三倍速のあいつ
その日、12月12日はフェネルがこの世に生まれた日だった。
言い換えるなら厄日……ではなく、めでたい誕生日というやつである。
フェネルは朝から「ギャーギャー」騒ぎ、アレが欲しいだのコレを買えだのと、私に露骨に要求してきた。
結果、私は要求――
というか、その命令に負けて街に赴き、「完全再現! 6分の1リアルサイズ。中立マンレッドスーパープレミアム」という、わけのわからんフィギュアを買わされて散財をしたというわけだ。
これはもう親の仕事であったが、その日は姉の勉強会で、フェネルには居場所が無かったらしく、誕生日なのにその扱いは可哀想だと思った為に、私はフェネルを甘やかしたのである。
「ヒャッフーイ! 先生最高ですよぉ! 愛してる! マジでアイシテルー! これねこれね、この頭にある「中」って所を指で押すと「俺は中立だ!」って喋るんですよ! すごいっしょ!?」
「あ、ああ、そうだな」
フェネルは喜び、そう言ったが、私は正直そうは思わず、適当な返事をフェネルに返した。
直後には「俺は中立だ!」という間の抜けた声がフィギュアから聞こえ、私は更に気持ちを沈める。
というか、戦隊もののレッドの位置で中立って一体どういう事なのか……
「しかしお前も14才だろう……そろそろそういうのからは卒業したらどうだ……?」
歩きながら私が言った。
フェネル自身へのプレゼントは買い、一応の目的は果たしていたが、レーナからケーキの材料を買ってきてくれと頼まれており、今度はそれを果たす為に生鮮市場へと向かっていたのだ。
「えー、こういうのに卒業とか無いでしょ別に~。大きくなったら大きくなったで、別の種類のフュギュアを買って、同じように触ったり、動かしたりするんでしょ? なんか僕の父さんの部屋に制服で大股開きのフュギュアがあったし」
「そ、それは趣味趣向の分かれる所で、全員がそうだと言うものではないだろう……」
当たり前のようにフェネルが答えたが、私にはそう応えるしか無い。
とりあえずフェネルの父親には「自重しなさい」とは言いたい所だ。
「先生はあれですか? もっぱら人体模型派ですか? 内臓とか見て興奮してんの?」
「するか! どういうキャラなんだ私は!」
フェネルが聞いて、私が叫ぶ。
「腰抜けで臆病で計算高いネクラ的な? あと実際は結構エロいですよね」
その後のそれは大体合っており、私としても「い、いや」としか言い返せないのが悔しい所だ。
フェネルはしかし人を見ている。
どういう性格であるのかをフェネルなりに分析している。
これは医者を目指すのならば、持っていた方が良い資質である。
その点だけはフェネルを認め、私は歩き、息を吐いた。
白い息が「もうっ」と伸びる。
煙では無く、寒さの為だ。
ここ最近では一番寒い。今夜あたりは雪が降るのかもしれない。
そう思った私は足を速めて、レーナに頼まれた買い物を手早く済ませて帰る事に決めた。
その日の夜はパーティーだった。
フェネルへのささやかな誕生日パーティーだ。
メンバーは私とレーナの二人と、そして、主役のフェネルである。
「誕生日おめでとー!!」
レーナと私が同時に言って、買ってきたクラッカーを「ぱあん」と鳴らす。
レーナのそれは感情を込めた、素直な祝福の言葉だったが、一方の私は明らかに棒読みと言って良いものだった。
フェネルもそれに気付いたのだろう、「わあーぃ!」と、一応喜んだ後、
「先生はやりなおし」
と、私を睨んだ。
「た、誕生日おめでとーぅ」
先程よりは感情を込め、私がおとなしくそれに従う。
フェネルは「うーん……」と唸っていたが、「まっ、いいでしょ」と、合格を出し、三回目の祝福はしなくて済んだ。
今日の主役はフェネルである。
よって、今日はいつもに増して我慢をしなくてはならないだろう。
「すげぇ! レーナさんプロになれますよ!」
ケーキの蓋を開けたフェネルが驚く。
その下にはプロと見紛う程の技術を凝らしたケーキがあった。
中央にはホワイトチョコを使った長い板が置かれてあって、そこには「フェネル君おめでとう!」というチョコレートの文字が記されており、その周囲には雪だるまやペンギン(?)と思われる動物が全部で6体置かれてあった。
そして、イチゴやメロンやバナナ等、隙間なく果物が置かれてあって、ケーキの上というステージ上を色とりどりに輝かせていた。
大きさは半径で30㎝位か。かなり大きめのケーキと言える。
「確かにこれは凄い仕事だ……流石はレーナ、と言うべきか」
「そ、そんな、大げさですよ先生……」
私が褒めるとレーナは照れた。
レーナ、という呼び捨ての名前にも随分慣れたと私は思う。
最初は「レーナ……さん」等と言って、照れ臭さをごまかしていたものだったが、あれから半年以上が経った今は、そちらの方こそが照れ臭かった。
「先生ロウソク。14本ね」
「あ、ああ……」
フェネルの催促に私が動く。
なんだかこう、年長者としての威厳というものが皆無な気がしたが、今日の主役はフェネルなのだし、と、憤りを抑えて催促に従った。
「ほら」
「ちょっ! 長さとか色とかバラバラじゃないっすか!?」
ロウソクを渡すとフェネルが言った。
