もしもあの日に戻れたのなら
昔から、山の中には何かが居ると言われている。
あやかしと表現する者が居れば、魔物と表現する者も居る。
中には神だという者も居るが、私はそれを鼻で笑っていた。
しかし、私はそれに出会い、不思議な体験をする事になる。
今回はその事を書いてみようと思う。
その日、私は朝早くから近くの山に向けて出発をした。
時刻は午前5時20分。
なんだか早起きになっている気がするが、年のせいでは無いと思いたい。
山に向かう目的はツチノコの抜け殻を取る為だった。
ラルフの病気を治す為の薬の材料に必要だったのだ。
ツチノコは絶滅危惧種であるが、まだかろうじて生息して居り、近くの山でそれを見たと言う情報を図書館で目にした為に、そこに向かっていたという訳である。
近くの山、と一口で言っても、実際の所はかなり遠い。
歩けば多分1日か、1日半はかかる距離だ。
その為に私は当然のように、ドリアードゲートのリーンを訪ねた。
「分かりました。一番近いのはドワーフの街ですね」
理由も聞かずにそう言って、リーンはゲートを開いてくれた。
「いつもすみません。助かります」
それを当たり前と思ってしまうのは、人間の慣れの恐ろしい所で、そんな気持ちを掻き消す為にも私は丁寧に礼を言った。
「いえいえ。私も何度も頼ってますから」
リーンはそう言って「にこり」と笑った。改めて見ると相当美人だ。
「ドキリ」としたのは浮気性では無く、男の本能だと理解をして欲しい。
「(シヤとレーナに出会っていなければ、私はリーンに入れ込んでいたのかな……考えるだけ無駄な事だが、可能性としては十分ありえるか……)」
そんな事を思いつつ、動揺を隠して大きく息を吐く。
「どうしたんですか?」
と、聞かれた為に、「いやいや」と笑ってからゲートに入った。
頭の先が引っ張られるようだ。転送時のいつものアレである。これの仕組みは本当はどうなのか。
思った直後には転送先についており、そこに居たドリアードに「お疲れ-」と言われた。
ドワーフの街を訪ねた際に、行きと帰りで世話になった子だ。
名前は確か聞いて居なかったかな。見た目の年齢は15、6才の、眠そうな顔が特徴的な子である。
「ねぇ、なんか甘いもの持ってない?」
唐突に聞かれ「は?」と返す。
「甘いもの。甘いものが欲しいの」
「あ、はぁ……」
困惑しながらポケットをまさぐる。
運よく飴玉が2つあったので、右手に乗せてそれを差し出した。
「やった。ありがと」
それを受け取り、枝の上に飛び乗る。
「気を付けてね」
と言ってくれたので、私は一応「どうも……」と返す。
「これ、すっぱい!!」
飴を食べたのか彼女が言ったが、そこまでの事は責任を持てない。
私は早足で森を進み、目的地の山を目指して歩いた。
目的地の山……名前は不明だが、そこについたのは7時の事だった。
ゲートから1時間ばかりを歩いた訳なので、多分、5キロか、6キロ位だろう。
今は道なき道に入り、草木をかき分けて坂を上っている。
左は雑木林のままだが、右手が急激に崖へと変わった。
何があるかは分からないので、左に移動して崖から遠ざかる。
10分位上っただろうか、雑木林が不意に途切れた。
「なっ!?」
代わりに現れたのは深い谷で、もう3歩程を進んでいたら落ちていた為に私は焦る。
右に向き、左に向くと、左に更に坂道が見えた。と言っても岩肌が剥き出しの斜面だ。
「(行けるかな……)」
と、思いつつ、私はそちらに足を向けた。
右手に岩を持ち、左足をかける。
「ぐっ、ぐっ」と踏んで強度を確かめてみたが、一応、大丈夫そうではある。
「ツチノコ探しは大変だ……」
そう呟いて登り出す。坂道の斜面は40度位だろうか。
素人の私でも登れるほどだ。そう大したものではないはずである。
15分程をかけ、なんとか登り切る。
下を見るとそこそこ高く、帰れるかな、と不安になった。
「まぁ、なるようになるか……」
立ち上がって林に踏み入る。少し進むと林が途切れ、そこそこ広い空間に出た。
石が積まれた不思議な場所だ。右手には祭壇のようなものもある。
