第0章 『作者』と『読者』
初めまして!セフィラストです。
まずは、私の作品を選んで読んでくださり、本当にありがとうございます!
これが私の初投稿作品となりますので、至らない点や読みづらい部分もあるかもしれませんが、温かい目で見守っていただけると嬉しいです。
それでは、どうぞ物語をお楽しみください!
世の中の人間なら誰もが、少なくとも一つは趣味を持っているはずだ。ゲームやスポーツ、あるいはその他の何か。
読書は趣味に入るだろうか? 当然だ。教科書、短編小説、あるいはライトノベルを読むことだってそうだ。
俺自身は『小説』を楽しむ側に入る。なぜか? 単純に楽しいからだ。現実に存在しない妄想の世界に浸り、息苦しくて苦い『現実』を忘れる。ほんの一瞬でも、あるいはそれなりに長い時間であっても。
一つの『物語』の上を歩み、変化し続ける『展開』に頭を悩ませる。そこに存在するあらゆる『キャラクター』を理解し、一枚の『カーテン』の向こうに隠された旅路を解き明かしていく。じわじわと込み上げる好奇心が、自分の中の『何か』を呼び覚ますんだ。
ああ……きっと、楽しいはずだ。
そこで、親愛なる『読者』の皆さんに一つ質問がある。
君たちは自分の『人生』を、一枚の『しおり』に預けたことはあるだろうか?
「……ここ、どこだ……?」
それが、一人の少年が口にした最初の言葉だった。
ゆっくりと瞼を開いた直後、視界一面を埋め尽くす圧倒的な『白』が少年の目を射抜いた。頭上を覆う空もなければ、空間を仕切る壁もない。足元を支える床の質感すら感じ取れない。そこに広がっていたのは、見知らぬ、知識の及ばない果てしない『白い部屋』だけだった。
(白い部屋……なんで……俺がこんな場所に?)
少年は心の中でぽつりと呟いた。
服についた埃を払うようにして立ち上がり、周囲を見回す。誰か……あるいはこの異常な状況を説明してくれる何かが見つかることを期待して。
だが、何もなかった。圧倒的な静寂だけが、その空間全体を支配している。
(最後に覚えてるのは、家で本を読んでたことだ……そのあと……何が起きた?)
少年は強く目を閉じた。頭の中に記憶を呼び戻そうと試みる。記憶の断片が浮かんでは消え、答えとして形を成す前に、すべてが霧のように霧散していった。
少年は無意識のうちにこめかみを押さえていた。
「……全然、思い出せない」
その声には戸惑い、焦り、満足にいかない挫折感が滲んでいた。
「思い出せなくて当然だよ」
不意に、見知らぬ声が静寂を切り裂いた。
「……っ!?」
少年の身体が瞬時にこわばった。目を見開き、反射的に声のした方へと振り向く。
いつの間にか、その『白い部屋』の中央に、明確な形を持たないひとつの『存在』が姿を現していた。その存在感はどこか異様だった。恐ろしい姿をしているからではない。ただ……その存在そのものが、人間の論理では説明できないような異質さを纏っていたからだ。
少年の心臓が早鐘を打ち鳴らす。無意識に後ろへ一歩退こうとしたが、足のバランスを崩してしまった。
ドサッ。
両膝が冷たい白い床に落ちる。息が荒くなり、視線は目の前の存在から片時も離せない。
しばらくの間、互いに言葉を発することはなかった。再び『白い部屋』に静寂が満ちていく。
「ああ、驚かせてしまってすまないね」
声は落ち着いており、脅意など一切感じさせない穏やかなものだった。
その『存在』は、上空からゆっくりと降りてきた。風を切る音も、足音ひとつ立てない滑らかな動き。まるで最初からこの空間と一体であったかのように。
少年は深呼吸を一度挟み、再び立ち上がった。直前の衝撃で膝はまだ笑っていたが、無理やり身体を真っ直ぐに伸ばす。鋭い視線を相手に向けたまま。
「あ、あなた……誰ですか……?」
声が少し震えていた。強がろうとしても、頭の中を侵食していく恐怖を完全には隠しきれない。
『存在』は少年のすぐ手前で足を止めた。距離にして、ほんの数歩。
「そんなに怯える必要はないよ、少年」