渡したロウソクの種類が違い、バラバラであったという点がお気に召さなかった様子である。
「我慢しろ。普通に無いんだよ。今から買いに行っても良いが、パーティーの開始は一時間後だな」
私が正直な所を言うと、フェネルは少し考えた後に「じゃあいいですよ」と、一応折れた。
「別に先生が居なくても、パーティーは続けられるんですけどね」
しかし、直後のその言葉で、私を軽く傷つけるのである。
フィギュアに材料費、そして料理、これらの費用は一体誰が払ったと思っているのだろうか……
「先生、火! 火つけてくださいよ!」
そんな私の気持ちを読めず、ロウソクをたてたフェネルが言ってきた。
私はやむを得ず魔力を使い、ロウソクに火を灯してやった。
「イェーイ! 着火マーン!」
と、フェネルがうまい事を言ったが、私としては笑えなかった(レーナはクスリと笑っていたが)。
「じゃあ行きますよー!」
フェネルが息を吸い、そして吐いた。
ロウソクに灯った火が消えて、レーナが「わー」と拍手を送る。
無視をするのも何だと思い、私も座って拍手をしておいた。
パーティーはそれから静かに始まり、賑やかにダラダラと続いて行った。
開始から1時間程が経っただろうか、時計の針を見た私がふとした事に気が付いた。
診察中の看板を、迂闊にも玄関に下げたままだったのだ。
私は慌て、立ち上がり、玄関に向かって歩いて行った。
トイレに行くとでも思ったのだろう、2人は私の顔を見たが、特に何も言ってはこなかった。
玄関に着き、下駄箱脇の「診察は終わりました」という看板を取る。
そして、私は玄関を開け、「診察中」の看板を取ろうとした。
「あ……」
「あ……」
そこで、私は一人の老人と「ばったり」と顔を合わせたのである。
年齢は70才位だろうか、白い髭を蓄えた人の良さそうな男性だった。
顔には眼鏡をつけており、頭にはニット帽というのだろうか、黄土色の帽子をかぶっていた。
服装は同年代の老人の域を出ないもので、どちらかと言えば少しばかり貧相なイメージだと私は感じる。
老人の鼻は赤かった。
鼻水を「すん!」と吸い込んでいる。
おそらく「診察中」だと信じて、寒空の下で待って居たのだ。
悪い事をした、と私は思った。
この上で「診察は終わりました♡」等とは、口が裂けても言えそうにない。
私だったらキレるか泣くだろう。
「あ、えっと……診察希望の方……ですよね?」
「ええ……もしかして今日は終わりですか……?」
私が言うと、老人は言った。
絶望的には感じない、なんだか元から諦めているような、期待を込めない口調と顔だ。
「まぁ」というのは容易かったが、その後の罪悪感は計り知れない。
とぼとぼと歩いて帰る様を想像するだけで胸が痛む。
だから私は「いえ」と言って、老人を受け入れる意思を示した。
老人は「そうですか」と言って、続けて「良かった良かった」と言った。
しかし、その言葉と反して、表情はどうにも浮かないままだった。
私はとりあえず彼を受け入れ、診察室に通した上で話を聞いてみる事にした。
老人の名前はニコライと言った。
正式にはニコライ・アレクセイエフ・ノーバーグシャー・ランドモルスとかいう、やたらと長ったらしい名前であったが、ニコライ、という事で割愛させていただく。
このニコライは言わばうつ病で、人生の行き詰まりを感じた為に私を訪ねて来たらしかった。
出身は北の方だと言ったが、ここより北にある人間の街を生憎私は知らなかった。
「それで、その、ご家族等は?」
毎度の話だが専門では無く、私はその道には素人同然だ。
しかし、これも毎度の話だが、断っても結局最終的には受け入れる自分が分かってきた為、最早それを省く事にしていた。
「家族はおりません。ワシ一人です」
老人、ニコライが冷淡に答える。
居ないから寂しい、とか、寂しいとは思っていない、とか、そういう感情が読み取れない言い方だ。
元気が無い表情で、床の一点を眺めたままである。
うつ病かどうかはともかくとして、生活に張り合いが無いと言うか、楽しめていないという事は本当なのかもしれなかった。
「(しかし……)」
私はふと思う。なんだかアレに似ているなこの人は、と。
今の服装は貧相なものだが、アレを着ればこの人は間違いなくアレに見えるだろうな、と。
ああいかんいかん、トミーでは無いのだ、アレアレ口調では申し訳ない。
アレとはつまり赤い服と、赤い帽子のあのセットの事だ。
所謂サンタクロースの衣装である。
それを着ればこの人は間違いなくサンタに見えるだろうな、と、私はそう思ったわけなのだ。
イメージ通り、という奴なんだろう。
だが、まあこう言ってはなんだが、このように覇気が無く、希望の「き」の字すらもたらせないような、元気の無い老人がサンタクロースな訳が無く、私は心の中だけで笑い、「お仕事は何をされているのですか?」と、ニコライに向けて何気なく聞いた。
ニコライはそれに「ああ……」と言って、2秒ほどが経ってから、
「サンタをやっておりました」
と、衝撃的な言葉を発した。
私は驚き、また同時に「何で過去形!?」とも疑問した為にすぐには言葉は返せなかった。
引退したのか!? そうなのか!? それとも首になったのか?! いやいやそもそもそういうシステムなのか!?
