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青い色の大金持ち

 その日、町の大金持ちが殺された。

 しかし、それは現段階では誰にも知られていない事だ。


 では、なぜ私が知っているのか。

 被害者である本人が、殺されたと私に言ってきたからだ。


 所謂、幽霊というやつである。

 壁の中から「にゅるり」と現れて「ああ、ここだここだ」と口走ったのだ。


 雰囲気で察するなら50前後。

 口の上に髭があると思われる紳士風の男だった。

 体の色は薄い青色で、顔の造り等ははっきりとは分からない。

 出て来た場所も去る事ながら、その色にも私は驚いたものだった。


 男は名をヨゼフと言って、プロウナタウンを基点として交易業を展開している者だと言った。

 それには私も聞き覚えがあり、なぜ、どうしてそんな人物――

 というか、今は幽霊なのだが、そんな幽霊が訪ねて来たのかをそのすぐ後に聞いてみた。


 すると、ヨゼフは「殺されたんだよ。私は」と言う、謎の言葉を吐いたのである。

 私は医者だが、ただの医者だ。

 当然、死者の蘇生等は出来るはずがないし専門外である。


 ネクロマンサーやシャーマンなど、世の中には死者を専門としている怪しい職業が数多くある事だ。

 死者を操る、或いは一時的にでも、死者をこの世に蘇らせる。

 そういう事ならお手の物と聞く。


 だが、医者である私にはそういう事は流石に出来ない。

 となれば、そうしたいなら、彼らの元を訪ねた方が良いだろう。

 聞いた直後の私は思い、そして、実際にヨゼフに言った。

 しかし、ヨゼフは首を振って、


「死んだなら死んだで別に良いんだよ」


 と、私にとっては意味不明の言葉を発したわけなのである。


「それではあなたは何をしに来たのですか?」


 困惑した私はヨゼフに聞いた。


「実はね」


 と、前置きした後に、ヨゼフは訪ねて来た理由を話した。


「犯人を捜して欲しいのだよ。私と妻を殺した犯人を。そうでないと恨みもあるが、わけがわからないままであちらには行けない。私が見えたのも現状、君だけだ。これも何かの縁だと思って犯人捜しを引き受けてくれないか?」