あまりにも軽々しい口調だった。だが、だからこそ少年には相手の真意が読み取れず、拳を固く握りしめた。恐怖を押し殺し、正面から相手を見据える。
「信用できる根拠は?」
反射的に言葉が漏れた。
「いいかい? もし私に危害を加える意図があったなら、最初からそうしているさ」
「……」
少年は黙り込んだ。言っていることは筋が通っている。だが……それだけで信用するにはまだ足りない。息を深く吐き出し、乱れた鼓動を整えようと試みる。
「……本当のところ、あなたは誰なんです?」
現れてから初めて、その『存在』が薄く微笑んだような気配を見せた。
「ふむ……そうやって聞いてくれる方がいい」
その『存在』は自らの胸元に手を当てた。
「私の名は……#@&%!+ ^$~」
「は……? 何だって?」
少年は即座に眉をひそめた。
今聞こえたはずの言葉が、複雑に絡み合ったノイズの塊となって耳に届いたからだ。意味のある音として脳が認識できない。まるで、その名を知ることを耳が拒絶されているかのように。
「すまない」と『存在』は言った。「どうやら君の権能レベルでは、私の真名を知るにはまだ早すぎるようだ。とりあえず……今のところは『作者』とでも呼んでくれ」
少年は狐につままれたような顔をした。「『作者』……? つまり……『書き手』のことか?」
「そうだ」『作者』は満足そうに頷いた。「君は『作者』という言葉を聞いて、何を思い浮かべる?」
その問いに、少年は黙り込んだ。すぐには答えず、視線をゆっくりと足元へ落とし、頭の中で適切な言葉を組み立てていく。
数秒の沈黙の後、少年は再び顔を上げた。
「『作者』、ね……」少年はつぶやいた。「俺にとっては、それって『称号』みたいなものだと思う。自分の想像力で多くの『読者』を引きつける『物語』を生み出したことで、自分自身や他人に認められて得られるようなものだ」
少年は一拍置き、思考を巡らせる。
「それに……そういう人たちって、素直にすごいと思う」
「すごい、かね?」『作者』は興味深そうにその言葉を繰り返した。
少年は静かに頷いた。「ああ。たったいくつかの言葉だけで……『作者』は『読者』を自分が創り出した想像の世界へと引きずり込み、踊らせることができる。『読者』を笑わせたり、泣かせたり……それどころか、自分が期待していた想像(展開)に何度も裏切られていることすら忘れさせてしまう」
少年の唇に、かすかな笑みが浮かんだ。
「ほんの一瞬であっても……それが『作者』の持つ一番の魅力だと思う。そして……同時に、それこそが『読者』という存在の魅力でもある」
再び『白い部屋』に静寂が訪れた。『作者』は無言で少年を見つめ、投げかけられた言葉の意味を噛み締めているようだった。
「……なら」と『作者』が静寂を破った。「『読者』の視点から見て、一体何がそんなに面白いんだい?」
少年は笑みを深めた。今度は緊張の色など一切ない、自然な笑みだった。
「さっき説明した通りだけど……それ以外にもある。『読者』ってのは常に、『作者』が提示した展開とは別の『IFの展開』を考えてるものなんだ」
少年はどこか遠くを見るような目で続けた。
「『もしこの主人公が違う選択をしてたら?』『もし結末が変わってたら?』『もし死んだはずのキャラが生きてたら?』……そういう問いが、読者の頭の中には無意識に浮かんでくる。もちろん全員がそうじゃない。与えられた物語をそのまま楽しむだけの奴もいる。だけど……そういう部分も含めて、『読者』っていう立場は面白いんだよ」
長い沈黙が『白い部屋』を包み込んだ。今度の沈黙は、これまでよりもはるかに長かった。『作者』はすぐには返事をせず、目の前の少年をじっと見つめていた。試すような、あるいは何かを確かめるかのような深い視線で。
やがて、その顔に小さな微笑みが戻った。
「まさか……人間の口からそんな言葉が聞けるとはね」
『作者』は言葉の重みを確かめるように少し間を置いた。
「君の答え……とても気に入ったよ」