と、頭の中に疑問が溢れる。
「ワシは……その……おととしにサンタを引退したのです」
ああ引退か……
という事はそういうシステムではあるわけなのか、と、私は素直に納得をした。
患者の言う事は信じたいので、サンタであったというのなら、そこは信じるつもりである。
「え、えーっと……サンタを引退した理由というのは?」
そして、それを前提とした、小さな疑問をニコライに向ける。
ニコライは「絶望したんじゃな」と言って、それから更に話を進めた。
「最近の子供にな。昔は何でも喜んでくれた。それがなんじゃ、今の子供は、アレが欲しいコレが欲しいと、欲望はまさに底なしじゃ。例え、望み通りのモノをプレゼントしてもらっても、何日かしたらすぐに飽きる。そしたらもうゴミ箱にポイじゃよ。そういうのを最近良く見るようになってな。それが嫌になってやめてしもうた。昔の子供はなんというか、貰ったものは何年経っても大事に持っておくものじゃったんじゃがなあ……」
ニコライが言って、天井を仰ぎ見る。
そこには当然何もないが、昔を懐かしむ行為なのだろう、何かを見つける為ではなかった。
私はニコライに同情していた。
どういうシステムでプレゼントを配っているのかは知らないが、自分が選び、プレゼントしたものが何日か後には捨てられていたら、それは誰だって悲しくなるだろう。
フェネルだってあのフュギュアを果たしていつまで持っているやら。
明日にはゴミ箱に捨ててあって、私の心をえぐるかもしれない。
そんな事が連続したら、それは嫌にもなるはずである。
「……それでは去年と今年のプレゼントは、誰か他のサンタクロースが?」
空気を変える為に私が聞いた。
それはどうでも良い事ではあったが、何かを聞いて、この空気を別のものに変えたかったのだ。
「若い衆がやったそうな。今頃は準備で大忙しじゃろう。奴らはまだまだヒヨッコでな。ワシの若い頃と比べて、どうにもこうにも要領が悪いんじゃ。それこそワシの若い頃は奴らの3倍は早かった。あまりに早いその為か、赤い彗星とも呼ばれていたものじゃ」
「ほ、ほう、赤い彗星ですか……それはまた大層な」
なんだか親しみのあるフレーズな気がして、私はそこには妙に食いついた。
「ぶつかりそうになった事が何度もあったが、そこは腕で回避してな。「こいつ! 普通のサンタじゃない!」などと、バードマン(鳥人間)達にも驚かれていたものじゃよ」
「なるほど。確かに危ないですが、当たらなければどうという事はありませんからね」
「そうじゃ、まさにその通り」
私が言うとニコライは笑った。私もなんだかニヤニヤしていた。
ニコライのテンションが上がってきたので、きっと医者として嬉しかったのだろう。
「好きなのですね。サンタと言う仕事が」
私が言うと、ニコライは黙った。
先程までの笑顔はどこへ、一転して再び暗い表情になる。
しかし、それは冷めたわけでも、気を悪くした為でも無い、その事に気付いてしまった為に考え込んだのだと私は思った。
「サンタが好き、か、そうなのかもしれんのぅ……」
ニコライが言い、息を吐いた。
帽子を取って、考え込む様は、完璧に「ちょっとだけ凹んでるサンタ」だった。
「去年もな、これでええんかな、とは思っておった。喜んでくれる子供もおる。全体の何割かはな。そういう子供達の笑顔を思って、路地裏で酒を呷っておった。犬に吠えられ、ご近所さんに「あの人怪しいんですけど!」と、自警団を呼ばれてしょっぴかれた後もな」
割とハードな生活である。
仕事を失ったらそうなるのかと、私はそこは息を飲んだ。
「ワシはやはり、やりたいのじゃろうか……」
ニコライは最後にそう言って、自身の握った帽子を見つめた。
多分、彼はやりたいのだろうと思う。
だが、「やりなさい」と私が言って、やって、また傷ついた時、私はどうしたら良いかがわからない。
やっぱ最近の子供はクソだわ。もうあれだ、ヤるしかないわ。
とか、ニコライが変な風に考えを変えて、犯罪史上に名前が残るサンタになってしまった時には、私の責任もゼロではないだろう。
ニコライ本人の為にもここは、適当な事を言うべきではないのだ。
「ええー!? 診察とかアリエナインデスケドー! 先生! 今日の主役が誰かわかってますか~?」
そこへ、フェネルが姿を現した。
なかなか私が帰って来ないので、少し疑問に感じたのだろう。
「あれ? あれあれあれ!? その人って、えっ!? 先生その人ってアレじゃないですか!?」
ニコライを見てフェネルが言った。
そこは流石に子供なのか、ニコライの正体に気付いたのかもしれない。
「ああ……実は」
と、私が言うより早く、
「ほら! 市場にゴザ敷いて座ってる人! 空き缶にお金とか入れて貰ってる人ですよ! この人最近有名なんですよ! こんな所まで来ちゃったんですか!? 先生もまた入れちゃってーほんともーお人好しなんだから!」
一気に、フェネルがそう言った。
「……」
私としては黙る他無く、そんな事をしてたのか……と、悲しく思う他に無い。
仕事を失くすのは怖い事だな、と、今更ながらにそう思う。