 どこから出したのかパイプを吹かし、困った顔でヨゼフは言った。

 彼の現状と、色さえ普通なら、それはそこそこ渋い図だったが、どちらも異常と言える今は、個人的にはむしろ気色が悪かった。


「つまり……医者である私に犯人捜しをしてくれという事ですか?」

「まぁ、つまりそうなるね」


 何食わぬ顔でヨゼフは言った。

 殺され、幽霊になっているというのに随分と落ち着いた人物である。

 その点には敬意を抱かざるを得ない。


 だが、医者である私に探偵もしくは、自警団のような事をさせようとする点には、残念ながら敬意は抱けない。

 例えばそれを引き受けたとして、のこのこと私が出向いたとしても、「あんた何なのさ?」という白い目で見られる事は間違いないからだ。


 それに、これは根本的な話だが、私は一応医者であって、そういう事にはドシロウトである。


 まず、何をどうしたら良いのかという順番さえも分からないのだ。

 以上の理由から気の毒ではあるが、私はヨゼフの依頼というか、願いを断る事に決めた。


「折角ですが私は医者で、そういう事にはドシロウトなので……」


 そして、実際に言葉に変えて断る旨をヨゼフに告げたのだ。


「(なんだか毎回こんなパターンだな……)」


 と、心の中で思いはするが、だからと言って安請け合いをすれば、私の本業があがったりなのである。


「ふむ。そうかね……困っている人を助けるというのも、医者の仕事だと私は思うがね。まぁ、そういう心構えならきっと仕方がない事なのだろう」


 なんだか引っかかる物言いである。

 さも、私が薄情で、非情な医者のようではないか。


「残念だ。あー非常に残念だ。もう少し彷徨って情の厚い者を探すとするかな」


 ヨゼフが言って「フイフイ」と動き出す。

 これを黙って見逃す事は「そうです。私は情が薄いです」と、言っている事と同じであろう。


 いや、別に厚いとは言わないが、困っている人を助けないと言われて、それを認めるのは医者としてもマズかった。


「ちょっ……っと待ってください!」


 ゆえに、私は仕方なくヨゼフを呼び止める事となった。

 顔は下に向いたまま、右手はヨゼフに伸ばしたままだ。

 本当に仕方なく、という体である。


「おやおや、気が変わったのかね? 私にとってはありがたい事だが」


「フイフイ」という音を鳴らし、振り向いたヨゼフが近寄ってきた。

 私は「……ええ」と言わざるを得なかった。

 なんだか本当にこんなパターンばかりだ。


 一度は断るが、断り切れない。これは私の性格なのか。


 聞いたヨゼフは「それはそれは」と、満足そうな口調であった。

 生きる年数は遙かに長いが、駆け引きの技術という点に於いて、私はこのヨゼフには一歩も二歩も劣っているようだ。


 ともあれ、そうと決まった以上は聞かねばならない事が多い。

 私は診察室を出て、玄関の脇に置いてあった「休憩中」の板を持った。

 そして、それを玄関にかけてからヨゼフと共に応接間に移動した。


 最近はレーナが居てくれた為に、こういう事はしていなかった。

 訪ねて来た患者は都合が悪ければ、レーナが相手をしてくれていたのだ。

 しかし、今、レーナは少し、体調を崩して休んでいる。

 本人は風邪だと言っているが、本当の理由はそうではないはずだ。


 おそらく、先の戦いでドラゴンゾンビの息を喰らい、その事によって体調を崩して、寝込んでいるのだと私は思っている。

 体力がつくもの、体に良いもの、色々と作って食べてみて貰ったが、レーナはそこまで回復していない。


 彼女とて半分は魔物であるから回復力は人よりは高い。

 にも関わらず体調がなかなか良くならない事に、私は少し不安になっていた。


 まさかな……


 という気持ちの反面、もしかして……という気持ちもある。

 だから私は後悔しないよう全力でレーナに向き合っていた。


 後回しにはしない、忘れもしない。

 出来る限りのベストを尽くす。

 いつかと同じ事をして大切な人を失ってはならない。


 そんな気持ちで向き合っていたのだが、ここに来てこんな依頼が舞い込み、そうもいかなくなってしまった。


 差し伸べられる手の範囲は人それぞれで限界があり、それ以上の範囲に広げたければ、何かを諦めなければならないのだろうか。


 レーナが眠っている部屋を見て、そんな事を私は思った。




 ヨゼフ・スチュートンは53才で、妻のレイラは48才。

 長男のナーセフは24才で、次男のエランは21才。

 以上がヨゼフの家族構成で、屋敷にはヨゼフの家族の他に、執事やメイドや料理長等、併せて20人は居るらしかった。


 特記として次男のエランは、妻レイラの連れ子のようで、長男のナーセフとは兄弟とはいえ、血は繋がっていないようだ。

 前妻は離婚し、今現在は遠くの町に住んでいるらしい。


 そして、ヨゼフ本人と妻のレイラは死亡済み。

 意識としてははっきりしないが、今朝方には幽霊になっていたのだから、死んだのは大体昨日の夜から、朝にかけての間だと思われた。


 現状で集まった情報はそれだけ。

 犯人は誰か! と聞かれたら「わかるわけねーだろ」と言わざるを得ない。


「次男っすよ次男! 絶対次男! 遺産狙いのサツガイですってば!」


 騒いでいるのは名探偵のフェネル・アンブレー君13才だ。

 知能も体も完全に子供で、おそらくは連れ子というその点だけで、エランを犯人だと決めつけている。


 短絡的思考だ、と言わざるを得ない。


 大体連れ子の意味すら知るまい。

 大体のイメージやニュアンスで、怪しいと思っているだけだろう。

 私は少し黙らせる為、フェネルにそれを聞いてみた。


「え? 奥さんが前に作ってた子でしょ? でもまぁそれでも結婚したんだからヨゼフさんは漢ですよねー。どっかの腰抜けとは大違いですよねー?」


 知っていた。しかも皮肉を言われた。

 黙らされたのは私だった。

 男と女。地獄の復讐変。を読んでいただけの事はある。

 年の割にはそういう事は詳しい。


「あ、あーそう言えば、なぜ自分が殺されたのだと?」


 私は心の中だけで舌打ちし、気まずい空気を変える為に、ヨゼフにそれを聞いてみた。


「ああ、実際に見たんだよ。自分でね。殺されていた自分と妻をね。妻は……喉を掻き切られていた。私は背中から刺されていたよ。凶器はナイフで、今現在も私の背中に刺さったままだ。他に凶器らしきものは見つからなかったから、妻もそのナイフで殺されたのだろう」


 死んでいる事はもう受け入れて、どうにもならないとも納得しているのか、ヨゼフは異常に落ち着いていた。

 妻のくだりでは少し詰まったが、それ以外は完全に客観的な物言いである。


「痴情のもつれ。肉欲の果て変」


 とは、ヨゼフと妻が争った挙句、殺し合ったと見たフェネルの言葉だ。

 その想像は順番的におかしいし、そうならそうでヨゼフ本人が犯人捜しを頼みはしない。

 ていうかこいつはそういう本を一体何冊持ってるのか……


「ちなみに犯人の大体の目測は?」

「正直まったく、としか答えられないな。私も手広くやっていたからね。自分では知らない内に誰かの恨みを買っていたかもしれない。そうすると犯人は屋敷の中だけとは限らなくなる。私が例え、間接的にでも関わっていた人間全てが容疑者だ。目測なんぞはつけようがない」