少年は静かに息を吐き出した。「どうも」そう短く返し、本題へと引き戻す。「……で、話を最初に戻すけど。結局、俺をここに連れてきた目的は何なんだ?」
『作者』はすぐには答えず、ただ含みのある笑みを浮かべた。「答える前に……君はここへ来る直前に何をしていたか覚えているかい?」
尋ねられ、少年は再び目を閉じた。頭の中に記憶を手繰り寄せようとする。断片的な光景が浮かび上がるものの、やはり先ほどと同様に、掴み取る前に消えていってしまう。
少年は諦めたように目を開け、溜め息をついた。「……やっぱり、思い出せない」
『作者』は片手をすっと上げた。
パチン。
指を鳴らす軽やかな音が、空間に響き渡る。
「さあ……もう一度思い出してごらん」
少年はもう一度目を閉じた。今度は感覚がまるで違っていた。霧のようにもやもやしていた記憶が、急速にパズルのピースのように組み合わさっていく。ひとつ、またひとつと。
目を開けた時、少年の瞳には明確な光が宿っていた。
「……思い出した」と少年は呟いた。「最後、俺は家で本を読んでたんだ。図書館で借りてきた本だった。それを読み終えた途端……」
少年は記憶を確かめるように眉をひそめた。「……急に、ここに飛ばされた」
『作者』は満足そうに頷いた。「よろしい。では……君はその読んだ小説の内容を覚えているかい?」
「当然」少年は迷いなく答えた。「大体のストーリーは頭に入ってる」
「素晴らしい。なら……君の意見を聞かせてほしい。あの小説をどう思った?」
少年はすぐには答えず、言葉を選んだ。「……あんたが書いた『物語』、悪くなかったよ。『ラスト(結末)』も、いい出来だったと思う」
『作者』の笑みが深まった。「なら……もう一つだけ質問させてくれ」
ゆっくりと、『作者』が歩み寄ってくる。一歩、二歩。二人の距離が完全にゼロになるまで。
少年は思わず唾を飲み込んだ。敵意は感じられないものの、目の前の存在が放つ圧迫感にゾクりと背筋が凍る。『作者』は少し顔を伏せ、少年の魂の奥底まで見透かすような視線を投げかけた。
「君にとって……『最高の結末』とはどんなものだい?」
その問いに、少年は再び言葉を詰まらせた。「『結末』、か……」
少年は静かに目を閉じた。沈黙が二人を包み込む。数秒の後、目を開いた少年の瞳には揺るぎない意思が宿っていた。
「俺にとって……いい『結末』ってのは後味の悪さを残さず……『読者』の頭の中に余計な疑問を残しすぎないものだ。それだけのシンプルな理由で、物語の改善点なんてほぼ網羅できると思う」
初めて……『作者』が完全に絶句した。
笑みも消え、返事もない。ただ呆然と少年を見つめている。まるで、その質問以上の何か巨大な概念について熟考しているかのように。
「……君の出す答えは、いつだって素晴らしいな」
『作者』の声は、先ほどよりもずっと低く、静かだった。
「君は以前……『作者』だったことがあるのかい?」
少年は首を横に振った。「一度もない。俺は……ただの『読者』だ」
『作者』の顔に、再び笑みが浮かんだ。だがどこか雰囲気が違っていた。長い探索の果てに、ようやく求めるものを見つけたかのような笑みだった。
「なら……君に一つ提案がある。受け入れるか断るかは、完全に君の自由だ」
少年は眉をひそめ、警戒と好奇心を混ぜ合わせたような視線を向けた。「提案……って?」
『作者』はしばらく無言で少年を見つめていた。そして、重々しい口調で語り始める。そこには先ほどまでの余裕はなく、深い後悔と未練が滲んでいた。
「『作者』というのはね……自分が書いた『物語』に対して、いつまでも未練を残してしまう生き物なんだ。特に……『結末』についてね」
『作者』の視線は誰もいない空間へと向けられた。自分にしか見えない過去の記憶を追うように。
「自分が書いた『結末』を見るたびに……私は考えてしまうんだ。『別の結末(IF)』があったんじゃないかとね」『作者』は虚空に向けてゆっくりと手を伸ばした。「『もし主人公が別の選択をしていたら?』『もし展開をこう変えていたら?』『もしあの部分を修正していたら……?』『もし……』」