「じゃー先生のお人好しに免じて、僕もケーキを一切れ上げるから、お爺さんもそれで納得してかえんな。ほらこっち、こっちきなってば」
ニコライを引っ張り、フェネルが言った。
なんだか私以外には、割と普通に良い奴である。
これが私であったなら、
「プギャァァ! 先生何やってんの!? え!? コジキ? コジキなの? 落ちぶれたもんだ先生も! あっ、元から落ちぶれてたか♡ ケーキ上げるからついてきなよ! ほら、遠慮なんてしなくていいから! ほら! ほらあ! 喰らえよぉ! その顔面に生ケーキをなぁあ!!」
と、投げつけられていただろうから、その扱いたるや天と地ほどだ。
フェネルに連れられて行ったニコライは、普通に一切れのケーキを貰い、普通にその後パーティーを楽しんだ。
時刻にして22時頃にパーティーはようやくの終了となり、フェネルは夜も遅い事なので、我が家に泊まって行く事になった。
ニコライもまた泊まる事となり、レーナは二人の寝床を作る為に、客間へと行ってくれていた。
現在、応接間には私とニコライ、そして、ソファーでいびきをかいているフェネルの3人が居るだけである。
「実に楽しいパーティーじゃった。久しぶりじゃよ。こういうのは」
そんなフェネルを眺めながら、カップを両手にニコライが呟いた。
「良い子ですなぁ。息子さんですか?」
と、直後には私に聞いてきたが、それには即座に「いいえ!」と答えた。
というか奴が良い子なら、大概の子供は聖人か或いは天使のレベルと言える。
私はそれは言わなかったが、心の中では呟いていた。
「もう一度……やってみるかのぉ。ワシはやはり、子供達が好きじゃあ……」
誰に言ったというわけでなく、フェネルを正面にニコライはそう言った。
翌日、私とレーナとフェネルは、とある岬にやってきていた。
岬の先端にはニコライがおり、眼前の海の彼方に向かって、海風に耐えて立ち尽くしている。
私達がなぜ、ここに居るのか。
それはニコライのやる気と感謝、それに加えてニコライのひとつのお願いが関係していた。
ニコライは昨夜、やる気を取り戻し、もう一度サンタをやると言った。
そう思えるようになったのは私達のお蔭で、だからこそお礼がしたいからついてきてくれと彼は言った。
そして、その上でもし良かったら手伝いをして欲しいと頼んできたのだ。
一応の患者の事ではあるので、私はこれを快く引き受けた。
結果、私達はこの場へ連れられて、こうして立ち呆けているわけなのである。
「じ、自殺とかするんじゃないですかね? 「こいつがサイコーのエンターテイメントじゃ!!」とか言って、リアルタイムで飛び込む所を見せるとか」
不吉な事をフェネルが言うが、頭を「ぺちり」と叩く事で、私はそれを否定した。
昨夜のままならいざ知らず、今日のニコライの目を見れば、そんな事はしないのは明白だからだ。
「じゃあなんなんですか? もう10分はあのままですよ? なんかもう、もう少ししたら、「さ、帰りますか……」とか、普通に言いそうで怖いんですけど?」
「それだと意味が分からんだろう……散歩なら一人で出来る事だ。良いからもう少し黙って見て居ろ」
フェネルが言って、私が言った。
レーナはそれを微笑んで見ており、私と目が合った後には「ふふっ」と小さく声を出して笑った。
当たり前の事だがレーナは大人だ。
こういう時に騒いだり、先走ったりした事は無いし、ともかく待つべき時には待って、静かにしていた印象しかない。
かと思えば闘技場等、熱い時には熱い女性だし、いざ、戦いになった時には私等より1000倍は強い。
そういう意外な所も含めて、私はこのレーナと言う女性に少しずつ惹かれて行っているのだろう(という事にしておいてほしい……)。
「なんか来た!!!」
唐突に、フェネルが叫び、私達が視線の先を見た。
視線の先は岬の上空。
そこには大きなソリを引いた二匹のトナカイの姿が見えた。
トナカイはソリを引いたままで、こちらの方に近付いてきて、最終的には岬の先で、横づけになるようにして停止した。
「さぁさ、どうぞ、乗って下され。さぁさ、さぁさ」
言って、ニコライが乗車を勧めたが、私達はすぐには動けなかった。
何なのか、は分かりはしたが、何でなの? と、思っていたからだ。
何で、ソリを引いたトナカイがこんな所に来ちゃったの? と、略さず言えばそう思っていたのだ。
「ああ、これはワシのソリですじゃ。こいつはムーンでこいつはサン。まぁワシの相棒ですな」
ニコライが言ったが、そっちでは無かった。
説明を求めたいのはそっちでは無かった。
「あの、どうしてそのソリがここに?」
聞いてくれたのはレーナだった。
それだ、それをこそ聞きたかったのだ。
私は内心でレーナに感謝した。
「まぁワシの迎えですな。これに乗って帰るわけです。人に見られてはマズイと思って、ここを選んだというわけですわい」
言って、ニコライが「ふほほ」と笑う。
聞いたレーナは「そうなんですか」と言い、直後には愛想笑いを浮かべた。
私とフェネルも一応納得し、そういうわけならとようやく動き出す。
「おい、そっちじゃないだろ」