 それを聞いた私が黙る。

 冗談では無い、と思ったからだ。


 彼が生前関わった人間など、何万人居るか知れたものでは無い。

 その中から犯人を見つけ出すのは、はっきり言って不可能である。

 それこそ、そういう仕事であれば、私では無く自警団に頼んだ方が正しいだろう。


 というか、なぜ、ヨゼフはわざわざ私の元を訪ねて来たのか。

 殺された事は今はともかく、いずれは必ず分かるだろうし、そうすれば誰かに頼まなくても、誰かが調査をしてくれただろう。

 焦り、幽体になってまで私を訪ねた意味が分からない。


「開けられないのだよ。外からは。普通にやっていたのではね」


 不思議に思っていた私に気付いたか、パイプを吹かしてヨゼフが言った。


「どういう事ですか……?」


 と、私が聞くと、


「殺されたのは寝室なのだが、そこには窓も煙突も無い。外部への扉は鉄のドアだけだ。それもダイヤル式になっていて、それを知る者だけしか開けられないのだ」


 私の疑問を晴らした後に、パイプの煙を「ぷかあ」と吐いた。


「ちなみにダイヤルの番号を知るのは私と妻の二人だけだ。所謂、密室殺人というやつだね」


 ヨゼフが言って「ははは」と笑った。

 フェネルも分からず「フヒヒ」と笑う。


 私は強く納得していた。ヨゼフが私を訪ねた理由を。

 まず、第一の段階で、死体が発見されないからだ。


 これでは殺害された事が分からず、調査も何もあったものでは無い。

 見かけなければ何かがあった、と、家族も使用人達も騒ぎはするだろう。

 しかし、番号が分からなければ扉が開けられないのである。


 どれほどの強度の扉かは知らないが、そうするからには普通に考えて、パンチや体当たりで開けられる程脆い扉では無いはずだろう。


 そうしている間に死体は傷み、最悪死因すらわからなくなる。

 そうすれば犯人を見つける事は、今以上に厳しくなるはずだった。


「つまり、私がまずするべき事は、その扉を開けるという事ですね」

「そうしてくれると大変ありがたい」


 ありがたい、とは言ったがヨゼフは最初からそれを目的として訪ねて来たのだ。

 犯人捜しはおそらくはだが、私にはあまり期待していないだろう。

 扉が開けば死体が見つかり、そうすれば私よりもっと優れた他の誰かが調査をしてくれる。


 それらをしっかり理解した上で、発見役として私を訪ねたのである。

 実に食えないジェントルマンだ。


 しかしまぁ、実際はそちらの方が私もありがたい。

 私にも仕事があるし、今はレーナの近くに居たい。

 扉を開けるだけの事なら、数時間、家を空けるだけで済む。


「そういう事なら今すぐ行きましょう。勿論番号は覚えていますね?」

「それは無論」


 ヨゼフの返事を聞いた後に、私は立ち上がり、移動を開始した。


「おい」


 とは、それに続こうとしたフェネルに対する私の注意だ。

 扉を開けるだけだとしても、その中には当然死体がある。

 それをフェネルに見せる事は、あまりよろしくない事だろう。

 私はそう思ったが故に、フェネルには留守番をしてもらうつもりで居た。


「え? 何すか? ウチに帰るだけですけど?」


 が、フェネルは「文句あんの?」という、挑戦的な顔で私を見て、さっさと歩き出してしまったのだ。


「……」


 優しさや思いやり、それら全てを踏みにじられた私は少しの間固まっていた。




 フェネルは結局ついてきた。


「あんなの嘘方便っすよ! いい加減先生も学習してくださいよ……」


 と、なぜか逆に諭されてしまった。

 私も大概情けないが、この子も大概恐ろしい子だ。


 私とフェネル、そして幽霊のヨゼフは、彼の邸宅へと辿り着く。


 入口で若干警戒されたが、ヨゼフが「大切なお客様用」の合言葉を私に教えてくれたので、それを言ってからは警戒も解けた。

 門を抜け、坂道を上り、大きな噴水を大回りして私達はようやく玄関につく。


 門からの時間はおよそ10分。


 大邸宅もここまでくればむしろ時間の無駄だとも言える。

 獅子を象った呼び鈴を叩くと、執事らしき男が現れた。

 年齢は60前後。赤いネクタイをした細い男性だ。


「純白のパンティーは男のロマン」


 それは「大切なお客様用」のヨゼフが定めた合言葉である。

 言うのも恥ずかしい、聞くのも恥ずかしいという、とんでもない合言葉だが、だからこそ合言葉として重宝されているのであろう。

 聞いた男は「まぁ」と言って、頬を赤く染め上げた。


「ご主人様の大切なお客様ですね。どうぞ、お入りくださいませ」