何かと思って近づくと、果物等が供えてあった。
「山の神への供え物、と言った所か……近くに誰か住んで居るのかな」
そうは思ったが関係は無く、また、そんなに興味も無かった。
踵を返して歩こうとすると、祭壇に積まれていた石が落ちた。
下から順に5段積まれていたが、その上の一番小さな石だ。
何だか不吉だったので、それを拾って元通りにする。
「おお、すみませんなぁ……」
という声が聞こえ、「びくり」とした後に、後ろを向いた。
そこには白髪の老人が居た。
年齢は80才位だろうか。
群青色のローブをまとい、杖をついて近づいてくる。
「近くにお住いの方ですか?」
聞くと、老人は「そのようなものです」と言い、
「そのご親切に報いたいのですが、何か希望はありますかな?」
と、続けて私に質問してきた。
「い、いえ、特には……というか、そんな大した事では無いので」
恐縮しながらそう言うと、視界の端に何かが見えた。
蛇のようだが、そうでは無い、腹が「ぷっくら」とした奇妙な生き物だ。
「居た!!」
おそらくはだがツチノコである。居る、という事は抜け殻もあるはず。
そう思った私は老人を置き、ツチノコが消え去った方向へと走った。
「そちらはいかん。やめなさい」
老人がそんな事を言っていたが、私はそれに構わず走った。
林に入り、周囲を伺う。
「ガサガサ」という音が聞こえたので、そちらの方へと足を向けた。
「(聞こえなくなったか……巣が近いのかな……)」
耳を澄ますが音は聞こえない。
もし、巣穴があるのだとしたら、その近くに抜け殻はあるはずである。
身を低くして先を見ると、草木の間に穴が見えた。
「(あった!!)」
言葉に出さず心で叫び、私はそれにそっと近づいた。
「ぶん!」
という音が聞こえたのは、その直後の事であった。
右手を見ると、丸太が迫っていた。トゲのついた大きな丸太だ。
多分だが、猟師が仕掛けた罠だと思われ、熊か何かを倒す為に、そこに仕掛けたものだったのだろう。
「がはあっ!!」
私はそれをもろに喰らい、横向きのままで左に吹っ飛んだ。
下を見ると何も無い。
つまり、そこは崖だったのだ。
成すすべもなく私は落下し、落下した先で体を打ち付けた。
骨が砕け、頭が割れた。おそらく、後頭部は完全に割れている。
脳漿が噴き出ている可能性も大だ。
「これはもう……助からんな……」
それは医者だから分かる事だった。
知識として限度を知っているし、また、実際に助からない患者を診て来た結果の判断である。
「何て最後だ……間抜けすぎる……」
呟き、静かに目を閉じて行く。
最後に、レーナの顔が浮かんだ。
何かを言おうとしてみたが、言葉はもう発せなかった。
「そのまま死ぬのは無念でしょうな」
誰かの声が聞こえたが、目が明かない為に誰かは分からない。
つい先ほど会ったばかりの、あの老人のような声ではあった。
「気に留めている事があるようで……良いでしょう。行くとよろしい。行って、心残りを払ってくると宜しい」
それを最後に声は消え、同時に全ての音も消え去った。
人の最期とはこういうものか。不思議にあまり苦しくは無いな。
そんな事を考えながら、私は眠るように落ちて行った。
暖かな日差しが瞼に当たり、その事によって私は目覚めた。
「うっ……」
両目を開くが、眩しさの為に、顔を顰めて右手で覆う。
「手が動く……?」
気付いた時には動かしていたが、私の右手は普通に動いた。
体も動く。ごくごく普通だ。
慌てて後頭部を探ってみたが、こちらにも異常は見られなかった。
だが、場所は変わらぬ崖下で、夢にしてはリアルすぎた。
「或いはもう……死んでいるのかな……」
体を動かせるのはその為だろうか。
そう考えるとぞっとする。
首を振って体を起こすと、左手の先に何かが当たった。
それは、ツチノコの抜け殻だった。
「どういう事なんだ……」
と、疑問はしたが、兎にも角にもそれをしまう。
立ち上がり、周りを見てから、何とはなしに真っ直ぐ歩いた。
どれくらい歩いただろうか、見覚えのある道に出られた。