という突っ込みは、ソリではなくてトナカイに乗ろうとした、フェネルに対する私の注意だ。
「えー別に良いじゃないですかー。馬系なんだから乗れなくないでしょー」
その反論は無視する形で、私はソリに足を乗せた。
一瞬、「くん」とソリが下がったが、すぐに元の高さに戻り、私は「ふぅ」と息を吐く。
それからフェネル、レーナが乗って、最後にニコライが前部に乗った。
「それではいきますぞい。ホーゥホホーゥ!」
ニコライが言って、手綱を引いた。
やっぱりそれ(笑い声)が合図なのね、と、私達が思った直後にソリが動き出す。
そして、ソリは青空へと舞い上がり、私達を乗せたままで、ニコライの我が家へ向かって駈け出した。
そこはとても不思議な場所だった。
雲の上、とでも言うのだろうか、地面が柔らかく「ふわふわ」していたし、昼だというのに空は暗く、川には水が流れる代わりに、星のようなものが流れていた。
いつの間にこんな場所へと来たのか。私には全く記憶が無かった。
雲の中に突っ込んで、私達は直後に視界を奪われた。
そして、それを抜けた時には不思議な世界の空に居たのだ。
空は暗いが、暗闇では無い。
月や星は見えなかったが、その代わりに地上の明るさが空にも届いていたからである。
地面の上には雪が積もり、飾りのつけられたモミの木がそこら中に生えていた。
その地面の上を他のサンタや、所謂ジャックフロストと呼ばれる雪だるまの妖精が歩いていたのだ。
「ヒッフー! 社長のおかえりだフー!」
ジャックフロストの一体が言い、私達の到着を地上から迎える。
頭にはサンタの帽子をかぶり、足には黒いブーツを履いていた。
「可愛いー! なんですかあれー! 雪だるま?」
とは、それを見るなりのレーナの言葉で、それには私が彼らの名称と、軽い説明を加えて教えた。
「社長? あだ名か何かですか?」
こちらはフェネルが発したもので、私にはそれは分からない為、本人からの説明を待った。
「まぁそんなもんじゃな」
ニコライがそう答えた後に、ソリは地上に着地した。
「ヒッフー! ヒッフー!」と、ジャックフロストがステップを踏んで近づいてくる。
「あれ? ニンゲンが一緒に居るっフー!」
そして、私達の姿を見つけ、驚いた様子でそう言った。
「ヤダー、すごい可愛ぃ~! 抱きしめても良いですか?」
「拒否するだフー! 断固としてフー!」
レーナに言われ、ジャックフロストが後ずさる。
しかし、レーナはソリから下りて、「じわり、じわり」と彼に近付いた。
「殺意的な何かを感じるだフー!!」
その様子を見たジャックフロストは、身の危険を感じたのか、脱兎のごとくに逃げ出して行った。
「あぁ~……残念……」
残されたレーナは無念顔で、がっくりと肩を落としていた。
「あれ? 社長、戻ったんですか?」
直後、ニコライの姿を見つけ、一人のサンタが近寄ってきた。
見れば、髭がまだ茶色の、ニコライから見れば若造のサンタが居た。
「この人たちに諭されてのぅ、ワシももう少しやってみる事にした」
ニコライが言って、ソリから下りた。
私とフェネルもそれに続き、ふわふわの地面に足をつけた。
「なんだこれ!? 足の裏きもちわるっ!!」
とは、直後のフェネルの不満声だ。
気持ち悪いとまでは言わないが、私もなんだか違和感は感じた。
「作業はどうなんじゃ? 今年は回り切れなんだなどという、情けない事だけはするまいぞ」
「あ、いやー……ギプスの奴の所がおめでたが近くて、作業的には去年よりもちょっと……」
ニコライが聞き、男が答える。
話の意味が分からなかったので、私達は立って、黙って聞いていた。
「なんじゃと? そりゃあいかんなぁ……そういうわけなんでさっそく行きますかな」
言葉の前半は独り言、後半は私達に向けて言って、ニコライがふわふわの地面を踏んでどこかに向けて歩き出した。
「ど、どういう事なんですか?」
それに続いて私が聞くと、レーナとフェネルが私に続いた。
「仕分けが少し遅れとるんです。去年はギプス……サンタの一人なんじゃが、こやつが居た上で回り切れなかった子供が割とおりましてな、このまま行くと今年はもっと沢山の子供に行き渡らなくなる。先生がたには申し訳ないのじゃが、仕分けを手伝ってほしいわけなんですわ」
歩きながらニコライが答えた。
どうやら手伝い、というものは、子供に配るプレゼントの仕分けをしてくれ、という事だったのだろう。
「なるほど。まぁ、構いませんが……」
断る理由は特に無い為に、私が了承の意を示す。
「なんだか楽しそうですね」
夢のような世界に居る為か、テンションが高めのレーナが微笑み、その言葉をもって協力の意を示した。
「えー、僕貰う方だからなぁ……あげる方に回るのはなんか興ざめー」
唯一、フェネルは反抗したが、誰も、何も言わない為に、「やりますよ、やればいいんでしょ!?」と、一人で勝手に意見を変えた。
3分位歩いただろうか、私達は街の(?)郊外の工場らしき場所に着いた。
工場の外観はながーーーーーいケーキで、煙突の代わりになっているのか、屋根の上のイチゴから白い煙が伸びていた。