言葉を自ら遮り、『作者』は自嘲気味に微笑んだ。
「キリがない妄想かもしれない。だが……それこそが『作者』であることの呪いであり、魅力なんだよ。終わった物語に問い続け、起こらなかった可能性を夢見続け……そして、すべてがもっと良くなればと願ってしまう」
少年は何も挟まず、静かに耳を傾けていた。
「時にね……己の生み出した物語に決して満足できない『作者』がいる」『作者』は視線を落とした。「……私は、その愚かな一人なんだよ」
空間の空気が、ずしりと重く沈み込む。そして『作者』は再び顔を上げ、少年の目をまっすぐに見つめた。
「だからこそ……私自身のために、最高の『結末』を創り出してはくれないか?」
……
少年は絶句した。その要求の重さは、想像を遥かに超えていた。少年は深呼吸を一つし、自嘲気味な笑みを浮かべた。
「最高……?」少年はつぶやいた。「『作者』なら自分でも分かってるはずだろ。本当に完璧な結末を迎える物語なんて存在しない。主人公にとってすらそうだ。いつだって後悔は残るし、選ぶべきだった別の選択肢はある。いつだって、違う結末を望む誰かがいるんだよ」
少年は首を振った。「あんたのその頼みは……ただの身勝手なエゴを妄想の形にしただけだ」
沈黙。
少年は視線を少し外した。「言葉がキツすぎたかもしれない。けど……『読者』の立場から言わせてもらえば、物語を生み出すのがどれだけ大変かは分かってるつもりだ。だから俺は、選んだ『結末』のことで作者を責めたりは絶対にしない」
言い終えて、少年は息を吐き出した。少し言い過ぎたかと思ったが、自分の偽らざる本音だった。
『作者』は反論しなかった。ただじっと立ち尽くしていた。
知識も言葉も失ったように静まり返り……そしてゆっくりと、頭を下げた。
深く、深く。最終的には少年の前で、限界まで身をかがめて深く頭を下げたのだ。
少年の目が驚愕で見開かれる。「……作者?」
「頼む……」『作者』の声が、かすかに震えていた。「一度だけでいい。私のこの身勝手な願いを叶えてくれ、レン……私のたった一人の『読者』よ」
少年はその場で凍りついた。胸が苦しくなる。
さっきまで余裕綽々で神のように振る舞っていた存在が、ただの『読者』である自分に対して、ここまで身を低くして乞うている。
少年は奥歯を噛み締めた。「……チッ。くそが」
片手で顔を覆い、大きなため息をつく。
「……分かったよ。やってやる」
ゆっくりと、『作者』が顔を上げた。その表情は相変わらず読めなかったが、声には明らかな安堵が混じっていた。「本当にかい?」
「ああ」少年は両手をポケットに突っ込んだ。「どうせ元の『現実』に戻るよりはマシだ。正直、俺も面白そうなことの方が好きだしな」
その答えを聞き、『作者』の唇に笑みが戻った。「よし。ならば……君をあの世界へ送り込もう。新しい名を与え、君が知るあの『登場人物』たちと再び巡り合わせる」
『作者』が手をかざすと、少年の足元に突如として黒い魔法陣のような円が現れた。白い床に亀裂が走り始める。
少年は思わず足元を見下ろした。「え……? 何だこれ……!?」
「それと……」『作者』は楽しそうに微笑んだ。「少しだけ『新しい要素』も追加しておいた。だから……存分にその世界を楽しんでくれ」
少年はハッと顔を上げた。「新しい要素……? ちょっと待てっ——」
バリバリッ!
足元の床が完全に崩壊した。少年の身体は浮遊感を覚え、底なしの暗闇へと真っ逆さまに落ちていく。
「うわああああああああっ——!?」
少年の絶叫は次第に遠ざかり、闇の中に消えていった。亀裂は閉じ、空間は再び静寂を取り戻す。
静まり返った『白い部屋』に、『作者』のぽつりとした呟きだけが残された。
「……今度こそ……」 「……この『物語』が、私が探し求め続けた『結末』に辿り着きますように」
第0章 『作者』と『読者』 – 完 –
次回:【第1篇】第1話 『奇妙な出来事(1)』