多分、ここを東に行けば、ドリアードゲートがある森につくはずだ。
そう思った私はそれを進み、予想通りに森へと辿り着く。
「すみません!」
古木の前に誰も居ないので、番人であるドリアードを呼ぶ。
「…………」
反応は無かった。静かなものだ。
「(飴玉の事で怒っているのか……しかし、それでは参ってしまうが……)」
そのまましばらく待ってみたが、ドリアードはやはり姿を見せない。
「飴玉の事なら謝りますから、ゲートを開いて貰えませんかー!」
私が悪い訳ではないが、謝罪を前提として声をかける。
しかし、それでも反応は無く、諦めた私は森を後にした。
ドワーフの街で馬車を借りて、それで帰ろうと考えたのだ。
それでも半日はかかってしまうが、歩いて帰るより遙かにマシである。
ドワーフの街についたのは、それからおよそ1時間後の事。
うまい具合に馬車を借りられ、相乗りの人々とプロウナタウンに向かった。
そして、およそ12時間後、20時前に街へと到着し、私は歩いて我が家へ帰った。
「狼か……? 生憎だが何も持ってないぞ」
帰り道の途中で狼に絡まれたが、本当に何も持って居ないので、「しっしっ」と言って追い払う。我が家についたのは10分後の事。
「ただいまー」
玄関を開けて声を出す。
反応は返って来なかったが、それには構わず鍵をかけた。
診察室を軽く覗く。
「(綺麗なものだ。一人でもやっていけるな)」
心の中で合格を出し、ルニスの仕事を密かに褒める。
「やれやれ……妙な一日だった」
応接間につき、ソファーに座る。
その時には「おかえりなさい」という声が聞こえたので、私もそれに「ただいま」と返した。
「……ん?」
それはレーナが発したものでも、ルニスが発したものでも無かった。
聞き覚えはあるが、聞こえるはずがない、あのひとの声と酷似していた。
「まだ少し寒いですね。あっ、後片付けはしておきました」
振り向くと、シヤが居た。エプロンの端で手を拭いている。
居る訳がない。居る訳がないのだ。彼女がここに居るはずが無い。
なぜならシヤはこの世にはもう……
「あ、あの、どうかしたんですか?」
不思議そうにシヤが言う。
居る訳がないが……シヤはそこに居る。立ち上がり、近づいてみると、困惑したのかシヤは下がった。
「い、いや……これは……夢だろうな……有るはずが無い、そんな事は……」
立ち止まり、額を押さえる。
シヤは両方の眉根を寄せて、そんな私を不思議そうに見ていた。
「或いは本当に死んでしまったか……」
何だかおかしくなり、私は笑った。
「あ、あの、先生? 大丈夫ですか?」
「ええ、まぁ、死んでいると思えば」
聞かれた為にそう答える。
シヤは「あの……」と、困惑していたが、私はそれで納得していた。
「(そうか……シヤと同じ世界に来たのか……そう思えば、全ては納得だ。そうか、そういう事だったのか)」
納得は出来たが力は抜けた。レーナにもルニスにも、フェネルにも会えない。
そう思うと寂しい気持ちになった。
だが、もう仕方のない事だ。シヤと会えただけ幸せなのだろう。
「シヤ……もう一度あなたに会えて良かった。私はずっと後悔していた。あなたを救う道が無かったのかと、いや、きっとあったはずだと。そして、その為に進めなかった。結局、進めないままで終わってしまったが、仕方が無い事だと納得しているよ」
思いのたけを一気に話す。
シヤは「えっ……」と、困惑していたが、私は構わず話を進めた。
「とにかく……その……これからは一緒に……2人で……その……」
いざとなるとこのザマである。言いたい事は分かっているが、口から先に出す事が出来ない。
だから私はチキンなのだ。死んでも治らない性格らしい。
「そ、そう言えば目は? 目は治りましたか?」
結局は言えずにそう質問する。
死んでいるのだからどうでも良いのに、誤魔化す為の質問である。
「(バカだろ!?)」
と、直後に思ったが、出てしまったものは取り消しは効かない。
「いえ……それを治す方法は、先生が今、調べてくれてるんじゃ……」
それには「は!?」と、私は返した。
私が居る? もしくは居た?