そこから少し離れた場所にはティラミス型の建物が見え、そこに何かを運んでいる事から、倉庫なのだろうと私は察した。
「なんかおなか空いてきた」
「だね」
フェネルが呟き、レーナが同意する。
私もそれには同感だったが、だからと言って「なんか食わせろ」と言う訳にも行かないので黙っておいた。
「ささ、どうぞどうぞ」
ニコライが言って扉を押して(チョコレートの板っぽい)、工場の中へと入って行く。
私達もそれに続き、扉を押して中へと入る。
感触的にはチョコのそれだが、手についたり、匂ったりはしないので、やはりは見た目がチョコなだけらしい。
「無味!」
それを舐めたフェネルが言うので、これはもう間違いはない。
「社長!」
「おぉ社長! 帰ったんですか!」
工場の中に入るなり、2人のサンタがニコライを出迎えた。
そのすぐ近くにはパイを象った長いコンベアが設置されており、そのコンベアの元となる場所には大きなシュークリームが置かれてあった。
工場内にコンベアは4本、シュークリームも4つあって、シュークリームの中からは、カラフルなリボンに包まれている大小様々な箱が出てきていた。
床は白で、おそらくはだが生クリームを意識しており、キャンディ型の電球が工場内を照らしていた。
サンタの数は10人ばかり。全員が赤い例の服を着て、黙々と作業をこなしている。
「(頭がおかしくなりそうだな……)」
こんな職場で働いていたら……
私は思い、目を顰めたが、レーナとフェネルは私と反してそれなりに楽しんでいるようだった。
「こちらはワシを治してくれた先生じゃ。助手のフェネル君とレーナさん。くれぐれも無礼の無いように」
ニコライが言って、他のサンタ達が「わかりました」等と言って次々と頷く。
ふと、思った事があったので、私は後ろからニコライに聞いてみた。
「もしかしてこの工場はあなたのものなんじゃないですか?」
社長とはニコライのあだ名では無く、工場の主としてのものなのではないか。
私はそう思ったのだ。
「まぁ、そうとも言いますじゃろう。しかし、ワシは一応は、ここにおるサンタ全員の共有財産みたいなものと思っておりますわい」
眼鏡を押し上げてニコライが答える。
「え? じゃあニコライさんマジで社長なの? 儲かってんの? ねぇ? ちょっと?」
聞いたフェネルの目の色が変わり、ニコライの袖を引っ張って聞く。
聞かれたニコライは「いやいや」と首を振り、
「ワシらの給料は子供達の笑顔じゃからな」
と、意味の分からない言葉を吐いた。
「じゃあ笑顔を上げるから現金を下さい」
言って、「にかり」と笑ったフェネルは「ホッホッ」と笑われただけでかわされ、どういうわけか下唇を噛み、私を「きっ」と睨みつけてきた。
「え、えーと、それで私達は、具体的にどうすれば良いんですか?」
その視線から逃れるように、ニコライを見て私が聞いた。
「あそこから出て来た箱を、色ごとに分けるというだけですじゃ。カートはあそこに置いてあるので、色ごとに分けて乗せて下され。あとは運搬係のサンタが勝手に倉庫に持って行きますわ」
シュークリームを指さして、それからプリン型のカートを指さして、ニコライが作業の説明をした後に、振り向いて私達の顔を見る。
大丈夫ですか、という意味だと思い、私はそれに無言で頷いた。
レーナもすぐに「なるほど」と言い、フェネルも「ふーん」と小さく言った。
全員が納得した事を見て、ニコライは他のサンタと話し、事務所のような場所へと向かった。
残された私達は他のサンタに「こっちこっち」と声をかけられて、奥から見て二番目になるコンベアの前で作業を始めた。
赤に青、黄や銀色と様々な箱が流されてくる。
それはあまり早くは無かったが、感覚的には短い為に、私達は最初は少し手こずった。
しかし、30分も経った頃にはその作業にもだいぶ慣れて、三人で会話を交わしながら作業が出来る程に上達していた。
「なんかサンタって地味な仕事なんですね。僕、魔法かなんかでパアアっとプレゼントを出してるのかと思ってましたよ」
「そうだね。わたしも思ってた。でもこういう作業があるから配る瞬間は輝けるんじゃないかな? だから、なんていうかハジけちゃって、ホーゥホッホッホーゥっていうあの笑い声が出るんだよ。きっと」
フェネルとレーナが話し合う。
その間も作業は続け、フェネルは緑の箱を置き、レーナは水色の箱を持った。
私は無言でそれを聞いて、「なるほど」と、一人で納得していた。
赤い箱を乗せたカートが他のサンタに運ばれて行く。
まぁ、確かに地味な作業だ。
しかし、疑問に思うのはこのプレゼントの資金源である。
中にあるモノが何かは知らないが、まさか雪や石では無いだろう。
という事は当然ながら仕入れる為にはお金が居るし、お金が居るからにはどこかから、それが入ってきているはずだ。
こんな事を考えてしまう事自体、夢の国ではタブーなのかもしれないが、私はどうにもそこが気になった。
まさか本当に石では無いのかと、箱を振った事もある位にだ。
しかし、それらしい音はせず、「キュー」という音(声?)が聞こえて来ただけ。
