与えていた。
双子達は「キャハハ」と喜び、今は花のようなものを描いている。
「(子供なんだから仕方ないな……子供なんだから……仕方ないさ……)」
そう思う私の足元には中立マンレッドが描かれていた。
「私は中立だ!」という吹き出しの文字は、慣れ親しんだあいつの字である。
「(これは仕方がなくないな!?)」
それを見た私は台所に戻り、フェネルの頭を「ペスン!」と叩く。
「何で僕だと!?」
と、フェネルが言ったが、そんな事を言っている時点で、「私が犯人です」と言っているようなものだった。
「自分が描いたのは消しておけよ」
言い残して部屋に向かうと、フェネルは渋々「ふぁ~ぃ」と言っていた。
それから一時間後、レーナが戻り、私の部屋のドアを叩いた。
双子は幸い、フェネルと遊んでおり、今の内だと思った私はレーナを部屋の中へと入れた。
「お疲れ様。どうだった?」
聞くと、レーナは「いえ」と言ってから、アティアに聞いてきた事を話した。
「子供の霊は気まぐれだから、早めの除霊を推奨するそうです。もし、そうで無いのなら、彼らが満足して帰ってくれるまで、面倒を見なければいけないらしいです。基本的には言う事を聞いて居れば、いずれは満足してくれるらしいですが、その場合だといつの事になるかは想像できないという話でした」
「なるほどな……」
レーナにそう言い、私は考えた。
双子を除霊するか、それともしないかを。
私は除霊をされた事が無いので、その苦しさは分からないが、霊が嫌がるという事は、気持ちの良いモノではないのであろう。
それをあんな年端の行かない、幼子にするというのは気が引ける。それにまぁ、今回の場合は、私が連れて来てしまったようなものだ。
困るからと言って除霊をするのは、なんだか大人の身勝手な気もした。
だからと言って何年間も付きまとわれては正直困るが……
「もうしばらくは様子を見よう。私が面倒を見るようにするから、申し訳ないが我慢をして欲しい」
切り捨てる事が出来ない私は、レーナに向かってそうお願いした。
「分かりました。わたしも暇を見て遊んだりしてみます」
「ありがとう。助かるよ」
その時から私とレーナの、力では無い満足による、双子の除霊作戦が始まった。
「どこか行きたい所は無いか?」
翌日の朝、私が聞くと、イリアが「海に行きたい!」と言った。
街に向かい、馬車を借りて、双子とレーナを海に連れて行く。
流石は幽霊というべきなのか、3月なのに彼らは泳ぎ、挙句の果てに「おじさんも泳ごうよ!」と、寒中水泳を強要してきた。
断れば機嫌を損ねるかもしれない。
「よぉぉぉぉし……!」
そう思った私は震え声で答え、水着を買ってきてそれに着替えた。準備体操を入念にして、心臓を叩いて海へと向かう。
「(冷たすぎる!)」
右足の先が凍るようだ。泳ぐには流石に早すぎた。
「おじさんこっちこっちぃ!」
「ハギャアアアア!!?」
水をかけられ悲鳴を上げる。
殺す気か!? と、言いかけたが、或いはそうかもしれない為に、私は「ハハハ……」と、苦笑いに留める。
見ると、レーナも苦笑いをしている。
「そうだ……あそこに居るお姉さんも呼んでみないか? おじさんだけじゃつまらないだろう?」
不公平さを感じた為に、悪戯心で私が囁く。
双子達は「それもそうだね」と言い、直後にはレーナにも声をかけた。
「ええ!? わたしもぉ!?」
聞いたレーナが驚いて、1センチばかり宙に浮く。
しかし、拒絶はできない為に、渋々ながらに歩き出した。
「財布は私のズボンの中にある!好きな物を買ってくると良い!」
レーナの水着! レーナの水着! と、浮かれている私の気持ちは晴れやかで、クソ寒い海の中に居ると言うのに、不気味なまでに元気であった。
「大丈夫なのアレ? 頭おかしいんじゃね?」
「バカッ! 聞こえるつの! 絡まれたらヤベーから」