 そして、改めてそう言って、私達を中へと通してくれた。

 私の頬はまだ赤い。レーナが居なくて良かったと思う。


「パンツなんて何が良いんですかね。あんなのただの布じゃないっすか」


 姉が居る為に慣れているのか、フェネルの感想はそんなもので、


「むしろ僕は脇のニオイ派だなぁ」


 という、マニアックな発言をして私とヨゼフを驚愕させた。


「どうぞこちらへ。ご主人様は不在ですので、身内の者を呼んでまいります」


 男、おそらく執事だろうが、客間に私達を案内した後に、一礼をして去って行った。

 ドアを開けるとそこには椅子とテーブルがいくつも並べられていた。

 その向こうには大きな窓があり、左右に広い光景から、客間というよりはテラスのある洒落たカフェだと私は感じた。


「まぁまぁ適当な所にどうぞ」


 幽霊状態の主がそう言い、私は一番近くにあった椅子を引いてそこに座った。

 フェネルもその正面に「ちかれたちかれた」と言って座る。


 屋敷の主は立ったままだが、幽霊が座るのも図的にアレなので、それはそれで触れずにおいた。


 5分程が経っただろうか。


 私の左でドアが開いて、ヨゼフの家人が姿を現した。

 先程の執事と、若い男である。

 誰かを知る為にヨゼフを見たが、どういうわけかヨゼフは消えていた。


「初めまして。次男のエランです。大切なお客様とお聞きしましたが、生憎父は不在でして。ご用件だけでもお伺いできればと」


 次男、エランがそう言って、私達に向けて軽く礼をした。

 エランはその後に執事に何か言い、聞いた執事が礼をして去った。


「私はイアンです。これはフェネル。初めまして、どうぞよろしく」


 立ち上がり、言って、それから礼をする。

 エランが頷き、手で示したので、私は再び椅子に座った。


 フェネルはずっと座ったままで、エランの事を「じーーーっ」と見ていた。

 実に、非礼極まる少年である。


 エランは身長170㎝程。

 髪の毛の色は黒色の、第一印象では癖の無い、接し易い男であった。


「それで、今日はどういったご用事で?」


 場所としてはフェネルの隣、私から見て右正面に座ったエランが訪ねた理由を聞いてきた。

 どうしたものか、と私は迷い、「あー」と言いながら周囲を見回した。


 どこかにヨゼフの姿があれば、助言を求めようと思ったのである。

 いきなり「扉を開けに来た」では、普通の者なら警戒をする。

 かと言って全てを話してしまえば、尚更に警戒される事だろう。

 しかし、ヨゼフの姿は見えず、助言の声も届いてこない。

 私はやむを得ず、


「よ、ヨゼフ氏に会いに来たのです」


 という、当たり障りの無い言葉をエランに返した。


「そうですか……しかし、父は今は生憎……」


 それでも一応納得し、そう言ってくれかけたエランであったが、


「えっ? 扉を開けに来たんじゃないの? 先生もう忘れちゃったんですか? ヨゼフさんちょっと! 先生もう忘れてるよー!」


 フェネルのそれで全てがぶち壊し。


「ど、どういう事ですか……?」


 と、エランも一転して、私達を警戒し始めるのである。


「あ、いや、この子は少しあれで! というか実は治療中の子で……!」

「どういう事っすか治療中って!? 先生完全に忘れてたでしょーが! 治療が必要なのは先生のヘッヅ(頭)だー!」


 私の言い訳も完全に無駄。

 フェネルはむしろ暴走する一方で、それを見たエランは椅子から立って、誰かを呼びに走ろうとした。


 そこへ、屋敷のメイドらしき一人の女性が現れて来た。


 髪の毛は茶色。20前後の眼鏡をかけた女性だった。

 蛇足であるが、胸が大きい。私が見てきた中で最大級である。


「シノか! 誰かを呼んできてくれ! この人達はどこかおかしい!」


 その女性、シノに気付き、後退しながらエランが言った。


「大丈夫です。エラン様。この方々は本当にご主人様の大切なお客様なんです。こうしてホラ、エラン様宛に手紙を用意して下さっていました」


 言われた女性、シノが言って、手紙をエランに手渡した。

 その頃には私とフェネルも落ち着き、疑問顔でそちらを見ていた。


「確かに父の筆跡だ……」


 言って、エランが手紙の先を読む。

 5秒ほどが経っただろうか、エランは「なるほど……」と言った後に、読んでいた手紙を4つに折った。


「失礼しました。父に資本家(スポンサー)が居たという事を私は今日初めて知りました。利益の一部上納については私では対応しかねますので、今すぐ父を探してまいります。今しばらくここでお待ちください」