死後の世界なのに私が居る? いやいや、それでは話がおかしい。
「ど、どういう事ですか?」
と、質問すると、シヤは順序だてて教えてくれた。
それによるとつまりこう。
私はシヤの病気――涙を出さない為の方法だが、これを治す為に奔走していた。
知人に当たり、資料を漁り、色々な方法で調べていたらしい。
そして、気分転換の為に私は先ほど散歩に出て行った。
それまでは普通であったらしいが、帰ってきたらこのザマだったと、シヤはそう言う訳である。
「死んだ訳では無く巻き戻ったのか……」
あり得ない事だが、そうでも思わないと状況の説明がつかなかった。
あの日、私はどうしていたか。散歩に行った後の事だ。
「……狼か!! あれは誰だった? ク、ク? ……クレア? クレアか? あれがクレアだったなら」
あれがライカンスロープのクレアだったなら、まさしく過去の通りである。
あそこで私は干し肉をやり、それから彼女を連れて帰った。
そして、彼女を治す為にシヤの病気をおざなりにしたのだ。
「しまったな……」
と、思うと同時に、「ならば」と言う気持ちがこみ上げて来る。
ならば、シヤを救えるはずだ、と。
夢かもしれないし、死んだ世界かもしれない。だが、シヤを救えるならば、私はそれに全力を尽くしたい。
もう、後悔はしたく無かった。
「あなたを救う! 必ずだ!」
シヤにそう言い、部屋に向かう。
「こちらのイアン」も頑張っていたようで、資料は投げられたままであった。
それを引き継いで机に向かい、そこからの経験をそれに加える。
可能性はいくつもあったが、確定的なものは出てこない。
そのまま翌日の朝を迎える。
限界が来たのか、私は寝ており、フェネルの声で叩き起こされた。
「ハダカの女の人が寝てますよ!!」
私はすぐに飛び起きて、フェネルと共に玄関に向かった。
そこにはクレアが寝そべっていた。
「(やはりこうなるか……)」
と、思ったが、解決法はもう知っている。クレアに上着をかけた後に、私はシヤに運搬を頼んだ。
それからラッドの家(調べる必要なく、それを知っている)に行き、合コンを条件に血を分けて貰った。
「焦らずともいずれ彼女は出来ますよ。すごい胸の可愛い子がね」
言うと、ラッドは「はぁ?」と言って、直後に「は、はぁ……」と、苦笑いをした。
頭がおかしい人なんですね? と、言わんばかりの表情である。
「(まぁ、いずれ分かってもらえるさ)」
そう思った私は言い訳はせず、ラッドの血を持って我が家へ戻る。
血清はほんの数十分で出来、まだ理由を聞いても居ないのに、眠っているクレアにそれを刺した。
「ちょっ!?駄目でしょそんな適当な!」
それを見ていたフェネルが言ったが、「大丈夫だ」と私は答える。
「なんか投げ槍!どうしたんすか先生?ハダカの人に反応しないのも、なんだか先生らしくないですよ?」
言われてみればそうかもしれない。
この頃の私なら「えらいことだ!!」と、喚きながらもじっくり見ただろう。
「この辺りに異常があるのかな?」と、色々とまさぐっていたかもしれない。
「(まぁ、それ程に必死という事か……)」
首を振ってそう思い、私はすぐに部屋へと戻った。
「なんだか先生が大人に見えますよ……1年半くらい先に行ってる感じ」
後ろについてきたフェネルが言った。
「こういう事には普通に鋭いな……お前はそういう所を伸ばしていくと良い」
「なんか凄い上からだー!?」
私が言うと、フェネルは叫び、悔しさ? のあまりに悶絶していた。
それから2日を研究に費やしたが、決定的な答えは出なかった。
はっきりとした日にちは覚えていないが、シヤのあの日は近いはずだ。