若者達が遠くを通り、私の悪口を呟いていく。
聞こえているが全く気にしない。私の気持ちは晴れやかなのだ。
「おじさんなんか嬉しそうだね」
「エロエロ? エロエロなのぉ~?」
キリアとイリアがそう言ったので、私は「ああ!」と力強く答えた。
「エロエロだ~!」
2人が喜び、水をかけてくる。
「はっはっはっ」
笑ってそれを受けていると、レーナが浜辺に現れて来た。
「(スクール水着!?)」
なぜかの紺のスク水である。
サイズが合っていないのだろう、なんだかもう「ぱっつんぱっつん」だ。
「じ、時季外れでこれしか売ってなかったんですぅ!!!」
真っ赤になってレーナが言った。
「エロエロだ~!」
と、双子が騒ぎ、レーナの顔が更に赤くなる。
「そ、そんな事は無いさ! 似合っているとも! なんというか、素晴らしい!」
一応、褒めたつもりであったが、レーナの紅潮は増していくばかり。
最終的には「もうヤダ!」と言って、浜辺の木の陰にその身を隠した。
「あーあ、おじさんがエロエロな視線で見るからー」
「女の子はビンカンなんだよ?」
幼子達にそう言われ、私が「そ、そうか……」と反省をする。
気付けば両手が「ガクブル」していたので、私は一旦陸へと上がった。
「じゃあ次はお城を作ろうよ! お姉さんもおいでよ! エロエロしないからー!」
私について双子も上がる。それからキリアが声をかけて、小動物のようなレーナが出て来た。
「(こうして見ると意外に大きいな……)」
レーナの胸を遠目に見つめる。
「エロエロ禁止!」
直後にはイリアに叩かれたので、「いてっ!」と言ってから視線を逸らした。
寒空の下で城を作り出し、完成したのはそれから1時間後。
「なかなか……立派な城ができ……クショオン!!」
流石に体が冷え切っており、私とレーナは服に着替えた。
「楽しかったねー」
「ねー」
イリアとキリアは満足そうだった。城の前でしゃがみ込み、城門を壊して「きゃはは」と笑っている。
「じゃ、帰ろ」
それから私の両手を掴む。
「なんか、お父さんみたいですね」
レーナが言って「ふふふっ」と笑うので、私は「ははは……」と苦笑いした。
子供を持つのも良いかもしれない。
そんな事を思いつつ、2人を連れて私は歩いた。
「かくれんぼしたい!!」
翌日の夜になって、唐突にキリアが私に言ってきた。
時刻は夜の23時。
「あ、明日にしよう。朝からでも良いから……」
カルテを見ながら私が言うと、キリアは「ヤダヤダ!」とそれを拒否した。
「今したい今したい! 今したいのー!!!」
それはすぐにもエスカレートし始め、キリアの力が影響しているのか、我が家が小刻みに震え始める。
「最後がこれじゃなんかつまんない」
それは一方のイリアの言葉で、そこに疑問を感じた私は「最後?」と聞いて真意を問った。
「なんか分かんないけど帰らなきゃ駄目みたい。あそこから離れた事は一度も無いから、もしかしたら初めからそういうものだったのかも」
つまらなそうにイリアは言った。
つまり、理由は不明であるが、2人は帰らなくてはならないらしい。
「それは、かくれんぼをしなくても、なのか?」
聞くと、イリアは「こくり」と頷く。
「そうか……」
私は言って、少し考える。
3日間付き合って分かった事だが、この子達は基本的には、害の無い、純粋な子供達だ。
最初に殺そうとしたのは謎だが、多分、仲間が欲しかったのではないか。
奇妙な縁で出会った仲だが、どうせならば満足をさせ、笑顔で家に帰してやりたい。
時間が少し問題だったが、それをするには今しか無いようだ。
「分かった! よし! かくれんぼをしよう!」
そう思った私は我儘を受け、かくれんぼをする事を二人に伝えた。
「やったあ!!」
「わーぃ!!!」
2人は飛んで喜んでくれた。実際に、本当に空中を飛んで……!