 そして、エランは直後にそう言い、深々と私達に礼をした後に、客間から去って行ったのである。


「ど、どういう事なんだ……?」

「まぁ、つまり詐称したわけだ。君達が動きやすい立場をね」


 私の言葉にシノが答えた。

 それこそ一体どういうわけだ、と、私が困惑して目を瞬かせる。


「分からんかな? 体を借りたんだ。霊感が強いと聞いていてね、出来るかと思ったらやはり出来た。だから少しだけ貸してもらう事にした」


 察するに、シノの体にはヨゼフが憑りついているようであった。

 先程から姿が見えなかったのは、どうやらこうする為だったらしい。


「という事はさっきの手紙は……?」

「その通り。少し前に書いた。書いているのは本人なのだから、筆跡が私なのは当然の事だな」


 シノが言って、「ふふふ」と笑う。

 中身はヨゼフ、しかしながら、外見と声はシノのものなので、私としては対応に困った。


「それより見給え、この胸を。私も以前から興味はあったが、こうして見るとやはり凄まじい。この感触たるや例えようがないほどだ」


 言って、シノヨゼフが自身の胸を揉む。

 ジェントルマンは一体どこへ。そこに居るのはエロオヤジだけだ。


「君もどうかね? こんなチャンスは滅多にないぞ?」

「やめえい! 外道の世界に引きずり込まんでくれ!」


 それが本人の誘いならともかく、中身がヨゼフと知っている以上、彼女の尊厳を無視するようなそんな行為には及べなかった。


「あれ? ねぇどういう事っすか? この人なんで先生誘ってんの? まさかえっ? 先生が好きなの?」


 唐突にフェネルが言った。

 どうやら中身がヨゼフだと気付いていないようである。


「彼女は今はヨゼフなんだ。簡単に言えば憑りついている」


 無視をすると面倒なので、私は軽く教えてやった。


「マジっすか!? ちょっと脇のニオイ嗅いでいいっすか!?」


 直後にフェネルはシノヨゼフに言い、「いいよ」という許可を貰った後に、彼女の右脇に滑り込んだ。

 シノヨゼフは胸を揉み、フェネルは「んふー」と言いながら、彼女の脇を嗅いでいる。


「変態ばっかりだ……」


 と、私は呆れ、右手で自身の額を押さえた。




 エランがその場に戻ってきたのは、それからおよそ10分後の事だった。

フェネルも、シノヨゼフも今は落ち着き(飽きたそうだ……)、私と共に座っている。


 エランは父が見つからないと言い、兄もまた外出中の為にどうしたものかと私達に言った。

 シノヨゼフと話して決めていたので、私は勝手に取って帰る、金に関わる事なので、証人としてシノも連れて行く、と、エランに向けてそう言った。


「しかし、金庫は寝室にあって、私達では開けられないのです」


 困った顔でエランは言ったが、これももはや想定済みだった。

 きっとそういう流れになるから、と、手順を教えてもらっていたのだ。


「私なら扉を開けられるのです。ヨゼフから手順は聞いていますので」


 言って私が立ちあがると、エランは「そんな……」と小さく言った。


 開けられないという事を言い訳にして、上納を先延ばしにしようとしたのか。

 それとも父と母以外に、手順を知る者が居て驚いたのか。

 はたまた死体が見つかる事を恐れたが為に失言したのか。


 私にはそれは分からなかったが、ヨゼフに言われた通りに動き、扉を開ける準備は整えた。

 後は扉を開ける事で、彼らの死体を見つけるだけだ。


「それではご案内いたします」


 シノヨゼフがそう言って、私達を先導して歩き出す。

 エランは何かを言いたそうだったが、引き止めるべく言葉が見つからず、結局黙って後ろについてきた。


 二階に上がり、右手に曲がる。

 左右に多くの扉が見える通路を真っ直ぐに歩いて行った。


 そして、突当りを左に曲がる。

 右手には窓。左手には等間隔で絵画が見えた。

 例の部屋は正面にあり、がっしりとした鉄の扉が、部屋への侵入者を阻んでいた。


 ダイヤル式のロックはそれの取っ手の上に付けられており、私はエランに見られないよう、体で防いでそれを回した。


 右に回すと「かちり」と音が鳴る。

 それで開いたというわけでは無く、ひとつ回す毎に音が鳴るらしい。


 イメージ的には上から順に三つの錠がかけられており、ひとつ回せば一番上が外れ、二つ目でそこの錠がかかって、真ん中の錠が外れる仕組みだ。


 つまり、ひとつ回す毎に毎回「かちり、かちり」と音が鳴るので、侵入者はいつ外れたのかと躍起になるようなつくりなのだそうだ。

 作った者の品性と性格が知れる作品だと言える。


 これの解除法は実に簡単で、三つめまでを回した後に、何もせずに10秒待つ事。


 それだけで三つの錠が全て外れ、扉が開けられる仕組みだそうだ。

 そして、私はそれをして、扉の錠を今解除した。

 扉を開け、中を見る。


 そこからでは何も確認できず、私は一歩、中へと入った。

 左を見るとそこにはヨゼフとその妻の死体が転がっていた。

 衝撃は少ない。知っていたから。

 しかし、フェネルは白目を剥いて、すでに立ちながら失神していた。


「と、父さん!? 母さん!? どうして、なんでこんな事に……!?」


 エランが気付き、叫び声を上げる。

 親の死体だ。当然である。

 自然死ならともかく他殺体等、家族が見たいものではないだろう。


「父さん! とうさああああん!」


エランが泣き崩れ、父の遺体を抱く様を私は無言で見守っていた。


「(妙だな……)」


 そこで私は気付いてしまった。ヨゼフの遺体の血が少ないのだ。

 普通であれば床一面に血が広がっているはずなのだが(現に奥方はベッドの上から床に滴るまで出血している)、ヨゼフの血はどういうわけか服を湿らす程度であった。


 刺した際にナイフを捻ると出血が少ないと聞いた事はある。

 しかし、服を湿らせる程度で出血が抑えられるわけはない。


 というか、それ以前の話だが、ここは完全に密室で、まず、誰がどうやって彼らを殺したかの方が問題のはずだ。

 私の役目はここで終わったが、湧き上がってくる好奇心に私は勝つ事が出来そうにはなかった。




 痴情のもつれから来る殺し合い。

 それが、自警団員が結論としたフェネルと同様の答えである。

 客観的には他殺であるが、現場が密室であったという点が、その結論へと至った理由だそうだ。


 私はヨゼフ本人からそうではないと聞いていた為の、もう少し考えてみれくれと自警団員に頼み込んだ。

 しかし、「これ以外に何があるんだ?」と質問されて話せなくなり、もう少し調べてみたいと言って、ヨゼフ邸に残ったのである。


 現在、ヨゼフはシノから抜けて私の横でパイプを吸っている。

 使用人や自警団等、幾人の者が通り過ぎたが、彼の存在には気付かなかった。


 だが、私とフェネルには姿が見えているわけなので、もしかしたら幽霊は、自分の見せたい人を選んで、姿を見せる事が出来るという、特殊な能力を持っているのかもしれない。


「親父が殺されたというのは本当かッ!!」


 玄関を開き、誰かが飛び込んできた。

 私達はロビーに居た為、その人物にすぐに気付いた。


「息子のナーセフだ。父親と母親が死んだというのに、どこをほっつき歩いていたのやら」


 ヨゼフが言って、煙を吐いた。

 煙と言っても青色なので、息か煙かは分からなかったが、私にはそれはどうでも良かった。


 気になったのはヨゼフの口調だ。

 実の息子に対するものとして、少々辛辣な気がしたのである。


「見た所、彼も動揺しているようですが、父親としてはあれでも不満ですか?」

「いいや。あれはあれで普通なのだろう。不満は無いが、疑問でね。朝から親父が出てこないというのに、よくもまぁ気にせず外出出来るなと。ああ、あれは一応私の秘書なんだ。だからこそ、余計にな」