私はここで考えを変え、例のあの子――アーベルだったか。
シヤが大事に思っているはずの、アーベルが死ななくても良い方法を探るという方向に考えを変えた。
死ぬというからには原因があり、原因が無くなれば死なずに済む。
考えてみれば簡単な事だったが、当時の私はそれに気付かなかった。
余裕が無かったのか、未熟だったのか、とにかく今は反省を生かして、それを行動に移すべきだ。
私はすぐにも家を訪ね、外来専門の医者だと偽って、まずはアーベルを調べさせてもらった。
結果としては大当たり。アーベルは心臓病を患っていた。
心筋梗塞を引き起こしかねない、割と危険な段階まで来ている。
知っている人は知っていると思うが、心筋梗塞は急死に繋がる。
先程までは元気であっても、そのすぐ後には死んでしまうのだ。
勿論、前兆のようなものはあるが、素人であれば分かるはずはない。
ともあれ、シヤはこれを予測して、アーベルの為に命を断った。
その後の事は今にしてみれば不明だが、きっと治っては居ない事だろう。
幸いにも、現段階なら、薬の投与で予防は出来る。
狭心症治療薬、という、病名そのままの薬であるが、私の家にもそれはあるからだ。
「息子さんは病気です。それも子供には珍しいものです。今なら薬で抑えられますので、私の医院に来ていただけませんか?」
「い、いきなりそんな事を言われてもねぇ……」
父親は最初は疑っていたが、それでも折れずに説得を続けると、自分同伴で良いのであればと、来院の意思を示してくれた。
そして翌日、アーベルを連れ、父親が私の医院を訪ねた。
「あれ? なんでお姉ちゃんがここに居るの?」
「あなたこそどうして……?」
アーベルも、シヤも驚いていた。こちらの私は彼らを知らない。
まだ、聞いて居ないのだから、それは当然の事ではあるのだが。
「とにかく中へ。薬はもう、用意しています」
言って、親子を中へと入れる。
状況を理解したいのだろう、シヤも親子の後ろに続いた。
症状を話し、治療法を話す。それには大体10分位かかったが、シヤも、父親も納得してくれた。
「そんな事になっているとは……先生には命を救われました」
父親がそんな事を言ってきたので、私はそれに「いえ」と返した。
「お子さんの命を救ったのは、そちらに居るシヤという女性です」
右手を伸ばしてシヤを指し示す。
親子は今度はシヤに向かって、「ありがとうございました」と頭を下げていた。
「どうですか?」
親子が帰った後に声をかける。
「まだ、彼の為に泣きたいですか?」
聞くと、シヤは「いえ」と言った。穏やかな顔で私を見ている。
「そうですか。それは良かった」
全てを理解した私は微笑み、息を吐きながら椅子に座った。
「あの……先生? もし、ご迷惑じゃなかったら、これからもずっとここに居て良いですか……?」
その言葉には私はすぐに答えを返す事は出来なかった。
以前であれば即断だった。1も2も無くYESである。
だが、なぜだかそうは言えない。嬉しいが、なぜだか言えなかった。
「それは勿論……」
と、何とか言ったが、ぼやけていると自分でも分かる。
「(そうか……そうなのか……私はもう……)」
気付いた時には悲しくなった。自分の薄情さや、移り気に。
シヤの事は好きだった。もし、一緒に生きて行けるなら、生きて行きたいと考えていた。
だが、それはあくまでもこの時点での事だったらしい。
なんだかんだと言い訳していたが、私はもうレーナの事を普通に好きになっていたのだ。
シヤの事は要するに、全力で好きにならない為の言い訳の材料でしか無かった訳だ。
「(酷いものだな……)」
と、自分でも思う。
だが、それに気付いた以上は、ここでじっとしている訳には行かない。