これほど喜ばれるなら本望である。
汗を拭いつつ私は思い、かくれんぼの場所をどこにするか聞いた。
「ここじゃイヤ」
「もっと広い所」
流石は双子か連携が取れている。一秒の間も無く「ぽんぽん」と出て来た。
「プ、プロウナタウンの街はどうですか?」
話を聞いて居たレーナが言って、双子が「そこが良い!」と声を揃える。
その言葉によって私達は、深夜のプロウナタウンに向かう事になった。
「かくれんぼとか何年ぶりですかね~……こんな時間にやるのは初めてですけど」
移動中、ルニスが言って、レーナと共に「ははは」と笑う。
「(親に似て懐の広い奴だ……レーナが居なければ惚れていたかな……)」
そんなルニスの横顔を見て、口には出さずに私は思う。
ルニスは頼むと何も聞かず、「良いですよ」と言ってついて来てくれた。
気持ちの良い奴だ、と、素直に思う。
もし、レーナと出会っておらず、ルニスが普通の体質だったなら、私は多分好きになっていただろう。
いや、今も好きは好きだが、そういうアレでは無い訳なので、そこは誤解をしないで欲しい。
「フェネル君も呼びますか? 人数多い方が楽しいですよね?」
顔を向けてルニスが聞いてくる。
しかし、時間が時間なので、「お子様はもうお休みだろう」と、間接的にNOを示した。
「ですねぇー……君達も本当は眠いでしょ?」
私に言って、双子に向かう。
理由を話していない為に、普通の子供だと思っているのだ。
「ううん、全然」
「お姉ちゃんは眠いの?」
それが双子が返した反応で、聞いたルニスは「あははっ」と笑い、
「お姉ちゃんって思うんだ? 喜んでいいのかなぁこれ」
と、頭を掻いて少し困った。
「まぁ、普通に美人だからな。誰もそうとは思わんよ」
ルニスが困っているようだったので、肩に手を置いて私は言った。
「せ、先生……やだなぁ、こんな所で……」
が、ルニスが照れた事を見て、私は「やらかした」事を知った。
レーナは「ぷいっ」と顔を逸らし、双子達は「告白? 告白?」と冷やかしてくる。
「違う! そんなんじゃない!」
と言うと、今度はルニスが「酷い! 弄んだんですね!?」と、顔を膨らませて怒りを露わにした。
「いや、弄んだ訳じゃないが……!!」
「冗談ですよセンセ! 分かってますって!」
私の背中を「ぽーん」と叩き、「にやにや」しながらルニスが言った。
直後にはレーナが「くすくす」と笑い出し、私もそれに釣られて笑った。
「おじさん達と居ると楽しいよ」
「ねー」
キリアが言って、イリアが頷く。
最初に殺されかけた事が信じられない程、この子達は可愛いと今は思った。
深夜のプロウナタウンについて、かくれんぼが開始された。
鬼は双子。私達は逃げて隠れる側になった。
3時まで逃げ切れば私達の勝ち。逆に、全員見つかってしまうと、朝までの続行が約束させられた。
現在の時刻は24時前で、キリが良いと言う事で24時きっかりがスタートとなる。
私はレーナとルニスと離れ、商業区の中にその身を潜めた。
ここにはまだ人通りがある為、少々の物音を発したとしても、怪しまれないと踏んでの事だ。
酒場と武器屋の間に入り、ゴミ箱の近くで身を屈める。
懐中時計を開いてみると、24時5分になっていた。
「(あと2時間55分か……あの子達にとっては短い時間だな……)」
そう思った後に時計を閉じる。
「うぃぃ~~」
直後には誰かが路地に入って来て、私は「びくり!」と体を震わせた。
「ジェ~ンちゃんジェ~ンちゃん~いとしのいとしのジェ~ンちゃん~♪」
どうやら酔っぱらいのようである。
ゴミ箱の脇から首を伸ばすと、40才前後の男が見えた。
男は歌? を歌いつつ、私の方へと近寄ってくる。
「!?」
そして、私の目の前で、気付いていないのかチャックを降ろした。
「うぃ~っ……いい加減振り向いておくれよハニ~♪じゃないとオイラも……っとおお~ぅい」
続いての事はご察しの通り。私の眼前でアレをまき散らし、終わった後には「ぶん!」と振った。
危うい所でそれは避けたが、ここ数年で一番に危機を感じた瞬間である。
「ジェーンちゃん今行くよぉーん」