 私が聞くと、ヨゼフが言った。

 なるほど、それなら納得である。


 彼の立場ならそれこそ一番に父親の異常に気付かなければならない。

 それに気付かず外出していれば、父親とてそれは辛辣にもなるだろう。


「しかし、今が一番楽しい時だ。親の事などそっちのけで、のめり込むのも理解はできる。死んでいる等とは思っておるまいし」


 パイプを置いてヨゼフが言った。

 呆れたような、困ったような、少し微妙な表情である。

 息子、ナーゼフは視線の先で今階段を上って行った。


「楽しい時、とは?」


 と、私が聞くと、


「秘密基地でも作ってんじゃないすか?」


 と、フェネルがソッコーで口を挟んできた。

 私はとりあえず「黙って居ろ」と、フェネルの事を「じろり」と睨んだ。


「あれ? じゃああっちか。誰かの家にゴミ塗りたくる方か」

「楽しく感じてはいかんぞあれは……」


 続けて言ったフェネルに対しては、流石に注意せざるを得なかった。


「最近」


 と、ヨゼフが口を開く。

 そちらの事が本命である。

 フェネルの事は切り上げて、私はそちらに顔を向けた。


「あいつには好きな女が出来たらしい。執事のカーネルの知り合いでね、四日程前に食事に招待した。息子の妻になるかもしれない大切な女性だったからね。しかし正直、彼女の事を私は良く覚えていないんだ。魔術を研究していると言っていたが、それ位しか覚えていない。仕事で疲れていたせいか、その夜はやたらと眠かった。何か失礼があったとしたら、むしろ彼女には悪い事をしたな」


 口ひげ辺りを触りながら、若干遠い目でヨゼフは言った。


「カーネル、というと先程の?」

「そう、入口で迎えた彼だよ。離婚歴ありのひとり者だ。そのせいかな、私の息子達を我が子のように良く愛してくれている」


 聞いた私は「なるほど」と言った。

 屋敷の主と言うだけあって、家人の事を良く知っている。

 私はもののついでという事で、エランの事も聞いてみた。


「エランか、あいつは欲の無い男だな。私と妻が結婚した際には、縁を切って自分から相続権を放棄しようともした。私が押して、それをやめさせたが、そうしなければあいつはきっと、我が家に来る事もなかっただろう。もし、あいつに殺されたのなら、私と妻の方にこそ落ち度や叱責があったのだろうな」