「もし、私が帰ってきたら……」
そう言いながら立ち上がる。
「もし、もう一度私が帰ってきたら、先ほどの言葉を言ってやって下さい。私はあなたが好きだった。いや、この時の私はあなたが好きだ。一緒に暮らして行きたいと本気で思っているはずです。だから、もう一度言ってやって下さい」
言うと、シヤは目を細めたが、直後には「はい」と言ってくれた。
「あなたと逢えて嬉しかった。本当に、本当にありがとう」
そう言ってから歩き出す。
「わたしも」
と、シヤが言ったので、足を止めてシヤを見る。
「わたしも逢えて嬉しかったです。どんな結果になったとしても、その気持ちはきっと変わらなかったと思います。だからわたしこそ、ありがとうございます、です」
シヤが言って、頭を下げる。
そして、それを上げた時にはシヤは「にこり」と微笑んでいた。
再会えて良かった。本当に。
沸き出してくる涙を拭って、私はドリアードゲートに向かって歩いた。
数十分後。私は山に居た。
ツチノコの抜け殻を探した山だ。
こうなった原因が100%、ここにあると思ったからだ。
落下してからの道を遡り、落ちた場所に辿り着く。
「おーい!」
と、声をかけてみたが、当然のように反応は無い。
「(ふーむ……具体的な原因が分からんからな……例えば老人が現れたとしても、何と言って良いものやら……)」
思っていると、何かが飛んで来た。
私の目の前を「ふっ」と横切る。大きさは多分私の手程だ。
「蝙蝠か!?」
そう思った私が右手を振ると、「やめっ!?」という小さな声が聞こえた。
「喋った……?」
「喋るよ!」
呟くと、何かがそう言った。掌ほどの小さな女の子だ。
髪の毛の色は紫色で、年齢で言うなら12、3才の子だった。
背中には羽が生えている。
「ピクシーか」
と、私が言うと、その子はまずは「そうよ!」と言った。
「蝙蝠って失礼しちゃう!」
その後に言って、頬を膨らます。
ピクシーとはまぁ、悪戯好きな、人間に害の無い中立的な妖精だ。
害はない、と書きはしたが、大抵は何かを企んでおり、迷子にさせるとかモノを失くさせるとか、下らない事で相手を困らせて喜ぶと言う習性を持っている。
「悪いが今は遊んでやれないぞ。違う奴を捕まえてくれ」
その事を知る私が言って、右手を使って「しっしっ」とする。
それを見たピクシーは「野良犬ですか!?」と驚き、「良いのかなぁ、そんな事して」と、思わせぶりな言葉を吐いた。
「どういう意味だ……?」
眉根を寄せて真意を質す。
ピクシーは「ぴゅー」と回転しながら「誰かを探してるんじゃないの?」と、私の本心を見抜いて言った。
「良く分かるな……」
警戒もせずに私は言った。
今にして思えば軽率だったが、隠していても多分だが、バレていたと思いたい。
「そりゃあもう、わたし、ミレーユちゃんですから!」
その言葉には「はぁ……」としか返せず、ミレーユちゃんは少々不満げだ。
「あー、その、ミレーユちゃんは、どうしたら会えると考えているんだ?いや、参考までに聞きたいんだが」
「いきなりちゃん付け呼ばわりなんて、あなたはとんでもない無礼な人ですね」
正直むかつく。叩き落としたいが、そんな事をすれば鬱になるだけだ。
故に、私は「すまないね……」と耐え、「で、どうすれば良いと考えているんだ?」と、改めてミレーユに質問をした。
「そりゃあもう祭りですよ! それしか無いですよ!」
人差し指で「ビシリ!」と指さし、自信ありげにミレーユは言った。
「祭りと言われても準備がな……」
「大丈夫! 私達が全部整えますから! あなたはここでヌルリとしていて下さい!」
私が言うと、ミレーユが言った。