チャックを上げて男は去った。ニオイやら何やらで居られない為、私もそこから立ち上がる。
「夜の街は怖いな……」
一言言って、移動を始める。
裏手に行くと犬が居たが、私を見ると逃げて行った。
しばらく歩き、民家にぶつかる。
「このゴク潰しが! 何年経ったら定職につくんだい!! もうごめんだよ!離婚だよ!」
という、夫婦喧嘩が聞こえてきた後に、方向転換して通りに向かう。
「!?」
通りに一瞬、イリアが見えた。いや、もしかしたらキリアかもしれないが、とにかくどちらかの姿が見えた。
私は慌て、路地を引き返し、
「でもやっぱり……あんたが好きだよ!」
と言う、どうやら仲直りしたらしい夫婦が住む家の横を駆けた。
突き当たったのは公園の茂みだった。
入口では無いが無理に入り、公園の中に侵入をする。
「ワンモライン! ツーモライン!」
と、素振りをしている謎の集団の間を抜けて、滑り台の下の空洞に身を隠す。
「こ、ここはおでの家だど……」
「こ、これは失礼を!」
しかし、先客が居たようなので、謝った後にソッコーで飛び出た。
「参ったな……人が居る所に来たのは間違いだったか……」
1人で呟くがもう遅い。
「イリアこっち!」
と言う声が聞こえ、私の方からはキリアが見えた。
「(見つかったか!?)」
と、思いつつ、身を低くして移動する。
そして、茂みを通って公園を出て、石壁にぶつかって「いつっ!!?」と鳴いた。
手探りのままで左に動くと、石壁が切れて通路が見つかる。
「しまった!」
成り行きのままでそこに侵入し、その先を見て愕然とした。
つまり、行き止まりだったのだ。
左右に家があるようだったが、石壁が高くて侵入出来ない。
「ええい! ままよ!」
右手の壁にドアがあったので、ダメ元でそれを引いてみる。
「あ……」
有りがたい事にドアは空いた。
まさかの事に唖然としたが、一秒後にはそこに飛び込む。
「あれ? おかしいな? おじさんが居た気がしたんだけどなぁ」
キリアの声が向こうから聞こえた。やはり半分は見つかっていたのだ。
息を殺して黙って居ると、「向こうかな?」と言った後に静かになった。
幽霊だからか足音は無いが、おそらくどこかに行ったのだろう。
「(危なかったな……)」
良い歳の大人が真剣勝負である。
ふぅ、と息を吐いた後に、ここはどこだ、と、周囲を見渡した。
「(なんだか良い匂いがするな……)」
鼻を鳴らして少し歩く。食べ物では無い、心地良い香りだ。
なんだろう、と思って歩くと、開いていた窓で誰かと目が合った。
「き……」
と言う声が聞こえた直後。
「きゃあああああああああああああああ!!」
と言う、黄色い悲鳴が上がる。
「あちいっ!!?」
窓から飛び出したお湯を喰らい、体を濡らした私がたじろぐ。
「ド変態! ノゾキ魔! 何考えてんのよ発情ノッポ!」
聞いた声だ、と思って見ると、フェネルの姉のエリスが見えた。
今は手桶で隠しているようだが、先ほどまでは全裸で居たらしい。
「見るなゴミムシ!」
桶が投げられ「コーン!」と当たる。
「フェネルの家だったのか!!?」
仰け反りながらに私は言った。
「驚くのはそこじゃないでしょ!?」
次に飛んで来たのは突っ込みだった。どうやらそこは風呂らしい。
つまり、私はその気はないが、エリスの入浴を覗いたらしいのだ。
「どうしたエリス?」
「入ってくんなぁぁ!!!?」
それから男性の声が聞こえ、「がはあっ!?」という声が聞こえる。
多分、お父さんか誰かが殴られ、その際に発した声だと思われた。
「(今の内に退散だ……何を言われるか分かったもんじゃない!)」
私はその隙に裏口から逃げ、一軒の屋根の上で身を落ち着けた。
「(ここなら多分、見つからないだろう……)」
寝転がり、月を見ている内に、私は静かに目を閉じて行った。
目を覚ましたのは午前5時前。
慌てて集合場所に戻ると、全員が捕まって半分寝ていた。
「おじさん凄いね。全然分からなかった」
「一度見つけた気がしたんだけどなぁ」
イリアが言って、キリアが言った。
「でもいいや。楽しかった」
「ね」
そして、2人は顔を向け合い、「にこり」と笑ってぼやけて行った。