それはそれでもっと気になるが、とりあえず石ではないのだな、と、その点は納得したわけである。
「ホーゥホゥホーゥ。いやはや流石ですな。もう作業に慣れましたかなぁ」
そこへ、サンタの衣装に着替えたニコライが姿を現してきた。
こうして見ると貫録があり、やはりは一番サンタらしい。
「ビフォアアフター劇的サンタ」
と言う、フェネルの気持ちは計り知れないが、とりあえず見直してはいるのであろう。
「実につまらない質問なんですが、このプレゼントの資金源は、どこから発生しているのですか?」
どうにも気になった私が聞くと、ニコライは素直に教えてくれた。
つまり、サンタは子供の喜びを魔法力に変える力があり、その力を使って現金や、食べ物を生み出しているらしい。
子供の喜びが少なければ、当然現金と食べ物も減り、サンタ的には生活の危機に追いやられるという事だった。
そういう意味では彼らもまた、立派な魔の者、マモノなのだろう。
謎が解けた私は納得し、再び作業に集中した。
ニコライ自身も作業に加わり、その日のノルマは上々だった。
1日が過ぎ、2日が過ぎ、あっという間に10日が過ぎた。
フェネルは両親が心配するからと3日目の朝には送られて戻り、そこからは私とレーナの2人で作業を手伝う事となった。
そして、10日目の夜、(と言っても四六時中暗いのだが)ついに作業は完了する。
明日はいよいよクリスマスの夜だ。
私達は他のサンタ達と共に、迫る一大イベントに胸を躍らせ興奮していた。
私とレーナ、そしてフェネルは、ひとつのソリを貸し与えられていた。
それはニコライが使うはずの、彼が所有するトナカイとソリだった。
私達は赤い衣装、つまりサンタ服に身を包み、そのソリの前部に座っており、後部には青い箱のプレゼントが山のように積まれてあった。
ニコライはと言うと別のソリを借り、私達の隣で他のサンタと笑い合って何かをくっちゃべっていた。
なぜ、こういう事になったか。
理由は単純。
先に言っていた「ギプス」という男の奥さんが、今夜にも子供を産みそうだからだ。
言わば彼の穴埋めである。
行先はトナカイが知っていると言うので、私達は「まぁ、それなら……」と、穴埋めを引き受けたというわけだった。
「ホーゥホッホッホゥ。ホーゥホッホッホゥ」
と、やたらうるさいのは右手のフェネルで、おそらく練習のつもりだろうが、無理して言うべきものではないし、子供のそれでは貫録に欠け、下手をしたら聞いた者が興ざめしないとも限らなかった。
「無理して言うべきものでもないだろう。60年後にとっておけ」
私が言うと、フェネルは「えー」と言い、「先生がやってくれるなら」と、条件付けで納得をした。
私は元よりする気はないが、それでフェネルを黙らせられるならとその条件を受け入れた。
「ヒャッフーィ! やっぱクリスマスはホーゥホッホッホゥが無いとね!」
妙な理屈でフェネルが喜び、「お願いしますよ先生!」と言って、私を横から「きっ」と睨んだ。
「(サンタと言うより小悪魔だな……)」
その恰好を見て私は思う。
それに比べて左に座るレーナはまさにサンタそのもの。
ニコライの粋な……あ、いや、エロイ計らいで、短めのスカートを履いていたし、両肩と上胸が露出しているエロ……
あ、いや、可愛らしいデザインのサンタ服は、見るものの目を引き付けている。
これはもうただのサンタでは、むしろレーナに失礼である。
天から舞い降りたサンタエンジェルと、そう例えるに相応しいだろう。
「また見てる。先生どんだけエロいんすか」
「なっ!?」
小悪魔が言って、私が驚く。
レーナは体を「びくり」とさせた後に胸を隠して私の顔を見た。
特に怒ってはいないようだが、「見てたの!?」と、言わんばかりの顔である。
私はフェネルに「見ていない!」と言い、それをレーナへの言い訳とした。
レーナは幸いそれを信じてくれ、警戒を解いて手を下してくれた。
隠す位なら最初から着なければ良いのに、と思いもするが、そこは男女の感性の差か、しかし、着てくれて嬉しくもあり、私には何も言えなかった。
「そろそろ時間じゃ! ホーゥホホォーゥ!!!」
ニコライが言って、手綱を引っ張る。
それを見た私が少し遅れて、サンとムーンの手綱を引っ張った。
ソリが滑り、「くん」と持ち上がる。
直後には私達は空へと向かって舞い上がっていた。
「頑張ってくるだフー!! 気を付けてフー!!!」
無数のジャックフロスト達に見送られ、私達はソリで夜空を駆けた。
見れば、そこかしこから他のサンタ達も上昇してきて、自分達の受け持つ地域に向けて自身のソリを走らせていた。
「ではまた後ほど! ホーッホッホッホーゥ!」
ニコライが言って直後に消えた。
そこには黒い穴が開いており、そこからは「しゅぽっ」と白い雲が漏れた。
私達もそのすぐ後に黒い穴へと突入し、白い雲が見えた直後には別の世界の大空に居た。
ソリにつけられたベルが鳴り、「しゃんしゃん」という音を発す。
私達は夜空を駆けて、大きな街の上空へと着いた。
クリスマスイルミネーションの数が凄まじい、かなりの大都市のようであった。