 ヨゼフは言って、「こくり」と頷く。

 聞いてはみたが、まるで分からない。


 エランの人間性では無くて、今回の事件の犯人が、である。

 誰もが怪しいし、誰もが怪しくない。

 疑い始めたらきりがないという言葉を地で行っている展開である。


 疑えば、本当に全員が怪しい。


 それに加えて犯人候補はまだまだ居るかもしれないわけだ。

 私やフェネルが会っていないだけで、生前、ヨゼフに関わった人間はそれこそゴマンと存在するのだから。


「(やはり無理かな……)」


 と、私は思う。

 好奇心に負けてしまって今まで聞き込みを続けてみたが、やはりはそこはドシロウトのする事。

 これ以上はどうして良いか、はっきり言って分からない。


「もう結果は出てるじゃないですか。何をウンウン唸ってんですか」


 そんな私の表情を見て、呆れた顔でフェネルが言った。

 とりあえず、ウンウン唸っていないが、私はそれを無視して考えた。


「ヨゼフさんと奥さんしかいなかったんなら、犯人はどっちかで決定でしょーが。ヨゼフさんが知らないっていうんなら、奥さんがついやっちゃったんじゃないですか?」

「つい、ってお前、あれを見ただろう? つい、というレベルで出来る仕業じゃないだろう」


 喉を掻っ切り、そして背を刺す。

 その順番が逆にしても、ナイフがヨゼフの背にあるはずはない。

 もし、奥さんが自殺をした後にヨゼフの背を刺したのならば、血はベッドの上から床に、そして、床からベッドの上にと往復して残っているはずだ。

 だが、奥さんの流した血はベッドの上とその下にしか無かった。


「血……血か。そうだ、そう言えば……」


 そこで私は思い出した。

 ヨゼフの血が、どういうわけか異常に少なかったという事を。

 奥さんを殺し、そこで自殺して、血を流した後に移動したなら、或いはそういう事にもなるのか。


 いや、しかしその場合は、ベッドの上から床にかけて多少でも血が滴るはずだ。

 奥さんを殺して、床に移動して、そこで自殺をしたとすれば、今度は逆に血が足りない。

 それにまず、本人が自殺をした覚えが無いという以上、それは考えるに及ばない事だろう。


「フォックス先生に聞いてみればぁ? あの人パズルとかやってますし、こういうの意外に得意かもしれないっすよ」


 考える事をやめたのだろう、面倒くさげにフェネルが言った。

 名案だ、と私は思う。

 最近フェネルが役に立っている。これは一体どうした事だろう。

 私は内心の驚きを隠しつつ、フェネルに「そうだな」と言って立ち上がった。


「え!? マジで行くんですか!? 余計な事言わなきゃ良かった……」

「良いから来い。お前が言ったんだろう」


 フェネルが言ったがもう遅い。

 私は嫌がるフェネルを連れて、フォックスの医院へと足を向けた。




 フォックスは珍しく仕事をしていた。


「初恋の男の名はあ!!」

「ああああああああ!! マイケルウウウウウウ!!!」

「初めてのキスは何味じゃったあ!!!?」

「ひぎいいいいいいい!! こむぎ! 小麦粉あじいいいいい!!」


 現在、フォックスは妊婦を前に、子供を迎える準備をしている。

 そこは「頑張れ!」とか、「もう少し!」とか、妊婦を応援する場面なのだろうが、これが一応彼流のお産に適したやり方なのだろう。


「ワシの名前はぁああ!」

「知るかあああああああ!! さっきからうるせえぞくそじじいい!!」

「よしきたあ! ほれえ! もう少しじゃあ!!!」


 直後には彼女の子供は産まれた。

「ほぎゃあほぎゃあ」という鳴き声が聞こえる。


「女の子じゃあ! よう頑張った!」


 赤子を抱え、フォックスが言う。

 妊婦は先ほどの形相から一転、聖母のような顔になっていた。


「ぼ、僕一生ひとり者でいいかも……先生と同じでいいかもしんない……」


 とは、妊婦の凄まじい形相及び、口汚い言葉を聞いてしまった怯えるフェネルが発したものだ。

 先生と同じでいいかもしんない、とは、どういう意味かは分かりかねたが、心配しなくても今のままならフェネルは一生ひとり者のままだろう。


「おう、待たせたなイアン。どうじゃあ、ええ光景じゃろうが?生き物は子孫を残してこそ生き物。お主も生き物なら残してみい」


 手を洗い、タオルでふきつつ、フォックスが言って「かかか」と笑う。


「そうは言うが、お前だって一人じゃないか。という事はお前も生き物ではないのか?」

「まぁな。ワシは妖怪クロスワードじじいじゃ。子孫を残すよかクロスワードじゃよ」


 私の言葉にフォックスが答えた。


「流石フォックス先生だ!」


 と、敬意のまなざしでそれを見るフェネルの心境は理解できなかった。

 私の事はバカにしているが、なぜか、一体どういうわけか、フォックスの事は尊敬しているようだ。


「で、どうした今日は? 珍しく野郎しかおらんようじゃが」


 私に向かってフォックスが聞く。


「いつも女連れみたいな言い方はやめてくれ……」


 私は一応、そう言った後に、「長くなるが大丈夫か?」と聞き、フォックスが頷いた事を見てから、事件の成り行きを1から話した。


 必要とした時間は15分程。


 生まれた赤子はその間に、看護婦の手によって綺麗にされていた。


「なるほどのぅ……まぁわかった。で、死亡推定時刻は?」


 聞かれた私が「は?」と返す。


「死亡推定時刻じゃよ。被害者さんはいつ死んだんじゃ」

「あ、いや……」


 忘れていた、というよりは、私の仕事では無いと思い、調べる事をしようとしなかった。

 それに第一、本人が昨日の夜辺りに死んだと言った為、無条件に死亡時刻がそうだと思い込んでいた。


「忘れたんか。話にならんのぅ……」


 私の表情で全てを察したか、呆れたようにフォックスが言う。


「それが分からにゃアリバイも聞けれん。アリバイが聞けにゃ犯人も絞れん。子供だってわかる話じゃ」


 尤もだ。反論は一切出来ない。

 ただ、フォックスの尻馬に乗り、「そうだそうだ」と言っているフェネルには何かを言ってやりたい所だ。

 だってお前ずっと一緒に居て私に何かを言いましたっけ!? と。


「まぁ、とにかくそこからじゃな。ワシには生憎分からん事じゃが、お前さんならある程度わかるじゃろ。何か分かったらまた来るとええ」


 フォックスはそう言って、妊婦の元へと歩いて行った。


「名前はもう決めておるのかね?」


 と、医者らしい言葉を妊婦に送っている。

 私は「邪魔したな」と言う代わりに右手を見せて医院を去った。

 フォックスはそれを見ていなかったが、それはあまり問題ではなかった。


 私達は再度、ヨゼフ邸に行き、ヨゼフと合流して遺体を調べた。

 ヨゼフの妻、レイラはおよそ15時間前に死亡していた。

 今が午後14時なので、大体昨夜の23時頃だ。