「何だかイヤに協力的だが、何か裏があるんじゃないか……?」
そう言うと、「ヒドイ!」と、泣き出したので、私は慌てて彼女に謝った。
「じゃあ、ここで待ってて下さいね!30分位で戻りますから!」
そう言った後にミレーユは消えた。
ほんの一瞬、「ニヤリ……」と言う、汚い笑顔を私に見せて。
30分位で戻ると言ったが、私は実際には2時間は待たされた。
これ自体が悪戯かと思い、移動しようかと考えていた所だ。
そこに、ミレーユは仲間と現れ、腰みのと松明を私に見せて「はい♡」と笑顔で言ったのである。
「これは、どういう……?」
「あなたが着るんです! 踊るんですよ!」
聞くと、当然のようにミレーユは言った。
30匹は居るだろう、仲間達も「にやにや」としている。
「冗談じゃない。私にもキャラがある! そんなものを身に着けてウホウホアホアホやってられんよ!」
首を振ってそう言うと、
「折角みんなで探してきたのに……あなたの為に必死になって……」
と、仲間と共にミレーユは落ち込むのだ。
その肩に手を置くピクシーも見られ、悪い事をしたような気持ちにすらなる。
「わ、分かった! 着れば、着て踊れば良いんだろう!?」
罪悪感に負けてしまい、それを受け取って草むらに向かう。
着替えて来ると「ヒャッホーィ!」と、ピクシー達は大喜びだった。
中には「バカだー!」と言う者も居り、それには一瞬耳を疑うが、「お、お前バカだろ! お前お前!」と、隣のピクシーを指さしたので、人違いだと認識して置いた。
「じゃあ1時間位踊って下さい」
「1時間も!?」
ミレーユの言葉に私が答える。
「じゃあ2時間で」
と言われたので、「1時間のコースでお願いします」と、私はすぐに妥協した。
腰みの一丁にダブル松明。人には決して見せられない姿だ。
そんな姿で私は踊り、ピクシー達も笑いながら、私の周りで踊り狂った。
「(騙されたかな……)」
と、思いはするが、今となっては信じるしか無く、太陽が西の空に沈みだすまで、勢いのままに私は踊った。
「はい、じゃあ踊りはその辺で。みんなもう飽き……じゃない、次の段階に行きたいそうです」
ミレーユが言いながら近づいて来る。
踊り疲れた私は「ヒィヒィ……」と、肩で大きく息をしていた。
「それでは次はこちらです」
現れたものは両手と首が「すっぽり」と入る処刑台のようなもの。
尻を突き出して突っ込むような、あまり私は詳しくないが、SMの道具で使うような代物だ。
「そんなものどこから持ってきた?!」
第一の疑問はそれである。
「まぁまぁ、そこはお気になさらず」
答えつつ、皆でそれを押す。そして、私の眼前で止め、「ささ、どうぞどうぞ」と、使用を勧めた。
「本当に現れてくれるんだろうな……?」
疑いつつも松明を置き、私がそれに両手を乗せる。
続けて首を乗せた後に、ピクシーの数匹が上板を閉めた。
「それではご神体様のご登場です!」
「わー!」
ピクシー達が盛り上がり、後ろから「ずぞぞ」という音が聞こえた。
何か、重いものを引っ張ってくるような、私にとっては不吉な音だった。
「ええ、こんなの入るのかなぁ」
「だから試してみるんじゃん」
そんな声が周りから聞こえる。
「おい! ちょっと待て! 何をしている!? 一体何を企んでるんだ?!」
大声で聞くが反応は無し。もがいてみるも抜け出せなかった。
「あほうっ!?」
腰みのが誰かに「ぺろり」とめくられた。要するに、私の尻はむき出しである。
「突入~~」
「いっけーーーー!!」
そして、ピクシー達が言い、私の尻に何かが刺さった。
「ぎゃああああああああああ!!?」
まず痛い。続けて怖い。
なんなのこれ!? なんてバツゲーム!?