「僕達、農園の近くに居るから」
「きっとまた、会いに来てよね」
言いながら、2人が消えて行く。
「でもあいつには気を付けて」
「わたし達を殺したあいつには」
最後にそう言って、2人は消えた。
「わたし達を殺した……あいつ……?」
私の心に安らぎと、疑問をひとつ残したままで。
翌日。
私はレーナを連れて、メラジア農園の男を訪ねた。
4日前に「入っても良いか」と、質問をした男の家だ。
男は突然の訪問にも関わらず、「あそこには何も無いよ」と私達に言った。
「中を……調べさせてもらっても良いですか?」
どうにも怪しいのでそう言うと、男は「くわっ!」と表情を変えた。
そして、黒い霧のようになって、私達に突然襲い掛かってきたのだ。
「先生!」
レーナが咄嗟に魔法を放ち、私の眼前で霧は吹き飛んだ。
しかし、すぐにも元通りとなり、「アアアアアア……」と呻きながら家の中へと入った。
追って、中に突入すると、霧はひとつの部屋へと消えた。レーナが蹴り破り、そこに入る。
「先生……これを……」
と、言われた為に、中へと入って確認をする。
そこには首つり死体があった。正直、耐えられる臭いでは無い。
状態から見て2、3週間前だろう。
肉の殆どが腐り落ちていたが、それが誰かは認識できた。
「自殺だな……理由は多分……」
憶測の為に最後を言わず、そのままにして部屋を出る。それから別のドアを開け、ひとつの部屋でそれを見つけた。
手と、首に枷をつけられた白骨化した子供の遺体だ。
それは2体、横並びに繋がれていた。
「罪の重さに耐えきれなかったんだろうな……」
その場に屈み、私が言うと、レーナも黙って隣に屈んだ。
「外してやれるかな? 私には無理なんだが」
言うと、レーナは「こくり」と頷いた。
それから遺体の枷を壊し、2人を地面に優しく降ろす。
「やっつけてくれたんだ」
どこからか双子の声が聞こえた。
「僕達これで、向こうに逝けるよ」
「おじさん。お姉さん、ありがとう」
その言葉を最後に声は聞こえなくなる。
「ひどい……ですよね……こんな事って……」
レーナが言って、涙を流す。
私はそれに「ああ……」と答えて、やりきれなさに耐えて上を向いていた。
後日になって分かった事だが、双子達に命を取られたと言う者は、調べた限りは1人も居なかった。
私と同様、襲われたと言う者はそれなりの数が居たようだが、追い付かれて「駄目だ」と思った時には彼らの方が消えたのだそうだ。
多分、遊び相手が欲しくて冗談半分でやっていたのだろう。
例の男に関しては証拠が無いので憶測にしかならない。
おそらくはだが、双子のどちらか……或いは両方に興味を持って、屋敷に火を点けて双子を攫った。
そして、監禁して命を奪い、罪の意識に苛まれて自殺をしたのだと考えられる。
その後に悪霊化してしまった訳だが、これは秘密を守ろうとした男の執念だったのではないか、と、私なりに推測している。
ロリコン、幼児趣味、大いに結構だが、自分の中だけでとどめて欲しい。
他人の人生に影響を与える、そして、最悪命を奪うような事は決してしてはならないと思う。
そういう性癖は気の毒だとは思うが、被害者の事を考えるべきだ。
子供達には罪は無いし、そうする権利は誰も持ってない。
その為の漫画や、雑誌なのでは無いかな……
少々説教染みてしまったが、今回の事は私的にも辛かった。
こうして気持ちを発散しなければ、流石の私も泣いてしまいそうだ。
応接間の落書きは殆ど消したが、一ヶ所だけは残す事にした。
私とレーナ、そして双子が海で遊んでいる時を描いた絵だ。
いつの間に描いたのか不明であるが、それを見るとなんとなく私は救われる。
今度、というものがもしもあるなら、私の元に生まれて来ても良い。
女の子なら名前はイリア。男の子ならば名前はキリアだ。
双子が生まれて来てくれたなら、その時には2人ともそういう名にしよう。
「(こんな事を考えている時点で、私はもうおじさんなんだろうな……)」
そんな事を思った為に、私は「ふふふ」と1人で笑った。
ええ…私ももうおじさんですとも…