 そして、ヨゼフ本人は、今からおよそ90時間前、つまり、約4日前には生命活動を停止していた。


 それではなぜ、ヨゼフは昨日まで普通に生活を送れていたのか。

 この疑問を解いてくれたのは、今は病床にあるレーナであった。

 その日の夜、レーナに全てを話した後の事である。


 レーナが言うにはヨゼフはすでに4日前には死んでいた。


 これは私にもわかる事だった。自分で調べたのだから当然の事だ。

 だが、レーナは推測付きで、ヨゼフがその時に殺されていたのだと言った。

 殺され、何者かに操られて奥さんを殺してしまったのだと。


 そして、床の上へと移動して自分で自分の背中を刺したのだ。

 すでに死んでいる体なのだから、当然、出血は少ないはずである。

 そうすると密室の謎は解けるし、なぜか良く覚えていないというヨゼフの言葉にも納得が行く。


 ならばなぜ、誰が殺したか。

 この点もあくまで推測だが、レーナは執事が怪しいと言った。


 なぜ、どうして怪しいのか。当然私はレーナに聞いた。

 理由は私達が訪ねた時に「ご主人様は不在です」と、彼が言い切った事らしい。


 部屋から出て来ていないだけなのに、彼は居ないと言ったわけで、後から主人が出てくる事が無いと分かった上での発言と確かに取れなくもないと言える。


 その点ではエランも同様だが、彼の場合は「父を探しに~」と、実際に探しに行っている。

 どこかに居る、もしくは寝室に居るかもしれないと思ってはいたのだ。


 探しに行かず、居ないと言い切った執事のカーネルとはわけが違う。

 勿論、これはレーナの推測で、間違いない、と言い切れるものではない。

 怪しいとは言ったが動機は不明だし、死んでいたヨゼフを操ったその方法も全く以て分からないままだ。


 だが、私はレーナの推測にある程度の真実を見出しても居た。

 それ故にヨゼフにある事をしてもらう為、翌朝の訪問を決意したのだ。




 翌朝、私はヨゼフ邸を訪ね、そこで「フイフイ」と漂っていたヨゼフにある事をお願いしてみた。

 それは執事カーネルの身辺調査のようなものだった。

 生身の人間が行えば、気付かれてしまう事もあるが、幽体である彼ならば気付かれる事無く調査が出来ると、そう考えた上でのお願いだった。


「まぁ、別に構わないが……カーネルが何かをやらかしたのかね?」


 眉根を上げてそう言ってきたヨゼフに私は「或いは」と答えた。

 聞いたヨゼフは「うーん」と唸り、その後に「分かった」と一言言って、カーネルが居るべき場所へと飛んだ。


 そこからはもう待つだけだった。

 結果はその3日後に、ヨゼフの口から伝えられた。


「とんでもない事だ! えらい事だよ!」


 私の入浴中、ヨゼフはやってきた。位置的には私の股の間だ。

 とんでもない事だ。えらい事だった。

 私はとりあえず、


「もう少し後で……」


 と言い、聞いたヨゼフも「あ、ああ」と納得した。


「いや、しかし君はあれだな、見かけによらず……」


 と、何かを言ったが、そこから先はどちらにしても聞きたくはない言葉であった。

 入浴を終え、廊下に出ると、ヨゼフは待ってましたとばかりに私の方に近寄ってきた。


「犯人はカーネルだ! とんでもない奴だ! 知らぬ存ぜぬと言っていたが、私の大事な銀のパイプをあんな所に隠しておるとは!」


 聞いた私は無言であった。

 犯人は、の辺りでは興奮したが、そこからテンションは右下がりだった。

 3日間張り付いてパイプの行方を見つけて来たのかと。


 というかそんなに激ギレする程に大事なパイプだったのかと。


「あー……あなたを殺した犯人は、カーネルでは無かったのですか?」


 呆れ、それでも一応知る為に、私が興奮するヨゼフに聞いた。


「あ? ああ、それもカーネルだったが、それよりも君、あのパイプだよ!」

「やっぱりカーネルだったんですか!?」


 右下がりだったテンションは、そこで急速に右上に上がった。


「あ、ああ……しかし奴一人ではない。共犯者がいたようだ」


 私のテンションに押された為か、ヨゼフは少々引き気味だった。

 自分が殺されてしまったというのに、随分と落ち着いた紳士である。


「共犯者は息子の思い人だ。名前は知らんが、あの女はどうやらシャーマンの系譜のようだ。カーネルが私を殺し、あの女が私を生きる屍にした。目的はさっぱり分からんが、見て来た結果はそういう事だったよ」




 カーネルもその女も、まさか幽霊が見張っているとは夢にも思っていなかっただろう。

 かくして殺人の経緯は分かり、私はそれを自警団に伝えた。


 自警団は最初こそ、私を異常者として扱っていたが、ヨゼフが「ボン!」と姿を現して「こういう事だよ。理解したかね?」と言うと、それまでの態度を一変させた。(色々な意味で)


 そして、調査を進めた結果、カーネルと、その知り合いの女性が犯人だという事が明るみになった。


 決定打となったのは女性の自白。


 罪を軽くしてやると言ったらあっさりと白状したのだそうだ。

 女性の動機は純粋に金。カーネルの動機は愛ゆえだった。


 カーネルはヨゼフの妻であるレイラと過去に結婚しており、その時にエランを引き取ろうとして、それをレイラに拒絶された。

 そして数十年、一人で生きて、ようやく息子の居場所を掴んだ。


 そこが今のヨゼフ邸だ。

 レイラはカーネルを忘れていたが、カーネルはレイラを覚えていた。

 しかし、今のカーネルに復讐心は殆ど無かった。

 息子であるエランを近くで見られて、それだけで彼は幸せだった。

 だが、ある日レイラが言った、ある言葉が彼の全てを狂わせた。


「エランはああいう性格だから、きっと遺産は拒否すると思うの。あの子がずっと近くに居たらナーセフも気が気でないと思うし、エランの為にもどこか遠くで暮らせるようにしてあげましょうよ」


 ある日の夫婦の会話だったそうだ。

 妻として、母としては、長男であるナーセフの尊厳を思いやる良い言葉だと言えると思う。


 だが、唯一の息子を足蹴にされた父としては決して許せない言葉だ。

 それを聞いたカーネルは彼らの殺害を決意した。


 息子と自身の未来の為に。


 なんともやるせない話であるが、これが事件の真相だった。

 全てを聞いたヨゼフは無言で、パイプを取り出してそれを吸った。

 そして、


「そろそろ逝くとしますよ。世話になったねイアン先生」


 と言って、右手を見せて消えて行った。

 果たしてどういう気分だったのか。

 子供を持たない私には分からない。


 だが、おそらくは、推測付きだが、息子達が幸せならそれで良い、と、ヨゼフは思っていたのではないか。


 なんとなくだが、私はそう思う。


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