そんな事を思っていると、ピクシー達が前に回った。
「じゃ、私達飽きたから帰ります」
「それなりに楽しめたよ」
最後にそう言い、散って行った。
「おい! おいい! せめて! せめて抜いて行け!! このままで放置をしないでくれえ!」
叫んだが、彼らは戻って来ない。
「いつっ……!?」
体を揺さぶるだけで痛い。心と体、その両方が。
「えらい事になってしまいましたな……」
誰かが言ったのはその時だった。
「誰だ!?」
振り向けないのでそのままで言う。
しばらくすると誰かは歩き、私の正面に姿を見せた。
それは、あの時の老人だった。
「い、いつから!?」
と聞くと、「最初からです」と言う。
「だったら助けてくれませんかね!?」
と、私がキレるのは当然の事だろう。
「まぁ、それは置いておいて……」
「置かないでくれますか……」
老人が言い、私が言った。
「心残りは払えたようですな……元の世界に帰りたいですか?」
聞いてきたので「ええ……」と言う。
直後には尻が「ずきり」と痛み、その為に私は顔を顰めた。
「しかし、あちらの世界では、あなたはもう死んでおります。それでも、あちらに帰りたいので?」
やはりそうか、と、思わなくはない。
夢と思いたい部分があったが、あれは現実だったのである。
「帰りたいです……死んでいなければ……しかし、かと言ってこちらにも居られない。こちらの私を待って居る人が、私の家には今いるのです。彼女にはもう、辛い目にあって欲しくない……」
「ふむ……」
老人が「こん」と杖をついた。
「あちらでは借りができました。だからワシはあなたを救った。そして、こちらでも借りが出来た。ならばもう一度あなたを救いましょう」
それからそう言って、私を疑問させる。
「借り……? 何の事です?」
何の事だか分からない為、口に出してそれを聞く。
「あちらでは石。こちらでは悪戯ですな。あんなものでも山に居る以上、ワシの子供と同じでしてな。親としてはその責任を取らんといかんという訳ですよ」
老人は答えて背中を向けた。
直後には私の意識は薄れ、混濁の中へと消えて行った。
気が付いた時には私は寝ていた。
落下して、地面に叩きつけられたあの格好のままである。
すぐにも頭を触ってみたが、出血などの異常は無く、夕方に近い時間であったが、頭上では太陽が輝いていた。
「夢では無いだろうな……ここまで来ると……」
呟きながら起き上がる。
左手の先にはツチノコの抜け殻がある。
元の世界に戻っていなければ、あちらの世界に行った時のままだ。
起き上がり、街道に向かう。
「いっつ……」
尻の穴が「ずきずき」と痛む。
これだけは治してくれなかったようだ。
街道を遡り、森へと入った。
やがて古木が見えてくると、枝の上に誰かが現れた。
「嘘つきが来た! 嘘つき嘘つきー!」
松ぼっくりが飛んで来る。投げているのはドリアードの子だ。
どうやら元の世界に戻れたらしい。
安心した私は「ははっ……」と笑いつつ、古木の根元に近付いて行った。
「甘いの頂戴よ! 甘いの甘いのー!」
枝の上から「すとり」と飛び降り、駄々っ子のようにドリアードが言う。
「はいはい。明日にでも買ってきますよ。取り敢えずゲートをお願い出来ますか?」
言うと、ドリアードは「むすり」としたが、それでもゲートは開いてくれた。
「約束だからね」
と、言われたので、「分かりました」と答えて入る。
「(自分の世界というものは、気付いて居なかったが良いものなんだな……)」
そう思った私の頭がいつものように引っ張られた。
我が家の前にはレーナが立っていた。
私の姿を見るなり走り、私の前に来て立ち止まった。
何だか髪がボサボサで、その顔も酷く疲れて見えた。
「ど、どうしたんだ、そんなに取り乱して……」
その為に聞くとレーナは「だって……」と言い、取り乱している理由を教えてくれた。
「一週間も?!いや、1日だろう!?」
レーナの話では私はなぜか、一週間も消えていたらしい。
色々と探して見たのだが、それでも私を見つける事が出来ず、もはや待って居るしかないと玄関の前で待って居たのだそうだ。
私の感覚では一日だったが、レーナが嘘をつくはずが無い。
だからつまり、そういう事なのだろう。
「そんな事になっているとはな……何はともあれすまなかった。それと、家を守ってくれてありがとう」
言って、右手を肩に置くと、レーナは「いえ」とまずは答えた。
それから「無事で良かったです」と言って、私に「にこり」と笑いかけてくれた。
「(やはりここだな……私の場所は……)」
と、改めて思った瞬間だった。
山の神、山の魔物、あれがどちらであったかは分からないが、その事に気付かせてくれた事には素直に感謝をしたいと思う。
そして、シヤ。あなたにもありがとうという言葉を贈りたい。
どうか、そちらの世界で幸せに、そちらの私と仲良くして欲しい。
レーナを見ながらそう思い、私は我が家のドアを開けた。
「ただいま」
と、私が言うと、レーナが後ろで、
「おかえりなさい」
と言った。
ああ、良いな、と感じると同時に、私は尻が痛いと思った。
この後、ルニスに診て貰い、塗り薬を突っ込んでもらったりしたのです。
「はぎぃぃぃ!!」