時刻は深夜。あと30分程でクリスマス本番の朝となる。
私達は後ろのプレゼントを30分で配り終えなければならなかった。
「先生! やっぱ煙突から入るんですか?!」
割と寒く、風が強い。
フェネルはその為、いつもよりは大きめの声で私に聞いた。
「いや! それは昔のやり方らしい! 勘違いされたサンタが捕まって、それからはやり方を変えたんだそうだ!」
ニコライから聞いた事を私が言うと、フェネルが「そりゃね……」と、レーナが「あー……」と、何かを察して小さく呟いた。
「それからは煙突に近付いて……!?」
言うより早く、トナカイが降下した。
必然的にソリも下がり、危うい角度で民家に近付く。
「こういう風に!! 投げれば良いらしい!」
そして、煙突に近い場所で、私がプレゼントのひとつを投げた。
すると、プレゼントは煙突の中に吸い込まれるようにして消えて行った。
トナカイはその後に再び上昇し、次の目的を見つけたのか、すぐにもまた降下を始めた。
「すっげえスリリング!! 今度は僕だああ!!!」
フェネルが言ってプレゼントを持つ。
「見えるッ!」
そしてそれを投げてみるが、距離が少し遠かったのか、プレゼントは屋根に激突し、木っ端みじんに砕け散った。
「チッ!」
と、トナカイが舌打ちをして、「大丈夫かよおい」という目で二頭揃ってフェネルを睨む。
「トナカイこわっ!! ていうか仕事に厳しっ!」
フェネルが言って身を引くが、トナカイは何も悪くないので私は何も言えなかった。
ソリは上昇し、半回転して、先ほどの家にもう一度向かう。
「わたしやってみます!」
今度はレーナがプレゼントを取り、
「てやっ!!」
煙突の中へと見事に入れた。
トナカイは特に何も言わず、振り返りもしなかったが、フェネルは彼らの動向をビクビクしながら伺っていた。
私達はこれを繰り返して行い、30分後の24時前に全てのプレゼントを配り終えた。
そして、「ゴーンゴーン」という、24時を知らせる鐘の音を聞きながら、不思議な世界へと帰還するのだ。
私達が帰った時には、サンタ達は全員が帰って来ていた。
そして「メリークリスマス!」と言って、シャンパンを片手に私達を出迎えた。
そこから1時間程彼らに付き合い、私達はニコライのソリに乗せられて、自分達の街へと戻ってきた。
「やって良かった。楽しかった。ワシはサンタを続けていきますわ。世話になりましたな」
別れ際、ニコライは言って、フェネルにだけは「メリークリスマス」と、言って、黄色の箱を手渡した。
中身はなんと「完全再現! 6分の1リアルサイズ。中立マンイェロースーパープレミアム」で、貰ったフェネルは飛び上がって喜び、
「こうなったら全部欲しいですね?」
と、直後になぜか私をチラ見した。
「先生にはちょっと話があるんじゃ」
ニコライが言って、私を呼んだ。
助かった、と、思いながらにニコライに近付くと、赤色の箱を渡してくれた。
「メリークリスマス!良い一日を!」
片目を瞑ってウインクして見せ、ニコライはトナカイの手綱を持った。
そして「ホーッホッホッホーゥ」という笑いを残して上空へと舞い上がって行ったのだった。
なぜ私とフェネルだけに……?
と、私が疑問して箱を見ると、箱の上部の右下に「レーナさんに渡しなされ」と書かれた小さな紙が置かれてあった。
なるほど気を利かしてくれたのか!
私は感謝し、レーナを呼んで、岬の先でそれを渡した。
ハブられたフェネルは不平をいいつつも、フュギュアをいじって暇つぶしをしていた。
「ありがとうございます! 言ってくれてたんですか?」
「あ、ああ、いやぁまぁ……」
正直に言えば言ってないし、頭の片隅にすら置いてなかった。
だが、ニコライの折角の好意を無駄にするわけにはいかなかったので、私はついつい嘘をついた。
「嬉しいです! 開けてみても良いですか?」
レーナが喜び、蓋を開ける。
まぁこれで良かったのだろう、と、私は自身の罪悪感を闇の中に葬ろうとした。
「……え」
レーナが固まり、箱の中を見る。
そして出されたものはなんと、黒いメイド服だったのである。
「!?!?」
気付いた時にはもう遅かりし、レーナはまじまじとそれを見ていた。
露出が多い。無駄に多い。
箱の中にはどういうわけか猫耳までが入ってる。
ニコライめやってくれやがった!!!
そんなセンスだから捨てられるんじゃないのか!?
私は焦り、全ての事をニコライに押しつけようとした。
「オレは中立だ!」
という声が聞こえる。
よりにもよってこのタイミングでフェネルがボタンを押したのだ。
もう駄目だ! 全てが終わりだ!
何もかもをニコライのせいにするしかない!!
「あ、ありがとうございます! 今度着てみますね!」
が、レーナがそう言ってくれ、そこまで嫌そうでは無い顔で「に、にこり……」と微笑んでくれたので、私はそれを言わずに済んだ。
あれっ? 良いのか? 本当に……?
しかし、それならそれで私も、嬉しいと言えば嬉しいのだが……
そんな事を思いつつ、クリスマスの夜は更けて行った。
何はともあれ
メリークリスマス。
バードマンの声は勿論あの方。




